柳
柳:敷地内に植えると病人が出る、縁起が悪い、家がおとろえる。
私は昔から病弱だ。
そのせいでまともに外へ出れない。
毎日窓際で外を眺める。
いつか自由に出れると期待で胸を膨らませて。
だがそんな淡い期待も散っていく。
余命 : 人に残された生命のこと。
その余命を今日知った。
私の余命は明日から30日。
今日は5月31日だからちょうど1ヶ月しかない。
この30日、どう生きようか。
なんて考えていると、ふと窓の外へ視線が向いた。
私のいる病院には海が近くにあって、少し離れたところに柳の木がある。
柳の木には悪い意味があると聞くのに何故病院の近くにあるのだろう、といつも思っていた。
視線を向けた先の柳の木の下に誰かいた。
スラッとした背は低めの男の子。
目があった。
目を逸らそうとしたができなかった。
息を飲んだ。
息を飲むぐらい美しかった。
長いまつ毛、大きな目、色白な肌…
すべてが美しい。
『容姿端麗』という言葉はあの子の為にあるんじゃないか、と疑うくらい美しかった。
彼は私に手を振ってくれた。
私はベッドから飛び降りて、窓を開けて手を振り返した。
その日は「また明日も会えるかな」という期待で胸がいっぱいのまま眠りについた
今日も昨日と同じく窓の外を見た。
彼は居なかった。
沈んだ気持ちで本を読んでいると、コンコンとノック音が鳴った。
誰だろう、と思っていると看護師さんではない、男の子よりの優しい声色で「入るよ」と声をかけられた。
私は「どうぞ」と少し控えめな声で返事をした。
個室のドアがそっと開く。
開かれた先に居たのは、昨日の美しい容姿をした男の子だった。
それに気付くと私は目を輝かせ、本をベッドにほっぽり、つたない足で彼の方へ向かった。
昨日窓から見た時より背が高かった。
「どうしてここにいるの?」と思い、聞いてみた。
彼は「そんなことより、君の名前は?」と遮られてしまった。
少し気になったが男の子とあまり話したことのない私は緊張しつつも名前を教えた。
「そっか、素敵な名前だね」と彼は言ってくれた。
胸がきゅんとしたのが分かった。
どくどくと鼓動する心臓を抑え「あなたの名前は?」と聞いた。
「 」と言った。
聞き取れなかった。
もう一度聞こうとすると彼は「もう行くよ」と言って病室を出ていってしまった。
「待って」その言葉がうまくでない。
そのまま彼は帰ってしまった。
彼が出ていったあと、とてつもない孤独感がおそってきた。
寂しい
その感情だけがこだましていた。
そのまま眠りについた
それから毎日彼は訪ねてくるようになった。
色んな話をした。
海水に触れてみたいこと
蝶と一緒に花畑を駆け回ってみたいこと
遠くの空気が澄んだところへ行ってみたいこと
草原で風と一緒に寝転んでみたいこと
誰かと1日中過ごしてみたかったこと
とにかく沢山の「夢」を話した。
話をする度彼と近づく距離。
ドキドキが増していく私の心。
「彼とずっと話していたい」と思う私のさいごの「夢」を置いて彼はまた出ていってしまった。
彼がでていったあとのこの時間が1番嫌いだ。
どうしようもなく苦しい。
「ああ、あと2日かぁ」
そう呟いてまた、眠りについた
次の日もまた彼は訪ねてきた。
正直に話すことにした。
「私ね、あと余命が…」
と話しかけたところで彼が「行こう!」と言って私の手をひっぱり病室から出ていこうとした。
慌てて私は「ど、どこ行くの!だめ、私は外に行けない…」と言った。
「着いてきてほしい」
彼はそういって私を抱きかかえた。
心臓がこれまで以上にドキドキしてる。
ぎゅ、と目をつぶりこの気持ちを抑えた。
気が付くとお花畑の上にいた。
どうやらそのまま寝ていたらしい。
彼は私をお花を避けて地面に降ろしてくれた。
私がふらふらと不安定に立っていると先程まで地面に生えていたお花がでっかく目の前に現れた。
彼がお花をくれたのだ、私に。
私はぱあっと明るくなり「ありがとう!」とお礼を言った。
彼は「誕生日プレゼント、ちょっと早いけど」
と言って笑った。
そのあと少し寝転んで、かけっこをして、帰った。
看護師さんには怒られたけど、楽しかった。
また、また彼と…遊べたらなぁ…
涙が止まらなかった。
なんで私が死ななきゃいけないの?
どうしてわたしなの?
なんで、どうしてわたしをうんだの…
今まで我慢していた感情が一気に飛び出た。
しばらく泣いて、眠りについた
さいごの日。
頭が痛い、泣きすぎた。
目も腫れている。
今日はお母さんたち、来てくれるかなぁ
涙が滲んだ笑顔で呟いた。
夜になるのは早かった。
これでわたしもおわりかぁ
短い人生だったけど、楽しかったかもね
ああ…
かみさま、どうか、どうかさいごだけでも、
彼に合わせてください。
深いねむりについた
眩い光、鳥のさえずり、看護師や医師の話す声
あれ…私、死んだはずじゃ…
ああ、ここが天国…?
違う、つねっても、痛い…痛い!
私!生きてる!
医師たちは「奇跡だ!」などと騒いでる。
そんな彼たちに飛び跳ねる心臓を抑えて聞いた。
「彼は何処ですか」
そう聞くと「彼?」と首を傾げる。
彼って言っても伝わるはずないか
ちゃんと名前で聞かなくちゃ、
彼の名前、なまえ…
なんだっけ。
「 」確かにそう言った。
あれ…そうだ、聞き取れなかったんだ
「ごめんなさい、名前は分からないんですけど」
そうことわりを入れて彼の容姿を事細かく言って聞いた。
だが、誰も知らなかった。
それから私は今96歳。
長生きじゃないか、と自分でも思う。
今思えば、彼が寿命を分けてくれたんじゃないかな。
結局今でも見付かってないし、名前も聞けてない。
彼と話した「夢」は全て叶った。
さいごの願い以外は。
1番大事な願いだったのに、彼ったら。
と心の中で怒る。
ふと窓の外を見た。
彼がいた。
遅い。待ちくたびれたじゃない。
今度は彼に直接怒った。
彼は微笑んで「待たせてごめんね、また話をしてくれるかい?」
と言った。
それから1日中彼と話した。
この前黒猫がいたとか
蝶が肩に止まったとか
孫と一緒に散歩をしたとか
蜘蛛が目の前にいて驚いたとか
旦那と一日中話せたとか
些細なことだった。
でも、幸せだった。
さいごにもう一度、名前を聞いた。
「 」
やっぱり聞き取れなかった。
さいごまでいじわるだなぁ
そう思いながら、彼の名前を、聞き取れなかったけど、何度も、何度も呼んだ。
もうすぐ朝が来る。
月は沈み、太陽は昇り、風が吹き、水は流れる。そんな当たり前を、この長い一生で感じることができた。
そして、彼と一緒に
今度こそ
深い、ふかい、ねむりについた____。
病院の庭に埋められた柳の木。
悪い意味もあるけれど、良い意味もある。
「生命力」と「長寿」
彼は、柳の木のつかいだったかもしれない。
そんな馬鹿なことを考えることも楽しい。
さいごに叶った大切な願い。
柳:生命力や長寿の象徴、邪気払いや魔除けの為に世界各地でお守りや占いに用いられる。




