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3. TS娘は簡単にメス堕ちすべきではない

 俺の仕事といえば、とても簡単なものだ。

 参拝者への顔出しをしながら当たり障りのない崇高な聖句を述べていれば拝まれる。

 あとは、聖水を作ること。

 聖魔法は守護と癒やし、そして浄化の性質を持っている。

 回復魔法というのはこの世界では重宝されるし、そもそも使える者が殆どいない。

 世界でも特異な存在なんだ。

 だから一般的には俺が回復作用のある聖水に聖魔法を付与し、回復薬のように流通させている。

 これも聖女としての勤めだとずっと前から言われていたのだから、そういうものなのだろう。


「ルシアン、その格好も随分と似合うようになったじゃないですか」

「勘弁してくださいアルジェ様。俺はしがない庭師だというのに……」


 あれから俺は上司に直談判して彼を俺の従者にした。

 どうやらルシアンとの距離感は庭師であるという先入観から彼が遠慮していたからだと結論に至った。

 さあ俺の側で『美少女ムーブしている俺可愛い』の承認欲求を満たしてもらおうか。

 

 近い場所に置いておけば嫌でも意識するんじゃね?と思い俺の従者に推薦したのだ。

 庭師から従者へとジョブチェンジを果たしたがルシアンは今までの庭師の衣装ではなく、黒っぽいフォーマルな制服を着ている。


 それは教会を守護する『神殿騎士(テンプルナイツ)』という人らのものだ。

 異教徒を断罪し、教会に仇する人物を捕らえたりする警察みたいな役職だ。

 んで、俺は現在進行系で彼の訓練の席に同席している。


「ルシアン、剣に振り回されるな!」

「くっ、はぁっ!」


 教官となる神殿騎士のおじさまはここ三ヶ月みっちりとルシアンに剣術の手ほどきしていた。庭師あがりの平民が――と陰口を囁く者も少なくは無かったが彼の持ち前の真面目さに、今では何も言ってこない。

 アルジェちゃんは人を見る目はいいのだよ。


 ルシアン、お前は庭師に収まる器ではない。

 とまあ、推薦した俺であるが……私情を大いに含んでいるから申し訳ないとは思ってる。


 従者にしたのもルシアンに近しい立場として居る、という立場に意識してもらいたいからだ。

 俺の聖女ロールプレイで焦ったりする顔が見てみたいだけ。ともあれここまで食いついてるのは予想外の逸材だ。

 俺の幼馴染を務められるだけはある。


「はぁ……はぁ……。今日もありがとうございました!」

「うむ。ルシアン、貴様は筋がいい。これからも励むと良いぞ」


 そんなこんな思考している間に、ルシアンは稽古を終えたようだ。それを待ってましたと言わんばかりにタオルと水をルシアンの元へ持っていく。

 さしずめ部活終わりの先輩に労をねぎらう恋する女子の図だ。

 違うとすれば、それは俺がTS娘であり別に恋しているわけではないということ。


「ありがとうございます、アルジェ様」

「今日もお疲れ様です。結構、様になってきましたね?」

「……まあ、筋肉痛で動けなくなるのはもう無くなりましたけど」


 3ヶ月前の自分の状況を皮肉りながら言った。


「そういえば、アルジェ様も剣術の心得はあると聞きましたが」

「うーん、無いとは言い切れませんが……苦手でして」

「あ、いやすみません。魔王討伐の旅を完遂するほどですから、てっきり」

「できないといえば語弊がありますね――えっと、見せたほうが早いですねっ!」

「え……?」


 俺は先程までルシアンが使っていた訓練用の剣を拾い上げると、木人へと向き直る。その距離15m。

 ふぅ。とひと呼吸置くと、俺は一気に距離を詰める。


「――ッ!」


 発生した風を置き去りにし、俺の撃ち込まれた剣は木人へと振り下ろされる。すると次は短い破裂音が響き渡り、訓練用の剣が木っ端微塵にバラバラとなる。


「とまあ、こんな形で……」


 眉をハの字に細めて申し訳なさそうに苦笑いを零しながら柄の部分を披露した。

 つまり、俺の()()()()()()()()()()()のである。

 生半可な剣では、剣のほうが耐えられない。


「あ……あ……」


 やべ。ルシアンが口半開きになってやがる!

 ばかばか!俺のばか!

 こんな脳筋な姿見せたら引かれるだろうが!


「――私の魔力が大き過ぎて剣の方が耐えられないんですよ」

「……剣のほうが耐えられない、ですか?」

「魔力を纏わせて破壊力を上乗せしてるんですが……あはは。こういった魔力の操作は苦手なんです」


 あくまで魔力を込めたからという体にしておいた。

 本当は素のステータスでゴリ押しているなんて言えるわけがない。

 程よく細い手足。出るところは慎ましくも大きい。そんな『理想的な聖女』が脳筋なわけがないのだ。



「アルジェ様、これからお仕事は?」

「ん。今日の仕事はもう終えましたよ」


 楽だからな。

 突っ立って聖水にぶわぁーって魔力注げばいいぐらいだし。

 あとは参拝者にニコニコして手を振ればそれで済む。


「では、これから一緒に街へいきませんか?」

「え……?」


 ……今、なんと?

 街へ行こう、だとぅ!?

 あのルシアンが自分からそんなことを……!?


「あ……すみません、出過ぎた真似を」


 俺の表情がどうなっていたかはわからないが、俺の様子を見て提案を取り下げようとした。


「いっ、行きます!」


 食い気味に、ルシアンに迫る勢いで肯定する。

 ふっふっふ、これこそ距離を詰めるチャンスでは?


 汗をかいたから着替えてくると言って、ルシアンは中へと入っていく。

 俺は訓練所の入り口でルシアンの着替えが終わるのを待った。

 十数分後、着替え終わったルシアンと合流する。


「実は……ここに帰ってきてからまだ一度も街へは行っていないんですよね」

「だと思いました。アルジェ様も気晴らしにどうかと思い誘った次第です」


 おお、やっぱり出来る男じゃないかルシアン。

 見てくれも端正な面持ち、それでいて気遣いもできる。

 モテるだろこいつ。なのに従者として任命する前でも女の気配が無かったんだよな……。


「ルシアン、何をしているんですか?」

「え?だって街へ行くなら馬車を手配しなければ――」




 ああ、そうだった。

 この教会は街から伸びた石橋の先にある孤島を切り拓いて建てられたものだ。

 だから街へ行くのにも少し手間がかかる。

 だが、俺は聖女だ。

 そんなものは必要ない。


 ルシアンにそう伝えるとはてなを頭に浮かべていたが説明するより見せたほうが早い。

 俺はルシアンの少し奥の地面に向けて手をかざし、魔法を発動させる。


『転移門』


 すると黒い渦のような亀裂が空間を割いて現れる。

 そういえば俺、平和になってから魔法使うの今回が初だわ。

 いや〜、救世の聖女は身の回りの事全部やってくれるのが日常だから感覚が鈍っちゃうよね。


「アルジェ様、これは……?」

「フッフッフッ、これぞ世界で二人しか会得できなかった高等魔術――『転移門』です!」


 まあ、異世界ファンタジーでよくあるあれ。

 知っている場所ならどこへでも移動できるというチート魔法。

 はっきり言ってこれはポンと使えるほど簡単な魔法ではないのだが、俺はチートTS激カワ聖女であるからして可能なのだ。


「あの、これって大丈夫なやつですか?」


 そう不安がるのもわかる。

 俺だって初見は通るのが怖かった。

 でも今じゃ慣れたけどね。

 転移門を真剣な面持ちで眺めるルシアンの背後に立ち、背中をトンと突いた。


「う、うぉぉぉ――ッ!?」


 断末魔の叫びを上げながらルシアンはズルリとそのまま体が飲み込まれていった。

 モタモタしていては日が暮れてしまうだろ!

 男なら女性のエスコートぐらいできなくては。俺はTS娘だが。


 そうして俺達は孤島へと続く街側の入り口に転移した。



 えーと、ルシアンに言うのを忘れていた。

 転移門って通ったらめっちゃ酔うんだよね。

 こう、わかりやすく言えば人間洗濯機みたいにひたすら目が回る。

 それが結構な確率で初見の人は嘔吐させてしまうらしく、あまり便利でもない。


「ぅえっぷ……っ!こ、これが転移門……うっ」

「あ、あはは……酷い嘔吐感があるのをすっかり言い忘れてしまいましたね」


 それでも初見で吐かなかったのはキミが初めてだよ!

 俺は吐いたもん。

 美少女TS娘の嘔吐とか誰得だって感じでパーティメンバー以外に言うつもりはない。


「もしや、聖女様では?」

「おお……!間違いなく聖女様だ!俺はアルジェ様をひと目見たことがあるからわかるんだ!」

「聖女様!お美しい……!」


 ぞろぞろと参拝者と思わしき人々が俺達に気が付き、うわ言のように俺の名前を唱えはじめた。


 そりゃ、ピンク髪で白シスター服とか俺しか居ないしな。

 しかし、騒ぎは波紋のように広がりをみせてあっという間に俺とルシアンはもみくちゃにされてしまう。


 うわ、これはちょっと予想外……。

 街にくるタイミング間違えたか?

 嬉しいけど今はちょっと……。ってうぉい!

 おまっ、誰だ今俺の尻触ったやつは!

 ひゃっ……こ、今度は胸っ!?


「み、皆さん落ち着いて――ひぃ……!?」

「アルジェ様!こっちへ!」


 ルシアンの声が民衆に割って入ると俺の手を引いてこの場を逃げるように去っていく。

 いやぁ、TS娘はみんなからモテるから仕方ないね。




 ・

 ・

 ・

 ・




 俺達はそのまま大通りへとやってきた。

 そこには人が沢山歩いており、幸いにもさっきのような騒ぎにはならないみたいだ。

 それでも視線は感じるがみんなマナーを守ってくれている。

 それにしても、ルシアン。グッジョブだ。


「ここまでくればなんとか……!アルジェ様、お怪我はありませんか?」

「――ルシアンの手、こんなにおっきくてゴツゴツしていたんですね」

「え……?あっ、アルジェ様!とんだ無礼を!」


 そう呟くと、ルシアンは今まで俺と手を繋いでここまで走ってきた事を理解したようで慌てて手を離した。

 ルシアンの手は当然ながら俺よりも大きい。

 

 俺はTSしたからといって男性が好きになったわけじゃないし、ときめいたりはしない。

 あくまでそういう()()()()()な仕草をして『俺は可愛いんだ』と思わせる態度が楽しい。

 TS娘としての承認欲求が満たされるってやつ?

 

 では女性が好きなのかと言われれば――微妙な所だ。

 女の子は可愛いと思うし好きではあるがそれは同じ女性としての感じ方に収まる。

 TSしても俺には恋愛とは無縁な生活になるだろうなと思う。

 

 TS娘は簡単にメス堕ちするべきではない。

 なぜなら簡単にメス堕ちしてしまえばそれはもう最初から女の子でいいじゃんとなる。

 TS娘は前世の性自認が男性だという特別性に価値がある。持論だけど。

 勿論メス堕ちして幸せになるTS娘もまた素晴らしいものだと言えよう。

 

 だが、俺がルシアンを男性として意識しているかと言われれば答えはノーだ。

 そしてルシアンに女性として見てもらいたいかと言われれば――半分が当たり。

 だがそれに恋愛的な関係を望んでいる訳では無い。

 TS娘としてロールプレイが完璧ならばそれでいい。だから彼には可愛いと言わせてみたいのだ。

 

 ともかく、メス堕ち(それ)は今の所想定していない。


「……」

「……」


 妙な空気になってしまった。

 それでも俺はアルジェであり、本質は演じる事にある。

 ここで相手をどう攻めればいいか?

 それの最善の手段を模索するべきだ。


「――世界が平和になったら、一緒に見て回ろう」

「アルジェ様、それは昔の……」


 俺はかつての記憶で言った覚えのある……いや、うろ覚えだがそれらしい台詞を吐く。

 たぶん、言ったはず。いや……言われたんだっけ?

 10年も経っているから言ったかすら思い出せない。


「ルシアンは体が大きいので皆が避けていきますね。……エスコート、してくれますか?」


 10年前の子供の頃、俺達はいつだって一緒にいた。

 1つ年上だったから俺がルシアンを引っ張っていくのが常だった。

 だが、今回はその逆だ。ルシアンが、俺をエスコートする。


「――命令とあらば」

「もう!折角ルシアンからデートに誘ってくれたのに、お仕事モードは禁止ですー」

「デッ!?いや、俺はそんなつもりじゃ……!」


 君はいい年なのに女性と付き合った経験はないのか?

 俺の冗談すら真に受けてしまう。

 だからわざとデートなどというわかりやすい単語を使ってみたのだが、ルシアンは完全に顔が真っ赤じゃないか。


「冗談です♪ほら、色々と露店もあるみたいですし見て回りませんか?」

「……そうですね。昔のように」


 そう言うと俺とルシアンは歩き出す。

 これは平和になった世界だ。

 未だに魔物の脅威は去っていない。

 今日もどこかで犠牲になっている人がいるが、全部を救えるわけではない。

 だけど、それでも――。


 今は、この平和になったエンディング後の世界を堪能しようと思う。

 



 突然だが――俺こと聖女アルジェは可愛い。

 と言うのも、TS娘が持ち得る特権なのだ。

 俺はそのメリットを活かして完璧な聖女を演じてきたわけだ。

 普通の女性とは違いあくまで男性が想像するべき範疇なのだが、それでもロールプレイするぶんには十分すぎるほど聖女として演じてきたつもりだ。

 


「聖女様!これもらってくださいな!」

 

「そっちの神殿騎士(テンプルナイツ)の兄ちゃんもどうだい?なぁに、金は取らねぇよ!」


 俺は普通にルシアンと露店を回っていたのだが、やっぱりバレる。

 別に隠しているわけではないし老若男女に好かれている事実を再確認し、承認欲求はいい感じに満たされている。


 (やっぱり、俺かわいい!)


 今もニヤニヤするのを必死に抑えているというのに。

 人前でなければ誇らしげな顔してるだろう。


 そんなこんなで店売りのおじさんやらおばさんからもらった軽食を食べながら散策する。

 これはこれで小さい頃とは違った反応だ。


「いやはや、アルジェ様の人気はすごいですね」

 

 そうだろうそうだろう。ルシアンも俺は可愛いと思ってるだろう。

 え?言ってない?そう……。

 

「以前はここまでではなかったのですが……。やはり魔王を討伐したというニュースは殆どが認知しているらしいですね」


 魔王を倒したのは3ヶ月前だ。

 旅の始めは勇者とのふたり旅だったのもあり都会以外には殆ど認知されていなかった。

 勇者と言えど魔王に挑んだ戦士は幾らでもいたのだ。

 人々は今回もたいして期待してはいなかったのだろう。


「あの頃は大変でしたね。それでも旅を続けて一人、また一人と賛同者や仲間が出来ました」

「勇者パーティーは有名ですが、実はアルジェ様以外あまり知らなくて……」

「みんな称号や肩書で呼んでいますもんね。私も普段名乗るなら聖女と名乗りを上げますし」


 勇者パーティーは俺を含めて五人いる。

『拳王』『聖女』『狩人』『賢者』そして『勇者』


 それぞれが旅の中で出会い、いつしか背中を預ける仲間になった。

 旅は過酷だったが、ファンタジーの世界を巡る旅というものは俺にとって楽しかったのは事実だ。


「……きっといい方々なのでしょう」


 あいつらの顔を思い浮かべていた俺はつい頬が緩んでしまったらしい。

 ルシアンは優しい目で俺を見ていた。


「ルシアンにも機会があれば紹介しますね!」

「はい。是非お願いします」


 魔王討伐から3ヶ月。

 あいつらは各々が生活していた日常を謳歌しているのだろう。

 いつかはルシアンに紹介しようと思う。

 一部のメンバーは……うん、少し個性的ではあるけど。


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