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1. TS娘は周囲から羨望されてチヤホヤされるべき

 TSモノの醍醐味とはなんだろうか? 




 女体として変化したギャップに葛藤する姿? 

 親友に男性を感じてあわあわするのもいいよね。

 それともTS娘となったせいで起こる女の子との距離感に狂わされるTS百合も、また尊いものだ。

 一概にTSモノと言ってもその方向性や性癖は、人によって無限に広がっていると言えよう。

 だがマイナーながら愛好者は多く、かつての俺もその一人だった。


 みんなは何が好きかな? 

 俺は、雌落ちしない程度に美少女ムーブして周りを狂わす魔性のTS娘が大好きだ。

 もし俺がTSしたならばきっとそうロールプレイ(演じる)するだろうと思っていた。


 人はなにかを演じるということに魅力を見出してきた。

 古代の時代から人が役を演じて観客はそれを娯楽として楽しんだ。

 そして近年、TRPGに始まりそれがコンピューターゲームとして大衆へと広く認知されていく事になった。


 自己紹介をしよう。

 俺は転生者だ。それこそ剣と魔法の異世界に転生したパターン。

 そして、なんで前述したものを語ったかと言うと……。


 俺は転生したときに性別が変わっていた。

 性転換。つまり、TS転生ってやつ。

 やったぜ。


 赤ん坊の時点で前世の意識はばっちり残っていた。

 貧しい村で産まれて、不自由ばかりだったがTSしたってだけで俺はもうテンションが上がりまくっていた。


 名前はアルジェ。この時点ではただのアルジェとして転生していた。

 ピンク髪というアニメじみた奇抜な髪色だったが、この異世界においてはそれほど奇異な見た目ではないらしい。

 俺の母親もピンク髪だったし。

 そしてこの異世界は『クルセーミア』と言う。


 そんな世界の貧しい村人の娘として生を受けた俺だったが、10歳の頃に転機が訪れる。

 俺の村が、魔物に襲われたのだ。

 この世界には魔王がいて、魔物がいる。

 そんな物語にも語られない、村人たる俺の目の前で両親が死んだ。俺に必死に逃げてと叫びながら、目の前で体を引き裂かれて絶命した。

 そこで俺は感情の昂ぶりにより魔法へと目覚める事になる。

 絶望や悲劇で覚醒する。王道だけどいいよね。

 俺はそういうの好きだよ。

 っと、少し好みが入ってしまった。


 話を戻そう。

 俺が覚醒したのは聖魔法だった。

 言いやすいなら光属性ってやつだ。

 それにより齢10歳で村を襲撃していた魔物を一掃するほどの魔法を発動した。

 村人の半数は死んでしまったが、それでも生き残っている人たちが感謝している姿を見て心底ほっとしたのを覚えている。


 そこから一気に村人Aもとい名前持ちネームドキャラへと出世を果たす。俺が司るのは浄化の魔法。それはこの世界では極めて珍しく、それこそ大ニュースになるレベルだ。

 なんせ魔王は闇魔法を使うって事で対抗し得る魔法だからだ。


 村で唯一の血族であるおばさんが俺を教会へと預けた。

 平凡な幼女(TS転生者)が聖女と認定された瞬間だった。

 どうやら俺は聖女として役割が与えられたらしい。

 俺がかつてより好んでいた魔性のTS娘。それを演じてやろうと決意した瞬間だった。

 そこから読み書きや歴史を学んだり、神学と呼ばれるこの世界にある宗教の1つを学んでいく。

 環境がよくなり、美少女であるという前提があるTSのお決まりをクリアーした俺は非常に勤勉で真面目な少女へと成長した。

 髪の艶は彩りを増し、いわゆる日本美人や洋風美人とは別の次元『2次元美少女がそっくりそのまま出てきた』を体現したかの様なとびきりの美少女へと変貌していく。



 そんなこんなで俺は14歳になっていた。

 ここで俺が気を付けているのはあくまで子供の少女であるという所だ。

 小さい頃、両親も不審に思った部分。

 それは幼い子供ながらにやたらと落ち着いているところだ。

 中身に前世の経験があるのだから大人っぽくはなるが、大人過ぎても不審に思われるのだと理解した。


 子供といえば好奇心と元気の塊。

 善悪の判断も曖昧な未発達の意識の代名詞。

 ただでさえ聖魔法という完全な才能(チート)があるのにも関わらず思考力も大人顔負けとなった場合、周りの大人が俺を妬まないという保証はないのだから。

 その子供という役割を演じるのに必要となってくるのが、同じ年頃の友達である。


 教会の敷地内にある邸宅の庭にて、俺は一歳年下である男の子の友達であるルシアンと雑談に興じていた。

 俺は教会の聖女としてここでずっと暮らしいる。

 そこでは、ごく普通の少女として過ごしていた。

 友達と一緒に遊んだり、たまには大人にイタズラしては怒られる。何気ない日々は魔王という脅威が存在しているのを忘れさせるほどだった。


 しかし、そんな日々も長くは続かない。

 俺を単なる匿われる聖女から、救世の聖女として役割をのし上げる存在が現れた。

『勇者』の台頭である。

 魔王の対となる存在。


 18歳へと成長した俺は自他ともに認めるほどの魔法力と精神性を兼ね備えていた。といっても精神性は自前なのだが。

 そうして勇者が仲間に俺を誘い、俺はそれに同行する。


 その後、長い長い時間が経ったが──。

 どうにか魔王を打ち倒したとの吉報が世界に轟く頃には旅立ちから10年が経過していた。






 ガタガタと路上の上を乱暴に走る馬車の中、居眠りしていた意識を覚醒させる。

 魔王を倒したあとだというのもあり、自分の原点(オリジン)を思い出していたのだとあくびを漏らしながら考えていた。

 今、この馬車は俺の育った教会へと向かっている道だ。


 聖地オムファロス。

 それが俺の育った第二の故郷だった。

 魔王討伐、あれから数日が経とうとしている。


 熾烈な激戦のあと、勇者一行……つまり俺たちはそれぞれの帰路へとついた。

 10年間の旅路を終えて、きっと今はエンドロールでも流れている筈だ。

 馬車の乗り心地は良いものであった。

 クッションも豪奢で貴族が乗り降りする高級なものだから当たり前だろう。

 外から見える景色は、数日経ったというのにまだ祝賀ムード一色のままだ。

 カラフルな旗があちこちに散見され昼間から酒を飲んでいる男が泥酔していた。


 そこからまた暫く進んだ頃、馬車が停車する感覚が訪れる。


「着きました。聖女様」


 その声に俺は反応する。

 馬車の扉が開かれ、光が差して眩しさのあまり額へと手を持っていく。

 そして目が慣れた時に飛び込んでくるのは見上げるほどの教会。

 ファンタジーによく出てきがちなお城のような建物に懐かしさを覚えつつ外へと出る。


「ありがとう。貴方の運転はうたた寝するほど心地よいものでしたよ」


 そうして馬車の操者へと感謝を述べると照れ隠しに俯いていた。

 俺は聖女として世界的にも有名人だ。

 それも勇者一行としても知名度がある。


 何より、俺は『かわいい』のだ。

 TS転生者としてのメリットを十分に活かした結果、そこらの聖職者よりもお淑やかでいて気品のある所作。俺が全力で『聖女ロールプレイ』した結果、間違いなく世界でも片手で数えるレベルの美少女に入るだろう。


 俺はそのまま主教の元へと向かう。

 魔王討伐の報告をする為だった。


 主教が待つ真っ白い部屋へと通されると俺を出迎えたのは一人のご老人だ。


「ローランド主教様。お久しぶりでございます」


 その老人へと近づき、軽く頭を下げる。


「此度の10年に及ぶ旅路、誠に大儀じゃった。聖女アルジェ……立派になったのう」


 10年前より老け込んだローランドは言い換えれば俺の上司に当たる人物だ。勇者一行の旅路を支援し、魔王討伐を達成できたのもこの人の存在が無ければ難しかっただろう。

 数名の少数であったが、世界を救う旅には大きな資金が伴うのだから。


「──以上が、魔王討伐の際に起こった顛末でございます」


 最終決戦の顛末を語り、ローランドは満足そうに聞いていた。


「聖女アルジェよ。この時より其方に聖女を越える称号、『大聖女』を与える」

「ありがとうございます、主教様。その称号に恥じぬよう平和になった世の中の指標となるよう、努力を怠りません」

「うむ。『大聖女』は世界平和の象徴となる。未だに魔族は小競り合いを起こしておるが、魔王亡き今となってはそれも次第に収まるじゃろ。衣食住はこちらで用意しておる。詳しいことはシスター・マデリーンに教えてもらうと良い」


 こうして俺は報告を終えた。

 外で待っていたシスター・マデリーンに案内されるようにとある邸宅へとやってくる。それは子供の頃にお世話になっていた場所だった。


 大門を通ると、白を基調とした美しい外観で、庭先には彩り豊かな花壇が広がっている。おまけに噴水が設けられていて、子供の頃よりパワーアップしているほどだった。


 エンディングを迎えた俺はここで生活することになる。

 大聖女としての仕事もあるのだからあの頃みたいに平和に過ごすのも悪くない。


「……あの方は?」


 庭を通り過ぎようとした時に、花壇の世話をする一人の男性に目が留まった。

 黒髪に薄汚れたシャツ、それは庭師の服装だった。


「アルジェ様、覚えていますか? 幼少期、一緒に遊んでいたルシアンでございますよ」


 ルシアン……その名前はよく知っている。

 子供の頃に数年ではあるが友達として過ごしていた少年だ。

 思わず懐かしさがこみ上げてきて、彼の元へと向かう。


「ルシアン、ですね?」

「え……? う、うわっ! アルジェ様、こんな姿で失礼を」


 俺に気が付いた彼は反射的に立ち上がると、泥を払った。


「本当に、お久しぶりですね!」

「わ!? あ、あまり引っ付かないでください!」


 嬉しさのあまりつい距離を詰めてしまう。


「あれから10年ぶりですね! いつの間にか、身長は抜かされちゃいましたね。今は何をしているんですか? あ、その格好を見ると庭師を継いだんですか?」

「うっ、ぁ……落ち着いてください!」


 ぐいっと肩を掴まれ引き剥がされる。

 その事からより一層体格差を認識してしまう。

 ルシアンは俺の頭3つ分はデカくなっている。

 顔立ちも凛々しさの中に彼の父親の面影を感じ、立派な好青年へと成長したのだと感じた。


「貴方は大聖女。俺みたいな使用人においそれと身体を預けてはいけません」

「えっ……」


 10年ぶりに再会した幼馴染であるルシアン。

 彼は文字通り自分が住む邸宅の庭師となっていた。

 それはいい事なのだが、その性格は度がつくほどの真面目──言い方を変えれば堅物。


「私たち、子供の頃よく遊んだじゃないですか。敬語じゃなくてもいいんですよ……?」

「たとえそれがアルジェ様の命令でも、俺は一端の使用人に過ぎません。なので、そのご命令には従えません」

「え」

「それに、アルジェ様も敬語をお使いになられているではありませんか」


 これは、『聖女ロールプレイ』として癖のようなものだ。10年と数年の間に表向きだけはと叩き込んだもの。


「どうしても、駄目ですか……?」


 俺は媚びるように上目遣いで彼を覗く。

 きゅっと服の裾を軽く握り、いかにも悲しそうな表情で。

 俺はTS娘だ。自分の『かわいい』を熟知している。

 ビジュアルだけで道行く人々が振り向くほどの美貌を持っていると自負している。


「……」


 ルシアンは俺の媚びた所作に対しスンっと何処か遠くへと視線を向ける。


 なっ!? 俺の『かわいい』が効いて──いない、だと? 


 俺の熟練の域へと到達した『聖女ロールプレイ』は彼の前には意味を成さない。そんな事ある? 俺は美少女だ。しかも、聖女という羨望を浴びる立場だというのに。


「アルジェ様、そろそろ中へ」

「──わかりました。また、お話しましょう。ルシアン」


 俺は、ルシアンに『かわいい』と思わせたい。

 これはTS娘である俺のプライドによるものだ。

 俺は、『聖女ロールプレイ』として幼馴染である彼に! 

『かわいい』と言わせたい! 


 策謀を巡らせる準備を開始する。

 すべては、俺の完璧な『聖女』を完成させる為に。


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