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ショートえっち  作者: 友野久遠
第4話  ミイラ取りのララバイ
16/22

3、秘密は公園に

 夕焼けに染まり始めた公園にやって来た廉は、まだ制服を着ていました。

 紺チェックのスーツの着こなしが、ひどく大人びた感じがします。

 クラスの他の男子と、からだのラインがまるで違うのです。


 ナマイキ! この恵まれたルックスで、何人の女の子を‥‥。

 また腹が立ったので、廉をにらみつけました。


 「告白って感じじゃないね。

  さしずめ、昨日の口止め料の請求‥‥かな」

 廉が首をすくめて言いました。

 「麻衣のことを話したいのよ。 もうわかるでしょう?」

 「麻衣?」

 廉は目をぱちくりさせて、馬鹿みたいに繰り返しました。

 「麻衣って、原井の麻衣ちゃん?」

 「他に誰がいるのよ」

 「どうして、麻衣ちゃんを鈴木さんが知ってるの?」

 「‥‥麻衣から聞いてないの?」

 あきれて大声を出してしまいました。

 だって、普通カレシのクラスに友達がいたら、話の種にするでしょう? その子、わたしの友達よ!って。


 「聞いてない」

 廉はベンチに腰を降ろしながら言いました。

 「女の子の話はあんまり持ち出さないんだ。 僕は信用がないからさ」

 「誰だって信用しないわよ! 自業自得でしょ?

  何よ、昨日のあれは!!」

 「昨日のをカウントされるとヘコむなあ。 不可抗力だと思うんだけどなあ」

 廉は頭をかいて、前髪を無造作にかき上げました。


 「相手の責任だって言いたいの?」

 「いや責任はともかく、ためらってたら怒られたじゃないか。

  エッチな事じゃなかったんだし、あの場合断れないだろ」

 「じゃあ、誰とでも、あそこまではするのね!」

 「あそこまでって」

 廉は困り果てたように下を向き、ついに笑い出しました。

 「助けてよ、僕が何をした?」

 「いっぱいしてるでしょうに!

  あの子とはしてなくても、よそで目一杯!」

 我ながら脈絡のない論法だと思いましたが、とにかく攻撃第一です。


 「うーん。 よそでね。

  ‥‥まあ、その通りだ」

 廉は小さく何度もうなずき、あっさり認めました。

 先生に叱られている小学生よりも素直です。

 「まったく!」

 わたしは廉の前で立ったまま腕を組み、説教の体勢になりました。

 「麻衣、電話で泣いたのよ、もう別れてやるって。

  いったいどうしてそんな事になるわけ? どうして麻衣ひとりじゃいけないの?」

 「理由‥‥?」

 「そうよ!」

 「‥‥うーん」

 廉はホントに困ったように、黙り込みました。

 どうして?

 

 逆ギレ。 無視。 嘲笑。 開き直り。

 この4つのパターンしか想定してなかったのに、困ってるって、予想外。

 

 「理由も言えないの?」

 「‥‥言ったことがない。‥‥誰にも」

 「麻衣にも?」

 「うん」

 「じゃ、わたしも麻衣や他の人に言わないから、言ってみない?」

 廉はちらりと目を上げました。

 前髪の隙間から覗いた透き通った瞳が、ちょっと情けない表情をしていました。


 そして、ポツリと一言。

 「がまんできない」


 ボン、と音がしました。

 わたしの顔が赤くなる音です。

 そんな音があるはずがないのに、確かに聞こえました。


 「ちょっ‥‥広‥‥! まじめに」

 「真面目な話だって。

  麻衣ちゃんは親と同居だから、夜は泊めてくれないだろ?」

 「広瀬く‥‥」

 「3日くらいが限界なんだ」

 「もういいわ」

 「つらくなると誰でもいいから電話してベッドに入れてくれって頼‥‥」

 「やめてやめてやめてイヤイヤイヤイヤ!」

 「僕だってたまには机とか床じゃなくて布団で寝たいんだ!」


 「やめて‥‥じゃなくて、‥‥ええ?」

 自分の叫び声で、聞き取れませんでしたが。

 「今、なんて言ったの?」




 日が落ちかけた薄暗がりの公園で、プレハブの物置小屋の扉を開き、驚きました。

 床にブルーのシートと、小さめのマットのようなものが敷き詰めてあります。

 「ホームレス高校生って感じねえ」

 わたしは感心して言いました。

 公園の物置小屋は、いい感じに四畳半の私室になっています。


 「今晩限りで撤去しないと」

 廉が溜め息をつきました。

 「土日はゲートボール大会があるとかで、そうなると早朝から道具は出すわ、掃除はするわで。

  ばあちゃん達って、なんっでああ元気かな」


 「ここがだめな時はどうするの?」

 「学校が案外簡単に泊まれるんだけど」

 「ほんと!?」

 「最近、セキュリティシステムに頼り切ってるからね。

  最初から学校を出ずに上手に隠れてたら、そう苦労はしないよ。

  窓開けたら警報が鳴っちゃうけど」

 「温度調節が鬼門ね」

 「その通り」


 廉が家に帰りたがらないのは、麻衣からもよく聞かされていました。

 父親と折り合いが悪いということだけで、詳しい理由を麻衣も知らないようでした。 

 とにかく廉は中学の頃から、家に居付かなくなりました。

 伯父さんの家が近かったので、そこに逃げ込んでいたようです。

 でも、伯父さんが市外へ引っ越して行った中学2年の夏から、廉は自分で宿を開発せねばなりませんでした。


 ほとんどは、ミサオさんという人の家に入り浸って過ごしたそうです。

 ミサオさんはちょっと変わった人でした。

 娘のカレシだった廉に手を出して、パトロン役になったとか。

 よくわからない世界です。


 その女性に、昨年めでたく恋人が出来たらしいのです。

 娘の方も、好きな人が出来たと言って、一昨年から廉のものではなくなりました。

 親子ともに振られたわけですが、廉は喜んでいました。

 この感覚も、わたしには解りません。


 とにかく。

 そんなこんなで廉は去年から、ねぐらに困る身の上となったのでした。


 「一番困るのは、私物なんだよ。

  学校の荷物は学校に置くとして、着替えとか食料とかの財産がね。

  寝るのは木の下にごろ寝でも、荷物はそうは行かない。

  いつも大荷物で歩かなきゃならなくなる」

 廉のぼやきは、切実でした。


 「男友達のとこに転がり込むのは?」

 「それもやったけどね」

 廉は笑いながら首を振りました。

 「一ヶ月とか、期間限定ならいいけどね。

  先が見えないと、向こうもいらつくし、僕も遠慮するし、疲れるよ」


 「もしかしたら女の子とは、ショバ代がわりにえっちしてるの?」

 「はは、まさか」

 笑い飛ばされてしまいました。

 「でもさ、全然そういう関係じゃない男に、今夜泊めてって言われても泊めないだろう?」

 「そりゃあそうよ」

 「だから、手を出しちゃうのが一番早道、っていう面はあるよ」

 「早道って」

 「相手が喜ぶのが大前提だけどね」


 わたしは、廉の顔を改めて見てしまいました。

 こいつどこか壊れてるな、と思ったのです。

 どこか一箇所、ドアが空きっぱなしな感じ。

 流通してちゃいけないものが、流れ出てしまってる感じ。


気がつくと、廉もこっちをじっと見ていました。

 どきりとするようなアブない表情に見えました。

 夕日は完全に沈みきっています。

 暗がりの中で、廉の白い顔は闇に溶け込んでいます。

 

 ふと、懐かしいような不思議な思いにとらわれました。

 昔こんなことがあったような。

 遠い日の夢に見たような。


 「鈴木さん」

 急に呼ばれて、はっと我に返りました。

 「えっ、ああ、‥‥なに?」

 「着替えをしたいんだけど」

 「あ! ごめん! ‥‥外に出てるね」

 「帰らないで待っててよ。 すぐ終るから」

 

 開けにくい扉をガシガシ開いて、外に飛び出しました。

 恥ずかしくて体が縮みそうです。

 ‥‥廉が着替え中だから恥ずかしいんじゃなくて、自分の誤解に気づいたからです。

 彼がじっとこっちを見てた理由は、着替えをしたいから出ていてくれって言い出しにくかったからなんです。 そうとも知らず、わたしは廉に見つめられて、一瞬うぬぼれていたんです。 

 なに見とれてるんだろう、って。


 そんなことを考えるなんて、馬鹿げてます。 わたしは文句を言いに来たんです。

 広瀬 廉はスケコマシのサイテー男だったはずです。

 こんなにドキドキするなんて、どうかしてる!!



 「きみ、今時分なにしてるんだね?」

 突然、死角から呼びかけられて仰天しました。

 すぐそばの街灯の下に、人が立っています。

 自転車を押した、おまわりさんでした。


 「こんな暗くなってから、ひとりで危ないじゃないか。

  ここは、この前の日曜も痴漢が出たんだよ」

 「はあ、あの、ええ‥‥と」

 咄嗟に言い訳が浮かばず、わたしは言いよどみました。

 小屋の中の人を待ってるとは言えません。 そんな変なとこへ入ってること自体、法律違反です。


 「ト、トイレへ友達が入ってて。

  待ってるんです、一緒に帰るモンで、は、はは」

 わけもなく笑ってしまって、我ながら不自然。


 「トイレには誰もいなかったよ。

  今、本官が見てきたので間違いない」

 「‥‥げ」

 「きみはひとりなんだな。 おまけに嘘つきだ。

  悪い子だ。 いけない子だ」

 

 ここで何故か、警官はにやりと笑いました。

 「そういう子は、こういう目に会うんだよ」

 

 信じられないことが起こりました。

 警官が、自転車をがしゃんと投げ倒したのです。

 街灯の下で、警官の下半身があらわになりました。


 ズボンもパンツも穿いてない、下半身が。



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