緑川君にはかなわない
卒業式の日、思い続けた人に告白する勇気ありますか。
ソプラノのパートリーダー間壁先輩、本編中では悪役でしたが、そこはやっぱり恋する乙女であったのです。 この話は実験的に主人公側だけの会話文の形で書いています。
やだ!
ちょっと。
あはは……やあねえ。
そんなにびっくりすることないじゃない。
そりゃ、急に声かけたけど。
この自転車置き場、真っ暗だしね。
それにしたって、驚きすぎよ。
荷物落としてまで飛び上がることないと思うわ。
卒業証書、ここまで転がって来たわよ。
わかった、ごめん。 ホントのこと言う。
待ち伏せしてたの。
気配殺してたのも認めるわ。
二人きりで話がしたかったの。 他に人がいたら声かけなかった。
緑川くんと話せるのも、今日で最後になるから。
うん、歩きながらでいいわ。
まあ! ずいぶん人気者なのね!
学ランのボタン、全部持ってかれちゃってるじゃない。
うわあ、こんなの初めて見るわ。
組章は誰に取られたの?
‥‥えええ?
やだ、あははなんでそこで男子の名前が出るのよ。
おホモだちゃじゃないでしょうねえ、イヤあねえ。
うん。
うん、そうよ。 上京するの。
私の場合は、向こうに祖母がいるから。
もう大体、荷物は送ったのよ。
音大生はみんな大変よね。 防音してないとこに住むと、練習が難しいから。
祖母のうちは、防音設備はないけどね。
家の裏が河原で交通量も多い道路があるから、発声くらいそこでできるって。
なのに、昨日来た手紙になんて書いてあったと思う?
昨日そこで痴漢が出たから、あそこで歌うのはやめた方がいいって。
信じられる? 卒業前日になって言われたってねえ。
いえいえこちらこそ、ありがとう。
いろいろ楽しかったわ。
緑川くんには、迷惑ばっかりかけてごめんね。
やだもおっ、ほんとよ。 本気で思ってるんだって。
ホントに反省も感謝もしてるんだから。
あなたが部長だったから、私みたいなのにパートリーダーが務められたのよ。
緑川くんから見たら、私なんか、直情的でポリシーのない女の子に見えたでしょうね。
気が強いばっかりで、ふらふらだったわ、私。
初めての会話で、あなたが私になんて言ったか、今でも覚えてるわ。
風紀委員になったのよね。 一年の一学期に、ふたりで。
学校の事なんか何にも知らないうちによ。
それで、最初の委員会に行く時、ふたりで初めて会話らしい会話をしたんだわ。
「スカート短すぎるんじゃないか」
あなた、私を見ていきなりそう言ったのよ。 覚えてる?
「ウェスト折り返しちゃいけないんだよ。
これから委員会なんだから、ちゃんとしてくれないか」って。
そうよ! 私は素直じゃなかった。
「こんなの、みんなやってるじゃない。
やってない人なんて、校内で一人も見たことないわよ!」
そう言ってツンとしてたんだわ。
うるさいヤツと組んじゃった、ってうんざりしてたの。
「校則を守る事については、同意書にサインしてるだろ?」
「同意書? なにそれ。 そんなの知らないわ」
「マジか? サインなしじゃ入学できないはずだぜ」
「少しおしゃれに着るくらい、いいじゃない」
「その恰好がおしゃれなのか」
「そうよ」
「気に入ってやってるんだな」
「そうよ」
「じゃ、仮に明日、ふたりでデートするとしてだ」
「な、なんであなたとデートしなきゃいけないわけ?」
「仮にだと言ってるだろう。
僕がおしゃれして来て欲しいといったら、きみはその恰好で来るのか」
「いくらなんでも、オフタイムに制服は着ないわよ!」
「つまり、私服のほうがおしゃれだと」
「あたりまえでしょう」
「じゃあなんで、私服で登校しないんだ」
「はあ?」
私はあきれてしまったわ。
「そんなの校則違反じゃない。 校門から放り出されてしまうわ」
「改造だって違反だぜ。 放り出されはしないけどな」
私は恥ずかしくなって下を向いたわ。
わかってたわよ、もう。
私たちのやってることは、甘えだって。
大人が大目に見てくれるかどうかが、言い訳にかぶせたポリシーの基準になってるって。
「社会人の自覚がある大人は決してやらないことを、僕らはやってるんだ。
デパートの店員や銀行員が、制服を改造してるのを見たことがあるか?」
あなたは正しいわ。
ガチガチの規則馬鹿だと思ったけどね。
だって、正しいことなんか、だあれも喜んでくれないじゃない。
もう口をきく気にならなくって、それからずっと黙ったままだった。
で、6月だったかな。
風紀委員の仕事で、校門の遅刻者取締の当番の日。
私、あなたとふたりで当番だったのに、遅刻したのよね。
校門に着くと、あなたひとりで遅刻者のチェックしてて。
ものすごく怒ると思ってたの。 覚悟してたの。
でも、あなた怒らなかった。
わたし、ひどい恰好だったものね。
ドロだらけで、あちこちすりむいて。
三つ編みがほどけたのを、言い訳みたいに編みなおしながら、順番を待って。
「ごめんなさい」って生徒手帳を差し出したのに、あなたは受け取らなかった。
理由もきかなかった。
黙って保健室まで、連れてってくれたでしょう。
わかってたのね。
言わなかったけど、緑川くんわかったんでしょ?
そう。河原で発声してから登校するのが日課だったの。
その朝、いきなり後ろから抱きつかれたのよ。
橋の下に引きずり込まれて、乱暴されかけたの。
ものすごく必死で抵抗したわ。
腹が立った相手に殺されてもいいと思ったくらい、腹が立ってたから。
それでようやく逃げ出せたの。
でもね、ものすごく悔しかったことは、声が出なかったことよ!
私の自慢の声、どこまでだって届く声。
声さえ出せたら、あんなにドロドロにされずに済んだのに!
何のための発声練習よ! 鼓膜ぐらい破ってやればよかったのに。
大体、あんなに大きな声を出してる最中に襲うなんて、全然馬鹿にされてるじゃない!
落ち込んで落ち込んで、もう学校なんか行く気がしなかった。
でも、行かなかったら緑川くんに好き勝手に言われると思って。
そうね。
そうかもね。
わたし、その恰好を見せるために学校に行ったんだわ。
こんなにひどい目に会ってるのに、仕事をしようとしたのよ!
あんたが固いからよ!ってね。
誰かに恨みを晴らしたい、みたいな考えだったのね。
保健室の先生に、お願いしますって頭下げてる緑川くん見たらね。
くだらないプライドで突っ張りかえってたのが恥ずかしくなったわ。
素直に泣いて、保健室の先生に事情を話すことが出来たわ。
警察にも連絡して貰った。
すっきりしたわ、ほんとに。
ね。
白状するわね。
あれから、ずうっと、あなたのこと好きだった。
待って。 返事はいらないわ。
わたしなんか、好みじゃないってちゃんとわかってるもの。
緑川くん、好きな子には好きって全然隠さないじゃない。
だから、変に近づいてうるさがられたくなかったの。
可愛くないとこばかり見せちゃったし。
ほんとはね。
今日は第二ボタンもらおうと思ってたのに、ずっと言えなかったの。
式が終って、クラブのお別れ会が終って、そのあとみんなでカラオケに行って。
馬鹿でしょう。
こんな時間まで、第二ボタン残ってるはずナイじゃないねえ。
もう。
こんな時に、何よ。
涙出て来ちゃったじゃない。
「ごめん」って何?
ああ、そうか、気付いてたのね。
そんなのずるくもなんともないわよ。
もういいわよ。 やあね。
気にしないでよ。
は?
何?これ。
ボールペン?
ボタンの代わりって。
ああ!わかった!これ、指揮棒ね!
緑川くん、これ気に入ってたもんね。
ボールペンだけど、するする伸ばして黒板とか指すやつよね。
音楽室の備品だったんじゃないの?
ガメて来たって、‥‥もう。
校則にはうるさいくせに、窃盗犯じゃないのお。
おまけに、これ指揮の時握りやすいように、テープ止めしてあるじゃない!
もう完全に私物化してたわねえ?
笑えるわこれ、ホントにくれるの?
ほら、これこうやって構えて、いつも私にいうのよね。
「さあ始めるよ。
マカちゃん、ソプラノ並べてくれる?」って。
ありがとう。
大事にするから。
笑わないでよ。 本当よ。
涙……って。
そんなの出てないわよ。
もう! 拭かないでよ! 緑川くんのハンカチにハナミズ付いたじゃない!
触るんじゃないの! 怒るわよ。
ほんとにもう。 何笑ってんのよ? ばか!
うん、そっちも元気でね。 がんばってプロになってよ。
その時にはチケット買うし、売ってあげるわよ。
うん。 私も頑張るわ。
ありがとう。
バイバイ。
(“緑川くんにはかなわない”終わり)