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8. 甘いものが嫌いな人はいない

 TS娘と言えばいつまでも変わらない美少女である。

 だがそれは完全にゲームや漫画での話。

 現実は普通にお肌の手入れもするし生理的な欲求もする。

 空想が壊れたと怒るなら謝るとしよう。

 だが、実際に俺も裏では並々ならぬ努力をしているのがリアルだ。


「ふぁぁ……」


 俺は化粧台の前で大きなあくびを晒した。

 夜ふかしが続けば肌にもダメージが出るからあまりしたくないのだが。


「寝不足ですか〜?」


 後ろで俺のサラサラの髪の毛を櫛で梳かしている、メイド服を着たケイトリーが鏡越しに覗いてくる。

 毎朝メイド達にこうして身嗜みを整えてもらうのがエンディング後の聖女たる俺のルーティーンになっていた。


「まあ、そんな感じです。ふぁぁ……」


 ここにいるのはケイトリーだけだから、普通ならだらしない行為も平然とする事ができる。

 清楚系美少女聖女である俺が無防備な姿を晒すのも、またギャップになってかわいいだろうし。

 朝が弱いとかではないから。


 眠たそうに瞼を半分閉じつつ、眠気と闘っているうちに身嗜みはどんどん整っていく。

 最後の仕上げは俺の表情筋の準備運動だ。


 鏡に映る俺は口を閉じたり開いたり。

 にこっと笑顔を見せたかと思えばむーっと拗ねた表情をする。

 様々な表情を作って見せて大衆の前に見せる顔を作っていく。

 そんないつもの俺の準備運動をケイトリーは微笑ましい顔で見ていた。

 えっと、流石に恥ずかしいんだけど……。





 そうこうしている内に俺は午前の仕事を終わらせた。

 シスター・マデリーンを侍らせ、俺は教会内を歩く。

 あれから1つ解ったのが、負荷の高い魔法を使えばそれだけで今の身体は摩耗していくってこと。

 下位や中位の範囲であればそこまで負担にはならず、身体にも不調が現れることはない。

 だから俺の聖女としての役目はそんなに影響しなかった。

 だが、高位や負担の多い魔法はそれだけで目に見えて体調の変化が出てくる。


 転移門はその最たる例だ。

 もともと習得にも年単位で費やすほどの魔法だから当然ではある。

 だからあまり転移門を使うべきではないのだが、人というものは便利さを知ってしまえばオシマイだ。


「こうして見ると、若い芽も着実に育っているんですね」

「彼女らは見習いのシスターなんです」


 教会内ではちらほらとシスター服を着ている後輩たちが見える。

 俺がまだここで厄介になっていた時は子供なんて本当に少なかったからとても新鮮に思えてくる。

 たしか、神職に携わる寮学校ができたんだっけ。


「皆アルジェ様をお手本にと日々励んでいます」


 ひぇ。みんなのお手本にとか言われたらプレッシャーが重いんだけど! 

 清楚系美少女の仮面を嫌でも続けなければならないじゃないか! 


 彼女らを見るとシスター服の裾をバサバサとまくりあげては雑談に興じているようだった。神聖な装いからちらりと覗く太ももが実に眼福だ。


「あなた達、はしたないですよ」


 そうマデリーンに叱責された見習いシスター達はびしっと姿勢を正して向き直る。

 十代前半か半ばぐらいだろうか。

 目が大きく、幼い薄紅色の少女と、よく似ている顔立ちだが目の色や表情も違う小柄な黄土色の髪をした活発そうな後輩。

 うん、異世界は美少女が多くて助かる。

 きっと成長すれば美しいシスターになるだろう。

 俺には敵わないけどね。


「もしかして、聖女さまですか……!?」

「わー! こんなに間近で見たの初めてですー!」


 すると雑談していた二人の見習いシスターが俺を見ると目を輝かせていた。

 うん、悪い気分ではないね。


「見なさい、アルジェ様はこの暑い中でも涼しげに過ごしていますよ。淑女たる我々が肌を見せるなど……」


「まあまあ、かわいい後輩たちをあまり叱らないであげて。最近、夏に移ろいゆく時期なんですし。この服(シスター服)は厳格故に通気性に乏しく、蒸れるのは当然のこと」


「しかし……」

「それに、マデリーンも先ほど暑いと言ってたじゃない。私の耳は誤魔化せませんよ?」


 マデリーン自身もさっき暑いって形容していた所を見ると、ただの我慢をしているだけだと察する。

 だが、顔色変えずに──というか汗すら見られないのはマデリーンも中々ロールプレイ(猫かぶり)が上手いじゃないか。

 俺だって、ロールプレイが無ければ同じ行動をしていただろう。

 痛いところを突かれたのか、マデリーンは眉を細めて引き下がった。

 まだ夏本番とは言えないが、それでも先取りした夏日というものはこちらでも訪れる。

 戦争中だった時は余裕ない生活だったせいなのもあって夏の風物詩と呼ばれるものを体験した経験はない。


「そういえばこの間、街で美味しいスイーツを提供する店を見つけたんですよ。こんな日は冷たいアイスとか食べたくなりますよね。お二人もどうですか? これから私は自由時間ですし、業務が終わる頃には間に合うよう買ってきますよ?」


「え!? いいんですか!?」

「アイス!? 食べたいですー!」


 すると後輩シスターは目を見合わせ、即答した。

 年相応に無邪気な声をあげて喜んでいる。

 俺も食べたいし、そのついでに。


「マデリーン、あなたも要る?」

「──差し支えなければ……」


 甘いものが嫌いな女性はいないと、転生した今の人生で把握している。

 マデリーンも例に漏れず、小さく言葉を紡ぐと後輩達に気取られないように歩みを進めて誤魔化した。

 ちょうどルシアンも訓練が終わった頃だろうし、声を掛けてから行こう。







 ──で、神殿騎士(テンプルナイツ)の訓練所へとやってきた。

 訓練を終えて休憩している隊員達の姿が散見される。

 その中にルシアンの姿を発見すると迷わずそちらへ向かっていく。


「お疲れ様です、ルシアン」

「アルジェ様……、もう教会の方は良いのですか?」


 激しい運動を終えたルシアンは上半身に何も着ていなかった。

 汗が陽光に照らされて反射し、男の色香を醸している。

 いいよなー、こういう時に男は上半身を脱げるから。

 そう前世の気分を思い出していた。

 もう男だった時の容姿も名前も覚えていないけど、感覚だけはなんとなくだが覚えてる。


「私はもう自由行動です♪ これから少し街の方へ出ませんか?」


「え……? それは構いませんが……」

「今日は夏を先取りしたような日なので、冷たいものが食べたくなって……はぁ」


 そう言いながら俺はさっき後輩たちがしていたように、シスター服を捲りあげパタパタと扇いで見せた。

 するとルシアンのみならず、周囲にいた男性の隊員の目にも触れるように俺の太腿が顕になる。

 その瞬間、視線が一斉に俺の太腿へと注がれるのがわかる。

 TS娘たる俺はその視線に敏感でなければならない。

 そして周囲が注目するべき行為を敢えて()()()()()()()()()()()だと思わせないといけない。魔性のTS娘とはそういったものだと思ってる。

 その褒められるべきではない視線を浴びるのも、元男現TS娘である俺の承認欲求を満たしてくれるのだ。


「ァ、アルジェ様!」


 ババっと裾を元に戻させ、ルシアンは視線を泳がせていた。

 彼にもばっちりダメージが入ってたのは想像するのが容易い。


「わかりましたから、どうか乱心はおやめください」

「そう、ですか?」

「何故『私なにかやっちゃいました?』みたいな表情するんですか!」


 まあ、訓練を頑張っている青年たちに少しばかりアルジェ()からの餞別と思ってくれ。

 無意識を装っているがあまり肌を出さない路線で行ってるからな。


 ともあれ、俺は一度着替えに戻る事にした。

 ルシアンも汗を流して着替えてから合流することにした。















 冷たくて美味しいスイーツは人気が高い。

 俺の趣味は街の散策であるため、ここらへんのおいしいお菓子系は熟知している自信がある。

 私服できたのもありシスター服を着ているよりもずいぶんと涼しげになっている。

 日陰を選びながら移動し、道中で俺は自分の髪の毛を後で結ぶことにした。

 少しでも暑さを紛らわしたいしね。

 所謂ポニーテールってやつ。

 ピンク髪ポニテTS美少女。文字にしただけでかわいいと思わない? 


「? ルシアン、どうかしました?」

「ッ! いえ、何も……」


 もしかしてポニテフェチだったりする? 

 俺が道端で髪を結んでいる最中チラチラと視線を感じているのは知っていたけれど。

 ルシアンの位置と角度から俺を見たら、ちょうどうなじが色っぽく映る位置にある。

 ならばもう一押しだ。


「こうしたらもっと涼しくなりました、どうですか? かわいいですか?」

「……ッ」


 可愛らしく上目遣いで覗き込んで微笑む聖女スマイル。

 照れているのは明白で、ルシアンは黙ってうなずきながら視線を反らした。

 むぅぅ。肯定はされたけどそういう意味ではないんだけど!? 

 言葉で『かわいい』って言って欲しい! 

 でも今まで済まし顔が続いていたのを見ると少し進展──したのかなぁ? 



「アルジェ様、目的の場所というのはここですか?」

「そうなんですけど、ちょっと人が多すぎますね……」


 とある路地裏に人だかりが出来ていた。

 いくら夏の足音が聞こえてきたと言ってもここまで繁盛するとは予想外だった。

 この密集度は暑さを更に助長させるばかりだろう。

 わかりにくい場所に出している店だから油断していた。


 しかし、ただ並んでいる状況とも少し違って見えた。

 どちらかと言えば店の方が騒がしい。


 俺は様子を見に行くために中へ入ると、一気に熱気が襲ってくる。

 ぶっちゃけ外よりも暑い。

 それはどうにも厨房から発生しているようだ。


「うっ……、なんですかこれ」


 続いて入ってきたルシアンもその熱気に表情を歪ませた。

 厨房へと進めば、数人の従業員がとある魔道具を目の前にして困惑の表情を見せている。

 この人は知ってる。いつも快くスイーツの試食を提案してくる親切な人だ。

 この店を贔屓にしてるのには理由があるからね! 


「これは……どういう状況ですか?」

「これは聖女さま。いやね、今日来るお客様が皆アイスを注文していた所運悪く魔道具の冷却装置がぶっ壊れまして」


 聞けば魔道具である冷却装置がキャパオーバーを起こして壊れてしまって、冷却効果と真逆の作用を起こしているとのこと。

 魔道具に関しては全然ダメだからこれは専門の技術者が必要になるだろう。


「しかし、どうにも他の店も同じような状況でして……技術者が出払ってるんです」

「スイーツ、それも冷たいアイスを出す店はまだ限られてますもんね」


 この世界では魔道具と呼ばれる、前の世界で言うちょっとした機械製品がある。

 制作者は俺の元仲間である『賢者』であるが、俺の()()によりインスピレーションを得た結果──ある程度前世で便利だった技術を魔道具という形で再現したのが今問題となっている冷却装置だ。

 そうなると他のスイーツを出して我慢してもらうしか……、と思ったけど店内がこれじゃあな。

 冷却装置の代わりとなる氷魔法を使える者がいれば別なんだけど……。

 それを伝えたら店員の誰も魔法の修練を積んでいないと言っていた。


「聖女さまは……氷魔法を使えるとお聞きしております」


 あ。これは予想できる流れ。


「どうか、我々のことを助けてもらえないでしょうか!」


 深々と頭を下げて俺に頼み込む。

 こういった『頼みごと』はこれがはじめてではない。

 旅の間に何度もあったし、頼みごと(クエスト)の発生は避けては通れない人生なのかもしれない。


「それは、いいですけど……うーん。今日は客として来たのですが」

「見返りなら当店一、高級なスイーツをタダで差し上げます!」

「ほうほう……! それ、うちの後輩シスターたちのぶんも用意できますか?」

「勿論ですとも!」


 ふふふ、贔屓にしていたのもありこの店とは信頼関係も厚いだろう。

 氷魔法……は適当に下位ぐらいで冷却できればいいのでたいして負担にもならない。

 しかし、そうなればこの店内の暑さをどうにかしなければ。


 暴走して熱気を撒き散らしている冷却装置に向かい合うと、俺は改めて氷魔法で装置ごと凍らせる。

 すると徐々に店内の温度は下がっていき、やがて外よりも幾分マシになる。

 これでお客さんにはゆっくりくつろいでもらえるだろう。

 直せる技術者が来るまではこちらでアイスを作る程度に冷やせばよいといったクエスト。

 報酬は普通に嬉しいものだし断る必要もない。

 それと追加で要望を通してもらった。

 それはこの店の女性店員が身につける制服だ。


 TS娘である俺の目から見てもかわいいと太鼓判を押す制服は一度着てみたいと思っていたのだ。

 四角いタイル状の柄がデザインされて、その中を淡いパステルカラーで彩られて色合いがなんともキュートだ。

 しかし、少々スカートが短いのが難点かも。


「見てみてルシアン! この制服とってもかわいいです!」


 テンションが上った俺は、見ているだけでは暇だとウェイターの手伝いをしているルシアンに向かってこの服装を見せた。


「おお、店の制服ですか。いいですね、お似合いでございます」

「ふふー、そうでしょう? 形から入るのが私なんです!」


 本当はただ着たかっただけだけどね。

 っと、サボらないようにしなきゃ。







 ・

 ・

 ・

 ・







 なぜか『聖女さまが給仕している』と口コミで広まってしまったようでこのひっそりと穴場だった店が大通りに店を構える繁盛店が如く、客足が絶えなかった。

 給仕しているのはルシアンなのだが? 

 でもまあ、ちやほやされるのは嬉しいけど。


「聖女さま、数時間ずっと魔法を使ってますがお体のほうは大丈夫ですか?」

「心配しないでください」


 ただ冷却するだけならさほど負担にならず済む。

 日常的に使うのであればその限りではないのだが、この程度なら問題にならないだろう。


「聖女さま! 原材料がもうありません~~!」


 店員である一人の女性が裏からそう声を上げながら厨房へと駆け込んでくる。

 どうやら想定以上に売上を誇ったらしい。

 これ以上は俺たちのぶんが無くなってしまう。

 やがてラストオーダーを提供した店は、問題なく今日一日営業できたと喜んでいた。


「こちらが報酬の当店で一番人気の“高級スイーツ”でございます。それと、これも」


 そう言うと2人分の棒付き氷菓アイスをくれた。

 ルシアンのぶんも含まれるのだろう。


 ふ、ふはは! 任務完了! 

 客としてではないが、目的は果たせた事に舞い上がる俺。

 それはそうと、ルシアンも労ってあげねば。


「ずいぶんと嬉しそうですね」

「甘いものが嫌いな人なんていませんからねっ」


 二人で帰路に付く。道中は氷菓を食べ歩きながらだ。

 すっかり日が暮れてしまい、教会のほうも業務を終えた頃だろう。

 実にタイミングが良い。


「あっ!」


 そんな短い悲鳴をルシアンがあげたと思えば、棒付きアイスが溶けて落っこちていた。

 あぁ……、たまにあるよね。下側が溶けてベトベトになったり。

 まったく、初心者じゃあるまいし。


「ふふ、油断しましたねルシアン」

「うぐ……」

「そんな顔しないで。ほらっ! こっちの味も美味しいですよ?」


 残念そうなルシアンを見かねて俺は食べていたアイスを口へと持っていく。

 小さい頃とか友達と食べ物とかアイスを一口シェアするのやったことあるよね。

 ない? あっ、そう……。


 反射的にそれを食べてしまったルシアンはもぐもぐと口を動かしながらこちらを見た。

 わぁ! ルシアンの一口で俺のも崩れ落ちる! 

 慌ててそれにかぶりつき、ルシアンのような失態を晒すことはなかった。

 危なかったぁ。やっぱり夏だと溶けるのが早いな。


 あ。

 あぇ……? 


 ぐるりと視界が空へと向かい、俺はバランスを崩した。


「アルジェ様!」


 だけど地面に倒れることはない。側に居たルシアンが俺を抱えるように庇っていたからだ

 うごご、これが俗に言う頭がキーンとなったってやつか? 

 いや、立ち眩みだろうか。


「あ、あはは。ちょっと目眩がしただけです」


 そう言って身体を起こそうとするが、どうにも脚が不安定のままだ。

 暑すぎるせいかも。


「アルジェ様。無理はなさらないでください」

「でも、後輩たちが待っているんですよ」


 お土産も早く持っていかなければ溶けて台無しになってしまう。

 彼女たちの悲しむ姿は、できれば見たくないのだが。

 ここで転移門なんて使ってしまえば最悪の場合ルシアンに身体の事がバレてしまう。


 そう悩んでいた先、俺の身体が浮き上がった。

 何事かと思えばルシアンの顔が目の前に見える。

 端正な顔立ちで同性である俺ですらイケメンだと認識するルシアンの顔が、俺の目の前に広がっていたのだ。


 状況を冷静に判断すると、俺はルシアンに抱きあげられた。

 俗に言う『お姫様だっこ』という形で。

 ちょ、待っ──

 なにしてんのォ!? 


「こら! ルシアン、おろしなさい!」

「その歩けない脚で何を言ってるんですか」


 俺をまっすぐに見るルシアン。

 お姫様だっこというものを経験したことのなかった俺はその近さに驚愕した。

 だって、顔が近いんだもん。

 所謂、ガチ恋距離ってやつ。


「うー! 自分で歩けますから!」

「駄目です。また倒れられても困りますから」

「ま、まさかこのまま大通りを行くんですか!?」


 当然だが? といった風に表情を変えるルシアン。

 待て、待て待て待て! 

 それじゃこの状況を道行く人に見られるじゃないか! 

 それは……あまりにも恥ずかしすぎる。


 自分でもわかるぐらいに鼓動が増しているのがわかる。

 いや、でもこれは別にルシアンを意識しての事じゃない。うん。


 ジタバタと身じろぎするがルシアンは堪えていなかった。

 くっ、この体勢じゃ女である俺では抵抗しずらい……! 

 それに、なんだよルシアン。

 お前いつも俺のアピールで童貞っぽい反応してたじゃないか! 

 ばかばかばか!

 なんでこんな時に限って済まし顔なんだよ! 



「ぐぬぬ……」


 見知った人たちが、お姫様だっこされる俺の姿を微笑ましいといった顔で見る──その目はきっと節穴だろう。

 誰か、助けて。




 もう抵抗せずに観念して身体を預けていると、俺の鼓動ともう1つ。

 違うものが聞こえてくる。

 補足だが、俺は今ルシアンにお姫様だっこされている。

 そうなれば頭は必然とルシアンの胸部に近くなるのだ。


 意識してみればそれはルシアンの鼓動の音だった。

 俺よりも早く、そして俺のより大きい。

 それはこっちが恥ずかしくなるぐらいだった。

 なんだよ、ルシアンもちゃんとこの状況に揉まれてるじゃん……。



「────お前もちゃんと意識してんじゃん……ばか……」



「? 何か言いましたか?」

「なんでもありません」

 


  ぎゅっと服の襟を掴みながらルシアンの胸板に顔を押し付け、聞こえないように呟いたその言葉は思惑通り彼には聞かれていなかった。

 不可抗力により俺は人生で初めての羞恥プレイを晒されながら教会の方へと運ばれていく。

 はぁ。もうどうにでもなれ。



 あ、アイスは間に合った。

 そしてみんなで仲良く食べました。

 めでたしめでたし。


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