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名雲慶一の不運な一日(現代/名雲、野崎、玲)

 吐息で空気が震える。

甘い香りに包まれて、名雲(なぐも)の目の前で野崎(のざき)は今にも倒れそうだった。


「毎年ありがとう、野崎さん。良かったら、これ。貴方の物には及びませんけど……来年も楽しみにしてていいですか?」


誰だこいつ。

こんなにキラキラして、エフェクトでも作る霊力があるのだろうか。

それなら是非とも研究したいところだが、それ以上にどん引き過ぎて気持ちが乗らない。

というか眼鏡どうした。

そんな名雲の胡乱(うろん)げな瞳も気にする事なく、とっておきの営業スマイルで(れい)は野崎の手を握った。

瞬間、野崎の頭からは、確かに湯気が立ち昇った。


「は、はひ……。」


「ふふ、ありがとうございます。」


嬉しそうに玲が笑う。

その完璧過ぎる笑顔を最後まで崩すことなく、玲は10番隊を後にした。

胸焼けで吐きそうな名雲と、鼻血を出して最早(もはや)使い物にならない野崎を残して。



 「ああああああああ亜月(あづき)隊長からのチョコ……!!!あわあああああああ!!!!」


先程からずっと、叫びながら玲からの包みを拝む、という奇行を繰り返している野崎に、名雲はいい加減我慢の限界が来ていた。

いくら自分の副隊長とはいえ、到底理解できない。


「うるせーよ、野崎。仕事しろや。」


「うるさいですようるさいですよ!名雲!!ワタシは今、神からの(たまわ)り物に忙しいんです!!!」


「んだそれ……。」


「ほあああ!!あの声!!容姿!!そして瞳!!!神です!!神です!!!神なのです!!!」


あまりにも熱狂的な大声に、自然と身体がのけ反ってしまった。

自分より歳下の、あんな胡散(うさん)臭いやつのどこがいいのやら。

しかも聞くにストーカー(まが)いのこともしているとか。名雲が言えたことではないが、倫理観はどこにある。


「名雲は馬鹿ですねぇ、馬鹿ですね。亜月隊長のあの雰囲気!笑っても笑っていない瞳の鋭さ!刃のような(たたず)まい!正しく私の愛しの武器ちゃん達そっくりです!!!ああああああ今思い出しても!!」


「うるせーよ!!!」


名雲の怒声にも、野崎の興奮は止まることがなかった。



 そんな事があったのが数時間前。

名雲が興味のない事を忘れるには十分な時間だ。

そして研究で疲れ切った脳には、糖分が必要だった。だからこそ、これは起こるべくして起こった悲劇だったのだろう。


 名雲はPCから目を外し、ふわりと欠伸(あくび)をすると、研究で固まった身体を伸ばした。

そのまま休憩室へと足を向ける。

何かないだろうか。空腹ではないが、何かしら口に入れられる物。

脳が甘い物を欲しがっている。


「……ん?」


なんだこれ。

(すみ)に置かれた、綺麗な包装紙の箱。見た目から菓子だろうか。

置いてあるなら、食べても問題ないはずだ。

というか、文句を言われても別にどうでもいい。

名雲は箱に手を伸ばすと、適当に包装を破って中身に手を伸ばした。

色とりどり、綺麗なチョコレートが並んでいる。

そのひとつを口に含めば、品の良い甘さが口内に広がった。


ーー……うま。


中々良い味だ。休憩には丁度良い。

ひとつ(つま)めば、ふたつ、みっつ。気がつけば最後のひとつとなっていた。

これが終われば、昨日貰ったデータの照会をして、後は気になっていた古文書の解析をーー、


「あーーーーー!!!!!!!!」


思考の波を、大声が(さら)っていく。

なんだ、と声の方を見れば野崎がふるふると震えながら名雲を指差した。


「あん?どうし、」


「ああああああ亜月隊長の!!!!チョコ!!!!!!」


「……あ。」


そう言えばそうだった。

これ、朝に持ってきた玲からのホワイトデーのお返しだった。

やばい、という言葉が名雲の頭に浮かぶのと、野崎がありとあらゆる武器を手に迫ってきたのは同時だった。



 「なるほど……。」


「うるせーよ。」


「まだ何も言ってません。……でも、ふふ。いい顔ですね、名雲さん。」


昼過ぎ。

14番隊の執務室で、名雲は殴られ腫れ上がった顔を玲に(さら)す羽目になっていた。

何も言ってないと言いながら、くすくすと可笑(おか)しそうに笑う目の前の男が憎い。なんで俺がこんな目に。

取り敢えず、人が玲以外居なかったのは救いだが。


「自業自得でしょう?」


「うるせー……。」


責めるような口調に眉が寄る。

あの後、キレた野崎の猛攻から逃れ、なんとか14番隊に来たのに。

名雲は他人から怒られるのが大っ嫌いなのだ。

しかし野崎がヘソを曲げたままなのはまずい。武器開発室は、野崎が居なければ回らない。

だけどこいつに頭を下げるのも腹が立つ。

苛々としていると、幼児に対する様に、玲がふと軽く笑った。


「いいですよ、名雲さん。貸しですね。」


「ふん、分かってんよ……。」


「ふふ、では。」


くすりと笑って玲が立ち上がる。

そのまま名雲を素通りして扉に手をかけた。

それに(いぶか)しんで視線を送れば、にっこりと笑顔が返ってくる。


「お返し、作り直しましょう。」



 「なんだこれ。」


「薄力粉ですよ。見たことありませんか?」


玲に連れてこられたのは、食堂の台所だった。

そこで適当にエプロンを渡され、何かも分からない白い粉を渡され、名雲は途方に暮れていた。

一体、何をさせられるんだろう。

こっちは代わりを受け取りに来ただけだというのに。


「なに(おっしゃ)ってるんですか。あれ、準備に結構時間かかるんですよ。すぐに作れませんよ。」


「じゃあどーすんだよ。」


「だから代わりのものを作るんですよ。はい、チョコレート。」


「あん?」


「ですから、一緒にフォンダンショコラ、作りましょうね。」


そこからは最悪だった。

湯煎(ゆせん)だ、粉を振るうだ手がついてこない。しかし、お菓子作りは化学だ、という玲の説明で存外最後には楽しんでしまったのも事実だ。


「お前、毎回こんなことしてんのかよ。」


「まあ。」


「はあ……マメだな。野崎なんて、盗聴器仕込むやばいやつだろーが。」


「ふふ、盗聴器すごく質が良くて助かってるんですよ。改造して色々使わせてもらってますし。」


「うげ……。」


「それに……。」


焼き上がりを待つ時間、手持ち無沙汰に話しかければ珍しく柔らかい声が響いた。


「折角、野崎さんが心を込めてくれたんですから。同じくらい返したいんですよ。」


「……ふん。」


普段は食えないくせに、真面目なやつ。

こういう所が苦手だ。本音と嘘が混じるところ。

だからなるべく関わりたくないのに、14番隊とは縁が切れない。


 溜息を吐き出す名雲に、玲が楽しげに笑う。

甘い香りがオーブンから立ち込めて、軽い笑い声が弾けて消えていく。

気がつけば、ケーキが焼き上がっていた。

それを取り出しながら、玲が歌う様な調子で言葉を紡ぐ。


「それにしても、名雲さんが怪我をするなんて珍しい。副隊長のこと、大事にされてるんですね。」


「うっせー。……ただ、あのバカ女がいねーと仕事にならねーんだよ。」


名雲が選んだ副隊長。

バカでアホだが、武器への情熱と物怖じしない姿勢が気に入っている。

あとはもう少し素直になってくれればいいのだが。


「野崎さんは素直な方だと思いますよ。……だから、貴方も。」


「……んだこれ。」


手渡されたのは、まだ閉じていない袋に入れられたフォンダンショコラ。

玲が作った分と、名雲が作った分。


「まだ熱いので閉めないでくださいね。冷めたら、閉じて野崎さんに渡してくれますか?食べる時は少し温めてって。俺はちょっと仕事立て込んでて。」


「こっちのは?」


「それは、名雲さんからって渡してあげてください。」


「は?」


なんで名雲が野崎に。

そもそもなんで作らされたのかも分からない。何がしたいんだ、こいつは。

しかし玲は手早く片付けると、名雲を置いてさっさと戻り始めた。

それに慌てて声を掛ければ、悪戯(いたずら)っ子のような笑顔が返される。


「……バレンタインも、ホワイトデーも、日頃の感謝や気持ちを伝えるのに最適ですよ。それでは、また。」


くすりとそれだけを落として、玲は振り返りもせずに帰って行った。

名雲と甘い香りのケーキを残して。



 「……なんですかなんですか?これは。」


夜。

武器開発室に(こも)って、黙々と作業をしていた野崎に名雲は預かっていた包みを渡した。

昼間、玲から預かっていたものだ。


「亜月からだ。お前にってな。」


「ええ!!!???亜月隊長から!!!!!????」


先程までの不機嫌はどこへやら。

ジェットコースターの様に急激に昇ったテンションを前にげんなりしながらも、名雲はそわそわと野崎に向き合う。

手にはもうひとつの包み。

なんとなく空気に当てられて、なんとなく持ってきてしまった。


「?名雲、なにしてるんですか?」


「っ、ほら。」


不思議そうな野崎に、半ば投げつける様に包みを渡す。

そうすれば、野崎が眼鏡の奥で目を瞬かせた。


「?」


「あーほら、()びだ!食っちまったから!」


「名雲……。」


がしがしと頭を掻く。

なんだこれ。なんでこんな事。でもどうせ自分で持ってても仕方がないし。

様々な言い訳を頭に思い浮かべていると、きょとんとしていた野崎が呆然と口を開いた。


「え、きも……。」


え。

驚きで一瞬止まってしまう。

そして数秒の静寂の後、名雲は腹の底から声を上げた。


「はあ!?」


しかしそんなものに怯む野崎ではない。

なんとも分からない、げんなりした表情で矢継ぎ早に口を開く。


「いやいやいやいや、そんなキャラじゃないでしょう名雲!!まあ、貰えるものはもらいますが!でも金輪際(こんりんざい)大丈夫です!お前はサイコなクソ野郎として、研究に精を出せばいいんです!!」


「な……!!」


なんて言い様だ、このバカ女!

というか、亜月!お前のせいだろう!!


「いいですかいいですか!お前の頭だけは頼りにしてますから!」


「そーかよ!!!」


くそ、なんて日だ!!

名雲は(きびす)を返して武器開発室を後にした。

本当にこんな柄にもない事しなければ良かった。

あー苛々する。こうなれば研究だ。やってやって、やり尽くしてやる!


 こうして名雲の不運な一日は幕を閉じた。

もちろん、研究に没頭して次の日にはこんな些事(さじ)忘れてしまったのだが。



おまけ


清治「玲、それ盗聴器……いい加減手を打ったら?」

玲「ふふ、大丈夫。それに使えるしね。」

清治「なにに使ってるの?」

玲「そりゃまあ、4番隊に下ろしたり、お偉方の弱みを握ったり……まあ、色々。」

清治「……。(誰ひとり倫理観ないな、うちの組織……。)」


読んでいただきありがとうございます。

ハグレモノ番外編第十七話はいかがでしたでしょうか?


ホワイトデーのエピソードです!

ホワイトデーか?って感じですが、名雲の慌ただしい一日を楽しんでもらえればと思います。

なかなか10番隊に出番がないので、久しぶりに書きましたが好きな二人組です。

もし良ければ本編で出てくる日を待っていてもらえればと思います。


次回は土曜日19:30頃に本編投稿予定です。

よろしくお願いします!

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