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5. バッドエンドルートは回避されました


 シンシアは格闘家だ。

 魔法はからっきしで、てんで駄目。

 だけどSTR(筋力)DEX(素早さ)に極振りしたスタイル。

 魔王討伐を成し遂げた勇者パーティーの一人が、『拳王』シンシアだ。

 小柄で愛嬌のある性格をしているが、デタラメに強い。

 まあ、勇者パーティーの仲間はみんな強いけど。

 そんな彼女との再会が、こんな場所だとは素直に喜べなかった。


「そっちの強そうなやつ、ウチにくれるん!?」


 こいつ、というのはゴブリン・ロードのことだろう。

 既に動きたくてウズウズしているといった目で標的を見定めていた。


「あー、いえ。こちらは私との因縁があるので」

「なんや、つまらんなぁ。それなら、こっちのちっこいのにしとくわ!」

「掃除してくれるというのなら助かります。……あまり散らかさないでくださいね?」


 今後起こるだろう光景に苦笑いしつつ、そのお願いが届いていないのを理解する。


「任せとき! うらァー!」


 シンシアは軽くぴょんぴょんとその場で準備運動。

 そして、大量に蠢いていたゴブリンに向かって突撃していった。

 土埃と緑色の飛沫が共に舞い上がり──そして重力により地面へと落ちる前に、シンシアはそこら一帯を3往復してみせた。


 一瞬であの大軍が消し飛び、やがて残ったのは緑の体液に塗れたシンシアのピースサインだったりする。

 それを俺が確認すると、再び姿を消した。

 次の瞬間には遠くの別のコブリンの群れが蹂躙されていくのだった。


「き、貴様ァ! 俺の軍団をッ!」

「おっと、させません!」


 ゴブリン・ロードはその惨状に左手をシンシアの方へと向ける。

 しかし先程とは違い、俺はそれに反応できていた。

 ヒュッ、と風を切る短い音が鳴る。

 突き出した手首は綺麗に切り落とされてボトリと地面に落ちる。



 ほんの少し人よりも素早く手を振り切ればいいのだ。

 そうすれば即席の凶器になる。


「ぐ、ぎゃあぁぁぁ──ッ!?」

「貴方には聞きたいことがあります」


 痛みにのたうち回るゴブリン・ロードへゆっくりと近づいていく。

 なぜ、お前のようなゴブリンがあれだけの魔法を使えたのか。

 俺でさえ難しい高位魔法の詠唱破棄での使用。

 それにあそこまでの精度と技術はただの魔物には到底扱えたものではない。


「クソッ!」


 筋肉から繰り出される拳は俺めがけて振り下ろされる。

 ズンッと俺の側を逸れたまま地面へと叩きつけられ小規模なクレータを形成した。

 見た相応に力だけは強いのだろう。

 だが、自慢の怪力でも当たらなければ意味のないものになる。


「ふん、油断したな聖女!」


 そう勝ち誇ったように言い放つ。

 その瞬間、地面が白熱に変化した。

 ゴブリン・ロードは地面へと極爆炎魔法(エクスプロージョン)を発動したのだ。

 俺の足元の熱量が上昇し、それは火柱として発現。炸裂する。

 至近距離での極爆炎魔法(エクスプロージョン)

 物凄い熱が俺の体を飲み込んでいく。


「やったか!?」



「そんなわけないでしょう?」


 勝利を確信してのやったか!?はフラグなんだよなぁ。


「あの至近距離で食らって無傷だと!?」


 俺の身体に膜のように光の防護膜が形成されていた。

 それが俺を極爆炎魔法(エクスプロージョン)の爆発から守ってくれた。

 名付けて聖女バリアー。俺が編み出した魔法だ。

 しかし、これは本当に『危ない時』用のもの。


 通常、魔法は魔力をどのくらい使って発動するか意識的に調整する。

 それは蛇口を捻って調整するのに近い。

 その蛇口を撚る行為を発動時に行っているのが我々魔法使い。


 しかし、この聖女バリアーはそれの工程を省いたものになる。

 意識外の攻撃に自動で展開し、即死或いは不意打ちを避ける為のもの。

 だから、魔力の消費は調整されていないぶん膨大になる。


「ならば今度は直接──ッ」


 ゴブリン・ロードが魔法を発動することはなかった。

 骨が折れる音はゴブリン・ロードの叫びによって掻き消える。

 俺にへし折られた腕は、頼りなくぶらんと垂れ下がっているだけだ。


「あがァァァ!?」

「魔法使いを相手取るならまずは手を封じろ。と、私の師匠が言っていました。つまり、貴方は私に近づいた時から負けていたんです」


 それでも、一方的に遠距離からバスバス極爆炎魔法(エクスプロージョン)連射されちゃ勝ち目なんて無かったなぁ。


「さて、ゴブリン・ロードというのは……人間と遜色ない思考を持っていると聞きます」


 既に使い物にならなくなった腕をかばうように、ゴブリン・ロードは俺を見ている。

 その瞳には恐怖。目の前の聖女たる俺への畏怖の感情だ。

 このTSした身体でも、目の前の筋骨隆々のゴブリン・ロードの腕をへし折るなんて容易なのだから。


「複雑な感情を持つに至ったせいで、これから貴方が情報を喋るまでいたぶられるという事実を、理解してしまうのが――可哀想」


 まだ脚が残っている。視力がある。耳だって残っているじゃないか。

 喉と口はだめだ。それ以外なら致命傷にならない程度に傷つける余地は残ってる。さて、どこから始めようか?

 

「ま、待て! 話す! 何でも話すから……ッ」

「では、話してください。貴方が言ったドーピングとやらの正体を」


 跪いてぽつりぽつりとゴブリン・ロードは話し始める。

 それは、今から三ヶ月ほど前の事。

 ちょうど魔王を討伐し、このオムファロスへと帰ってきた頃に遡る。











 ゴブリン・ロードは7年という歳月をひたすら鍛錬し続けていた。

 目的は聖女に復讐すること。

 だがそれには軍団が必要だった。配下であるゴブリン達が。

 ゴブリン・ロードは雑兵ゴブリンの群れを統制する特異個体だ。

 だが、このゴブリン・ロードは産まれながらにして部下を失っていた。

 それだけではなく、聖女に情けをかけられ見逃され逃げおおせた『弱虫のゴブリン・ロード』というレッテルが付き纏い、どの群れもこのゴブリン・ロードを受け入れることはしなかった。


 故にゴブリン・ロードの原動力は聖女への憎しみのみ。

 群れを持たず、日々肉体を鍛え上げる事に費やした。

 そうして7年かけたが、軍団を率いるほどには至らなかった。

 敵前逃亡したというレッテルは例え強くなったとしても払拭できなかったのだ。


 産まれながらにして、このゴブリン・ロードは最底辺にいた。

 統率者になれぬ統率者。

 そんな生活をしていた三ヶ月前、変化が訪れる。


「山籠りして修行する単独のゴブリンなんて、君ぐらいだろうね」

「何者だ!」


 ある日、修行の最中に何者かが近づいてきた。

 それは顔がすっぽりと隠れてしまうほど深くフードを被っており、黒い法衣を纏っていたと言う。背丈は子供のそれ。少年と少女どちらの声とも捉えられた。



「貴様、俺を殺しにきたか! 人間一人、ましてや子供なぞ一捻りで殺してくれるわ!」

「わっ! 待てって! ぼくは魔王のビジネスパートナーさ。つまり、魔物側って事」

「魔王だと? 可笑しいな。貴様から臭うのはどちらかと言えば人間の臭いだ」

「ならドーゾ。殴ってみなよ?」


 挑発するその黒法衣をなんの躊躇することなく殴りつけた。

 が、それは虚しく虚空を通り過ぎてしまう。

 まるで影を殴ったかのようになんの手応えも無かった。


「君達がぼくに触れることはできない。こっちからは干渉できるけどね?」


 すると黒法衣の子供は闇魔法を披露してみせたのだ。

 闇の波動はゴブリン・ロードを死、という錯覚を覚えさせるほどのものだった。

 魔王と同じ闇の波動に気圧され、大人しくすることにした。


「ずっと君を見てきたんだけどさ。君は頑張ってるのに報われなさすぎる。どうかな、君が()()()()()()をあげようじゃないか!」

「何……?」

「ああっと、でも無償じゃないよ? 魔王の頼みを聞いてくれたら、聖女にも匹敵する『力』をあげよう!」

「聖女……」


 君の目標だろう? と邪悪な囁きに対して返事は決まっていた。


「頼みっていうのは、聖女を捕まえてきて欲しいんだ」

「寄りにもよって俺が復讐したいヤツかよ」

「ああ、きれいな状態でね? それで──こっちの用事が済んだら聖女はあげるから煮るなり焼くなり好きにしていいよ」













 それが今回の襲撃のきっかけ。

 だが、その時には魔王は死んでいたはずだ。

 そしてこのゴブリン・ロードもその時、魔王の訃報を知らされていなかった。

 もしタイミングが少しズレていたとしても、俺が目的だったら直接対峙したときになにかあっても良さそうなんだが。



「そのあと、俺はヤツに力を分け与えられ国中のゴブリン・ロードを殺して回った。そして統率者となるゴブリン・ロード()が俺だけとなった後、貴様の街を襲撃した。魔王の約束を果たすため、俺の復讐を遂げる為にな」


 ゴブリンは群れを成すがそれは人間における集落程度に収まる。

 国のゴブリンを軍団として率いていた、それがこのゴブリン・ロード。


 そこまで喋り終わった頃、シンシアがこちらへとやってきた。

 緑の血液塗れになって、気持ちよさそうに笑顔を見せている。

 ……少々食い散らかしが過ぎるけど。


「ふぅーっ! 久々に運動したわぁ。……そっちの因縁とやらは終わったん?」

「まあ、殆ど」


 結局、力を与えられたとしても復讐は成し遂げられなかったけど。


「聖女。俺を殺せ」

「……」


 ゴブリン・ロードは静かに周りを見る。

 そこには7年かけて渇望した配下の残骸が目に写った。

 産まれてからひたすらに欲していた軍団を失った彼は力なく膝をつく。


「もう配下もいない。例え力を与えられたとしても貴様には勝てなかった」

「……早撃ちは見事でしたよ」

「二度も情けをかけるな! 貴様は俺に一度情けをかけた! また虚しい時を過ごせというか!?」


 ゴブリン・ロードが虚しく吠えた。

 もうこいつには戦う気はない。

 俺は7年前、こいつを見逃した。

 それは崇高な考えのもとではないし、哀れみでもない。

 ただ、俺のロールプレイに巻き込んだだけだ。

 その結果どうなったか?今起こっている状況を見たらわかる。

 ……俺がもしこいつに情けをかけなかったら、なにか変わっていただろうか? 

 それを後悔してもこうして復讐に駆り立てた事実は変わらないだろう。


 俺は静かに聖魔法をゴブリン・ロードに放つ。

 それは浄化の炎となり、彼をゆっくりと消滅させていく。

 最後の瞬間だと言うのに、ゴブリン・ロードは何かに解放されたかのように穏やかな表情をしている。


「ああ、そうだ。俺に力を渡したそいつは最後に自分を【魔人】だと名乗っていたな──……」



 そう言い残し、肉体は消失した。










 ・

 ・

 ・

 ・









 俺は問題を解決し、街へと戻ってきた。

 一度戦場となった街中だったが、神殿騎士(テンプルナイツ)の報告によると民間人にけが人数名と戦闘に参加した何人かが既に病院へと運ばれていったらしい。

 死者は奇跡的に一人も出なかった。

 騎士の迅速な対応に感謝の言葉しか出ない。


「ルシアン! 怪我は?」

「アルジェ様、平気です。掠り傷程度ですよ」


 埃や返り血で少し汚れてしまっていたが、どうやら無事な様子だ。

 俺は、軽くルシアンに回復魔法を使ってやるとグッと背伸びする。

 初めての魔物との戦闘を褒めてあげないと。


「よく、頑張りましたねルシアン」

「ッ!? あ……ありがとう、ございます」


 するとルシアンは小さくなっていく言葉とは裏腹に、大人しく頭を差し出した。

 うお、やっぱお前背ェでかいなおい。

 俺が全力で背伸びして、手を伸ばしてやっと頭に到達するレベルだぞ。


「アルジェ、その子が例の?」

「シンシア! はい、幼馴染のルシアンです」


 頭を撫でて褒めている所にシンシアがやってきた。


「ルシアン、紹介しますね。『拳王』シンシア……私の元仲間です」

「え!? それじゃ、勇者パーティーの……?」


 その言葉に俺は無言で首を縦にふる。

 拳王なんて大層な呼び名から白ひげ生やした仙人みたいな姿を想像していたのだろう。

 目の前の小柄な女の子を信じられないといったように見ていた。

 それにしても、だ。シンシアの加勢により大事にならなくて済んだ。苗床ルートは回避されたよ!やったね!


「それにしてもシンシアはなぜあんな所へ?」

「あー、ウチは武者修行の旅続けとってな? んで、オムファロスの近くまで来た所なんやでっかい花火があがっとってな」


 花火……、というより爆発だろう。

 俺が空中で食らった極爆炎魔法(エクスプロージョン)に違いない。

 結構派手な爆発だったんだ、あれ。

 視界に広がる火炎しか覚えてないわ。


「んで、魔物の中にアルジェがおったから声かけてみたっちゃーわけや。昔みたいに少し運動できるかなって期待しててん!」


 少し、の範疇なのか? あの暴れっぷりは。

 ゴブリンの体液ですごいことになってるんだが? 


「再会を祝して、屋敷へ招きたいところですが……」

「ええって! また別の日によらせてもらうわ。今はそれどころじゃないみたいやし。ま、その時は沢山菓子持っていくからな!」


 俺も、戻ってローランド主教へ報告に行かなくては。

 お風呂も入りたい。

 久々にドンパチしたからなぁ! 

 それに至近距離の極爆炎魔法(エクスプロージョン)なんて食らったから乾燥ヤバい。お肌がカサカサだ。乾燥は女の子の天敵よ。


 それでは、屋敷へ──と俺が転移門を発動したつもりだった。




「ゴフッ──! ゲホッ!」



 ぐらぁ。

 世界が揺れた。

 ルシアンの方を見ると、驚く彼の表情が見える。

 何かを叫んでいるが、まるで籠もっているかのように耳が聞こえない。




「アルジェ!!!」

「アルジェ様!!」


 白いシスター服を赤色が染めた。

 突然の出来事に俺は一瞬思考が真っ白になった。

 痛みは、それほど。だが感覚が麻痺しているようだ。

 咳と共に俺の口から吐血された途端、いよいよ立っていられなくなった。

 崩れるように俺の身体は地面へと倒れ意識が暗転していく。













 気がつけば俺は病院に居た。

 あの日緊急で運ばれ、応急手当をしてなんとか一命は取り留めたらしい。

 回復魔法は他人に使えても、自分には使えない。

 だから俺が負傷すれば自前で作る聖水以外に回復アイテムがない。

 それでも効果は三割程度に落ちる。

 まあ、旅の最中は倒れるぐらい日常茶飯の生活だった。

  


 意識が目覚めてすぐにかかりつけのドクターがやってきた。

 お? 退院の日程決まった? 



「アルジェ様、一昨日は大変な目に合ったと聞いております」

「ゴブリンの襲撃……あの時のけが人はどうですか?」

「皆、命に別条はないでしょう」


 ホッ。ならもう街は平常運転に戻ってるだろう。

 あ、シンシアはもう出発してしまったか。

 見送りできなかくて残念だ。


「アルジェ様、今身体のほうは……?」

「今のところ特には……?」

「そう、ですか」


 ドクターが神妙な表情だったのを少し不思議に思った。

 普通はそこ喜ぶ所だろうと。


「アルジェ様、どうか落ち着いて聞いてください」


 ドクターはひと呼吸置くと、震えた声で続けたのだ。


「あなた様の余命は──あと二年です」


「…………え?」


 それは冗談ではなくて……、俺の残された命の時間。

 余命宣告だった。


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