制服事情(現在/同期4人)
「あれ?玲、今日はジャケット羽織ってるんだね。」
清治は朝一番で、先に机について仕事をしていた自身の隊長兼友人の玲に話しかけた。
いつもはきっちりと着ているスーツのジャケットを今日は肩にかけている。
「うん、ちょっとね。……変?」
「ううん。ただ珍しいなって思っただけ。」
似合うよ、と付け加えれば玲は嬉しそうに笑って仕事に戻った。
その様子に清治は内心眉を下げる。玲は昨日まで一週間の遠征だった。
遠征先で服装について何かを取り入れてきたのかもしれないが、玲が制服のコーディネートを変更すると大抵良くないことが起こるのだ。
特に記憶に残っているのが、「萌え袖事件〜眼鏡紛失を添えて〜」と「スリーピース事件〜風紀の乱れ〜」である。それを考えると少し胃が痛い。
しかし清治の予想は外れて、昼過ぎまで時間は穏やかに進んで行った。今日の14番隊は清治と玲だけで、他は全員出払っている。それが余計に気安い時間を作っていて、清治はすっかり玲の制服の事は頭から抜けていた。
そんな穏やかな午後、14番隊に明るい風が舞い込む。
「やっほー!今日2人だけって聞いたからお茶しにきたよ〜!」
楽だ。
どこから聞いたのやら、広報宣伝部隊は相変わらず耳が早い。
清治は玲と顔を見合わせて苦笑し合うと、休憩のためにお茶を淹れようと立ち上がった。そう根を詰めるような仕事でもないのだ。
楽は楽し気な様子で執務室に入ってくると、目敏く玲の姿に声をあげた。
「あれ?玲、制服のコーデ変えた?」
「うん。変?」
「変じゃないよ〜!似合ってる!でもなんで?」
楽の反応に玲が嬉しそうに、にこにこと笑う。そして少しだけ考えると、得意気に胸を張った。
「んー……ほら、俺もそろそろ威厳がいるかなぁって。北郷さんみたいな。」
その回答に今度は清治と楽が顔を見合わせる。
玲が言う北郷さんとは楽の祖父であり、厳格な2番隊の隊長と謳われる北郷喜一郎のことだ。
鍛え上げられた肉体と渋い顔つき。歴戦の猛者とも言える彼のような威厳は、服のコーディネートを変えたくらいでは玲には出せない。
「おじいちゃんは無理じゃない?」
「え、やっぱり髭がいると思う?」
「玲は髭は似合わないんじゃないかな〜。」
楽が困ったように眉を下げた。清治も心の中で頭を抱える。
なんで威厳イコール髭になるんだろう。
確かに、玲はあまり隊長には見えない。玲以外の隊長は皆、なんとなく雰囲気で只者ではない事が分かるのに。
もちろん玲だって只者には見えないのだが、彼の場合認識阻害の術がかけられた眼鏡で顔を覚えられにくいせいか、よく新人の隊員に間違われるのだ。隊長と隊員は見た目で分かるような階級の印はないから尚更。
それを昔、彰良にバカにされた事を未だに覚えているらしい。
玲は楽に似合わないと言われて心底ガッカリした顔をした。その様子に楽が慌てて声を掛ける。
「でもそのスタイルは似合ってるよ!なんかいつもより隊長!って感じ!」
「ほんとに?よかった。変だったらどうしようかなって思ってたんだ。」
楽の言葉に玲は再びにこにこと嬉しそうに笑う。
清治がお茶を手渡してやれば、ますます嬉しそうにお礼を言ってくれた。
どうやら今日の玲はすこぶる機嫌が良いらしい。
楽にもお茶を手渡し席に戻ってから、自分のお茶を飲みつつ玲を観察する。
確かに細身の体型がジャケットのおかげであまり目立たず、いつもよりも威厳があるのかもしれない。
玲が気に入ったのなら規定からあまりにも逸れていない限り問題はないのだし、早々目くじらを立てる必要もなさそうだ。
そんな事を考えていると、執務室の扉がノックされた。返事をすれば見慣れた姿が入ってくる。
「……なんで集まってんだ。」
呆れたような表情で彰良は溜息を吐き出した。
それに楽が応答する。
「お茶しにきたんだよ〜。彰良もお茶しにきたの?」
「ちげーよ。俺は仕事だ。お前と違ってな。」
肩を竦めながら、手元の資料を玲に渡すために彰良が近づいてきた。
2番隊から14番隊への合同任務の通知書を手に持っている。副隊長として彼は真面目に仕事に取り組んでいるのだろう。
しかし彰良は書類を玲に渡すと、訝しげに眉を寄せた。
「……お前、なんだその着方は。」
「え?変?……清治と楽は似合うって言ってくれたんだけど。」
「そうじゃなくて、なんでジャケット着ないんだよ。この前まで着てただろ。」
「それはあれだよ。大人の威厳を出すためだよ。」
「威厳……?」
彰良は繁々と玲を見つめると、何かを確信したように眉間の皺を増やした。
「玲。じゃあちょっと見比べさせてくれ。一回ジャケットを着てくれないか?」
「え?いや、ほら、いつも見てるじゃん。」
「ダメだ。今見たい。……ジャケット着てみろよ。」
妙に威圧感のある彰良に、清治は楽と顔を見合わせて事の成り行きを見守る。
こういう時の彰良は絶対に押し負けない。
「えっと……でも……。」
「いいから、着てみろ。」
有無を言わさない彰良の圧に負けたのか、玲は肩にかけていたジャケットにそろそろと腕を通した。
しっかりとスーツを着たその姿に清治が息を呑む。
「え?玲、ジャケットぶかぶかだよ……?」
ほんの一週間前まではぴったりと玲の体型に合っていたジャケットが緩くなっている。丈や袖の長さは変わらない。
それはつまりーー。
バン、と彰良が机を叩いて玲に詰め寄った。
玲の顔には冷汗が流れている。彰良はそのまま静かに口を開いた。
「何キロだ?」
「え、えーっと……。」
「何キロかって聞いてんだよ。」
冷静な声は時として怒鳴られるよりも恐ろしい。
玲は焦りながらもおずおずと彰良の質問に答えた。
「えっと……2…いや、3……ごめんなさい、5キロです……。」
その言葉に、玲以外の全員が顔を引き攣らせた。
玲は元々細い。平均よりもだいぶ細い。
そんな玲が5キロも減ったのならそれはもう、入院レベルだ。
というかなんで普通に仕事をしてるのか意味が分からない。
彰良は玲が逃げないように首根っこを掴むと、清治を振り返った。
「こいつ、医務室連れてくわ。」
「うん。ありがとう。」
彰良なら玲を逃すことなく医務室に運んでくれるだろう。玲は半ば引きずられながらも必死の抵抗を示す。
「え、待って待って!夏バテだから!!夏が終われば元に戻るから!!」
「夏終わる前にお前が消え失せるわ。」
「うわあああ!やだやだ医務室やだ!!清治助けてーー!!」
そんな叫びを残して、玲は医務室へと強制送還させられていった。
後に残された清治は楽と目を合わせて溜息を吐き合う。
「……玲のあれ、どうにかなんないの?」
「難しいんだよ、色々と……。」
清治は楽の言葉に答えるともう一度溜息を吐き出して、空っぽの隊長席に視線を向けた。やっぱり玲が制服のコーディネートを変えると碌な事がない。
※「萌え袖事件〜眼鏡紛失を添えて〜」とは、冬場寒いからと制服の下に玲がカーディガンを着込み、それが萌え袖になっていた事件である。折の悪いことに眼鏡をどこかに忘れてしまい、一時期あの可愛い隊員は誰だと違う部隊からの問い合わせが凄まじかった。眼鏡をかけることで鎮静化出来たが、この時の彰良の「お前の見た目、ガキだろ。よくても新人だな。」という心配が混じった煽りにより、玲が激怒。後のスリーピース事件に繋がる。
※「スリーピース事件〜風紀の乱れ〜」とは、カーディガンを自主規制した玲が寒いからと、仕立てのいいスリーピースで通勤したことにより、女性隊員たちが仕事に集中出来なくなった事件である。1番の重症者は鼻血を出していた。そもそもこの時は眼鏡をかけていたにも関わらず、立ち振る舞いと、スリーピースなら髪の毛ちゃんとしなきゃという玲の謎の拘りにより、半分アップされた髪型に女性隊員たちが軒並みノックアウトした。その被害は凄まじく、東條が玲を呼び出して風紀の乱れに繋がると厳しく叱責していた。元のカーディガンに戻すことで鎮静化。東條にまで怒られたことに、風紀の乱れってなんだよと玲が暫く拗ねていた。
読んでいただきありがとうございます。
ハグレモノ番外編第二話はいかがでしたでしょうか?
玲の私生活ポンコツぶりを楽しんでいただけたなら嬉しいです。
次回は土曜日19:30頃に本編投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




