第3話
「どこ此所」
連れてこられたのは大きな鉄の扉の前。町外れにある何かの工場だった。
「黒木くん、地理は苦手かな?」
またしても無表情に笑顔を浮かべる。何をたわけたことを。
「まぁよくて、此所に来たのには理由があって」
細長い人差し指で僕の視線を誘導する。指の先にはなんだか高級マンション等で見たことがあるような機械だった。
「あれを、解除してほしいの」
――――オートロックだった。さて、彼女は何をする気でしょうか。僕の予想が正しければ、
「ふほーしんにゅー?」
「言い方に気を付けてよ。ただの無許可家宅捜索」
一体何が違うんですかっ!そうだ。よく考えれば僕は彼女の名前も知らない。しかも全身黒装束。そして無駄に美人(割と重要)。いかにもあ・や・し・い。
「あたしの、名前?」
僕の顔を見つめ、少し困惑の色を浮かべた。だが無表情に代わりはない。すらっとした顎に左手を当て、右斜め上を眺め考えるポーズ。何故名乗るのに考える必要が?
「黒木くん、すきな言葉は」
まさかの質問返しとは。反論しようにも彼女の眼が「答えて」と言ってるようで、取り敢えず答えることにした。
「すきな言葉ってか……あ~、僕は〈純白〉って言葉がすきかな」
彼女は何度かその言葉を呟いた。と、不意に僕を見て
「百合」
何が言いたいのか理解するのに数秒かかった。
「え……あ、名前?」
「そぅ」
それは本当の名ですか?多少の疑問がよぎるんですが。まぁいいとして。
「名前なんて、ついたことないなぁ」
百合さんがぽつりと呟いた。どこか寂しげだった。
「…どういうことですか?」
百合さんは無言のまま僕に白い手袋を渡した。本当に僕を巻き込んで無許可家宅捜索に及ぶのだろうか。
「早く。解除」
お言葉ですが、オートロック解除に頭脳は関係ありません。…などと言うヒマも与えず僕の手首を強引に引っ張り、解除できるはずのない機械の前に突きだされた。
こうなったら仕方ない。適当な番号を打って「この僕がやっても開かないんだから諦めましょう」とか言ってやめさせよう。その前に、僕には聞きたい事があった。
「百合さんはなんで此所に入りたいの?」
オートロックの適当なボタンを押す。4・6・8…
少しの沈黙の後、百合さんは静かに語った。
「あたしは、ある探し物をしていて、思い当たる所をくまなく探してるんだ。それで、此所に来てみたんだけどオートロックがはずせなくて」
そこで百合さんの言葉は止まった。不法侵入という罪を負ってまで見つけたいものとはなんだろう。なんて考えながらボタンを押す。2・2・5・3っと。計七桁の数字を打ち込む。さぁ帰ろう――――
「さすが黒木くんだね」
目の前の鉄の扉から「ガコン」と音がした。まさか…
「さぁ着いてきて」
鉄の扉がゆっくり開いた。あぁ…なんでこんなに勘が鋭いんだろう…。
仕方ない、後戻りは出来ないと、僕は扉の奥へ進む百合さんの後を追った。