せいら
せいらの母親はある男と大恋愛の末にせいらを妊娠した。
母親は大変喜んだ。男と結婚できると思っていた。しかし、男は言った。
「本当に俺の子か?」
そして男は母親の前から姿を消し、連絡も取れない状態になった。
母親はシングルマザーになる決心をした実家とも仲が悪かったので自分1人でせいらを育てることを決めた。
せいらを出産し、生活費を稼ぐために3カ月後に仕事し始めた。
仕事と育児の両立は想像以上に大変だった。体力的にも精神的にもキツかったがそれでも自分1人でせいらを育てる決心は揺るがなかった。
せいらが1歳になり歩き始めるとさらに目が離せなくなり、家事がなかなかできない苛立ちも徐々に出てきた。それでもせいらの笑顔には負けてしまっていた。
せいらは母親と一緒にいるのが好きだったが、仕事で週3日保育所に預けられている間は我慢していた。迎えに来た母親に抱きしめられる瞬間がこの上ない幸せを感じていた。
せいらが2歳ぐらいになったとき、母親は常に孤独感とせいらを育てないといけないという使命感に押し潰されそうになっていた。
たまに公園にせいらを連れていっても、せいらはずっと母親の側から離れようとはせず、遊ぼうとしてくれなかった。家に帰っても母親にベッタリだった。この頃、母親はほぼ毎日仕事をしていたのでせいらは母親といる時間が短くて寂しかったのだ。
母親は苛立ちが募るとヒステリーを起こすようになった。気が済んで平常心に戻るとせいらを抱きしめて泣きながら謝るという繰り返しだった。母親は決してせいらには手を出さなかった。物に当たりまくるといった感じだった。
この日も母親はヒステリーを起こした。せいらは母親が抱きしめてくれるのを部屋の隅でじっと待っていたが、なかなか収まらなかった。我慢できなくなったせいらは母親の背中に抱きついた。その時、
「あー!もー!やめて!」
ヒステリーが収まっていなかった母親が腕でせいらを払いのけた。その拍子にせいらは壁に頭をぶつけた。そして打ち所が悪く、動かなくなってしまった。
せいらは虐待ではなく、事故死として処理されたが、母親は責任を感じて何度も自殺未遂を繰り返した。今は精神病院で入院中だ。
「でっ、あの子を母親に会わせてみるのか?」
『おそら』に来ていた佐藤がおっちゃんに聞いた。
「せいらのためにもう1度だけ会わせたやりたいが…自分が殺してしまった子供が夢の中に出てきたらあの母親は今の状態ならますます自分を追いつめるかもしれない。」
「生まれ変わるより『極楽』に行く方があの子のためかもな。」
「父親はどうしてる?」
佐藤はタブレットを操作しながら、
「加賀美清羅の父親は…杉原純也は結婚して娘が1人いる。嫁さんには清羅のこと言わずに結婚したみたいだな。」
と言った。
「…不公平だよな。」
おっちゃんは悲しそうな顔をして呟いた。
「せいらの母親は根はものすごくマジメで責任感が強い性格だったんだ。だから、1人で育児の悩みを抱え込んでしまった。おまけに仕事との両立も大変だったから余計に自分を追い込んでしまった。誰かを頼ることができなかったんだ…」




