第7話 アクアパーク
「間もなく1番線に急行浜ノ宮行きが参ります。黄色い線の内側でお待ちください。」
浜ノ宮鉄道、通称「浜鉄」の空風駅。ACFがこの地に拠点を置くのと同時に作られた、半ばACF専用となっている駅だ。もちろん、周囲には一般民家もあるので普通の人も使ってはいる。
「急行電車は当駅を出ますと春凪、柴原、終点浜ノ宮の順に止まります。途中の柴原で、竹原方面からの各駅停車浜ノ宮行きにお乗り継ぎが出来ます。」
隊長からもらった「アクアパーク」の招待券。ACF本部がある空風市のお隣、竹原市に最近出来た大型の複合施設がアクアパークだ。
中にはプールやアトラクションがあり、夏には花火大会、冬にはイルミネーションが行われるというほどの施設で、休日ともなれば大勢の人で賑わう。
「んー、いい天気。絶好のお出かけ日和ね!」
「プールに入るには少し肌寒い気もするけど…」
「室内もあるから問題ないって!」
今の桜には何を言っても無駄だと悟った僕は電車に乗り込む。
「こうして電車に乗るのも久しぶりです、なんだかわくわくしますね。」
「俺なんかACFに入ってから初ですよ。前は結構乗ってましたけど。」
「海斗は都内出身だっけ?」
「はい、って言っても立川ですけどね。」
「立川…それなりに大きいところじゃないか?」
「まあ多摩地区ではでかい方ではありますけど…駅前くらいですかね。」
そんな他愛もない話をしているうちに、電車は春凪を発車してもうすぐで柴原に到着するところだった。
「お、乗り換えだ。」
空風方面から竹原へ向かう時は、柴原で乗り換えをしなければならない。僕達はホームに降りると向かい側に停まっている竹原行きの電車へ乗り換える。
浜ノ宮鉄道は20年前に浜ノ宮~春凪間で開業した鉄道だ。10年前、空風市にACF本部を創設する際、本部への物資輸送を担うために春凪~小石川間が延伸、同時に宅地化が進んでいた竹原市方面へも延伸した。開業20周年となる今年は小石川~桜沢間が延伸し、途中の津田之原にはACFの関連施設が創設された。
浜ノ宮駅の手前にある貨物専用線はそのままJRの線路へと繋がっていて、毎日物資を輸送するために貨物列車が行き来している。
電車に揺られること約20分、電車は終点竹原に到着した。
「いつ来てもここは人が多いな…。」
「アクアパークも出来たからじゃない?」
改札を出ると、アクアパーク行きのシャトルバス乗り場にはすでに列が出来ている。
「…翼でひとっ飛び!」
「そのための力じゃないから。」
「わかってますよーだ。」
結局1本目のバスには乗れず、2本目のバスにも座ることは出来なかった。
「先輩、楽しみですね。」
「そうだね、訓練が始まってからずっと遊んでなかったから、今日は訓練のことを忘れて楽しまないと。」
「それにしても、桜先輩は朝からずっと元気ですね。」
「桜は子供の時からプール大好きだから。」
「あたしも、泳ぐのはそんなに得意じゃないですけど、プールで遊ぶのは好きなんですよ。」
「ならよかった。…これをくれた隊長に感謝しないとな。」
「はい!」
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バスで5分くらいだろうか、僕達はアクアパークに着いた。
「さーちゃーん、しーちゃーん!」
バスから降りたところで、誰かに呼ばれる。振り向くとそこには…
「た、隊長!?」
「なんで絢佳までいるのよ!」
そこには桐谷隊長と、浜野絢佳の姿があった。
「ふっふっふ…あたしたちも今日は休みなのだ!!」
「招待券はないが、行ってみようという話になってな。ちょうどいいからここで待っていたのさ。」
「今日は見習いさんもいるんでしょ~?初めましてだね、あたしは浜野絢佳。さーちゃんの双子の妹です!今は第五航空戦隊で偵察任務を担当してまーす!」
絢佳はそういうと、由乃と海斗に敬礼をする。
「訓練生の神山由乃です。」
「同じく訓練生の成宮海斗です。」
「ゆーちゃんに、かいちゃんだね。今日はよろしくっ!」
自由人な雰囲気の絢佳に、若干気圧され気味の二人はされるがままに握手を交わす。
「実はもう席をとってあるんだ。パークが見渡せるいい場所だぞ?」
「ほらほら~、早く着替えて早く遊ぼ~!」
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「不思議な人ですね。」
「ああ、絢佳?昔からあんななんだ、桜とは真逆っていうのかな。」
更衣室で着替えながら、海斗は笑みをこぼす。
「厳しい所なのかと思ってましたけど、厳しいだけじゃないんですね。」
「人類防衛の要だーなんて話す偉い人もいるけど、結局は人だから。厳しいだけじゃやっていけないよ。」
「それもそうですね。」
「あ、100円玉がない。両替してくるか…」
「俺の使ってください。」
「お、悪いな。鍵をかけてっと……あーーっ!」
「ど、どうしたんですか!?」
「リストバンドを中に入れたままだ…仕方ない、もう一回開けるか…」
ロッカーを再び開けて、リストバンドを取り出す。アクアパーク内での精算は全て後払いになるので、リストバンドがないと何も買えなくなってしまうのだ。
「……両替してくる」
ロッカーを閉めるため、僕は結局両替をしなくてはならなかった。
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更衣室から出ると、すでに女性陣は着替え終わっていた。
「全員ビキニ……桐谷さん、神山、桜さん、絢佳さん…みんないいっす…(ボソッ」
「海斗、心の声が漏れてるぞ(ボソッ」
「すげーっす…(ボソッ」
「何をこそこそ話をしているんだ?」
「あ、さてはこのあたしの水着姿に見とれてたな~?しーちゃんエッチだね~。」
「それはない。」
「ソッコーで否定されたよぉ…」
「そんなことより、早く行くわよ!」
「お姉ちゃんはプールに来ると人が変わるよねぇ…」
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さすがは大型の施設だけあって、室内のプールだけでも流れるプール、波のプール、スライダーなどかなりの種類があった。
特にスライダーは3種類のコースがあって、専用の浮き輪を使って滑る長いコースのやつには長い列が出来るほど人気だった。
「先輩、次はどこに行きます?」
由乃は何かと僕と一緒にパークを回ってくれた。ただ、水着なのでどうしても胸が強調されてしまい、僕はずっと目のやり場に困るわけだが。
「ふふ~ん、しーちゃんとゆーちゃんラブラブだねぇ~。」
すでにスライダーの列に並んでいた絢佳が茶々を入れてくる。
「からかうなよ。」
「とか言って~、ずっと手つないでるじゃん。」
「はぐれたら困るだろ。今日はインカムないんだし。」
「時計タイプのやつ着けてくればよかったのに。」
「あれってプール大丈夫なのか?」
「どっちかと言えばインカムを装備出来ない時用の端末だから、よゆ~なのです。しーちゃんはそんなことも知らないの~?」
「…使ったことないんだよ。」
「まあそーゆーことにしておいてあげるよ。じゃ、お幸せに~。」
「あ、ちょっ…ったく、なんなんだあいつは…。」
「おもしろい方ですね。」
「おもしろいっていうか…なんか調子狂わされるんだよ…任務中はしっかりしてるのに」
「普段はどんな任務をしているんですか?」
「第五航空戦隊で偵察だよ。使徒の動きが段々活発になってきてて、最近は忙しいって聞いてるんだけど…」
「あたしたちが訓練をしている間に、絢佳さんは前線に行ってるんですね。」
「前線って言っても、二航戦みたく戦闘を主にするわけじゃないから…でも絢佳達のおかげで使徒の事も少しずつ分かってきているんだけど。」
「あたしも…頑張らないと。」
「あー、今日はこういう話はもう無しにしよう、せっかくの休みなんだし。由乃、次は波のプールでもいこうか。」
「はいっ!」
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一方その頃、ACF本部…
「はー、隊長達は今頃プールかぁ。俺も行きたかったぜ。」
作戦本部のソファの上で、龍一は天井を見上げながらぼやいた。
「一航戦が揃って本部を空けるわけにもいかないだろう?ここは大人しく我慢しろ。」
「んなこと分かってってけど…って、なんだその書類の束は?」
「津田之原の研究所から送られてきた、新しいフライトユニットのデータだ。新型の制作に僕らの意見も取り入れたいって。」
雅哉はそういうと、書類の束をパラパラとめくりながら目を通していく。
「浜鉄が延伸して、物資が多く送られるようになったから大忙しなんだろ?奴らの海上船舶への攻撃も増えてるって言うからなぁ…」
「汎用機の制作を急ピッチで進めているみたいだけど、ここで特別機のプランを立ててきててね、そろそろ僕たちも本腰をいれる時が来たみたいだ。」
「『終わり』まで残り3年だもんな…」
ピピピ、ピピピ
「おっと、はい工藤です。はい、はい、…わかりました、すぐに二人で出ます。」
「なんだ?呼び出しか?」
「……五航戦の第二偵察隊が、使徒を捕捉した。」
「それで出撃ってか。」
「狙いは津田之原の研究所、かなりの数がいるようだ。」
「…ちっ、俺達しか残ってないって時に。」
「隊長達のせっかくの休みを潰すわけにもいかないな。龍一、僕達だけでやるぞ。」
「がってん承知!」
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アクアパーク…
「悠ーー!こっちこっちー!」
波のプールに向かうと、そこではすでに桜達が遊んでいた。
「どこに行ったのかと思ってたら、ここにいたのか。」
「広くて遊びやすいんだもん。悠はどこに行ってたの?」
桜は手に持ったビーチボールをくるくる回す。
「由乃とスライダーだよ。」
「へぇ~、あそこって二人乗りのやつあるんだよね~。由乃ちゃん、後ろから変なことされなかった?」
そう言ってじーっと僕を見る。
「さ、されてないです!」
「女の私でもうらやましいくらいの胸をお持ちだから…」
「するかって!」
「あら~私まだ何も言ってないけど~?」
「くっ…姉妹揃ってからかって…」
「悠先輩、やっちゃったんですか。」
海斗が若干引いた目でこっちを見てくる。
「真顔で聞くな真顔で!」
「なんだ、二人っきりで回ってるというから邪魔をするのは野暮かと思っていたのに。」
「隊長までそんなこと言うんですか…」
「ははは、師弟同士仲がいいのはいいことだ。あと、今日は隊長なんて堅苦しいのはやめてくれ。」
「え、あ、はい。あ、梓…さん」
「急によそよそしいな。まあいい、せっかく6人集まったし、ビーチボールで対決でもしようか。」
「あーちゃん、3vs3のガチンコ勝負だね!」
「チームは…そうだな男性陣は別々の方がバランスがいいだろう。」
「あたしはさーちゃんとかいちゃんと組みたいなー。」
「なら私は悠と由乃チームに入ろう。5分間ボールを取り合い、最後にボールを持っていたチームが勝ちだ。ボールは監視員に投げ入れてもらう。いいか?」
全員が頷く。それを見ると梓さんはボールを監視員に渡す。
「あのボールが投げ入れられたら開始だ。デュエル、スタート!」
監視員がボールをひょいと投げる。それを合図に全員がプールに入る。
平日とはいえ、それなりに人がいる波のプール内で動き続けるのは結構難しい。それに浮いているボールは波に揺られて、どんどん場所を変えていく。
真っ先に潜ったはずの由乃はボールを見失ってしまったようだ。
「あ、あれ?このへんにあったはずなのに…」
「っしゃ取ったー!」
そう声を上げたのは海斗だ。その手にはしっかりとボールが握られている。
「パスコースをなくせ!私が行く!」
そう言うなり梓さんは海斗に向かって泳ぎだす。僕も海斗のパスコースを遮ろうと移動するが、水中では思うように体が動かない。
「由乃!そのまま前に行って桜を遮れ!」
梓さんは指示を出しながら海斗を追い詰める。
「こうなったら…頼みましたよ!」
切羽詰まった海斗は、その手にあったボールを誰もいない場所へ投げた。これで勝負は仕切り直しだ。
だが、海斗に近づきすぎた梓さんの位置からではボールは遠い。一番近い位置にいるのは僕だった。
残り時間はあと少し、ここで決めないと…!
「にゃはは、遅いよしーちゃん!」
僕の横を絢佳が泳いでいく、それでも僕の方が若干近い。
「やらせないよ!」
僕もボールをめがけて泳ぎだす。その横を、誰かが静かに泳いでいく。
その誰かは、いち早くボールに辿り着くとそれを抱きしめるようにして確保した。
「ゆ、由乃!?」
さっきまで桜の前にいて、梓さんほどではないにしてもボールから遠い位置にいた由乃がボールを抱いていた。
「潜水は得意なんです!」
「時間切れだー。うー、ゆーちゃんにしてやられたよ…。しーちゃんは遅かったね?」
「う、うるさいな。僕が泳ぐの得意じゃないの知ってるくせに。」
「いい運動になったな。どれ、私はちょっと早いが上がらせてもらうよ。君達はゆっくり遊んでいるといい。」
「あれ?あーちゃん帰っちゃうの?」
「野暮用でな。」
梓さんはそう言うと更衣室へ向かってしまった。
「あたし達はまだ遊ぶよ!」
「せっかくだしね。」
この時、僕は久しぶりの休みを満喫することにしていた。梓さん…隊長が帰った理由など知らずに。




