第4話 訓練生、入隊 side 桜&海斗
「訓練生番号14番、成宮海斗、訓練指導員は浜野桜。」
男の子か…そう思った。別に嫌なわけではないけれど、できれば女の子の方がよかったかな。
「よろしくお願いします。」
成宮くんは、静かな声で挨拶をする。静かだけど、訓練に対する秘めた想いが伝わってくる。
あぁ、これは本気でやらないとならないか…
新しく作られた訓練棟、その214号室が私たちの部屋だった。組み合わせを決めてマンツーマンで訓練するというのは悪いことではないと思うけど、どうして専用の部屋まで用意する必要があったのだろう。べつに宿泊棟はあるわけだし。
「あの、先輩。」
「何?」
「短い間ですけど、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく。」
一つ下とは言え、同年代の男の子と二人…私の一番苦手な状況だ。話が続かない。
訓練用の資料をまとめながら、ふと成宮くんの方を見る。彼も緊張しているようだ。
「先輩は、第一航空戦隊だと聞きました。それも訓練卒ですぐに配属されたと。」
「そうだけど…。」
「何か強さの秘訣があるんですか?」
強さの秘訣…私にそんなものはなかった。一航戦に配属されたのだって、『翼』があるから。翼がなければ、私は今この場にいない。
でも、強くなる理由、ここにいる理由ならあった。
「秘訣なんて私にはないわ。でも、理由ならある。」
「強さの理由ですか?」
「どちらかと言えば強くなる理由かしら。とてもつまらなくて、くだらない話だけど。」
成宮くんは一瞬考えたあと、私の眼をまっすぐ見た。
「聞きたいです。先輩が強くなる理由。」
「そう…。これは、今から10年前の話よ。まだ使徒なんてこの世にいない頃、私は幼馴染と一緒に遊びに出かけてたの。その時ね、私、崖から落ちたの。普通に考えて絶対に助からない高さだった。でも、私は今こうして生きてる。それは、あいつが、悠が身を挺して助けてくれたから。」
「じゃあ、その幼馴染の方は…」
「生きてるわよ。その時に不思議な力が働いてね、気づいたら私達は空を飛んでた。でもその時はそんな力があるなんて知らなかったし、多分、悠は自分が死んでも私を助けるつもりだったんじゃないかなって思うの。」
「不思議な力…。」
「それがきっかけで、私にもその不思議な力は芽生えた。そして思ったの、この力は悠を助けるために芽生えたんだって。あの時とは逆に悠がピンチになった時に私が助ける、そのために私は強くなるの。」
そう言うと、私は緑色の翼を出す。
成宮くんは驚いたようにその翼を見ている。彼にとっては馴染みのないものなんだろう。
「これが、私の翼。フライトユニットに頼らなくても、守りたい人のために飛ぶための翼。そして、終わりに立ち向かうための翼。」
終わりに立ち向かう。こんなことを言っても彼には何のことだか分からないだろう。でも、これがあるから今の私はあって、強くならないといけない。そのことを彼に知って欲しかっただけなのに。彼の反応は私の予想の斜め上だった。
「俺だけじゃなかったんですね。」
「え…?」
成宮くんの手が、微かに光を帯びる。その光は私や悠と同じ、『翼を持つ者』の証だった。
「俺には先輩みたいな明確な理由がありません。気づいたらこの力を持ってました。でも周りとは違うこの力は、俺にとって重荷だったんです。それから解放されたくて、ACFに入って、強くなって、もし第一航空戦隊に入れたら、この力を持った意味があるんじゃないかって、それで俺はACFに入りました。…先輩みたいな、綺麗な理由じゃないんです。俺は自分が楽になりたくてここに来た…楽になりたいから強くなるなんて、自分勝手ですよね…」
「それでも、私はいいと思うけど?強く理由は人それぞれ、戦う理由も人それぞれ。みんながみんな同じ理由だったら、それはそれで怖いわ。」
私は成宮くんの額に人差し指を当てる。
「今までは一人だったかもしれないけど、これからは私がいる。成宮くんの訓練指導員は私なのよ?あなたは独りじゃない。これから大切な仲間も増えるわよ。」
そう、翼を持っているということは一航戦の配属は確実。全員翼持ちの一航戦なら、彼の重荷も軽くなるはずだ。
「…海斗でいいです。」
「へ?」
「海斗って、呼び捨てでいいですよ先輩。なんだかカッコ悪いところ見せちゃいましたね。」
「あら、別にいいじゃない。お互いの理由もハッキリ話せたでしょ?明日からは、みっちり訓練していくから、そのつもりでいてね。」
「はい、よろしくお願いします!」
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次の日から本格的な訓練が始まった。海斗の『橙の翼』は近接戦寄りの身体強化型の翼のようで、速度こそ『蒼の翼』に及ばないものの、単純な一撃の強さなら悠を超えていた。
しかし、その身体強化に身を任せすぎて、引き際を見誤ることが多かった。
本来であれば支援寄りの私の『翠の翼』をどうにか戦闘用に使った私の戦い方でさえ演習では私が勝つことが度々だったのだ。
一航戦の作戦の中で、悠を後方に置いた作戦はまずありえないだろうが、海斗も十分前線に立つだけの実力はある。それを生かすためにはどうしても「引き際」の見極めが大切になってくる。
「遠距離からの砲火に狙われたら一旦距離を置いて!!」
「は、はい!」
「距離を置く時は威嚇でもいいから何か撃つ!左手の銃はただの飾りなの!?」
我ながら厳しいと思う。でも、それについてきて着実に強くなってきている海斗の姿を見ると、多分このやり方でいいのだろうと自分で納得する。
「前に比べて、時間当たりの被ダメージ量が減ってるわ。避けるのが上手くなったのかも知れないけど、それ以上に距離を置くことが出来てる証拠ね。」
「あ、ありがとうございます!」
「一週間後の模擬戦大会、いいところまで食い込めるといいわね。」
「頑張ります!」
一週間後に迫った、第6期訓練生模擬戦大会。17人の訓練生によって争われるその大会は、訓練生の技量を見るだけでなく訓練指導員の指導内容も間接的に見られるのだ。
(悠も頑張ってるのかしら…)
ふと訓練場を見渡す。見渡した限りでは悠の姿は見つけられないが、多分別の場所で訓練をしているのだろう。
(今は海斗に集中しないと)
そう、悠とその訓練生のことも気になるが、今は自分のことに集中しなければならない。小休止をはさんでまた訓練へ臨む海斗を見ながら、私はその様子をずっと見ていた。