おそら
気がつくと誰かに抱っこされていた。
自分を抱っこしている人はスーツを着た男性の様だ。ゴツい肩が頬に当たっている。
少し目を開けた。どこかに向かって移動している。歩いていない、体を浮かせて移動していた。
周りの景色は真っ暗だった。
『まだ、夜なのかな。』
そう思っていると突然明るいところに出た。思わず体がビクッと動いた。
「おっ、気づいたのか。」
男が大きな固い手で頭をなでてきた。妙な安心感を覚えて再び目をつぶろうとすると子供の声が聞こえた。
「おっちゃん、お帰り!」
「新しく来た子?」
男は自分を下ろした。小さな子供たちが自分の周りに集まってきた。
「白くてヒラヒラしてるね!」
「お洋服かわいい!」
「女の子?」
「お姫様みたい!」
「名前は?」
いきなり連れてこられた上に、質問攻めにされて状況が理解できないでいた。それに自分は誰なのか、名前も分からない。
「ひかりだよ。」
男は言った。初めて男の顔を見た。太いまゆ毛に無精髭が印象的だった。
「ひかりは女の子だ。かわいいヒラヒラのお洋服着てるだろ。みんな仲良くしてやってくれ。」
「はーい!」
そういえば、誰かにひかりって呼ばれてた気がする。
でもそれ以上は自分のことが分からない。
「ここは天国…『おそら』って呼んでいる場所だ。そしてみんな赤ちゃんや小さな子供の時に死んでしまった子供たちだが…まぁみんな同じような境遇の子ばかりだ。仲良くしてくれるさ。俺はお前たちの世話をする天使の後藤だ。みんなおっちゃんって呼んでるけど。」
私、ひかりは死んだ子供で、おっちゃんに『おそら』に連れてこられた。今分かっているのはこれだけだ。
「私、せいらっていうの。」
髪を明るい茶色に染められた同じぐらいの背丈の女の子が近づいてきた。
「せいら、優しい子だな。ひかり、よかったな。友達が1人できたぞ。」
おっちゃんはニカっと笑ってせいらの頭をなでた。せいらはうれしそうにニッコリ笑った。
せいらは突然ハッと何かを思い出して走っていった。少し離れたところにある箱の中から何か円いものを取り出してまた戻ってきた。
「はい!」
せいらがひかりの顔の前に円いものを向けた。
円いものには誰かの顔が映っていて、じっとこちらを見ている。肩まで伸びた黒い髪に一重の目、ピンク色の唇の女の子の様だ。
「ひかりのお顔だよ。これは鏡っていうの。お洋服も見せてあげる。ヒラヒラでかわいいね。」
せいらがしゃがんで服や手や足も鏡に映して見せてくれた。白いレースやパールビーズがあしらわれたワンピースに足は片方だけ靴下を履いていた。
『これが私なんだ…』
呆然としているとせいらが、
「私もね、分からないの。せいらって名前だけしか。でもね、『おそら』のみんなも初めは同じだって。」
と教えてくれた。せいらの笑顔を見ていると自然と顔がゆるんだ。
「やっと笑ったな。」
おっちゃんがひかりの頭をなでながら言った。ひかりはさっきまでの緊張がゆるんで気持ちが楽になり、
「ここでみんな何しているの?」
とせいらに聞いた。
「おっちゃんが字を教えてくれたり、遊んだり、おやつを食べたりしてるの。」
そう言ってせいらはひかりの手を引っ張って奥の方へと連れていこうとした。