アーサーの決意
ゼノンの思いを聞いたアーサーは言葉を発することなく俯いていた。
(僕は簡単に考えすぎてたのか?あのゼノンがここまで感情を出して止めるなんて……)
母が同じような形で王国に向い、二度と自分の元へ帰ってくることはなかったゼノンの心情は、誰も推し量ることはできない。
今までずっと後悔の念に押しつぶされそうになりながらも、魔王としての責務を果たしていた。
そして今、大切な友人が同じような形で王国に向かおうとしている。
ゼノンはアーサーを引き止めるために全てをさらけだしたのだ。
(でも、これで僕が行動を起こさなければ確実に戦争になる。)
そんな時アーサーの脳裏に浮かんできたのは、この土地で過ごした日々の思い出だった。
最初は戸惑いながらも一緒に仕事をするうちに仲良くなった門番の魔族達。
買い物に行くたびに楽しそうに話しかけてくれるおばさんやおじさん。
街中を楽しそうに走り回る子供達の姿。
そして毎日笑いながら酒を酌み交す目の前の友人の姿。
そしてアーサーの決心は固まった。
「ゼノン聞いてくれないか?」
アーサーの言葉を聞きゼノンの視線はアーサーに向かう。
「僕がこの世界に召喚されたのは19歳の頃だった。前勇者が亡くなったことで異世界から召喚されたんだ。右も左も分からなかった僕は王の言われるまま修行をしなが魔族に攻められた村や街の復興を手伝いをした。」
前勇者とは先代魔王を討伐した勇者だ。
アーサーはグラスの中に入ってる酒を少し飲み一息入れる。
「ある程度力が着いた頃、王からの命令で魔物討伐や魔族の相手もした。」
(魔族が強くて何回か死にかけたこともあったけ。)
「あぁ、知っていたさ。その頃から勇者が動き出したと部下から報告を受けていたからな。」
知られていたことが嬉しかったのかアーサーは少し笑みを浮かべた。
「そして三年が経ったある日、王から呼び出されて魔王討伐の旅に出ることになったんだ。」
話を聞いてるうちに一つの疑問がゼノンの頭に浮かんだ。
「お前が魔王討伐に旅立ったのって22歳の時か?」
「そうだね。」
「今何歳だ?」
「25歳だよ。」
年齢を聞いてゼノンは少し驚いた。歳が若いとかの理由ではない。
王城のある場所からこの魔王城まではどんなにかかっても一ヶ月で着く。それが何故三年もかかったのかと。
「あ、真っ直ぐ来たら一ヶ月なんだけど王の監視下からちゃんと離れたのは初めてだったからね。色々なものを見たかったから、周辺諸国との交流って名目で他の大陸に行ったりしてたんだ。」
「なんでそんなことを?」
アーサーは空いた二人分のグラスに酒を継ぎながら答えた。
「王国にいると魔族絶対悪の話ししか聞かないからね。他のパーティーメンバーは元々王国の出身だったから同調してたけど、他の世界から来た僕には何だか気持ち悪くてね。自分の目で見たかったっていうのが一番の理由かな。」
(だからあの時、他の連中とは違った雰囲気を感じたのか。)
アーサーが魔王城に乗り込んできた時を思い出し納得したゼノン。
「今日まで魔族領で暮らしてきて一つの理想ができたんだ。」
「理想?」
ゼノンが聞き返すとアーサーは決意の籠った瞳で答えた。
「僕の理想は、全ての種族が共存して暮らすことの出来るそんな世界を作ることだ。」
宣言したアーサーの姿に、在りし日の母の姿が重なって見えたゼノン。
『ゼノンよく聞け、我の夢は魔族とか人間とかエルフとか関係ない、みんなが争うことない世界を作ることじゃ!』
そんな光景を思い出し、ゼノンは一瞬アーサーから視線を外せなくなった。
持っているグラスの氷がカランとなる音で、ふと我に返るゼノン。
「そんなこと出来るはずないだろ。」
「行動しなければ何も変わらない。でも行動すれば変わることもあるかもしれない。」
一歩も引かない両者の話し合いはまだまだ終わらない。
「別にお前がやる必要はないだろ?」
「いや僕にしかできないよ。他の種族の生活を見て、実際に魔族の人達と生活をして分かったからね。」
「分かったって何を?」
「人も、エルフも、ドワーフも、魔族も違うのは姿だけだ。嬉しかったら笑うし、悲しかったら涙を流す。腹を立てたら怒るし、落ち込んでいたら励ます。言葉を話せるから仲良くなることができる。」
いつの間にかゼノンはアーサーの話しに反論することなく、静かに聞き入っていた。
「実際に見て話をした僕だからこそ、みんなの橋渡しになれる。争いのない世界を作る一手を打つことが出来るのは他の誰でもない。この僕自身だ!」
迷いの一切ない瞳で話しをするアーサーを見て、折れたのは最凶の魔王ゼノンだった。
「……分かったよ。だがやはり王国の人間は信用出来ない。」
「ゼノン!?」
「だからこれを持っていけ。」
ゼノンは引き出しから一つのペンダントを取り出すと、アーサーに向けて放り投げた。
パシンという良い音を鳴らしながら受け取ると、アーサーは不思議そうに眺める。
「これは?」
「それは母の形見だ。守護の魔法が掛かっているから道中のお守りになるだろ。」
王国から唯一戻ってきた母の形見。それをアーサーに渡したということは、母の思いも預けたという意味だった。
「いいのかい?」
「俺が持っているよりお前が持つ方が母も喜ぶだろうからな。」
「ありがとうゼノン。」
「勘違いするな、必ず返しに来い。」
「あはは。分かったよゼノン。」
二人はお互いの気持ちを全てぶつけたことでスッキリとした気持ちになった。
「いつ出発するんだ?」
「そうだね、明日準備をして明後日には発つよ。少しでも早く戻らないと行けないからね。」
(最短で片道一ヶ月かかる王都までの道のり。あちらで説得する時間も考えたら、次に会えるのは3ヶ月後くらいか。)
ゼノンはそんなことを思いながら酒を飲む。
(それだけあれば十分だな。)
アーサーはおろか、他の誰にも言っていないゼノンの策。
それを脳内で固めようとしたが、 目の前で楽しそうに飲んでいる友人の姿を見るとその考えを一旦消すことにした。
(今はこの時間を楽しむとしよう。)
この後夜が更けるまで二人は飲み明かした。
そして二日後、アーサーは王国に向かって旅立った。ゼノンは見送ることなく魔王城の窓からその姿を見ていた。
「さて、こちらの準備も進めるとしよう。これが魔王としての最後の仕事だ。」
ゼノンの言葉は誰にも聞かれることなく宙に消えていった。




