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11. 聖女誘拐事件 (3)

 魔物の上下関係は非常にシンプルだ。

『力こそ全て』に終着する。

 だからこそ魔物は強者が上に立つ。

 魔王もそうして大軍を持つに至ったのだから。


 しかし稀に人間を使う魔物も見受けられた。

 魔物よりも人間という種族はとてつもなく膨大な数になる。

 個で劣る種族である人間は、団結という力を使って繁栄していった。


 人を使う魔物……。10年間の旅路に少なからず接触していたからすぐに理解できた。

 こいつはその一例なのだと。

 モールゲンと名乗ったガーゴイルの魔物は視線を外さない。


 ずっしりと重々しい威圧感は警戒色を放っている。

 それも当然だろう。拘束を解いた聖女がすぐに攻撃に移るとも考えられるのだから。


「俺はキサマと初対面ではない」

「あら! 旅の途中で会いましたか? 生憎、雑魚の名前を覚えているほど記憶力が良くなくて」

「ふん。減らず口は相変わらずだな。死ぬのが怖くないのか?」

「死は、訪れる1つの通過点に過ぎません。付け加えるならば……あなた如きが私に勝てるとでも?」


 その威圧感に動じず言い放つ。

 こうして魔物と対峙するのもここ数ヶ月なかったとはいえ、まだ俺の胆力は健在だ。

 10年という経験はそう簡単に抜けないのである。


「クッハハハッ! 言ってくれるな。状況が見えていないのはキサマだ。この場でお得意の魔法を扱えるか? 同胞が巻き込まれないと言えるか!?」


 この部屋はやつの角が天井につくほど低く、それに壁は土をくり抜いて作られているほど粗悪に出来ている。

 そしてこの距離となれば接近用の派手な魔法を使うしかないのが最善策。

 そうなれば他の人──最悪の場合この部屋ないし坑道自体崩壊しかねない連鎖を起こしてしまうかもしれない。


 それに、俺は今すこぶる腹が減っている。

 それこそこの場で一戦交えようするのが億劫になるほどに。

 これも目先のロールプレイに囚われた代償……でもなくはない。


「クッ……! やはり目的は私の身体ですか!」

「そうだ。依頼主には綺麗な状態を所望されていてな、抵抗してくれるなよ?」

「わかりました……抵抗はしません」


 諦めたように両手をあげてみせる。

 するとモールゲンは満足した様子で部下にエンチャント済みの手枷を持ってこさせた。

 また囚われの聖女に逆戻りだ。ちぇっ。


「それにしても、この者達を使うのは()()()()のでは?」

「キサマ、こいつらが悪人ではないと知っていたのか?」

「悪人ではない……とは決めかねますが、この方に多少の身の上話は聞いているので。少なくとも悪事に加担できるほど倫理観が破綻しているわけでもない……」

「それは違うな。聖女さん。俺達は通りかかった馬車を襲っては略奪だってしてるんだ。俺たちはボスと同じなんだよ」

「そうは言っても、貴方たちがやっているのは底が浅いんですよ」


 そもそも武器だって満足に握れないほど眼帯の男は小心者だった。

 このガーゴイルの魔物がひょっこりと姿を見せれば誰だって荷台をほっぽりだして逃げ出すだろう。


「それに、野蛮な盗賊ならば目の前の女一人慰み者にしてやるグヘヘみたいに下品になっても当然です。それなのに警戒心なく水浴びは許すは数時間おきに体調を気にして見に来るわ……私の想像していた人質像とは乖離しているんですよッ!!」


 その後もブツブツと彼らのロールプレイにダメ出しすると、面食らった男たちがお互いを見ていた。


「な、なんで俺達が怒られてるんだ……?」

「知らん」


「ボス! 大変だ!」


 その空気を破るように叫びながら一人の男が部屋へと入ってくる。

 その様子からは焦りが見て取れた。


「外に──神殿騎士(テンプルナイツ)が! ここはもうバレたみだいです!」

「何……?」


 その言葉で俺は助けが来たのだと理解した。

 ふはは、我が騎士団は優秀なのだ! 


「どうやら、拉致事件も解決のようですね」

「クソッ! 俺達は拉致の1つもできねぇのか!」


 自分たちの浅はかさを悔いても遅い。

 そもそも、根が善人であるこいつらに悪事は向かないだろう。


 緊急の裏口を用意していないのも、犯罪者としてはお粗末過ぎる。

 そもそも彼らだって元は戦争被害者なのだ。

 俺も、村を焼かれた経験があるから同情の気持ちがないと言いにくい。


「こうなったら聖女だけでも……!」


 部屋の男達は皆が壁の武器ラックにあった武装を持ち出していた。

 そして体格の良い男が部屋へ入ってきて短い間にこの部屋は魔物一匹、男五名の大所帯になってしまう。

 俺はモールゲンの方へと追いやられ、外が騒がしくなり始めた。

 恐らく、神殿騎士(テンプルナイツ)が乗り込んできたのだろう。

 こいつらはそんな組織と一戦やろうとしている。

 明らかに自殺行為だ。



「お前たちは武器を捨てて投降しろ。そうすれば命を取られるまではしないだろう」

「ボス!?」

「俺達だって戦えます!」


 そんな臨戦態勢の部下たちに冷静にそう告げるモールゲン。

 まさに『らしくない』発言に俺も同じく驚いた。

 人間を使う魔物は決まって人を下等な存在として見下しているのが大半だったからだ。

 そんなやつが言ったのは人間の身を案じているような発言。

 そして、そんな手駒にされているのをわかっていながら妙にモールゲンを慕う部下たち。


「お前たちは俺に脅されていたと言えば、少なくとも」


 それはまるで、心酔しているかのようで──。



「──アルジェ様! ご無事ですか!」


「ルシアン!?」


 部屋の外が騒がしくなった要因の一部であるルシアンが、今いる場所へと殴り込んできた。

 予想よりも早い行動に俺が驚愕の声をあげると、すぐさま視線はモールゲンへと向かう。

 俺がボロボロの格好を、酷い仕打ちされたと勘違いしたのか剣を握る手に力が入る。


「魔物……!? オマエ、彼女に何をしたッ!」


 激情に身を任せて、ルシアンは地面を蹴る。

 狙いは俺の隣にいるモールゲンに定まっている。

 そうはさせまいと、男たちはルシアンへと突っ込んでいく。


 だが、ルシアンは自分へと向かってくる剣を難なく躱すとその男を蹴った。

 クリーンヒットとなったそれは、男を勢いよく壁へ激突させる。

 それを見ていた後続がルシアンへと斬りかかる──が、普段武器を扱わない経験の差は明白だった。


「邪魔を──するなッ!」


 次々に男達を無力化していくルシアン。

 それはモールゲンを残すのみとなった。

 ルシアンがやつに剣を振りかぶると同時にモールゲンは口から何かを射出した。


 剣の腹でそれを受け止めれば、それがモールゲンの鋭くなった舌であることが解る。

 長く伸縮自在……それでいてガーゴイル特有の石像へと転化する特性を武器にしたのだ。

 防がれた次に、ルシアンはそれを弾きモールゲンへと斬りかかる。


「ぬっ! させぬぞ!」


 どこからか取り出していたであろう戦斧を持ち、振り抜いた。

 それを捉えていたルシアンは身を屈めると回避する。


 この部屋狭いんだぞ……? 

 戦闘で崩れだしたらどうするんだ。


「くっ! はっ!」


 そのままルシアンの剣筋はモールゲンの顔へと通った。

 だが、それを見越してかやつも身を仰け反らせれば角のようなコブの片方を切断する。


「グオォォ──! やってくれたな……!」


 その切り取られた部分を手で覆い隠し、壁を背に後退する。

 それをルシアンは逃さないと言わんばかりに距離を詰めた。





「ま、待ってくれぇ!」


 その間に割って入るようにルシアンにこてんぱにされた男たちが遮った。

 それだけではない。ルシアンの足にはあの俺を拉致した老人や女性までもがしがみついてきたのだ。


「なっ!? お前たち、何をしている!」


 驚いたのはモールゲンも含まれていた。


「ボスは俺たちにとって……必要なんだ!」

「この方だけが私達に手を差し伸べてくれたの……!」


 ルシアンはその叫びに葛藤して、遂には剣を下ろす事になった。

 俺は気になっていた。

 魔物であるモールゲン、そして村人たちの経緯を。



「話してはくれませんか? あなた達はこの魔物に操られていた訳ではないのでしょう?」

「……」

「ふん、それは俺から話すとしよう」


 ルシアンは戦闘態勢から戻り、俺へと駆け寄ってくる。


「アルジェ様、お怪我は?」

「ルシアン、ありがとうございます……」


 俺は今魔法を封じられている。

 どうにか外そうとするものの、鍵が無ければ開くことはない。

 解析も、こんな短時間で出来る所業ではないし。

 すると、チャリンと金属音と共にモールゲンが足元に何かを投げた。


「錠の鍵だ」


 そう言うとモールゲンはズシンと図体を落ち着かせた。

 お互いに目を合わせるようにルシアンと視線を交わすと、彼らが降参の色を見せているのを理解した。


 聖女誘拐事件。

 それは呆気なく失敗に終わった。


「俺はな、魔王軍の幹部を護る警護隊だったんだ」


 そうしてモールゲンは漏らし始めた。

 やつはとある幹部の護衛隊長を勤めていたらしい。

 だが、そんな所に勇者パーティーである俺たちが乗り込んできた。

 幹部の名前を聞いたが生憎、倒した魔物をいちいち覚えてる訳もない。


「俺はその幹部と一緒にキサマらを迎え撃ったんだが……途中から黒髪小娘に一撃で伸されて天井にめり込んで命は助かったんだ」


「ああ、シンシアの()()()()でしたか」


 シンシアは時たま敵を食事に例える。

 曰く、倒した敵との経験は自身の糧となると。

 しかし、こうして食べ残しが出る場合も何度かあった。

 だからモールゲンはいつぞかの食べ残し……。

 ほら、時々いるよね。取り巻きと同時に戦闘に入るボスって。

 一度対面していたから俺が本物の聖女であることは知っていたのだろう。


「そうして幹部をキサマらに倒され、俺はのうのうと敗走して生き延びた。だが、魔王軍ではみすみす上司を殺させた無能として扱われ護衛隊長の地位から魔王軍からも追い出された」


 そこでは日々食べる事すらままならないどん底生活だったという。

 いつの間にか魔王は倒されていたが、それはもう如何でもいい事。

 野生の動物を狩ってはその日暮らし。

 そんな毎日の中、出会ったのが村を焼かれ国にも見捨てられた行き場のない村人たちだ。

 最初こそ魔物であり弱っていたモールゲンは後のない彼らに討伐されそうになった。しかし、状況が自分たちと同じだとわかれば彼らは貴重な食糧を分けてくれたのだ。


「……ボスは俺たちが食糧に困ってるのを見て狩りで食糧も取って来てくれてたんだ」


 見捨てられたもの同士、種族を超えて助け合っていた。

 いつしか野盗を装って威嚇すればみんな荷物を放置しては逃げ出す事を知ってからは生きるのに必要な食糧を確保できるようになった。

 それでも護衛がいたり失敗したりも日常茶飯事だった。


 そんな時はモールゲンが体を張って狩りを行ってなんとか食いつないでいた。

 そんな中、接触者が現れる。


 聖女を持ってくれば望むものを与える、と。

 それがモールゲンの依頼者。


 なぜ俺が狙われているかはわからないが、どうにもきな臭い展開だ。

 そして思い当たるのは前回のゴブリン襲来事件の首謀者が言っていた正体不明の人物。


「その依頼者は、何か力を譲渡してきませんでした?」

「いや……。だが望むものを一つ与えると言ってたか。俺は力なんて、もう必要ない」


 モールゲンが溜息のようにそう呟く。

 望んだのは彼らを餓死させない程度の食糧だった。

 俺に対しての恨みはないかと聞いてみたが、そもそもモールゲンは今生きるのに精一杯なのだ。

 ハナから俺をどうしようとも考えていなかった。


「それで、誘拐も失敗し外は騎士達が待っている。俺を始末して騎士団にこいつらを突き出すか?」

「アルジェ様……、いまいち状況が飲み込めないのですが」


 そう困惑した表情でルシアンが見ていた。

 まあ、いまさっき来たばかりだからな……。

 だが今はゆっくりと話している時間は無いようだ。


 俺はルシアンに説明を先延ばしにして転移門を展開した。

 エンチャントの手枷が外されていれば魔法を使える。

 だが、俺はモールゲンを消し去る事はしなかった。

 代わりに、転移門を以て回答する。


「──魔物が人を使って誘拐を命じていた。そしてその魔物は私が消滅させ、彼らは解放された……と進言すればあなた一人の犯行になります」


「アルジェ様、こいつを逃がすんですか?」

「ですがこの者たちの制止を無下にし、討滅しますか?」

「……俺はアルジェ様の判断に任せます。少なくともこいつは俺のよく知る魔物とは違ってるみたいですし」


 ルシアンも何かを察したのか、モールゲンが変わっているのをなんとなく理解したようだ。


 そう、モールゲンは変わっている。

 人にも変人はいるし、魔物の中にも変わっているやつはいるのだろう。


「安心してください。拘束はされるでしょうが……私からも手荒くしないように伝えます。魔物に利用されていたともあれば極刑にはならないでしょう」


 もしかすると俺も彼らと同じ立場になっていたかもしれない。

 弱者に差し伸べられる手が無く、こうして弱者同士なんとかやっていくしかない。そんな境遇が。


「こんな魔物もいるんですね」

「ふん、それはこっちの台詞だ」


 するとモールゲンは体を起こすと転移門へと向かっていく。

 まるで最後の別れの言葉を交わすようにその場に居た村人が群がった。

 早く転移門で逃げて欲しいものだ。こっちだってお咎めなしになるか判らない事してるんだから。


「……ゴホッ、ゴフッ──!」

「アルジェ様!」


 魔法の負荷が襲いかかり、俺は片膝を付く。

 ルシアンが慌てて肩を抱く形となる。

 チラリと掌を見ると吐血しているのがわかる。

 俺はルシアンに見られないようにそれを隠した。


「やはり、お怪我を……?」

「いえ、単なる咳込みです。……全く、こんな狭い場所でやりあうものだから埃が舞って大変ですよ!」

「……」


「ルシアン……?」


 適当な誤魔化しにルシアンの表情が変わらない事に少しドキリとした。

 もしかして無理して平然を装ってるのがバレてしまった? 

 だが、そんな焦りもどこかに吹き飛んでしまう。

 ぎゅっと。大きなルシアンの両腕で俺の身体が抱きしめられたのだ。


「にゃッ!? にゃにを──!?」


 不意を突かれた俺は思わず変な声が出てしまう。

 それでも、ルシアンは離さない。


「俺がアルジェ様の側を離れたばかりに……!」


 それはルシアンの後悔の呟きだった。

 彼は、俺が拉致された原因になったと思っている。

 違う、そうじゃない。


「違う、んです。……あのとき、私以外の女性に言い寄られている貴方を見て大人気なく──不機嫌になってしまったんです」


「あ……。あれ、見ていたんですね……」


 するとルシアンは苦笑いを示した。

 勿論、そんなどこの馬の骨かわからない女性に靡くルシアンではないとわかっていたのだ。

 それでも……いつまでも脈のない態度で焦っていたのかもしれない。




「まったく、先走りおって若造が!」


 そう第三者の声に俺とルシアンが同時に振り向いた。

 そこには大柄で、無精髭が無造作に伸びている初老の男が立っている。

 この人物は……たしか見たことあるな。


「団長!」


 ああ、そうだ。神殿騎士(テンプルナイツ)の団長。つまり一番偉い人。

 しまった、と俺は勢いそのままに反対側を見る。

 すると転移門を潜ったのかモールゲンの姿は見えず、代わりに項垂れる村人たちの姿が。

 幸いにもあの団長にはバレてない。


 やがて俺は前述した通りのバックストーリーを語った。

 モールゲンだけが罪をかぶったのだ。

 恐らく、もう彼らにも俺達の前にも姿を表すつもりはないのだろう。


「つまり、この誘拐事件の発端は聖女さまのヤキモチが原因……と」


 ひげを弄りながら事の顛末を語る中でそう呟いた。

 やきもち……? 



「──違ッ、違います!」


 思わず大きな声を出して否定する。

 キョトンとした二人の顔がこちらを見ているのに気がつくと、俺はハッと我に返る。

 あ──今のはよく、ない。

 俺が演じているアルジェ()の中ではそのままで通したほうが違和感ない。

 アルジェ()はルシアンに淡い感情を向けているのだから。


 だが、思わず俺は否定してしまった。

 だって……俺がルシアンに思いを寄せているわけではないのだから。

 俺はTS娘であって、魔性の性は周囲を揶揄うのがいい。

 本気で意識してはダメなんだから。

 やきもちなんて、俺には沸かない感情なんだ……。


「ぁ……、そ、そうです! 私聞きたいんですが……あれから何日経っているんでしょうか?」


 話題を転換するべく俺は今の状況を確認した。


「一週間と四日、ですね」


 一週間以上も俺は不在だったのか……。

 オムファロスではちょっとした騒ぎになっているかもしれない。

 しかし、相手が素人相手でよかったのかもしれない。

 彼らはきっと拘留されるだろう。しかし魔物に従わされていたとなれば多少の融通は効くはずだ。俺も伊達に聖女という肩書に居座っているつもりはない。


 そうして聖女誘拐事件も終結。

 我が騎士団は文字通り任務を果たして帰還するってわけだ。





 後日、俺はローランド主教にめちゃくちゃに怒られて暫く外出禁止になった。


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