■第17話 聖地到着
『聖地とはこの世のものではない。本を持たずして辿り着くことは出来ないだろう。だが、もしその地に渡ることが出来たのならば…ネイツへの道へ一歩近づくことだろう』
“The Holy Land is not of this world. You will not be able to reach it without the book. But if you can cross over there... you will be one step closer to the path to Nates.”
あれから、約3日半。俺たちはひたすら潜水艦「ポセイニア」の中で過ごしていた。
水深はどれくらいなんだろう。とにかく静かだった。
キャプテンは立華亜衣。もともと冒険者だからか、陣頭指揮力がスゴイ。
オブザーバーとして人工知能の「ナスティ」。この艦の制御を全て担っている。
本来、潜水艦ってのは選任の技術者がくまなく配置されているものなんだが…
コイツは本当に優秀。AIプログラムとは思えないぜ。
で、オレは船員として、掃除に洗濯、炊事…一通りの雑務をこなしていた。
すっかり水夫だよ、まったくう。
気が付くと、次第に水深が浅くなってきた気がする。そろそろ到着なのかな。
ザザ…ジー、ジー…
あ、無線系統が入りだした。とりあえずラジオのチャンネルを合わせる。
『それでは、世界のニュースをお届けします。宗教国家“ウォート”の継承者争いに新展開がありました。公式決闘がついに決着です。勝者は第三皇子エリアス。相手の第二皇子アックは片腕を失ったとのことです。第一皇子は依然行方不明のため、継承者はエリアスに正式に決定しました。戴冠式は近日中を予定しております。おっと、ここで速報です。日本政府直属の訓練学校“自由徳心学校”で爆発事故があり、死者多数との情報が入りました。寮は全焼、校舎複数もほぼ全壊という惨状です。詳しい情報が入り次第お伝えします。では、次のニュースです………』
…!? なんだって? 学校が…事故?
それもとんでもない規模だ。死者多数って…。みんな…!
オレは居ても経っても居られず、船長室に駆け込む。
「アイさん!? 入りますよ」
ノックをして、船長室を訪ねる。
アイさんは中央テーブルにマップを広げながら、ナスティと何か神妙に話し合っている。
「あ、ちょうどいいところに来たわね」
「どうしたんですか」
「えぇ、実はここが目的地なの。プログラムされた聖地の位置は確かにここなのだけれど…」
「まさか…地図に無い…とか?」
『さえてますネ、タクヤさん』
…いや、困るよ!! 色々急がないと!
「他に何か艦内に残された資料は無いんですか?」
「全部チェックしたわよ」
『ワタシの知る限りでも、聖地サフランはこの位置のはずなのですが』
「ちょっと地図を見せて下さい。ここって…。海のど真ん中!? 本当だ、島も何もない…」
「そうなのよ。でも確かにココなの。空に浮かぶ島でも無い限り、聖地なんてどこにも見当たらないわよ?」
…いや、ちょっとまて。これ、オヤジと舞花さんが造った潜水艦だよな…。ってことは…
「!! 亜衣さん、いや逆ですよ。下。下なんじゃないですか?」
「下って、海の…海底?」
「きっとそうですよ。なぜこの船が潜水艦なのか、これならたどり着けるってことですって」
『それは盲点でしたっ。この水位の位置情報までしかございませんでしたもので』
だが、一瞬晴れた亜衣さんの顔は、直ぐに難しい顔に戻る。
「だけど…。ここからは自動操縦が使えない。どうやって海底へ降りるかが問題ね…?」
「うかつに水深を下げると、圧壊する…とか?」
『失礼な! この船は次元航行も含めて設計・開発された極秘性能艦なのですよ!?』
「あー、悪い、悪かったよ。とにかく、水深を下げて行けばたどり着けるんだよね?」
「…確認してみるわ」
アイさんはそういって、舞花さんから受け取ったバッグを何やらゴソゴソやっている。取り出したのは、ソナー?
「スルーファウンド。カスミもよく使う軍用の探知機よ」
スイッチを入れてレーダー反応を確認する。
「ナスティ、そっちでもソナーを使って水深や障害物、建造物なんかをチェックしてみて。こっちの情報を照合してウラを取るわ」
『了解、キャプテン』
すごい。さすがトレハン。豪快な行動力だ。
…と、そこにいつの間にかシーランが座っている。
何やら、鼻をクンクンさせており、、、
「着いた。聖地」
「お、おう。そうらしいんだがな。島も何も無くて、海底だと思うんだが間違いないか?」
「カイテイ?」
「お、おう、水の底だ。そこに入り口か建造物か何かないか調べている」
シーランは続けて、鼻をクンクンさせていたが…
「グ…グルルルルルウゥ」
「? シーラン?」
<<コォォォォォォ…>>
ウワッ、シーランが突然吠え出した。船内がビリビリ震える!
何度聞いてもとんでもない音だ!!
亜衣さんが飛んできた。
「一体何事!? 爆発でも起きたの!??」
「ッ…、いえ、シーランが」
そう言ってみてみると、シーランは既に少年の姿に変貌している。
「そうか…ロティア…。彼が待っている。タクヤ、先に行くね」
そう言うと、シーランは光になって船外に出ると、真っすぐ深海に降りて行った。
ハッ! いけない、追わないと。
「亜衣さん! 追いましょう! シーランは何か知ってるんですよ!」
「わかったわ。ナスティ、全速下降よ。限界水圧が近づいたらすぐに知らせなさい」
『かしこまりました。マスター』
シーランを見失わない様に、潜水速度を上げながら、海底を目指す。
水深がかなり深くなってきた。酸素は十分だが、機体が僅かに軋みだした。
「ナスティ、大丈夫なのか…?」
『圧壊限界度10%を超えましたが想定内です。この艦は亜空間を渡るために開発されたことをお忘れなく』
「本気で異世界に渡るつもりだったのね…航大さんと舞花さん…」
そう言っている内に、海底が見えて来た。そして…何か、ある!
「こ、これは!?」
「なによ、コレ??」
そこには、一面広がる巨大な山…いや機械の島だった。
『分析。これは過去の文明の遺跡です。およそ…12000年前。突如として現れ海底に沈んだ。生物ではなく、機械の文明。その目的は…光の御子を守り抜くこと』
と、その時、遺跡の扉が開いた!
ものすごい吸引力だ。船体が吸い込まれる…!
ズズズズ…---------------ン。
扉が閉じてしばらく経った。ナスティが色々と動いてはいるようだが、動力はまだ戻らない。
「うぅ…。気を失っていたのか…。一体どのくらい…! 亜衣さんは? ゴホッ」
薄暗い船内を手探りでゆっくりと進んでみる。酸素は当面十分なようだ。
そう言えば、シーランは? 真っ先に飛び込んでいったけど、どこ行った?
「タクヤ。こっち」
「シーラン! ここにいたのか…アッ! 亜衣さん」
シーランは元のイタチ姿に戻っており、倒れていた亜衣さんに寄り添っていた。
「亜衣さん! しっかり! …だめだ意識が無い。どこかに打ち付けたか?」
「ナスティ! 応答出来るか!?」
『リカバリープログラム実行中。進捗73パーセント。AI人格起動出来ます。行いますか?』
「やってくれ。ナスティ!返事しろ!」
すると、艇内の明かりが一斉に点き、計器も動作を始めた。
『ハイ、タクヤさま。再起動致しました。動力はやられましたが、他機能は回復しております。』
「亜衣さんの容体を見てくれ。息をしていない」
『マスター! かしこまりました。メディカルルームまで運んできてください。誘導灯に沿って来てください』
すると足元に緑の導線が現れて方向が分かった。
オレは亜衣さんをおぶって、その方向へ向かう。
マンホールの様な壁窓がある。こんなところにあったのか。
なかは真っ暗だったが、シーランが炎を発して辺りを照らし出した。
「なんだ、ここは!?」
思わず目を見張る。こんな部屋があったとは。
恐らく冷凍カプセル、手術台に、無数の薬品の数々が棚に並んでいる。
『本来、次元航行まで開示することのない部屋だったのですが、致し方ありません。タクヤさん、マスターをメディカルカプセルの中に寝かせてください』
そう言うと、カプセルが大きく開く。俺はすぐに亜衣さんを中に寝かせるとカプセルは閉じて、内部はミストに覆われた。
「ナスティ。これで大丈夫なのか?」
『はい。現在チェック中…。命に別状はありません。こちらに乗り込んだ衝撃で失神しただけの様です』
「そうか、良かった」
『ですが、これまでの心労が蓄積している様です。この機会に休養も必要かと』
「わかった。全開するまで任せられるか」
『お任せを。艇内のリカバーにも数日かかる見込みです。どうされますか』
「…タクヤ」
シーランがいつになく真剣な眼差しでおれを真っすぐに見ている。
「あぁ。わかってる。ここが聖地なら、待っている奴がいるってことだよな」
「うん。門は開かれてる。会いに来るのを待っている」
「…よし。いくか」
俺は意を決してリュックを背負い直す。
いよいよ聖地か。
本の秘密、オヤジの謎、たかが数日の旅だったが、ここからは俺一人。
今更ながら、もう後には引けないぜ。
…確かめてやるさ。俺自身の眼と耳でな。
潜水艦ポセイニアから機械島に降り立つオレとシーラン。
深海のはずなのに、しっかりと呼吸が出来る。
シーランに導かれるままに、オレはある人物と邂逅する。
次回「その男の名はロティア」へ続く。




