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2. 実は裏で猛烈に意識してて澄ました顔してる

 俺とルシアンは幼少時代仲がよかった。

 それは生まれ故郷に子供が少なかったものもあり同年代と呼べる存在は居なかったからだ。

 魔王の脅威に脅かされている世界というのは、出生率が頗る悪くなる。もし子供が生まれても、成人する前になくなる場合が多い。

 その中でも、俺は運が良かったのだろう。

 結果的に……両親は目の前で失くしてしまったけれど、俺の魔法で誰かを助けることができたのだ。

 その後に教会へとつれて来られ、周りは大人だらけ。

 俺はそこで聖女として担がれて匿われることになった。


 退屈な毎日。

 勉強に魔法力のコントロールにと明け暮れる毎日に苦は無かったが、俺の思い描いていた人生とは乖離していた。

 そんな時に出会ったのがルシアン。

 この屋敷の庭師の息子。


 年齢が近いこともあり、すぐに打ち解けた。

 俺が元男ともあり波長があったのだろうと思っていた。


 それから数年が経ち、俺は18歳になりルシアンは1つ下の17歳の頃に転機が訪れる。

 勇者の訪問により俺は魔王を討つべく旅立つことにしたのだ。

 この旅は危険なものだとお互いが知っていた。

 お互いに再会するのを約束し、別れた。生きて帰ってこられるかわからない。

 約束が守られるかもわからないのは子供ながらに感じていただろう。


 それから10年だ。長い旅の果てに魔王を倒した。

 俺は英雄となり、こうして帰ってきたわけだが──。







「ルシアン。そろそろ休憩してはどうですか?」


 泥だらけで庭師としての仕事に従事するルシアンに向かってそう言った。


「……俺はまだ、仕事があるので」


 そう冷たくあしらわれてしまった。

 俺、泣きそう。


 初日の邂逅に感じた距離感が露骨に悪化していると実感した。

 その後も暇があれば彼と会話を増やしていたのだが、やっぱり素っ気ない。

 やばい、まずい。どうすればいい? 


 このままでは幼馴染どころかただの顔見知りの使用人としてしか認識されないままではないか。

 この俺の『かわいい』は老若男女問わずに湧く感情だ。

 それは午前中の参拝者への顔出しだけでも充分に効果があるのを見てきた。


 俺はTS美少女であるからして、その見た目はきっと世界で見てもトップに入るだろう。TS娘は皆から一目を置かれる美少女でならなくてはいけない。


 だが、俺のそのかわいい仕草はルシアンには効かないらしい。

 もしかしてルシアンは男性が好きなのだろうか? 

 ……と思ったが幼い頃に教会で働くシスターに鼻の下を伸ばしていたのを覚えているからそうとも言えない。



 遠くからルシアンの様子を観察しつつ彼のスキを見つける作戦。

 あいつ、他のメイドたちと話すときは表情が柔らかいんだよな……。


 ぐぬぬ……なにがいけない!? 

 俺は10年前と変わらぬ距離感でいるというのに! 

 友情とはその程度でどうにかなってしまうものなのか!? 


「あの、アルジェ様」

「ひぃぃぃ!?」


 突然後ろから声をかけられ心臓が飛び出すほど驚いた。

 バクバクと鼓動が早くなっているのを落ち着かせると、後ろから声を掛けてきたメイドさんの一人に向き合う。



 あ、俺は今大聖女だから世話人が付いていたりする。

 筆頭はシスター・マデリーンだが、屋敷付きのメイドさんも何名か働いている。

 貴族と同列扱いだな。


「そろそろお召し物をお着替えになられますか?」


「そうします」


 俺は今、白いシスター服を着ている。

 旅路では一般的な黒のシスター服ばかりだったが、エンディング後の俺は衣装が変化するタイプの聖女だったみたい。

 あるよね、稀に衣装チェンジしてるパターン。



 それで、この服装は大聖女として人前に出る仕事服。

 だからそれが終わった俺は私服へと着替えることになるのだ。

 私服もすべてメイドさんに一任している。

 もう今日はどこにも出ていかないし着替えちゃおう。


 一応、清楚系な私服を選んでくれるから信頼はしているのだ。

 ずっと世界救う旅してたからファッションには疎くてね……。

 だが、中身が男という感覚が抜けずにいる俺は着替える時は自分でやる。

 同性と言っても見られるのは、ねぇ?

 美容にも気遣わないとやっていけないんすわ、美少女。


「お似合いですよ!」


 着替え終わった俺を見てメイドの一人がそう言った。



 完成した俺はまさに美の化身。

 鏡の中に写る俺は美少女だ。

 ピンク髪TS娘ってなかなか無いよね。

 幼さと女性として移り変わる境目を彷彿とさせる顔立ち、瞳に抱く宝石のような翡翠色の目がぱっちりとこちらを見ている。



 小さくもなく大きくもない胸は、それでも確かに女性としての存在感は誇示している。このくらいが一番負担にもならないし、いいのかもしれない。美乳ってやつさ。

 というか、俺は今年で28歳になるというのに外見だけは相変わらず少女と言える範囲に収まっている。


 童顔、とでも言えばいいのだろうか? 

 とにかく、体躯も小柄だし腕とかも細かったりする。

 まあ、俺は聖女だし。魔法タイプだし。

 筋肉マッチョのヒロインとか嫌だもん。


 そうして私服にも袖を通し終え、清楚系な美少女の出来上がり。

 いやぁ我ながら俺、かわいい。

 むしろ私服のほうがレア感あって見飽きたシスター服とはまた違った存在感を纏っている。


「……ハッ」

「アルジェ様……? お気に召しませんでしたか?」


 俺の声にメイドは不安げな表情を見せたが、そうではない。

 俺、ルシアンに私服で絡んでたっけ? となった。

 いつもあの白シスター服のままだった。

 これが、もし清楚なかわいい私服系アルジェちゃんの姿で接したら? 

 ……有言実行だ。


「昼食をもう一人分用意できますか?」


「は、はい。そのくらいなら……」


「では、私と同じものをもう一人分お願いします」


 そうメイドに言うと、俺は庭先へと向かう。

 っと、タオルも持っていこう。

 気遣いできる女はモテるのだ。知らんけど。







 ・

 ・

 ・

 ・






 庭師としての仕事がキリのいい所で手を止めると、一息つく。

 俺はこの屋敷の庭師だった親父の仕事を引き継いだ。

 幼少の頃から親父の仕事を見ていたし、この屋敷もよく通っていたから馴染みやすく継いだのは必然だったかもしれない。


 屋敷といえば、聖女アルジェ様がご帰還された。

 あの頃みたいに、彼女はここで暮らしていくと決まったらしい。

 俺が庭作業をしていたとき、10年ぶりにアルジェ様と再会した。

 煌めく桃色の髪が陽光を纏い、その姿をより神々しく見せている。

 それと同時に10年という歳月は彼女を『聖女』たらしめる人格者へと成長させている事を嫌でも理解させられる。



 纏う雰囲気はまさに貴族か王家の令嬢にも相応しい気品のある物腰であり、丁寧なあの鈴のような心地よい声が俺へと向けられた。

 俺が最後に見た彼女は、10年の歳月が経ちより女性らしく成長していた。

 見た目が、ではない。恐らく彼女の旅路は過酷で険しい道のりだったのだろう。

 英雄である彼女と、ただの一庭師とでは住む世界が違うのだと残酷にも告げられているように見えて……俺は素っ気ない態度を取ってしまった。

 それ以降も、まともに彼女と話していない。


 ふぅ。と汗を拭い、立ち上がる。

 そろそろ休憩されてはどうですか? と屋敷のメイドに言われ、意識した途端ぐぅっとお腹が鳴ってしまう。


「お疲れ様です、ルシアン」


 そっと差し出されたのは清潔そうなタオルだった。

 その先にはアルジェ様が微笑みながら立っている。

 ここで突っぱねるほど冷徹な男ではない。

 それを受け取り、汗を拭いていく。


「……ありがとうございます、アルジェ様」

「昔みたいに、アルジェと呼ばないんですか?」


 ……無理を言わないでくれ。

 俺はただの村人Aに過ぎないのだから。

 何も言わずとも彼女は俺の表情で察したようでそれ以上なにも言ってこなかった。


「一緒に昼食はどうですか? 私もまだなので……」

「俺は、まだお腹がすいてないんで──」


 俺はアルジェの提案を一度は断ろうかと思った。

 だが、割り込むようにお腹が鳴るとその後の言葉は続かなかった。我ながら空気を読まないな。


「私だけでは食べきれないので手伝ってください」

「……お言葉に甘えさせてもらいます」


 気まずそうに笑うアルジェ様。

 そういえば、今日はいつものシスター服姿ではなかった。

 清楚な私服の様相でとてもかわいい。

 その視線に気がついたのか、アルジェ様は自分の姿を見せるように両手を広げた。

 くるりと一回転しまるで子供のようだ。


「どうですか? あの服では歩きにくいので私服にしたんです!」


 言葉の最後が跳ねているのを見るに嬉しそうに見えた。

 俺に見せるのが嬉しいのか? 

 いや、そんな都合のいい考えはやめるんだルシアン。

 なぜだか、アルジェは期待するようにこちらを見ていた。

 こういうときにかける言葉というのがあるだろう。親父にも言われたはずだ。


「……とても、お似合いでございます」


 何度か言葉につまりながら絞り出した言葉がそれだった。

 しかし、アルジェ様は露骨にジト目を決めてくるではないか。

 気に触ることでも言ってしまったか……? 


 そのまま案内されたのはアルジェ様の私室だった。

 一瞬遠慮したが、彼女の目は無言で入れと圧をかけているようにも思えた。

 テーブルに置かれたのは二人分の食事だ。

 なにが、食べきれないだ。これは意図的じゃないか。


「こうして二人きりで食べるのも久しぶりですね?」

「そう、ですね。10年ぶりです」


 そのあとはお互いの近状を報告したり、何気ない会話を続けた。

 彼女の旅路の話は面白かった。

 俺は、海外に行ったことは無いからその文化の違いや不便な所を茶化しながらアルジェ様は話していた。


「──ッ!? ……う。舌をやけどしそうになりまひたぁ」


 淹れたてのカップを口に運んだかと思うと反射的にそれを離した。可愛らしく涙目になりながら舌の先をチロリと見せそう呟いた。


 アルジェ様は小さい頃から猫舌だ。

 だからフーフーと冷まして飲むのが通例だった。

 その光景がかつての時代をフラッシュバックさせる。

 心臓がドクンと高鳴り、その仕草に見惚れてしまう。

 子供っぽい所はあの頃よりもあざとくて──。


 実際に彼女は目を疑うほど可憐だ。

 薄桃色の髪が肩ほどに落ち着き、少女と女性のちょうど境目の辺りで変わらぬ尊顔。

年齢を感じさせないその美貌は幼い頃から変わっていない。むしろ、俺の図体だけ大きくなったせいで子供と大人が並んでいるとも見える。

 だが、そんな不純な思いを口に出せば軽蔑されるのを知っている。

 俺みたいな素行の悪い男よりも、そうだな。

 人格者でもあり美男子だと噂の勇者様ぐらいだろう、彼女と釣り合うとするならば。


「はは、まだ猫舌なのは変わらないんですね」

「あ、やっと表情が変わりました!」

「ぇ!?」


 思わず俺のことで返されて変な声が出てしまう。


「ずっとルシアン無表情だったんですよ?」

「あはは……」


 再会したときから素っ気なくしてしまったのをアルジェ様はずっと気にしていたのだろう。だからあれから暇を見ては話しかけてくれていたのは知っていた。


「……私と話すのは、退屈ですか?」

「ち、違います!」


 悲しそうに俯き、声色も寂しさを示している。

 ガタン、とテーブルに膝を打ち付ける勢いで立ち上がりすぐにハッとなり、着席すると話を切り出した。


「俺は庭師で、アルジェ様は大聖女です。英雄。救国の聖女。……俺とは住む世界が違う」

「だから、距離感があったんですね」


 この昼食も、恐らく彼女が俺と話したいがために用意したものだろう。


「私は、また昔のように戻りたいだけです……」

「10年。それはお互いに変わるには十分過ぎる時間なんです」


 最初は俺とアルジェ様は子供だった。

 肩書や地位の柵の無い時代。それは子供だったから巡り会えた偶然なのだ。

 もう、お互い大人になってしまった。

 だから理屈ではどうにもならない現実というのを知っている。


「俺はただの庭師で、けして聖女の隣に居てはいけない人物です」


 俺が彼女と友人で、幼馴染で──そういうのはただの過去に過ぎない。

 親父が生きていれば助言を仰いだ事だろう。


 アルジェ様は悲しそうに目を伏せた。

 だけどお互い釣り合わない身分になってしまっても、俺はずっと彼女を慕い続けるだろう。

 一緒に過ごした数年はとても満たされていたし、それを糧に乗り越えた試練もある。


「わかりました」


 そう言うアルジェ様は決意したようだ。

 幼馴染という枠組みにはもう戻れないと理解したようだ。


「庭師じゃなければ、いいんですね!」


 ……ん? 

 声色が軽快なものになり、アルジェ様は先程の思い悩んでいた表情が嘘のように晴れやかだった。

 それは吹っ切れたといったものではなく……。

 そしてにっこりと天使の笑みをしたままこの食事の時間は過ぎていく。







 後日、俺は彼女の従者へと昇進していた。

 ──なんで??? 


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