■第18話「その男の名はロティア」
『審判者は離島に住まう。だが、それは人である必要はない。正しく選別するのだ。かの者はエクスギールの血を引くものかもしれないのだ』
“The judge will live on a remote island. However, he does not have to be human. He must be properly selected. He may be of Exgir blood.”
オレは意を決して、潜水艦ポセイニアから外に出た。
おそらく数時間前だと思う。
この巨大な機械島に吸い込まれて閉じ込められた様だったが…ずいぶん気を失っていた。
ここは、海底のはずが水圧をまるで感じず、呼吸も普通に出来ている。
AIナビゲーター「ナスティ」によると、船の修繕には数日かかるという。
奥のカプセルで治療に入っている亜衣さんの容体も気になるところだが。
「…行かないとな」
なぜ、こんなことに巻き込まれたのか…。
この『本』に出会っちまったせいで、とんでもないことが日常的に起きてやがる。
命だって狙われたし、いまやオヤジともども追われる身になっちまった。
オヤジの研究って…この『本』とどんな関係があるってんだ?
オヤジの書いた「ネイツ源初聖典」…一体何を知っているってんだよ…。
「タクヤ、こっち」
足元でシーランがこっちを見る。そわそわして何かに呼ばれている様な感じだ。
しきりに振り返りながら、先を急ごうとしている。
…そう言えばカスミは、今ごろどうしているだろう?
『真堂香澄』、オレを竜条研究所から助け出してくれたトレジャーハンター。
氷漬けになった竹島で、彼も今、継承者としての試練と戦っているはずだが…。
「ここからはオレ一人で…」
そんなことを考えながら、先を進むシーランに続いて歩く。
ここは、おそらく島の中心部…中枢のホールらしきところに出た。
中央には誰かが眠っていたであろうカプセルが設置されていた。
「ずいぶん前に開いた様な形跡があるが…いったい誰が」
その奥に目をやると…螺旋階段が続いている…?
「タクヤ、登って」
「どこに続いているんだ?」
「タクヤを待っている人がいる」
「…誰なんだ、そいつは」
「…」
ふう。ここまで来て引き返せるかよ。
何があろうとも突き進んでやるさ。
螺旋階段は結構な高さがあった。
一時間近く登り続けて、やっと天井が見えて来た。
うっすら光も漏れている。
「…地上? いや、海面か?」
到達した天井部分にあるマンホールらしき扉を開いて外に出た。
ここは…。島の上? 一体どこの?
周囲は一面草木に覆われている。その向こう側は海。やっぱり島なのか。
同じ東ヨーロッパなのか?
とにかく、ここは海洋に浮かぶ小島だ。そこに通じていた。
「懐かしい…」
シーランはしみじみ語る。
「シーラン、ここが聖地なのか…?」
「そう、聖地サフラン。タクヤ、やっと着いたね」
「確か…、誰かが待ってるって言ってたよな」
「うん。審判者。タクヤは試される」
「へっ、まだ何かあるってのか。全く気が抜けないぜ」
マンホールから少し進むと集落が見えて来た。この村がサフランなのか?
集落の門をくぐり、俺を待つという人物を探すが…、誰も居ない。
家屋はそれなりにあるし、井戸や広場もある。明らかに人が住んでいたはずなんだが。
…いまは、無人島なのか?
「タクヤ、本を出して」
シーランがスルッと肩に乗ってくる。
「お、おう」
リュックから本を取り出すと、かなり熱を持った状態になっていた。
ふと目に入った集落の中央広場には枯れた噴水があり、
その周りには6つのモニュメントが立っていた。
だいぶ古くなってはいるが…、6体の…武人の像か?
「タクヤ、ここ、ここ」
シーランが飛び乗った先には、赤髪で精悍な青年の像が立っていた。
右手には長剣、首には印象的なペンダントが掛けられていた。
どことなく、人型になったシーランに似ている気もするが。
「ここにおいて」
丁度、像の左手が空いている。まるで何かを持っていたような…
あ、この本だったのかな?
本を手のひらセットしてみる。
《ヒュン---》
一瞬体中を突風が突き抜けた様な感覚がして、思わず目を閉じる。
《カランカラン…》
あ。像が持っていた剣を手放した。その近くには像の首に掛かっていたペンダントも落ちている。
どういうことだ…? 本は…って。なんと、石像の手の中で石化していた。
オレは思わずシーランを見やる。
シーランはキョトンとしている。オイ!
「おい、どういうことだ?」
「シーランにもわかんないよ。この像のことは覚えているけれど。
あとは知らない。聖地のことは審判者に聞かないと」
ったく。とりあえず片手剣を拾ってみる。
…ん? やたら軽いな。簡単に振り抜けそうだ。
軽い気持ちで、肩から振り下ろしてみる。
≪ヒュン≫
ズガガガガガガ…
「え?」
剣圧はかまいたちの様に前方に真っすぐ飛び、そこにあった家屋が崩れ落ちた。
なんだ!? この威力!?
「やばい大変だ! 人がいたらどうしよう!」
《大丈夫ですよ》
「なんだ!? 頭の中に直接声が響いて…」
声がしたと思った方向を見やると、
広場の奥にある一番大きな建物の扉が開き、中から何者かが近づいてきた。
銀髪の青年…。20代前半ってところかな。左足が悪いのか、杖をつきながらやってくる。
≪コーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!≫
うぉっ、シーランが吠えて、人型に変化する。
相変わらずのキンキン声だな。
青年が近くまで来ると片膝をついた。
「お待たせしました。審判者ロティアさま」
「炎の幻獣君だね。そちらが渡航者かな。ようこそ、サフランへ」
そう言って、その銀髪の青年は屈託のない笑顔を見せた。
この人が…審判者? ロティアさん? ってか日本語?
よく見ると、この人も口が動いていない…。シーランと同じテレパシーなのか?
「あぁ…すいません、初めまして。鳥海拓弥といいます。あなたが審判者ですか?」
「審判者…。あぁ、そう呼ばれているらしいね。どちらにしても、ここには今は僕しかいないから。」
「…え?」
「この街にはもう誰も居ない。だから、さっき壊された家も大丈夫だよ。」
「そ、そうですか」
「ふふ。審判者とはいっても、候補者が現れるのをひたすら待つのが役目なのだけれど。
君でやっと二人目だよ」
そう言って、6つの像の方を見やる。
確かに、オレがやったように本が石化して、代わりに武器を持たない像が一つだけあった。
「6人…必要なんだ。本を携えし渡航者候補がね」
「え?」
そういうと、青年は深々と一礼した。
「改めて。僕はロティア。『本』を導きし者。君たちをずっと待っていたよ」
そう言って、ロティアさんは語りだした。
彼には生まれながらの記憶が無く、気づくと数十年前、
機械島の地下カプセルの周辺で気を失っていたそうだ。
自分の名すら忘れていたが、その「使命」だけは明確に自覚していたとのことだ。
《本を携えし者を待つ》
それから彼は、この地で『本』を携えて来る渡航者を待っているそうだ。
「なんでだろうね(笑)。何をすべきかだけはハッキリ分かるんだよね」
そういってカリカリ頭をかいた。
彼が目覚めたとき、機械島のマザーコンピューター「RD」はまだかろうじて生きていた。
RDは彼を認識し、この島の最深部のカプセルで眠っていた「ロティア」であると特定した。
だがRDによると、この機械島は数千年海底に沈んだままで、
ロティアはとっくに外に連れ出されていたとのことだ。
では、なぜ戻って来ていたのか…? それはRDにも回答不能ということだった。
RDはロティアに艇内の構造や「浮島」と呼ばれるこのサフラン島のことを教えたが、
数日と持たず機能を停止した。
残りエネルギーが無い中、そのすべての力を使い果たした様だ。
「“浮島”って言いましたよね…? この島は一体どこにあるんですか?」
「うん。ここは厳密には島じゃないんだ。機械島の中に作られた人工投影装置なんだ」
「?」
RDからの情報によれば、
“浮島”とは実際にはネイツにあるサフラン島を模して造られた人工的なドームとのことだった。
「どうりで地図にはなかったはずだ…」
それからは、ロティアにはひたすら待ち続ける日々が続いた。
不思議と食べることもなく、眠らず、年も取らず、まるで時間が凍結した様に過ごしていた。
その後、数十年の時間が流れ、一人の人物がこの島に辿り着いた。
彼は冒険者を名乗り「風の書」と風の守護獣を連れていた。
直ぐにサフランのことに気づき、風の像に本を持たせ、
ペンダントと武具を受け取り去っていったという。
「その人も海底からやってきたのですか?」
「ううん。本来のルートで来たよ。こっちに来て」
「本来の?」
そう言うとロティアさんは、さっきやってきた奥の建物へ向かった。
近づいてみると…結構な大きさだ。この島で一番の建物…まるで巨大な教会だ。
中に入るとそこには…目を見張る様に美しい…光の環が。
「これってまるでオヤジの言っていた…」
「タクヤ…これ、ゲートだよ」
シーランに先に言われたな。やっぱりか。
これが、異世界に通じるっていう『ゲート』。
オヤジの真実に少し…近づけたのか…?
機械島には浮島があり、そこで審判者ロティアさんに出会った。
何とも不思議な雰囲気を持った人だ。
彼に誘われた場所には…何と『ゲート』が。
そこから現れたという一人目の来訪者…そして“渡航プログラム”の全容とは…?
次回『渡航プログラムと“ゲーム”』へと続く。




