6. 聖女のユニークスキルは最強です
早いものであれから一週間ほどが過ぎた。
街の様子もひとまずの日常を取り戻したようだ。
俺はと言うと──暇を持て余していた。
何もルシアンが四六時中べったりという訳ではないのだ。
教会に行っている間は別行動だしね。
そんないつもの日を屋敷で過ごしていた俺の目に大きな袋を持ち運んでいるメイドの姿が入ってくる。
えーっと彼女は……ケイトリーだったかな。
少し小柄なメイドさんだ。
彼女は両手に抱えるほどの袋を抱えていた。
見た目に反して重くはないのか涼しい顔をしている。
「ケイトリー。重くはありませんか?」
「これはアルジェ様!あ、えっと……実はこの袋の中身全部お手紙なんですよ。アルジェ様宛の」
え?手紙?
それもこの袋に入ってるの全部?
半信半疑だったのを表情から察したのかケイトリーが袋を置いて中身を見せてくれた。
まあ、うん。確かに全部手紙だったけれど。
「今やアルジェ様は救世の聖女……、世界中から感謝のお手紙が送られてくるんですよ」
「それは……嬉しいですね」
TS娘である主人公が、可愛すぎてファンクラブとか作られたりするパターンってあるよね。
男子に告白されて俺は男だーって主張を強めるシチュエーション、俺は好きだよ。
TS娘となった俺だが、ここは異世界。それも剣と魔法のファンタジーだ。
勉強というのもある程度教会で基本は叩き込まれたし周りは大人かもしくは女性のみ。だからルシアンと遊ぶようにったのは必然でもあった。
それについ数ヶ月前までは魔王と戦争していたのだから、教育を受けられていたとすれば大都市に住んでいて尚且つ裕福な家庭の子供だけだろう。
現代日本にTS転生したらもしかしたらそういったシチュエーションに巡り合っていたのかもしれない。
未だにこの世界で遠距離でのやり取りはこうした手紙や、訓練された伝書鳩を使っていた。
元の世界にあるスマホや無線なんてものは無いのだから。
「そうですね、ではその全てに返事を書きましょうか」
「全部、ですか!?大変な作業になると思いますが……」
「ええ、はい。ですが私は暇なので……」
と少し語尾を弱めて苦笑いしてみせる。
かつての世界では命のやり取りが日常茶飯だったのもあり暇なんて無かった。
こうして手紙で感謝の言葉を綴れるほど世界は平穏を取り戻しつつあるのだろうと実感する。
俺には残された時間は少ない。それは襲撃事件の後にわかったことだ。
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「あなたの聖魔法は前例のないもの。それこそ世界にアルジェ様だけが持つ特異な素質と言ってもいいでしょう」
余命を宣告された席で俺を担当した医者が言った。
俺はTS転生者だ。例に漏れずレアな素質を獲得した。
それは世界で唯一人の聖魔法持ちである事。
聖魔法は浄化の魔法。攻撃魔法として繰り出せば強力な消滅の性質を伴い対象を穿つ。
回復魔法として使えば負傷した『傷』を回生させる。
漫画やゲームでは違うとすれば傷は直せても、毒や病気は治せない。
回復魔法を使うよりも薬草や調合した薬の方が効果的だ。
「ですが、それは非常に強力です。それは言ってみれば人の身では大きすぎるほどのもの」
「私の聖魔法が身体を蝕んでいる、と?」
その推察に医者は肯定してみせた。
「戦争中に使いすぎた反動が、年齢と共に加速度的にアルジェ様の肉体に猛毒となって作用している……と私は考えております」
「この身体が保つのは二年、ですか……」
余命宣告、それは人によっては絶望に当たるだろう。
だが、不思議と俺はそれを受け入れられていた。
転生者としての認識がそうさせているのかはわからない。
でも実際に俺は死を経験し、別世界であるが輪廻の輪が実在するのを身をもって経験しているのだ。
「しかし、聖魔法はまだ未知の領域です。私も知り合いや魔法学に精通している人物を当たりますので症状を遅らせる事も可能になるかもしれません」
「わかりました。今のところ特に身体の異変はないみたいなので日常生活に支障はないと思います」
「平和な世界となった今では前ほど魔法を使う機会が減ったと思います。先日の戦いでは大立ち回りをしたみたいですが……」
「それについては数カ月ぶりに魔法を使ったので……」
反省はしている。
あれは不意打ちで消耗させられただけだけどね!
「どうですか?この機会に身を固めては?」
「んんッゴホッゴホッ……!」
予想していなかった医者の一言に俺は思わず咳き込んだ。
「救世の聖女ともなるアルジェ様です、ご結婚となれば世界が祝福するでしょう」
「あはは……、そんな素敵な男性見つかればの話です」
俺はTS娘であるが自意識は変わっていない。
幼少期からそれは続いていたし、表向きは清楚な装いであるがそれはロールプレイとしての姿。
ふと思いを馳せる。
ルシアンを対象とした『理想的な聖女』を演じる今の状況。
そのタイムリミットが二年ほどになる。
俺はそれまでに完成させなくてはならなくなった。
──まあ、なんとかなるだろ!
俺はこの道10年のベテランだ!
今までは様々な演技をこなしてきたから死ぬまでにルシアンを落とす……!
「おや、どうやらご友人が騒がしくしているみたいですよ?」
「ご友人……?」
そう思った途端、扉が勢いよく開かれる。
そして入ってきたのは黒髪ポニーテールの少女の姿。
シンシアが勢いそのままに俺の腹部へと突撃をかましてくる。
ぐほぉ……ッ
や、やめてくれ……シンシアのタックルはガチで死ねる。
「すみませんアルジェ様、シンシア様を抑えておいたのですが……」
「──大丈夫です、こらシンシア。あまりぐりぐりしないでください」
「嫌や!二日も目が覚めんかったって聞いたから心配で心配で……!」
ぐりぐりとみぞおちに頭を擦り付けるシンシア。
その声は震えていたように聞こえた。
それに遅れるように中へ入ってきたルシアンの服装は私服で、乱闘をした後のように少し乱れていた。
あのシンシアを抑えるのにはルシアンでも苦労するだろうな。
数分を経て、落ち着きを取り戻したシンシア。
医者は気を利かせてくれたのかその場から退室してくれた。
もちろん、俺の症状は誰にも口外せずと念をおして。
どうせ死ぬのなら精一杯この人生を歩いていきたい。
誰にも悟られずに死んでいくのも変に心配させずに済むだろう。
あれからシンシアは俺の身体が心配で暫く滞在してくれていたらしい。
幸い、急ぐほどの旅じゃないから平気だと言っていた。
武者修行の中、魔物退治があれば率先してこなしていて解散したとしてもシンシアは勇者パーティーの一人なだけはある。
「それで、身体の方はどないや?」
「今のところ何も異常はないみたいです」
「ホンマか?アルジェ、無理してへんか?」
シンシアとは長い付き合いだ。
俺が無理をして元気に振る舞っているのは看破されてしまう。
「──昔ほど無理をさせられなくなったんですよ」
「ふーん。……まあ、アルジェもいい歳やしなぁ!」
「ぐっ……!人は誰しも老いるものですよ……!シンシアだって例外なしです!」
「うちまだ二十四やもーん。まだまだ動き足りないぐらいやわ」
「そ、そう言ってられるのも今のうちです!あと一年、いや三年ほど経ってみたらわかりますよ!二十歳も半分を過ぎてから実感しやすくなるんですからね!」
若さを武器にしてくるシンシアに苦虫を噛み潰す表情で反撃しつつ声を荒げる。
まだ三十歳じゃないんですけどぉ!?
いや、目前ではあるけど。TS娘は何歳になっても美少女って言われてるから。諸説あり。
そうやり取りをしていた端、ルシアンが不意に声を出して笑っていた。
「ああ、いえすみません。シンシア様と話してる姿が、昔のアルジェ様みたいでしたので」
くっ……、このままではルシアンの前で今まで作っていた聖女としての仮面が剥がれかねない。
それは避けるべき障害だ。
「コホンッ……。シンシア、そろそろ出発してはどうですか?私はルシアンがついていますし」
「なんでやアルジェ!ウチの抱擁はもうええってか!」
え、いやそういう意味ではないけど……。
いや、抱きつくのは遠慮して欲しい。
「はぁ。その心配性は治ってないみたいですね。貴方が残ってくれていた事、ちゃんと嬉しいんですよ。ありがとうシンシア」
柔らかい笑顔を見せて言った。
これは嘘偽りのない正直な本音だ。
するとシンシアは安心したかのように憤慨した表情から一転して見せた。彼女も本気で拒絶されたとは思ってないだろう。
「またオムファロスに訪れることがあれば、精一杯歓迎しますよ」
「楽しみにしとくわ!そっちの幼馴染くんもなー」
どうやらルシアンとはすっかり打ち解けているらしい。
コミュ力高いの羨ましい。
シンシアは平和な世界でも旅を続けている。
出会った頃もそうだったし、旅が彼女の生き様なのだろう。
そうしてシンシアはこの街から出発していった。
俺はと言うと、すぐに退院となる。
現在は安定しているが魔法は控えるように言われた。
ラスボスを倒した世界でそうそう大きな事件が起こることもないだろう。
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ケイトリーと手紙の件を話していたらルシアンの姿が見えた。
「アルジェ様、実は本日お暇を頂けたらと」
「わかりました。いつも訓練や私の護衛やらで忙しいでしょうし」
ルシアンが居ない時はシスター・マデリーンが彼の代わりを努めてくれる。
教会で俺が聖女として過ごしている間は彼女が俺のお世話係だ。
そんなルシアンは私服でキメていてカジュアルな装いだった。
昔からだがルシアンは身嗜みに結構気を使っている。
髪型も伸び切ったものではないしヒゲも剃ってあるのだろう。
うん、普通にイケメンと言える。
「さて、私は手紙の返事を書きますか」
「……」
すると、ケイトリーはルシアンをじっと見つめていた。
後ろ姿が屋敷の外へ消えていくと、こちらを見る。
「今日のルシアンさん、どこかおかしくありませんか?」
「おかしい……?」
俺がルシアンに暇を与えるのがだろうか?
いや、それはない。
これまで何回も休みとして自由に使える時間はあったし街へもプライベートで降りているのを俺だけではなくメイド達使用人も理解しているはずだ。
この屋敷で働いているメイド達にもそれは平等に休みは与えられる。
「これは……女の勘ですが──恋人との逢瀬ですね!」
「はぁ……?」
思わず素になって返してしまった。
はっとなりいつもの猫をかぶる。
「もしそうだとするならいいことではないですか……?」
そうだ、ルシアンも年頃の男性なのだ。
むしろ恋人の一人や二人、いや二人はよくないが──ともかく、彼の友人として祝うべきではないだろうか?
俺は別にルシアンに異性として振り向いて欲しい訳では無いし、俺が恋い焦がれていると見せかけているのは演技の範疇でしかない。
「アルジェ様は気にならないんですか!?」
「え……えぇ……?確かにルシアンとお付き合いしている女性ならば少しは気になりますが、それを私達が詮索するほどでは──」
そこまで言葉を紡ぐと袋が床へと落ち、俺の両手が握られる。
気圧されるほどケイトリーが食い気味にこちらへと乗り出していた。
思わず心の中でひぇっ……と怯えてしまうほどだ。
「アルジェ様も、気になりますよね!?ね!?」
「…………それは、ないと言えば嘘になりますが……」
「……ルシアンさんのあとを追いましょう」
……は?
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・
・
俺達は今街へ来ている。
よく見知った男性の後を追跡しているのだ。
なんで、こうなった!?
「いいですか?ケイトリー。これはストーカーですよ?れっきとした犯罪です!」
「シーッ!あまり騒ぐとバレますから!」
手紙の入った袋を運んでいたメイド──ケイトリーに連れ出される形で俺はこっそりと物陰に隠れるように潜んでいる。
桃色の髪とシスター服なんて格好じゃ私が聖女ですと言っているようなもので、俺はあれから私服へと着替えて帽子を使って変装しているのだ。
同様にケイトリーも一般人に紛れる形で変装している。
だがやっていることはれっきとした犯罪だ。
清楚な聖女であるアルジェにはあるまじき行為。
「あ、女の子が近づいてきましたよ!」
「はあ、彼にもプライベートがあると言うのに」
ルシアンは比較的ラフな格好だ。
街の人に時折挨拶をされては笑顔で返している。
そんな中ルシアンに近づいてきた少女がいた。
歳は、幼い。稚すぎる。
いいところ10歳前後だろうか。
もしルシアンが特殊な趣向であったなら一言言ってやろうと思ったのだが、軽く挨拶をするだけで行ってしまった。
「何残念そうにしてるんですか。ルシアンはそんな人じゃないです。性格が良すぎて子どもたちには人気があるみたいですけど」
「むむむ。アルジェ様はよく知ってるんですね?彼のこと」
「心外ですね、私はいつもルシアンの事を見ているんですよ?」
「……なるほど」
なぜか少しの間がありケイトリーが納得するように頷いた。
ずっとスキを伺っているのだ、当然である。
そして無防備になっている所を俺のあざといムーブで攻め込む。
……今の今まで空振りに終わっているが。
「あ!どこかに入っていくようです!」
「あれは……アクセサリー店でしょうか」
ルシアンが入ったのはとあるアクセサリー店だった。
それも女性ものが大半を占める小洒落たところ。
「もしや恋人へのプレゼントでしょうか?」
どうだろうか?
だが、もし恋人に捧げるのだとしたらそれはそれで紳士的な振る舞いではないだろうか。
……TS娘である俺よりも『可愛い』とルシアンが思える女性……。
それはそれで、気になる。
いや、もし俺のあざといに勝るものだとしたら物凄い気になる。
「あ、出ていきました!何も買わなかったみたいです」
「……ほら、もういいでしょう?帰りますよ──」
「でも嬉しそうな顔してますね」
ルシアンは心なしか足取りが軽快なものへと変わっていた。
むぅ。なんか心がザワめく。
俺に比類するほどの女性の気配が本当に……?
「アルジェ様、移動しますよ!」
俺は聖女アルジェとしてこの行為を辞めなければならない。
ルシアンのプライベートまで俺が邪魔しちゃ駄目だ。
残された時間が少ない俺と違って、ルシアンには未来があるから。
「あれは、花屋店でしょうか?」
「……っ」
やってはいけない行為、なのだが。
俺は無意識にケイトリーと同調してしまう。
「アルジェ様……重いです」
追跡の続行を選択した俺とケイトリーは繁華街にあるおしゃれな花屋店へと入っていく姿を見た。
物影からこっそりと覗くケイトリーと、それにのしかかるようにして身を乗り出している俺。
周りからは不審者として見られかねない。
ルシアンは店に入って店員と話しているようだった。
栗色の髪の毛の、鼻筋が通っている美人な女性だ。
「まさか、あの店員さんが意中の方……!?」
親しそうにしている姿を見るに、初対面ではなさそうだった。
気さくに会話していて、時折見せる彼女の笑みはとても魅力的に映る。
元男の俺からしても彼女は美人だろう。
もしかして本当にルシアンには付き合っている女性がいたのだろうか?
だから俺に対して素っ気ない態度を取ったり、靡かなかったのだろうか?
俺は思わせぶりな態度を取るTS娘という存在が好みだった。
だからそうしたロールプレイをしてきたのもある。
恋をしては駄目だ。あくまで従者に恋い焦がれる聖女としての仮面を被らなくてはならない。
メス堕ちしない程度に相手を誑かす魔性のTS娘がいいんだ。
だがこれは俺のエゴでもある。
「あ、花束を買ったみたいです」
「そう、ですか……」
友人が幸せを掴めるのならそれは祝福するべきだし応援すべきだろう。
庭師であった彼が個人で花を買うということは何も不思議ではない。
「ここは……」
俺達がルシアンを追ってやってきたのは街外れの小さい丘。
それでも街並みが見渡せるし景色はいい。
そして、見下ろすように一本の木が生えているのだ。
恋人との逢瀬には穴場とも言えよう。
だが、俺は理解する。
ルシアンの目的はそうじゃなかったんだと。
恋人じゃあない。
「帰りましょう、ケイトリー」
「え、でも今から彼の意中の方が……」
「そういうのじゃ、ないんです」
ここは俺も来たことがある。
よくルシアンと、そして彼の父親も一緒に。
その頃はまだこの木も小さくて、木登りしては落っこちて叱られていたっけ。
「ここは、彼のお父様が眠っている場所なんです」
四年前、ルシアンの父親は他界した。
このご時世、死というのは誰しもに訪れる。
だが、そんな彼の父親は天寿を全うして亡くなったのだ。
辛かったろうが、ルシアンは乗り越えた。
その時に、俺がルシアンの隣に居てあげれなかったのは悔しかった。
そしていつでも街を見下ろせるこの場所にルシアンの父は眠っているのだ。
余裕のない旅だったし生きて帰れる保証もない旅路。
それは双方も納得していた。
「彼はお墓参りしにきたようです」
「そうとも知らず私は……」
ケイトリーはそれを聞いて申し訳無さそうに顔を伏せた。
それは俺も同じこと。
ケイトリーに連れられてと体良く言ってみるが無粋な行為なのに変わりはない。
俺も一度墓参りしなくてはならない。
だが、今日はその時ではない。
ケイトリーもこれ以上続けるつもりがないだろうし。
ひとまず、ここから立ち去ろう。
転移門を開いて屋敷へと通す。
ああっ、やばい。
手紙の返事全部書かなきゃ。
「アルジェ様」
「?どうかしましたか?」
「鼻血が……」
そうケイトリーに言われて拭ってみれば、血が付いた。
どうやら鼻血を出していたみたいだ。
「──ぁ。……少し、のぼせたようです。部屋に水を持ってきてくれますか?」
「は、はい!」
ケイトリーはそう言って水をとりにいく。
俺は何かを残せるのだろうか。
救世の聖女としてではない。ただのアルジェとして。
生きた証。俺が死ぬ前にこの世界へ刻む証明。
……いや、それを考えるのは後にしよう。
今は手紙の返事を書かなきゃ。




