■第14話 そのころの日本②
運命に贖うことは、時に妥協を要する。一度決めた選択肢は、新しい運命に沿ってその歩を進めるしかないのだ。それが「裏切り」であったとしても。
“Sometimes redeeming oneself to one's fate requires compromise. Once a choice is made, one has no choice but to move forward in line with one's new destiny, even if that means "betrayal."
オレは「岩永優希」、自由徳心学校の1年だ。
不思議な臨死体験をした縁(?)で、この学校に推薦入学出来た。
学費タダだし、卒業後の推薦状も書いてくれるっていうから、
ラッキーって思って入ったのはいいんだけど…。
ふう。アイツに関わったのが運のツキ…?
…鳥海拓弥。有名な考古学者「鳥海航大」の一人息子。
仲良くなったのはいいんだけど、アイツ、急に失踪しちゃって。
その後、オレも色々呼び出されて根掘り葉掘り聞かれたけど。
まったく何のことか分からない。
そのうち、アイツはニュースになり、半ば指名手配みたいになっちまった。
ま、短い付き合いだったな…って思ってたら。
今度は保険室からの呼び出し。校内のマドンナ教師エリコ先生だ。
保健体育教師なんだけど、保険室の先生もやってる。
ここで、オレの運命は大きく左右されることになった。
学校の秘密。一般公募されず、なぜ学費タダで臨死体験者ばかりが入学しているのか。
3年進級前に、多数の生徒が転校しているのか。
そして…。3年生は“全員”卒業後の動向が不明…。
エリコ先生は、実はどこかの組織のエージェントらしく、学校の秘密を探っているらしかった。
オレは拓弥に関わったばっかりに、その内偵にピックアップされた。
…いや、ドライアンデッドの映像や、3年生失踪の話を聞かされたあとじゃ…、やるしかなくなった。
そんなこんなで、エリコ先生から紹介を受けた生沢舜太郎さん、
さらに紹介された探偵の北条さんと共に、夜の学校に忍び込むことになった。
夜の校舎は、いつもよりずっと静かだった。
人の気配が消えたはずの廊下に、足音が一つ、また一つと響く。
オレと北条さんは、生沢さんから渡された地図を片手に、3年校舎を目指していた。
地図には赤ペンで小さく「この夜しかない。宿直室へ」とだけ添えられていた。
明かりを頼りに宿直室のドアをノックする。
「遅かったわね、どうぞ」
先生の声だ。宿直室の中には色々な資料が並べられていた。
彼女は宿直のふりをしながら、裏でこの作戦を支えていたのだ。
「信じてるわよ、優希くん。あなたなら、きっと真実に辿り着けるわ」
彼女の手から受け取ったのは、改めて書き直されたルートマップ――旧理科室の裏口から、
保健室の壁を抜ける抜け道。まるでかつて、この校舎が“戦場”だったことを暗示するような構造だ。
ともかく、さっさと完了したい。北条さんと目くばせをして、早々に3年校舎へ向かう。
3年校舎は旧校舎で、関係者以外は一切入れない閉鎖空間だった。
こんな抜け道があるなんてな…っと無事に校舎内に入ったその時。
不意に、風もないのにカーテンが揺れた。目を凝らすと、微かに明滅する青い光の環
――「ゲートだ…」北条さんの言葉で理解出来た。
これが、都市伝説になっていた異世界への門。『ゲート』だった。
そしてその前には、一人の学生が静かに立っていた。西園寺先輩。数少ない3年生で寮長。
北条さんを見て顔色が変わる。
「やっぱり来たんですね。キーマンは誰ですか?…さしずめエリコ先生ってとこですか」
「いつぞやのインタビュー以来だね。西園寺くん。キミは選ばれし候補者の一人だが…。
今はその呪縛から解かれ、自由な意志でここに立っている様に見えるが?」
「えぇ。契約は無効となりました。ある条件でね」
「ほう?」
「ゲートの“門番”、キーパーですよ。あなた方の様な輩をおびき出すためのね」
「…消すってのかい」
「それは僕にも分からない。捕縛が仕事ですからね」
そう言うと、パチンと指を鳴らし、周りには…あの!
「ドライ…アンデッド…!」
「優希くん、だっけ。君も、あの夜のビデオを見たんだろう?」
優希は返す言葉を持たなかった。
彼もまた、あの夜から何かが変わってしまったことを感じていたのだから。
そうこう考えているうちに、周りには無数の木人たちに取り囲まれてしまった。
「チッ。罠だったな」
「そんな!?」
北条の青ざめた顔。…詰んだの…か?
「そこで黙って見ていろ。“渡航”がどんなモノなのかをな」
その直後、地下からゲート候補者がうつろな表情で現れた。
額には「№76〜78」と書かれている。全員3年生なのか…?
三人がゲートに近づくと、異様な唸りと共に現れた青白い亜空間に、
次々と制服姿の生徒たちが吸い込まれていく。
あまりに静かで、あまりに現実離れしたその光景に、北条が膝をつく。
「……これが、連れ去られた者たちの末路か…ユキノ…」
「…そういえば、あなたのお嬢さんもこの学校出身でしたね」
「電話で“3年に上がる”とだけ聞いた。最後の会話でな!」
優希は咄嗟に声を絞り出す。
「なんだこれは…こんなこと…止める術は、ないのか……っ!」
「何を言う、これは崇高な研究だ。亜空間のゲート因子が解明出来れば、向こう側の世界に渡ることも叶う!」
その時。どこからか、周りになぜか沢山のスマホがバラまられる。
状況が理解出来ぬまま、それらは一斉に光を放った!
≪パパパパパパパパパパ…≫
不規則な光の羅列。…信号なのか?
気が付くと、一面に光の魔法陣の様な文様が描かれている。
…ドライアンデッドたちの動きが完全に止まった。
「ふー。やっぱり二次プランは必要だよねぇ」
そう言って、後方からもう一人の影――生沢舜太郎が現れた。
彼はこのゲートを追ってきたジャーナリストにして、研究者でもあった。
ゲートと“本”の関連性、そして“因子”という未知の概念。
その全てに、彼は自らの身体を投じていた。何といっても鳥海博士の右腕だった人だ。
「俺は、すでにゲート因子を取り込んでいる。パーソナルゲートだよ。自分専用の、ね」
そう言って左腕をまくり上げると、刺青の様な魔法陣が浮かび上がっている。
生沢の言葉に西園寺がピクッと反応する。
「…なら、お前も見たのか?あの“夢”を。ならば何故協力しない…!?」
二人の視線が交錯する。
西園寺も左腕の袖をまくり上げると、同じように刻まれた六芒星の魔法陣が光っていた。
「チッ…時間だ」
そう言って、西園寺は校舎の奥へ静かに消えて行った。
そしてその直後、西園寺の前にあったゲートは光と共に四散した。
「…え!? どうなってるんですか?」
「ゲート本体じゃなかったってことさ。パーソナルゲートは、因子を抽出して独立機能させることも出来る。研究はもう50年前から行われているからね」
「はぁ…」
そのとき、突如として校舎全体から警報が鳴り響いた。建物自体が異様な“波長”に包まれる。
――これは只の警報ではなく特殊な「音波」!?
金縛りのように動けない!!
「いかん! 電磁ゲートバリアーが…破られる!」
そう言って生沢さんが倒れ込んだ瞬間、光の魔法陣が消え、
ドライアンデッドたちに再び取り囲まれた。
やばい! 一斉に襲ってくる!!
「くっ、優希くん。すまない!」
そう言って、生沢が取り出したのは小型の注射器。
倒れ込みながら、それを優希の首筋に打ち込む。
同時に、結城は呻きながら崩れ落ちる。
彼の背中から黒い紋様が浮かび上がり、眼球が赤く染まっていく。
「まさか……俺にも、因子を……!?」
彼の身体が変化する。人の形を保ちながら、
どこか“別の何か”へと変貌していくその様に、誰もが声を失った。
「グ…グルルルル」
人の形をした異形。ドライアンデッドとも違う。
優希の身体はどうなってしまったのか。
次回へ続く。
<次回予告>
学内でゲート転送実験が行われていることが分かった。
だが本体のゲートはどこだ?
同時に、ドライアンデッドたちに取り囲まれたこの状況をなんとかしなくては。
変貌した優希の肉体はどうなってしまうのか。
次回、そのころの日本③




