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4. 1ターンに3回行動するタイプの脳筋

 この街の出入り口は行商や馬車が行き交う東門と西門の2ヶ所あり、周囲は壁で守られている。

 魔物という脅威が身近な世界だから同然だろう。

 そんな気高い壁の見張り台を登っては俺とルシアンは日が沈みかけている街並みを見ていた。


 けして長い時間ではなかったけどこうして目的もなく適当に誰かと歩けるというのも、日常に平和が戻ってきた証拠なのだろうか。


「アルジェ様、今日は気晴らしになりましたか?」

「はい! お誘いありがとうございます、ルシアン。それにしても、道ながらに食べ歩きしたせいで……お腹が……いっぱいです!」

「皆、聖女様がおいしそうに頬張るものだから試食を申し出ていましたしね……途中からは俺まで」


 俺の見た目は目立つため、一見するだけで聖女だとバレてしまう。

 この服のせいなのだろう。

 次からは変装して来たほうがいいのかもしれないと思った。


「ルシアンはあんなに食べていたのにまだ余裕そうですね?」

「もちろんです!」

「ふぅん? なら、屋敷に帰ったら私のぶんはルシアンにあげますよ?」

「え゛!? そ、そんなに食べられるかな……」


 ぎょっとするルシアンの反応に自然と笑みが溢れてしまう。


 ルシアン含めた全員ではないが、俺の使用人はすべてあの屋敷で暮らしている。

 俺はあの屋敷が住まいだから当然だが。


 そして食事もその屋敷で食べているのだが、同席して食べるのはまず無い。

 あんな仰々しい長テーブルにちょこんと座って食べるのは……合わない。

 今まで旅をしていたのもあり、むしろ質素のほうが割にあっている。


「そろそろ屋敷へ帰りましょうか」


 外は暗くなり始めていた。


「また、あれを通るんですね……」


 ルシアンが気にしているのは転移門の事だろう。

 1度目は俺が伝え忘れたのもあり転移門の洗礼を受けた。

 大丈夫、何度も通れば慣れるから! 


「何か聞こえませんでした?」


 ルシアンがぽつりと言った。


「たぶん、門を閉めているのでしょう。こちらへの定期馬車もなくなるので──?」


 そう言い終わる前に、妙に肌がピリついた。

 それは鳥肌とも形容できるものであり、旅の最中に何度も経験したことがある。

 敵意を向けられた感覚。






 それを認識した瞬間、俺は咄嗟に防御魔法を周囲へと展開する。





「──ッ!」


 彼方の空が無数の矢によって黒く染められ、それは幾重にも連なった雨を降らせていく。


 展開した防御魔法がこちらに到達する直前で矢をせき止めると、外へと目を向ける。

 壁の外の遠くに魔物の姿を確認した。

 間を置かずに、警笛が遠くの見張り台から広がり敵襲を告げる。


 俺は急いで階段を降りると、兵たちが集まってくるのを見た。


「聖女様!」

「敵です! 数は、恐らく大量に。東門からも警笛が……同じ状況のようです。数名は民の避難誘導を!」


 警笛により数ブロック先も同じ状況なのだと推測する。

 門を閉めるよう指示を出すと兵たちはすぐに取り掛かった。

 中へ侵入されるのはなんとしても避けたかった。


「私は他の門を見てきます! ルシアンは、ここに居て兵たちを手伝ってください!」



 ルシアンはまだ実戦経験がない。

 訓練はしているが、魔物と対峙する経験は全くと言ってないはずだ。


 鈍い音を響かせながら門が閉まろうとしている。

 しかし、それは叶わなかった。

 突撃してきた馬車のようなものが、それをこじ開けたからだ。

 門は衝撃により開け放たれ、中へと侵入する。


 およそ人が乗れるほどのそれは建物に衝突し、動きを止めた。


「……」


 一瞬の静寂の後、中から弾けるようにゴブリンが湧いて出てくる。

 この馬車はゴブリンを輸送する為のものだった。

 そして追従するように再びゴブリン詰めのビックリ箱が飛び込んでくる。

 同じように、中にはゴブリンのおまけがついてきて。


「皆、剣を構えろッ!」


 兵士の一人が叫ぶと、ゴブリンが飛びかかる。

 ゴブリンと兵士が入り乱れて戦闘が始まってしまう。

 俺の得意分野は魔法だが、どちらかと言うと雑魚を広範囲攻撃で薙ぎ払うタイプ。


「ルシアン!」


 ルシアンへとゴブリンが飛びかかると、俺はその間に入って魔法障壁を展開する。

 すぐさま指先へと魔力を集中させ、眼の前にいた数匹を破壊する。

 この混戦、下手に俺が魔法を使っては周囲を巻き込みかねない。

 だから使えるとしたらこの程度。


 ゴブリンに指をあわせ、撃つ。

 指をあわせて、撃つ。

 周囲の兵士が一匹を倒す間に三匹撃ち抜く。


 民間人の避難もままならない中、俺は街の奥へと侵入しようとするゴブリンを一匹ずつ処理していく。

 その間にも敵の処理を上回ってゴブリン追加は止まない。

 これだけの大軍をどうやって街のすぐ近くまで察知されずに持ってこれた? 

 魔王軍は倒したはず。

 残っているのは有象無象の魔物だけ。そう思っていた。

 魔王が現れる前の世界はそうだったのだから。


「しまっ──」


 注意がそれた不意を狙ってゴブリンが俺の背後へと入ってきていた。

 醜い緑色の顔面を歪ませて。原始的な槍を俺目掛けて突き出してくる。


 旅の中で旅の中で、何度も同じような状況があった。

 もっと酷い時も。その都度、ピンチになったが俺は生き延びることができた。

 それは背中を預けられる仲間がいたから。

 俺が不意を突かれても、仲間がそれを補っていた。


 だけど、その仲間はもういない。


 俺は、覚悟するように訪れる痛みを待っていた。

 ……それが来ることはなかったけど。

 ゴブリンの頭部が綺麗にたたっ斬られると同時に、切り開くようにルシアンが見えた。


「はっ、ぁ! お怪我はありませんか!?」


「ルシアン……?」


 黒い制服が緑の返り血で汚れて、勇ましい言葉に反して彼は泣きそうな表情をしている。

 その背後からは同じように黒い制服を着た神殿騎士(テンプルナイツ)が駆け付けてゴブリンを処理している。



「ここは任せて、他の門に行ってください!」

「ルシアン……手、震えてますよ」


 初めて肉を断つ感覚に、剣を握る手は小刻みに震えていた。

 ルシアンは剣を握ったと言っても相手は木人ばかりだったし、この平和な世の中で私の側に置いておけば戦う必要もないと思っていた。

 ただ、俺の側に居てくれれて昔のように遊んだりしたかった。


「大丈夫です。それに、先輩が頑張っている中俺だけ震えてろっておかしいでしょう」

「無理はしないでくださいね? 危険だと思ったら逃げていいんですから」

「ッ! ……わかってますよ!」


 飛びかかるゴブリンを払いながらルシアンは言った。

 なら、俺は俺の役目を果たすとしよう。


「他の門にも神殿騎士(テンプルナイツ)が?」

「そのようです」


 それなら数分なら持ちこたえることはできるだろう。


 風魔法を脚へと集中させると、身体を宙へと浮かばせる。

 だったら、俺は外のゴブリンを叩いて敵の増援を断つ。


 壁の外へと向かい、虫のように蠢く奴らを見る。

 俺は思考を鮮明にさせ、手をかざす。


 ──極光攻撃魔法(ゴッドブレス)


 閃光と共に目の前が白に染まる。

 俺の発動した魔法が極大の光線を形成し、黒点のゴブリン達をなぎ払う。

 そうして目前にあった魔物は消失し、黒焦げの地平線が広がっていた。


 ひとまずこれで追加の敵は暫く見込めないだろう。

 となればあとは東門か。

 風魔法を操り、そちらへと向かおう。


 そちらも乱戦しているとは言え、相手は矮小なゴブリンだ。

 訓練を受けた兵士程度なら不測の事態にはならないだろう。

 そこ、さっき後ろ取られた聖女って言わない。あれはマグレだから。


 ふう、と一呼吸置いて俺は壁の外に向き直る。

 手をかざし、再び魔法で一掃するつもりだった。



 極光攻撃(ゴッドブレ)──


 刹那の間、俺よりも先に魔法の発動が見えた。

 それは敵陣から一筋の炎として発現し、俺へと一直線に向かってくる。

 それは飛翔するに比例して極大の爆炎へと姿を変えた。


「ッ! 極爆炎魔法(エクスプロージョン)!?」


 瞬間的に俺は魔法障壁を前へと展開。

 元から魔法を発動するつもりだったのもあり、なんとか展開が間に合う。

 爆音が鳴り響き、業火が周辺に熱波として降り注ぐ。


「はぁっ。今のは間違いなく極爆炎魔法(エクスプロージョン)


 非常に習得難易度が高い魔法。

 ぶっちゃけ終盤になってやっと覚える攻撃魔法だ。

 間違ってもただのゴブリンが使えていい代物ではない。


 肌が乾燥し、唇は割れているようだ。

 再び魔法の発動がされた。二発目の極爆炎魔法(エクスプロージョン)が俺へと飛んできたが、それを避ける。

 空にいては狙ってくださいと言っているものだろう。

 下へと降りると、ゴブリンの処理を終えたのか兵士が出迎えた。


「ゴブリンは?」

「それが、敵の追加が止んだかと思ったら……」


 門の外を指差すと、一匹のゴブリンが馬車を引いてやってきた。

 敵意は……なさそうだったが。


「聖女、ノレ」

「……どういうつもりですか?」

「ボスが アいたがってイる」

「ここであなたを消滅させることもできるんですよ?」

「ソレしたら ボスがマホウ使う 無差別」


 先程の極爆炎魔法(エクスプロージョン)はこいつらのボスのものらしい。

 正直、俺一人だと例え魔法障壁を展開して守りに徹してもすぐに限界が来る。

 ならば敵の懐に入って倒してしまったほうがいい。

 幸い、侵攻の手は止まっているようだし。








 ・

 ・

 ・

 ・












 そのボスの所へ着いた頃にはすっかり夜になっていた。

 周りを松明で照らしているゴブリンの中を、まるで囚人のごとく連れて行かれた。

 手には手枷が。と言ってもこれはさして問題にもならない。

 大人しく従っているという演技だ。


 やがて見えたのは、筋肉隆々のゴブリン──ゴブリン、のはずだ。

 いや、オーガ……? 

 ゴブリンは小鬼と呼ぶこともできる。

 だから体格は子供程度に収まるのだが、こいつは遥かに大きい。

 となれば統率者……ゴブリン・ロードとも呼ぶべきか。


「こうして対面できるのを心待ちにしていたぞ聖女」

「誰でしょうか。私に貴方みたいなブサイク、知り合いにいませんが」

「威勢がいいのは変わっていないな」


 やつの悪臭の息が喋る度に臭ってきて、思わずしかめっ面になってしまう。

 いや、だって本当に俺知らないもんあいつ。

 ゴブリンどれも一緒に見えるし。


「7年前、俺は産まれたばかりだった。当時、俺の住んでいた巣に勇者パーティーが攻めてきていた。俺は一番奥で産まれる直前まで丁重に育てられていたのだ」


 ゴブリンは雄しか産まれない。だから俺を取り囲むこの緑の小鬼たちは全部が雄個体だと言える。

 ではどうやって繁殖するかと聞かれれば……。

 こいつらはいっちょ前に生殖器官を持ってる。つまり、薄い本案件(そういう事)だ。

 それで普段は巣穴で生活している。たまに麓の村に降りてきては女を攫っていく事件は珍しくない。

 だが、そうして大軍を率いて攻め込む芸当はゴブリンには無縁だと思っていたが……。


「そして、聖女。貴様は産まれたばかりの俺と対峙した!」

「……だからどうしたと言うのです?」

「貴様、覚えてないのか? 見逃した一匹のゴブリンを!」


 うーん、ごめん覚えてない。

 7年前でしょ? まだ旅立って3年しか経ってないし? 

 まだ俺、聖女ロールプレイにわか勢だったし。


「『まだ汚れを知らぬゴブリン』だの情けをかけて見逃したんだよお前はァ!」


 ああ、思い出した。

 あの時は俺の不完全な聖女プレイだったからそういうこと日もあったなぁと。

 その時はたしか……『本当は魔物にも情けをかける博愛主義の聖女』というロールプレイの最中だった気がする。

 だから産まれたばかりでなんの力のないゴブリンを見逃したこともあったな。

 でも、あれが軍団を統率するような特異個体だったなんて思わなかった。


「王になるべく産まれた俺は、生れ落ちた瞬間から無様に敵前逃亡を余儀なくされた。侮辱された俺は貴様に復讐してやろうとこの7年間、力を付けて──」

「あのー」

「ん? なんだ!」

「その話、長くなりそうですか?」


 その一言でヤツの会話を遮ると、目に見えて怒りが増していた。

 ビキィって青筋立ててるもん。


「あなたの目的は復讐、ですか?」

「それもある。今、目の前の貴様の肌をズタズタに引き裂き、孕み袋にして屈服させてやろうとも考えたが──魔王は聖女のキレイな身体をご所望だ」


 ……魔王? 

 それはおかしい、あいつは俺達が倒した。

 だから生きているわけがないんだ。

 ちゃんと確認したし、魔王が別形態で復活するボスではないのなら生きているはずがないのだ。


「魔王は私達勇者パーティーが倒しました」

「ふん。つまらん冗談を」

「いえ、本当ですよ? 三ヶ月前に、魂の欠片も無く消滅しました」

「なっ……!? はっ……、三ヶ月前……?」


 さも当然のように神妙な面持ちでそう宣告してやる。

 すると思うところがあったのか、みるみるうちに焦り始めたではないか。

 こいつ……まさか下っ端過ぎて魔王の訃報を伝えられていないな? 


「それならば俺の孕み袋にしてやるッ!」

「嫌です♪」


 ぐっと手枷に力を入れてやると呆気なくそれが破壊される。

 すると周りのゴブリンがザワつき始める。

 ラスボス後の聖女をあんなので拘束できると? 


「抵抗するならば、街は吹き飛ぶことになるぞ!?」

「ここから、当てられるとでも?」


 数キロメートル先にあるオムファロスの門へ手を向けて脅した。

 ゴブリン・ロードは不思議と自信満々だった。


「今の俺は()()()()()()()()()からな。高位魔法すら連発することができる」


 ……その妙な自信は確信からくるものだ。

 やつは当てられる。依然として俺は人質を取られているのだ。


 全身の力を抜き、無抵抗の意思を示す。

 今は、従ったほうが賢明だ。


「ククク……。貴様から産まれる同胞はさぞ優秀に育つだろう……!」

「クッ……! 卑劣な……!」


 醜悪な顔を近づけ、悪臭の漂う舌で頬を撫でられる。

 ま、まずい! このまま行けば本当に薄い本案件になるぞ……! 






「なんや、おもしろい事しとるなぁアルジェ」


 俺の名前が呼ばれ、地面が爆ぜた。

 ゴブリンの臓物と血しぶきの雨を降らせながら、一人の少女が現れる。

 黒髪のポニーテールにくすんだ篭手を直しながら、ゴブリン共の中心へと突然湧いて出てきた。

 ゴブリン・ロードは油断していなかったのだろう。

 その不測の事態に行動は早かった。

 無言で魔法を発動すると、俺が反応するより先に極爆炎魔法(エクスプロージョン)を放つ。


「そいつはアカンで!」


 軽快な声色で跳ねた少女は空へと舞い上がる。

 そして門へと進む極爆炎魔法(エクスプロージョン)を──()()()()()

 魔法的な実態を、物理的な干渉でそれを天高く打ち上げてしまう。


「なんや遠くで花火が見えたから来てみたら、アルジェがゴブリンと寸劇してたさかい、混ざってもうたわ!」



 彼女の名前はシンシア。

 またの名を『拳王』

 勇者パーティーの一人だ。


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