勇者の本気
グレトールはベーキウの背後に回り、素早くベーキウの背中を両手で触った。その直後、激しい衝撃がベーキウの背中を襲った。
「ガッ……」
小さな悲鳴を上げたベーキウは、ゆっくりとその場に倒れた。その様子を見ていたシアンとジャオウはすぐにベーキウの元に近付こうとしたが、その前にグレトールがベーキウの首を掴んで持ち上げた。
「君たち、ゴキブリみたいにしぶといねぇ、ここは見せしめもかねて……一人殺しておこう」
と言って、グレトールは力を込めてベーキウの首を絞め始めた。
「止めろ!」
ジャオウは大剣を構え、グレトールに向かって走り出したが、グレトールは接近してきたジャオウを蹴り飛ばした。
「邪魔しないでよ! 珍しい光景だと思うよ、目の前で人が絞殺される光景なんて、一生に一度見れるかどうかだからさぁ!」
笑いながらグレトールはこう言った。その時、グレトールは悪寒を感じた。後ろを見ると、周囲に光のオーラを発し、自身を睨んでいるシアンの姿があった。
「な……あ……」
シアンが何かしらの力を使った。そう察したグレトールだったが、シアンから恐ろしい力を感じ、両手の力を弱めて持ち上げていたベーキウを落としてしまった。
「その汚い手を放しなさい。私の言うことを聞かなかったら、この剣であんたの両手を切り落としてやるわ」
「な……何だよその力?」
「ついさっき、あんたがバカにしてきた勇者の力、光の魔力よ。この力を本気で使うと、後から反動がくるからあまり使いたくなかったけど……」
会話中、シアンは姿を消した。グレトールは急いで周囲を見回したが、シアンの姿はなかった。
「おい! どこにいやがる! 姿を見せやがれ!」
「お望みなら」
突如、目の前にシアンが現れた。シアンはすでに剣を構えていて、その剣をグレトールの腹に突き刺した。
ランプの外にいるクーアの体が突如震え出した。クーアの体の異変を察したレリルはあくびをしながらこう言った。
「歳だからなんか変な病気になったのー?」
「バカモン! わらわはエルフの中ではまだ若い部類じゃ! シアンの魔力が、少し変わったのじゃ」
「確かに変わったわ。いつものシアンの魔力じゃないわ」
キトリの言葉を聞いたアルムは、少し動揺してこう聞いた。
「変わったって、どんな風に?」
「太陽の温かさを感じるけど、その中に殺気がある感じ」
「つまり、相手を確実に始末するつもりで力を出したってことよね」
レリルの言葉を聞いたキトリは、頷いた。話を聞いていたアルジームは動揺した。
「なぁ、シアンは本気でグレトールを倒すつもりなのか? あいつを……もしあいつを殺したらシアンは殺人犯に……」
「それは大丈夫でしょ。グレトールは人じゃない、人の寿命を奪う卑劣で悪質な化け物よ。もし、なんか言われたら私がどうにかするわ」
と、パンジーがウインクをしてアルジームにこう言った。
シアンが本気を出した。本気で自分を始末するつもりで戦う。そう察したグレトールは、急いでシアンから下がった。
「グッ! 邪魔だ!」
腹に突き刺さっている剣を抜き取ろうとしたのだが、シアンの剣はなかなか抜けなかった。その様子を見たシアンはグレトールに近付き、無理矢理剣を引き抜いた。
「悪いわね、私の力を込めていたから、私しか動かせないのよ」
「ぐがっ!」
剣を引き抜かれた時、グレトールはその反動で後ろに倒れた。すぐに立ち上がって力を開放し、シアンに攻撃を仕掛けた。
見えない衝撃波ね。確かに見えないけど、どこにあるのか分かる。
シアンは剣を構え、素早く剣を振るった。剣の刃は何もない空間を斬ったのだが、何かを斬ったような音が響いた。
「あいつ……衝撃波を斬ったのか」
ベーキウを治療しながら、ジャオウは戦いの様子を見て呟いた。そんな中、上からアルムの声が聞こえた。
「ジャオウ! それとベーキウさん! 今のうちに僕が治療するよ!」
「頼むアルム! ベーキウが首を絞められ、気を失ったんだ!」
「分かった!」
その後、上からアルムの魔力が注がれ、ベーキウとジャオウを癒した。ジャオウは体が癒される感じがし、上を見上げてありがとうとつぶやいた。
グレトールはゆっくりと歩きながら近づくシアンを見て、徐々に恐怖を感じていた。だが、目の前からやってくる強敵を見て、面白い戦いになるともグレトールは考えていた。
「面白い! 訳が分からないよこの感情! 恐怖と興奮が同時に噴火した火山のように吹き出している! 私をこんな感じにさせたのは……君が初めてだよ!」
「さっきは私の一族のことをバカにしてたくせに」
「前言撤回するよ。さぁ、私も本気で戦うことにするよ! 君も……私を殺すつもりで戦ってくれ!」
「頼まれなくても、最初からそのつもりよ!」
シアンはそう言うと、高く飛び上がってグレトールに斬りかかった。グレトールはわざとシアンの斬撃を受け、笑みを浮かべた。
「痛いねぇ。でも、これで一発攻撃が入る」
と言って、グレトールは力を込めてシアンの頬を殴った。シアンは殴られたものの、グレトールを睨んだ。そして、グレトールの腹を蹴って後ろに下がり、剣を構えて再び剣による攻撃を仕掛けた。
「ははははは! もっとやれよ! もっと、もっとだ!」
グレトールは両手を広げて叫んだ。シアンはバカらしいと思いつつ、剣をグレトールに向かって振り下ろした。グレトールは白刃取りで攻撃を防いだが、刃の周りにはシアンの強い魔力が込められていて、高熱で熱した鉄板を触ったような痛みがグレトールを襲った。
「あっづあぁっ!」
あまりの熱さのあまり、グレトールは両手を放してしまった。その直後、シアンの斬撃がグレトールの体に命中した。体を斬られ、傷から熱のような熱さを感じたグレトールは、感情が高ぶった。
「私がここまでダメージを受けるとはね……」
「さっきみたいに霧になって攻撃を避ければいいのに」
「アドバイスありがとう。あの技は私がほぼ無傷の状態でないと使えないのさ」
グレトールはシアンの腹を蹴った後、手刀でシアンに襲い掛かった。攻撃を受けたシアンは服が剣で斬られたかのように切り刻まれたことを察し、グレトールの手刀が剣のように鋭いことを察した。
「悪いね、君の服をちょっとだけズタズタにしちゃって。でもね、私はおっぱい星人なんだ。君みたいなペチャパイを見ても興奮しないから大丈夫」
「何が大丈夫よ。人のコンプレックスを刺激しやがって」
「ごめんね、ナイーブな部分に突っ込んじゃって。それじゃあ、物理的にそのナイーブな部分に手を突っ込んじゃおっかな」
と言って、グレトールはシアンの胸元に向かって両手を突き刺そうとした。手刀で胸を貫くつもりだと察したシアンは後ろに下がって攻撃をかわし、素早く剣を振り上げた。
「あ……」
グレトールは、自分の両腕が深く切られたことを察し、後ろに下がった。腕を動かそうとしても、傷が深いせいで腕は動かなかった。
「酷いね。腕が動かなくなっちゃったよ」
「バカ言わないでよ。普通の人間じゃないあんたが、腕が動かないって言っても、信用できないわよ。どうせ、不思議な力ですぐに治療するんでしょ?」
「その通り」
そう言うと、グレトールは力を使ってすぐに傷の手当てをした。その後、シアンに見せつけるつもりで両腕を振り回した。
「ほら見て、すぐに治っちゃったよ」
「あーはいはい。よかったねー。それじゃあ今度はその腕を斬り落としてやりましょうか?」
「それだけは勘弁。斬られるだけでも痛いのに」
グレトールはそう答えると、シアンに向かって走り出した。シアンはため息を吐き、心の中でこう思った。
まだこのバカとの戦いは続くの? 早く倒れればいいのに。
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