■第7話 地図に無い孤島
『騙し、騙される。人の世は常に図り事の連鎖だ。断ち切るにはその真意を汲み取ることだ』
“Deceive and be deceived. The human world is always a chain of events. The only way to break free is to understand its true meaning.''
あれから2日目の朝を迎えた。
昨日よりはまだ寝られたほうかな。
シーランもカバンから出て、堂々とベッドで丸くなっている。
…夢であってほしかったが。そう、夢なんかじゃない。
この本から始まった一連の出来事は、今ここで起きている。
昨日の学校、最後の授業になったのかもしれないな…。
優希…エリコ先生…。
俺の事はどう伝わっているのだろうか。
忽然といなくなってしまったからな。心配してくれているかな。
「よう、起きたな」
そう言って、ガチャッとドアを開けたのは、
“ニカッ”と笑う同じくらいの歳の青年。
真堂香澄って名乗ったな。
「朝っぱらから悪いんだが、お前、ニュースになってるぜ」
そう言って、部屋のテレビを付ける。よくある朝のワイドショーだ。
『昨日から行方不明となっている鳥海航大博士の息子、拓弥さんですが、彼は鳥海博士と結託し、竜条研究所から大量の研究資料を盗み出したと届け出がありました。関係者のインタビューがあります』
『この度はどの様な被害だったのでしょうか』
『えぇ、実に驚きなんです。私たちが懇意にしていた鳥海博士が数日前に、研究中の資料ごと消えてしまいまして。加えて、息子の拓弥くんも昨日研究所にやってきたのですが…。応接間でお待ち頂いている内に、やはり資料を盗み出されてしまいました。その際、爆発物を所持していたようで、研究所には甚大な被害が出ております』
『親子での犯行だったと?』
『そのように感じております。盗まれた研究資料も共通したテーマでした。今、話題になっている古文書『ラストバード』に対する研究なのです』
『そのラストバードについてですが、これも鳥海博士の発見だったとか』
『えぇ、彼の功績です。ですが、その後の研究バックアップはすべて当研究所で請け負って参りましたので、研究は彼一人のものではありません。速やかに返却を求めたいと思います』
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そのころ、都内某所。同じワイドショーを見ている不敵な影。
「上手くニュースは作れたようだな」
不敵に笑う初老の男性。
「は。しかしこれでよかったのでしょうか。完全に鳥海博士とは袂を分かつことになりますが」
「構わんよ。肝心の本はこの手の中にあるのだからな」
そう言うと、誇らしげにガラスケースに隔離されている黄褐色の本に目をやる。
本のそばには、ネズミの様な金色の動物が、毛を逆立てて威嚇していた。
「フン。本の解読については航大に任せきりだったが、もうどうでもいい」
「こいつの発する、未知のエネルギーの解明の方が先決だ。どうしても必要なのだ」
「…フッ、世界を渡って莫大な財を得る為にな」
…コンコン。誰かがノックしている。
「入れ」
そこには、拓弥と相まみえた長身の黒服が立っていた。
「リュズ。これからの研究はお前に一任する。エネルギーの解明、この小動物サンプルの研究、本の解読、すべてをだ。」
「ありがとうございます。必ずや会長にご満足のいく成果をお見せ致します」
「……」
そう、この初老の彼こそが、竜条コンツェルンの会長、竜条耕蔵である。
❖◆❖◆❖
「でっちあげだ!」
机に大きく両手を叩きつける。
「…まあな。だが、これで確信したぜ。連中は本の秘密を知っている。
だが、本とゲートとを結びつけられてはいない様だぜ。」
「どういうことだ」
「ゲートの研究はもう30年以上前から、竜条コンツェルンの手で行われている。
お宅の学校が設立されたのも、その研究の候補者を育てる為だ」
「あぁ、最近知ったよ」
「だが、航大さんがこの本を見つけて研究に入ったのはおよそ10年前。
解読するにつれて、不可思議な出来事が起こり始めたが、
未だ、それとゲートの直接的関係は掴めていない」
「…分かりやすく説明してくれ」
「ハッキリ言うと、航大さんは解読を進めるうちに“何か”を掴んだんだ。
そして、それはスポンサーである竜条との間で意見が割れた。
航大さんは俺たち並みに探求心が強い。
その後、俺に電話をしてきたんだ。
-----プルルルルル☎--------- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
「香澄君。久しぶりだね。相変わらず世界中を飛び回っているのかな」
「えぇ。珍しいですね。航大さんから連絡なんて。
先日、アフリカの新しい炭鉱で金脈が見つかったんでね。
世間に出る前にごっそり頂く算段さ」
「手腕が早くて頼もしいな。安心したよ。…ところで。ひとつ頼みがあるのだが」
「いくら航大さんでもタダってわけにはいかないぜ。こっちもプロなんでね」
「分かっているよ。5000万で人一人を連れ出して欲しいのだ」
「ほう?…いいぜ? そいつはどこにいるんだい」
「さきほど、竜条の研究所に入った。私の息子、鳥海拓弥だ」
「へー。あの自由徳心学校に入れたっていう息子さんか。あんたも罪だよな」
「私は正直反対だった。だが竜条と彼の意思だった。母の事があって、彼もあんなことがあり、私も強くは言えんのだ」
「ま、個人的な事情には興味がないんで。いいぜ。電信で振り込んでくれ。確認後、すぐにヘリで向かう」
「すまんな」
「…で、連れ出した後はどうするんだ?」
「聖地まで一緒に連れて行って欲しい」
「なんだって!? 冗談じゃない、間違いなく足でまといになる」
「聞いてくれ。おそらく…おそらくだが。私の息子も『ラストバード』と関わっている。持っている可能性もあるのだ。それなら、君の好奇心も十分に掻き立てられるだろう。
「…へぇ。面白いじゃんか。だがな、それは本を持っていたらの話だ。ただのあんちゃんだったら、連れ出しはするが、あとは適当なところで降ろすぜ?」
「あぁ、それで構わない」
「了解。引き受けたぜ。亜衣、ヘリの準備はOKか?」
「いつでもオッケーよ」
「では、宜しく頼む。亜衣君も頼むぞ。私は私で、先に行かねばならんところがある。
もしかすると、もう会えなくなるかもしれん」
「へ、死んじまう…ってことかい?」
「…まあ、可能性はあるな。私にもどうなるのかは分からない。ともかく息子を頼む。では」
そう言い残すと電話は切れた。
「…航大さん。あんたはまだ全部話しちゃいないな…。一体何を掴んだんだ…。そっちも気になるぜ」
「カスミ? あんた珍しいわね。人を運ぶなんて仕事、一番嫌がると思ったのに」
「ま、面白くなりそうなんでな。決まった仕事をやるだけさ」
そう言い放つと、香澄は亜衣とヘリに乗り込み、爆音とともに夜の上空へと消えて行った。
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「…というワケだ。俺は請け負った仕事はキッチリとやる。
だが、このままだと指名手配されるのも時間の問題だな」
「おれは、やっていない!」
「んなことは分かってるさ。研究所の誰かがハメたんだろ?
それより、早く日本を出た方がいいな。マスコミへの手回しが早すぎる。
竜条コンツェルン全体を敵に回しちまったかもな」
「アイ! ヘリのメンテはどうだ」
「バッチ。いつでもOKよ!」
「じゃあ悪いが、また目隠しさせてもらうぜ」
「…別に、誰にも話しやしないよ」
「ま、そうだと思うがな。一応オレのポリシーってやつさ」
「変なとこ、カッコつけなのよね、カスミって」
<次回予告>
カスミのアジトに着いて早々、また移動するハメになった。
状況的に、もう日本には居られない様な感じだ。
どんどん状況が悪くなっている気がする。
早くヘリで飛び立ちたいが、またしても奴らが。
次回、『ドライアンデッド、再び』