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胡蝶の葬列~天足女官は後宮を翔る~  作者: ぐるた眠


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第1話 大きな足

1423年7月

こう国の皇帝朱堅勇(しゅけんゆう)はすでに48人の妃嬪を抱えていたが、新たに3人の女をひんにむかえることとなった。


これは急なことで、当然、彼女らの世話をする女官も補充せねばならない。

女官探しは都にとどまらず、国中を募集の触書ふれがきがまわった。


地方の山あいに住んでいた17歳の三娘さんじょうが、女官として紫禁城の門をくぐることができたのは、そんなめぐり合わせの賜物たまものにほかならない。


1424年3月

半年ちかくの女官教育を終えた娘たちが、後宮の北西にある龍渓殿りゅうけいでんの大広間へ集められた。

32人の新人女官たちは、広間に入るなり六列に並び、床の上で頭を垂れる。


そこへ現れたのは3人の、高貴な雰囲気の女たちだ。

ちょこちょことした足取りで歩く女たちは、女官たちの列の先頭で立ち止まる。


「年齢は?」

「出身地は?」

「父親の名前は?」


女官選考の際にいやと言うほど耳にした質問を投げるのは、このたび新しく嬪となったかん氏である。

目は細長く、ふっくらと厚い唇に赤いべにをひいている。

妖艶で、どこかきつね彷彿ほうふつとさせる26歳だ。

首から足首までおおい隠す赤い衣の上からでも、その豊満な体つきは見てとれた。


最初の女官からひと通り聞き終えると、韓氏はまた隣の女官へ同じ質問をくり返す。

どうやらこれは、女官たちをどの妃に仕えさせるかの選別会らしい。


ほんらい女官の配属は、後宮の人事部である尚宮局しょうきゅうきょくに一任される。

よもや入ったばかりのひん(低位の妃)が、みずから女官を選ぶなど前代未聞。

韓氏たっての希望で、この合同面接会は開かれたのだ。


「お姉さまぁ。そろそろ次の方にいきません?30人もいるんですもの。日がくれてしまいますわ」


韓氏の隣で甘えた声を漏らすのは、背が頭ひとつ低い少女。同じく新たに嬪となったかく氏で、年齢は14歳だ。

水色の衣に、大きな瞳が印象的な顔つきはまだあどけない。

けれど物言いははっきりとしていて、聡明な印象だ。

良家でしっかりと教育を受けてきたことは、一目瞭然であった。


子どもっぽく唇を尖らせた郭氏は、韓氏の背後に隠れていた女に「ねえ」と同意をうながす。


「え、ええ……」


消え入りそうな声でうなずいたのは、3人目の嬪、ちょう氏である。薄緑色の衣に、装飾品は誰よりも質素であった。

目鼻立ちは整っているが、ごてごてと着飾るのは苦手なようで、よくも悪くも印象の薄い17歳だ。


乗り気でない郭氏と張氏の様子からして、やはり2人はただ年上の同期につき合わされているのだろう。


当の韓氏は不満げにため息をつき、声をはり上げた。


「もういいわ、全員顔を上げてちょうだい。あたくしは美しい者だけをそばに置きたいの」


まだ嬪になって三月みつきだというのに、まるでこの後宮を掌握しょうあくしたかのようなふるまいである。

そんな彼女が女官選びにおいてもっとも重視するのは、容姿のようだ。


女官たちはおそるおそる顔を上げた。

彼女らの前を嬪たちはゆっくりと歩き、気になった者にだけ声をかけるという、面接の効率化がはかられたようだ。


ついに三娘の前へ3人がやってきた。

韓氏は足を止め、三娘の顔を舐めるように見回すと


「悪くないわね。特技は?」


とぶっきらぼうにたずねる。


三娘は、さっきまで聞いていた問答を思い出しながら考えた。

他の女官はみな刺繍だとか、琴が得意だとか答えていた。

しかし田舎育ちの三娘は、せいぜい破れた衣のつくろいくらいしかできず、琴など触ったこともない。


「あたしの特技は……速く走ることですかね」


嘘をついてもいずれバレる。

ここは正直に答えることにした。


「走る……ですって?」


韓氏はぽかんと口を開け、白粉(おしろい)をたっぷりぬった眉間にしわを刻んだ。

続けて三娘に命じる。


「ちょっとあなた、立ってちょうだい」


三娘がしぶしぶ腰を上げると、韓氏は目を丸くして大げさに叫ぶ。


「まあ、背は小さいのに、ずいぶんと大きな足だこと!」


そして大声で笑いはじめた。

周囲の視線がいっせいに、三娘の衣の下からのぞく足へそそがれる。

どこからともなく、くすくすと笑い声が聞こえはじめた。


(ああ、やっぱり……)


三娘は落胆した。


大きな足というのは、そのままの意味ではない。

纏足てんそくをしておらず、年相応に成長した足ということだ。


幼い頃から女の足を縛り、成長を止める纏足てんそくという風習が、このころ最盛期をむかえていた。

今や小さな足は美人の絶対条件であり、良家の令嬢はみな纏足をしている。


言わずもがな嬪は3人とも、長いプリーツスカートのすそから、小さく尖った爪先を見え隠れさせていた。

宮中で動き回る女官でさえ、さいきんは纏足をしている者が多い。


「この子はいらないわ。どちらか引き取ってくれる?」


さんざん馬鹿にした韓氏は、すでに三娘に興味をなくしている様子。


(……んなの、こっちだって願い下げだ!)


両手にこぶしを握り、内心で毒づきながら三娘は、視線を右側の張氏へ動かした。

自分と同い年で、かつ害のなさそうなこの女へ仕えるのがいちばん楽に違いないと思ったからだ。


しかし張氏は、何も言わず視線をそらした。

大足で、田舎臭さが隠せない三娘を、彼女もお気に召さなかったのだろう。


「ねえ、わたしのところへいらっしゃいよ!」


弾むような声がして、三娘は視線をさらに右へずらす。

14歳の郭氏が、大きな目を輝かせてこちらを見つめていた。


「はあ……」


気の抜けた返事をする三娘。

こちらに選ぶ権利がないのは百も承知だが、予想外の反応に困惑した。

この娘はいったい、自分の何を気に入ったのだろうか。


「じゃあ決まりね」


にこりとほほえむ郭氏。

韓氏はすでに次の品定めを開始している。


こうして三娘は、14歳の郭芙蓉かくふように仕えることとなった。

【こぼれ話】

纏足の女性は一歩も歩けないと思われがちですが、練習すれば歩いたり踊ったりも普通にできるそうです。


※作者の好みで、文頭一字空けずに書いています。読みにくかったら申し訳ありません。


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