2、セカンド・エロス
いつなんでしょう、麻衣が、広瀬 廉と付き合うようになったのは。
本人たちにも、はっきりわからないようです。
まあどうでもいいことです。
あんなに女癖の悪い男に、どこからどこまでと線を引かせること自体、何の意味もないんですから。
とにかく、わたしが廉の話を麻衣から聞いたのは、高校1年の春でした。
わたしの家で雑談してる時でした。
クラス写真を見て、麻衣が歓声を上げたのです。
「廉と同じクラスなの!?」って。
その時点で、廉は麻衣のほかに、麻衣の友達とも付き合っていました。 同時にその母親とも。
彼の携帯はその女が渡したもの、と麻衣から聞きました。
廉の余罪はまだまだあります。 女を常に7・8人は揃えてないと、生きていけない男なのです。
麻衣はひとつひとつ、わたしに教えてくれました。
それはおかしな姿でした。
恋人の浮気を語るにしては、何だか楽しそうに見えるのです。
どこか狂ってる、とぞっとしました。
わたし自身は、廉とはほとんど話したことがありませんでした。
同じクラスにいても、会話をした記憶は数えるほどです。
廉の方は、誰とでも気さくに話をする人間ですから、きっと私の方が、話しかけようとしなかったんでしょうね。
会話をした記憶と言えば、窓の開け閉めのことくらい。
当時の一年生の教室はひどいおんぼろで、窓がさび付いていて開けにくく、開けたが最後、二度と閉まりませんでした。
「鈴木さん、頼むよ」
窓際の席にいた廉に、何度か開閉を手伝わされました。
わたしはそういうことが得意でした。 築50年の古家で育てば、誰だってそうなります。
閉まらない窓のキモチが、わたしにはわかったのです。
それ以外のことで、廉がわたしに興味があるようには、とても思えませんでした。
クラスの女の子たちは、廉に相当に興味があるようでした。
陰でこそこそ噂したり、印象に残ろうと、馬鹿をやったり、こっそりネバネバにじり寄ったり。
友達におんぶ抱っこで、自分では何もしない子もいます。
そういう子に限って、楽屋に下がるたびに、一番大騒ぎするとか、その友達も、親友のために一肌脱いだふりをしてるけど、実は自分がドキドキしたくてやってるとか。
まあずいぶん、いろんなアプローチがあるものだと思います。
ホントにただただ、感心してしまいました。
でも、ここだけの話、当時わたしの目から見た廉は、少しも女好きには見えませんでした。
ルックスはいいし、子供っぽくもなかったですけど、話をしてると、なんかね。
プレイボーイって感じじゃないんです。 もう少し、無邪気っていうんですか?
変な話、まだ女に目覚めてないみたいに見えるんですよ。
相手に警戒心を起こさせない点では、得なキャラなのかもしれません。
「あたし、廉と別れる。
気が変にならないうちに、別れるからね!!」
麻衣が電話口で泣きました。
高3に上がる年の、春休みのことです。
学校が休みなので、廉と愛人たちのタイムテーブルが狂ったのです。
廉は、一人ぼっちで家にジッとしていることができない男です。
並み居る恋人たちに電話をかけ始めます。 本妻から、2位3位と順位があるようです。
1位の麻衣は、たまったもんじゃありません。
自分がスルーした途端に、浮気されるわけですから必死です。
廉の時間を、なんとか食いつぶそうと無理をします。
勉強、友達、趣味、イベント。 あらゆるものを犠牲にして、廉に付き合おうとします。
そこまで頑張っても、油断するとやられます。
「きのう○○ちゃんに会ったんだけど」
廉が電話で言うので、麻衣はどん底に落ちます。
「なんで会うのよ! ほかの子となんか、会わないでよ!」
そう言いたいのに言えません。
言った途端、本妻から6位くらいに転落です!
にっこり笑って、話をきいてやらねばなりません。
廉だって部活やバイトがあるし、そんなに暇なはずはないんですが、女に会う時間だけは、何故だかいつでも湧いて出てくるのでした。
「なにそれ! 奴隷より悪いじゃない!
女を馬鹿にしてるんじゃないの?」
麻衣の話を聞いて、いらいらして叫びました。
一度文句を言ってやりたいと思うのですが、もうクラスが違うので、滅多に会うことがありません。
わざわざ呼びつけてまで説教するほどの情熱は、その時点ではありませんでした。
それが、下駄箱で廉を見た日の前日のことだったのです。
実際に見てしまうと、この男やっぱり尋常じゃないという気がして、麻衣が可哀想になりました。
同時にふつふつと怒りが沸いて来ました。
廉を異性として意識したのは、これが初めてのことでした。
少なくともわたしの意識の中では、廉は清潔なクラスメートだったのです。
バス停に向かう歩道を、息の続く限り駆け抜けました。
胸の中にハリケーンが吹き荒れていました。
ナマでラブシーンなんか見たのは初めてです。
日常の情景の中に、そんな世界があったことがまずショックでした。
それが知り合いだったことが二重にショックで、道着のままで抱き合ったふたりの姿が、頭に焼き付いて消えません。
それまで廉というオトコは、あまりよく知らないヤツでした。
彼はあくまで麻衣の話の中だけの存在であって、クラスで一緒だった「広瀬くん」とは別人でした。
頭の中では同一人物とわかってましたが、どこかで別の引き出しに分類されていたんです。
それがいきなり、ひとりの人になってしまったのです。
わたしは混乱のあまり、泣き出しそうになっていました。
その感情が何なのか、その時はよくわかりませんでした。
とりあえずは「怒り」だと思うことにしました。
胸の動悸は、憤慨してるからだと。
怒りの理由もちゃんとあります。 麻衣を泣かせる行為だからです。
やっぱり、ひとこと言ってやる。 そう決心しました
麻衣には内緒で、廉の携帯番号を手に入れました。
呼び出したのは、次の日の夕方、家の近所の公園でした。
そこなら知っていると廉が言ったのです。