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猫(現代/14番隊)

 「ダメだよ。許可しない。」


燦々(さんさん)と差し込む穏やかな陽の光とは正反対の声が、14番隊の執務室に落ちた。

静まり返る室内にトン、と判子(はんこ)を押す音だけが響く。


「にゃあ。」


そんな空気を裂くように、残夏(ざんか)の腕の中でお気楽な子猫がひとつ返事をした。


 ()ずは話を整理しよう。残夏の腕に子猫がいる経緯について。


それは週末、いつも通り四人でコンビニに行った時の事だった。ゲームの為のお菓子やジュースを買ってすぐに帰るはずだったのだ。

しかし、帰り道。

カラスが執拗(しつよう)(つつ)いている段ボールが落ちているのが目に入った。

不思議に思い、なんとなく(のぞ)いて。そして、見つけてしまったのだ。汚れた小さな子猫を。


慌ててカラスを追い払って、段ボールに入れられた子猫に怪我がないことを確認して。

最後に撫でてしまったのが悪かった。なんと子猫は残夏たちの後ろをついて来たのだ。

元のところに戻すのも、先程のカラスの事もあり気が引け、結局残夏たちは子猫を連れて帰ってしまった。


「とはいえ、どうしよう……。(りょう)は動物禁止だし……。」


「大人に相談するしかなくね?」


「相談と言ってもな……。」


「あ、じゃあ(れい)ちゃんに聞こうよ!きっといい案出してくれるよ。」


という訳で、残夏と(なぎ)は子猫を抱いて14番隊に訪れたのだ。

本日14番隊は珍しく全員事務処理で、会議に出ている玲以外は(そろ)っていた。


「え?猫?」


「ついて来ちゃって……。」


一番に気づいた清治(きよはる)に事情を話す。(あずさ)(けい)も寄ってきて、代わるがわる子猫を撫でた。

子猫はといえば随分と大人しく、されるがままだ。


「うーん、ここでは飼えないけど……里親が見つかるまでなら置いておけるかも……。」


「本当ですか?」


「玲が帰ってきたら聞こうか。」


清治の穏やかな声に、残夏はほっと息を吐き出した。背後では猫を囲んでわいわいと賑やかな声が響く。


「汚れてんなぁ。風呂入れなきゃじゃね?」


「梓できるの?」


「や、無理。なんか潰しそう。」


「触るのやめなよ。」


「……歯は生えてますね。普通の餌をミルクでふやかすくらいで良さそうですよ。」


「そっか!ご飯がいるね!」


すっかりアイドルのように全員の心を子猫は掴んだようだ。どこか誇らしげな顔に苦笑が漏れてしまう。

あのままだったら大変なことになっていたかも。連れてきて良かった。

なんて、安堵(あんど)していたのも束の間。

会議から戻ってきた玲は仔猫をちらりと見ると、隊長机に座って残夏たちを見渡した。


「連れてきたのは?」


氷のような冷たい声が部屋を満たす。

その一言だけで先程までの暖かな空気は立ち消え、全員が姿勢を正した。


「あ、あの……オレ、です……。」


あまりの空気の変わりように、残夏の声が震える。

しかし玲は態度を軟化(なんか)させる事なく、残夏に視線を向けた。


「そう。理由は?」


「……え、えっと……。」


しどろもどろになりながら事の経緯を話す。

途中で凪や清治が補足してくれたお陰で、残夏は泣き出すまでには至らなかった。

それ程玲の雰囲気は冷たかった。


「分かった。でもここで預かるのはダメ。」


「で、でも……!」


「ここは子供の遊び場じゃない。それに残夏が寮に戻った後はどうするの?冷たい部屋に子猫一匹放置しておくの?」


「あ……。」


「動物はお前たちのおもちゃじゃないよ。責任を持てないなら手を出さない。当たり前のことだ。」


「……はい。」


淡々と告げられて、残夏は肩を落とす。

その通りではあるけれど、あんな状況で見捨てるなんてできなかった。

だけど玲の言う事も(もっと)もだ。いくら相談したいとはいえ連れてくるのは早まったかもしれない。どうしよう、と考えていると眉を下げた清治がそっと玲に打診(だしん)してくれた。


「玲。残夏たちも悪気がある訳じゃないし、僕が聞いてみようって言ったんだ。」


「……。」


「期限決めて、里親を探す。ダメ?」


長い沈黙の後、玲が観念したように息を吐き出す。

清治がこっそり後ろ手でピースを作っているのが見えた。


「……条件付きね。」


「うん、ありがとう。」


わ、と歓声が上がる。声の大きさに猫が驚いたように飛び跳ねた。それに慌てて全員が口を噤む。

そんな中、玲は四つの条件を突きつけた。


 ①期限は一週間。その間に里親を探すこと。

 ②必要以上に構わないこと。

 ③餌やり、水やり、トイレ掃除を徹底すること。

 ④名前をつけないこと。


「これ全部守れるなら、一週間だけ。いいね?」


「はい!」


残夏は凪と顔を合わせると、大きく頷いた。



 しかし、五日後。未だ見つからない里親に残夏は焦りを感じていた。


「……見つからないね。」


「皆んな飼うってなると、なかなかね……。」


清治が作ってくれたビラに視線を落とす。

ちゃんと洗った子猫は真っ白で、ふわふわで、青い目が丸くて可愛らしい。ビラを貰ってくれる人も可愛いと褒めてはくれる。

だけどいざ飼うとなると、首を振られるのだ。

こうして毎日朝と夕方、学校以外の時間になるべく凪や雄星(ゆうせい)(つかさ)と里親を探しているし、清治たちも知り合いに当たってくれているが、どうしても見つからない。

もう期限が迫ってきているというのに。


「そう落ち込んでも仕方ないだろう。こういうのは縁もある。」


「大丈夫だって。本当にダメってなったらうちの実家に連れてくからさ。まあ、母さん猫アレルギーだけど。」


「司、雄星……。」


励ましてくれる優しさが()みる。

後二日。必ず見つけてやらないと。

残夏は心を(ふる)い立たせると手にしたビラを丁寧に整えてから、また道行くひとに声を掛けた。


 とはいえそう簡単に上手くはいかないわけで。

残夏は今日も今日とて、成果を出せないままトボトボと14番隊の執務室に戻ってきていた。

日課の餌やりだ。


「ごめんね……まだ見つからないんだ。」


「にゃあ。」


「でも必ず見つけるから。そうしたら、夜も一人じゃなくなるからね。」


「にゃあ。」


キャットフードを食べながら、子猫は残夏の言葉が通じているかのように返事をしてくれる。

その頭を撫でて、残夏は深く息を吐き出した。

ふわふわの命。幸せになってほしい。


「あ、残夏。餌やり?」


「清治さん。」


残夏が子猫の温もりを感じていると、任務が終わったのか清治が休憩室に入ってきた。

残夏と子猫を見て、そっと微笑んでくれる。


「里親見つかりそう?」


「それが……まだ……。」


「そっか。僕も知り合いに聞いてみたけど、なかなかね。ごめんね。」


「い、いえ……!ありがとうございます!」


清治に(あご)の下を撫でられて、子猫が満足そうに喉を鳴らした。

その光景を見ながら、残夏は眉を下げる。

こんなに可愛くてお利口さんなのに。どうして見つからないのか。

そんな残夏の頭を撫でて、清治は安心させるように言葉を紡いだ。


「まあ、そんなに気落ちしないで。きっと大丈夫だから。」


「はい……。」


「それより、そろそろ門限じゃない?」


「あ……!そ、そうでした!」


確かにもういい時間だ。

残夏は慌てて立ち上がると、子猫を抱き上げて寝床(ねどこ)に戻してやる。

ダンボールに柔らかいブランケットを敷いただけだが、無いよりはマシだろう。


「また明日、朝来るからね。待っててね。」


「にゃあ。」


お利口に返事をする子猫に、残夏は笑う。清治が穏やかに見守っていた。



 深夜。猫は扉が開いた音に耳を立てると、少し冷たい寝床から飛び出した。人の気配に休憩室のドアを爪で引っ掻く。

そうすればカチャ、とドアが開いた。猫はその隙間を()って執務室へと抜ける。

昼間と違い静かな部屋では、ちょうど人間が隊長机につくところだった。


「にゃあ。」


「……しー。まだ仕事あるから、静かにしててね。」


静かな声に耳が動く。

猫は心得たように隊長机に飛び乗ると、PCの後ろに寝そべった。機械の熱が温かくて、邪魔にならないところ。

くあ、と欠伸(あくび)をして横に伸びる。カタカタとキーボードの音が室内に響いた。


 猫は知っている。毎日この人間が夜遅くまで『仕事』をしていることを。

何かは分からないが、カタカタと箱に何かを打ち込んでいることを。そして。


「にゃあ。」


(しばら)くした後、猫はPCの裏から顔を覗かせると白い手元に擦り寄った。


 猫は知っている。こうすれば、人間はひとたまりもない事を。そして、諦めたように息を吐いてPCを閉じるのだ。


「……分かった。」


静かにつぶやいて人間が立ち上がる。

その背後を追いかければ、休憩室のソファに人間が寝転んだ。あったかいブランケット付きで。

猫は嬉々(きき)としてソファに飛び乗ると、ソファとブランケットに包まれた、人間の首元に丸まった。

温かさに喉が鳴る。


「好きだね、そこ。……まあ、あったかいからいいか。」


そっと落ちる声。灯りが消えて、静かな部屋。

そして何より温かい猫の寝床。用意してもらった段ボールよりも、ずっと。


 猫は知っている。この人間は、他の人間のように猫を撫でたり声をかけては来ない。

でもこうして毎日、猫に温もりを提供する。


だから猫は今日も寂しさなんて感じないのだ。



 猫を拾って一週間後。興奮したように走ってくる残夏と凪に、清治は笑みを漏らした。

子供達の駆けてくる姿は可愛らしい。特にこんな風に嬉しそうだと一入(ひとしお)だ。


「清治さん!猫飼ってくれる人見つかりました!」


「向こうから声掛けてくれたんだよ!」


「そっか。良かったね。」


頭を撫でて、優しそうな人だった、良かったと話し合う子供たちに頷きながら背後にそっと視線を向ける。素知(そし)らぬ顔で資料を確認している我らが隊長を。

暫くして、残夏たちが子猫を連れて出て行くと清治は玲に近づいた。


「里親見つかったんだって。」


「そう。」


「向こうから声掛けてくれたんだって。ビラ持ってなかったのに。」


「へえ。」


「そういえば、玲の知り合いに残夏たちが言ってた人が居たような?」


「さあ。」


気のない返事に笑いを噛み殺しつつ、清治は顔を上げない玲を横目でちらりと見つめる。

本当にこいつは。


「玲、首元に猫の毛ついてるよ。」


「え、うそ、」


「嘘。……まあ、だけど今日からはちゃんと家に帰って寝てね。」


「……はーい。」


気まずそうに顔を()らす友人に、清治は声をあげて笑った。


読んでいただきありがとうございます。

ハグレモノ番外編第十話はいかがでしたでしょうか?


最近寒いですね。

うちにも猫いるんですが、こんな風にくっついて寝てくれないのが悲しい……ʕ⁎̯͡⁎ʔ༄

皆さんも風邪を引かないようにお気をつけください。

少しでも暖かくなるお話になっていたら嬉しいです❣️


次回は土曜日19:30頃に本編投稿予定です。

よろしくお願いします!


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