魔王の決断と暗躍する魔王軍①
アーサーが王国に向かって二日が経った。
あの日以降、魔王城の雰囲気は以前のような重苦しいものに戻っていた。
ゼノン自身もある策を遂行すべく、ほとんど寝ずに部屋にこもっている。
コンコンコン
部屋の中に渇いたノック音が静かに鳴り響く。
「魔王様ただいま戻りました。」
礼儀正しくお辞儀をしながら入室してきたのは、四天王の一人鬼神族の族長アウラであった。
鬼神と聞けば武闘派のように聞こえるが、このアウラは珍しく穏健派の筆頭魔族である。
これまでは街の復興作業の為各地に赴いていたのだが、今日はあることを伝える為にゼノンが登城を要請したのだ。
「いきなり悪いな。とりあえず座ってくれ。」
アウラは「はい」と静かに返事をすると、ソファに腰掛けた。
落ち着いた様相を見せているがかなり緊張している。
ゼノンが誰かを名指しで呼び出すことなど、今回が初めてだったからだ。
「酒は飲むか?」
「いえ、お構いなく。」
アウラが断りを入れると、ゼノンは「そうか」と呟き自身のグラスにだけ酒を注ぎそのまま口に含んだ。
口の乾きを潤すと静かにアウラを見つめた。
その重苦しい空気に耐えきれずアウラが切り出した。
「何か不手際がありましたでしょうか?」
無言の空気に耐えきれずアウラが尋ねると、ゼノンは少し笑った。
「いや、お前の部隊からの報告はいつも素晴らしいものだ。」
ゼノンの笑みを見て緊張が少し和らぐアウラ。
しかしそうなると自分が呼び出された理由が、ますます分からなくなった。
グラスの中の残り酒を一気に飲み干すと、ゼノンは懐かしそうに話し出す。
「アウラが四天王となってもう十二年か。時が流れるのは早いな。」
「そうですね。まだまだ若輩者ですので今後ともご指導の程、よろしくお願い致します。」
アウラの真っ直ぐな瞳を見て、自分の判断に間違いはないと確信したゼノン。
「実はなアウラ。俺は魔王を辞めようと思っている。」
「そうですか、魔王をお辞めに…………すいませんが今なんと?」
「いやだから魔王を辞めようかなと」
思っていると続けようとしたゼノンだったが、アウラが両手を机に叩きつけたことで発生した大きな音によって、最後まで言い切ることができなかった。
「ふざけないでください!!貴方様以外に!誰が!?我々魔族を率いてくださるのですか!?」
怒っている。元々鬼神族は温厚ではない種族だ。
そんな種族の長であるアウラがブチ切れている姿は一般の人が見たらトラウマものだろう。
しかしそこは最凶の魔王ゼノン。どれだけ凄まれても一歩も引くことなく理由を告げる。
「まぁ落ち着け。何も酔狂で辞めるとは言ってない。」
「当たり前です!酔狂ならその頭叩いてでも直しますから。」
(俺は動かなくなった魔道具か?)
突っ込む余裕があるとはいえ、このままでは本当に叩かれそうなので自身の思いを告げる。
「お前は穏健派として、人間と共存できると本気で思っているか?」
ゼノンの問いかけに少しだけ考えてからアウラは答える。
「今のままでは無理でしょう。確かに、あちら側にも我々のように共存を求めるものも多数います。しかし国のトップが変わらない限り無理かと。」
王国側の王を初めとする重鎮達は、魔族を滅ぼして自分達の領土を増やしたいとする者が殆どである。
魔族側にもいたのだが、ゼノンと拳で語り合って既に改心済み。
やはり問題は王国側であった。
「勇者アーサーは知っているか?」
「はい、何度か会って話しもしました。あの勇者が国のトップなら共存の道は開けそうですがね。」
アーサーの評判は魔族の間でもかなり高い。共に手を取るとなれば良い関係が築けるだろう。
だが、今の国王ではそうはいかない。王国の体制がガラリと変わらなければ、人と魔族の共存は成し遂げられない。
その考えに対しては「確かにそうですね」と同意するアウラ。
「しかし、それがなぜ貴方様が魔王を辞めることに繋がるのですか!?」
アウラの熱がまた高まりそうになったので、ゼノンは一旦水を入れたグラスを差し出しクールダウンさせる。
「奴らがなぜ魔族を滅ぼそうとするか分かるか?」
「単に領土が欲しいだけでは?」
アウラの答えに対して静かに首を横に振る。ゼノンの答えは至ってシンプルだった。
「俺のことが怖いからだよ。」
「怖い?それは当然でしょう。貴方は我々のトップでここまで何年も前線で戦っておられたのですから。」
「だからだよ。そんな俺がいくら共存の道を説いたところで、今の王国側は聞く耳なんて持たないだろ?」
「それで魔王を辞めると?確かに理屈は分からないこともないですが、貴方様の後の魔王なんて大役、一体誰が務められると?」
「ん?お前にするつもりだが。」
まさかの指名に一瞬言葉を失ったアウラだったが、
すぐさま自分を取り戻し、首が取れるのではないかという勢いで左右に首を振りまくる。
「無理無理無理!!なんで俺なんですか!?」
ついに敬語が取れたアウラ。その姿を見て愉快そうに笑うゼノンだが、これにはきちんとした理由があった。
「いや、お前が一番の適任だ。穏健派として復興作業に携わってるから民からの信頼も厚い。それに部下をまとめるカリスマ性もあるし、他の四天王からの信頼されているのも知ってるぞ?」
「そ、それは嬉しいんですけど...じゃあ貴方はどうするんですか?まさかどこか遠くでひっそりと隠居するつもりですか?」
完全に砕けた口調になったアウラは、ジト目でゼノンの事を睨みながら問いかけた。
(もしそんな事考えてたら逆にこき使ってやる!)
そんなことを考えていたアウラだったが、次の瞬間全ての考えが消え去った。
「俺はアーサーに殺されようと思う。」
二人の間にまた重苦しい沈黙という時間が訪れた。




