魔族領で暮らす勇者④
「なん…だよこれ?」
報告書に目を通し唖然とするアーサー。
その様子を見て、一瞬見せたことを後悔しそうになったゼノンだが、今後のことについて話し出した。
「流石に勇者パーティーが王城に戻ってるのに勇者が帰ってこないとなると、何らかの行動を起こすかとは思ったがな。まさか全面戦争を仕掛けてくるとはな。」
「何を悠長な事を言ってるんだ!?早く止めないと!!」
焦るアーサーに対して、ゼノンはひどく落ち着いた声で問いかける。
「止めるって?なにか方法があるのか?」
「そ、それは……」
実際問題止める方法などあるわけがなかった。何故なら王国側は、魔族領を進行するための大義名分を得たのだから。
「人類の希望である勇者が殺されたとなれば、これ以上の理由はないだろ。この戦いは誰にも止められないさ。」
「ゼノンも人の領土を攻めるの?」
アーサーの問いかけに対してゼノンは軽く鼻で笑った。
「フッ、前も言っただろ?俺達は自分達の領土を守る為以外には戦わないと。」
「そ、そうだよね。」
ゼノンの言葉にアーサーは安堵の表情を浮かべたが、ゼノンは真剣な表情で続ける。
「でもそれはこちらの言い分だ。向こうからすれば、抵抗した瞬間に攻撃されたと喚いてくるだろう。」
グラスに入っているお酒を飲み干しゼノンは続ける。
「そうなったら後はループするだけさ。決して抜け出せない負のループの辿り着く先はどちらかの降伏しかない。」
ゼノンは言い終えると空になったコップにお酒を注ぐ。
静寂な空間の中で、注がれるお酒の音だけが虚しく響き渡る。
「こうなったらもう止められないさ。」
諦めたようにゼノンが呟いた瞬間、アーサーはゼノンを真っ直ぐ見つめた。
その目にはまだ光が灯っている。
「まだだよゼノン!諦めるにはまだ早い!」
静かな空間にアーサーの声が響き渡る。
「何だ?こんな状況を覆す方法がまだあるというのか?」
「ある!元はといえば僕が死んだことになっているのが原因だろ?」
「ああ。」
王国側の大義名分は勇者を殺されたこと。そこでアーサーは考えた。自分にしかできない逆転の一手を。
「僕が王国に戻って王や大臣達を説得する!」
アーサーの出した回答を聞いたゼノンは何も言わずにコップに入っているお酒を空けた。
「ゼノン聞いてるのか?」
「聞いてるさ。聞いた上で呆れているんだ。」
ゼノンの感情を一言で言い表すなら失望であった。
「何で!?これなら」
「勇者という人種はこれだから嫌になる。」
アーサーが何か言いかけた時、それに被せるようにゼノンは続けた。
「話し合えば納得して丸く収まると思ったのか?自分が行動すれば物事が良い方向に向かうと?そうだとしたらお前の脳内はお花畑だな。」
アーサーが言い返そうと口を開いたが、ゼノンのターンはまだ終わらない。
「言っただろ?あくまでお前の死は進行のための大義名分なんだよ。生きてたら生きてたらでまた別の理由で攻めようとする。お前が話し合いに出たところで無意味なんだよ。」
淡々と言い切ったゼノンは一呼吸おいて更に続ける。
「それに魔族と一緒に暮らしてたと知られたらどうなる?それこそ裏切り者のレッテルを貼られてお前が処刑されるぞ?」
「そうかもしれないけど僕はこの目で見た真実を伝えたい!それに僕は勇者だよ?そう簡単に死ぬわけ……」
「死ぬんだよ!!!どんだけ力が強くても、どんだけ頭が良くても、汚い策略の前じゃ簡単に死んじまうんだよ……」
今までに聞いたことがない大きさの声で叫んだゼノンだったが、最後の方は消え入りそうな声だった。
「ゼノン……」
初めて見る弱々しいゼノンを見て、アーサーは先代魔王の最期を思い出した。
最強と謳われた先代魔王も、王国側の罠によって命を落とした。
ゼノンはたった一人の肉親を、王国の手によって奪われたのだ。
「頼むから…これ以上大切なものを失うのはもう嫌なんだ。」
それはあの日以来、決して見せることのなかったゼノンの本音の部分だった。
たった数日かもしれないが、今まで友という存在がいなかったゼノンにとって、アーサーはかけがえのない存在になっていた。
だからこそアーサーを王国に向かわせたくなかった。




