■第13話 そのころの日本①
『友の存在は重要だ。彼が居なくとも、残された友が彼の居場所を護ってくれる。彼の存在を忘れるな』
The presence of friends is important. Even if he is not here, the friends left behind will protect his place. Don't forget his existence.
オレと亜衣さんは今、潜水艦「ポセイニア」で順当に聖地への航行を続けている。
何だか、数日前に日本を飛び出してきたのが噓のようだ…。
日本…か。エリコ先生…結城…、今ごろどうしているんだろう…。
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そのころ日本では、“竜条コンツェルン”が慌ただしい動きを見せていた。
「…リュズ、経過を報告しろ」
「は。やはり、鳥海拓弥、真堂香澄は、共に本を所持しておりました。本の守護者もそれぞれ確認済です。しかも…現地には、あの真堂舞花もおりまして」
「舞花くんか。彼女もしつこいな。研究はすべてこちらに引き渡したというのに」
「まだ鳥海航大を追っている様でした」
「フン、航大か。多額の援助をしてやったというのに、成果の肝心な部分を隠し、持ち去るとはな。
ゲートと本の関係がもっと早く分かっていれば、奴に遅れを取ることはなかったのだが…それで?」
彼は竜条コンツェルンの現総裁“竜条耕蔵”。
父である竜条収角は、世界で初めてゲートを発見した人物だった。
「真堂のこせがれの守護者が…“王家の力”を使いました」
「ほう? 聖地でもないのにかね」
「はい。正直驚きました。さすがに影響を受けてしまいますので、退いた次第で」
「“王家の力”。忌々しいラストバードの遺産よな。…ご苦労だった。
引き続き、航大の捜索に回れ。コイツがここに居る以上、必ずシッポを出す」
そう言って、研究カプセル内の小動物を見やる。
そこにいる金色のネズミは、強い警戒心でプラズマの様な電気を発していた。
「フ、怒れ怒れ。そのエネルギーはそのまま、こちらの研究に使わせてもらっているのでね」
「リュズ、もういい下がれ。代わりにテムジンを呼ぶのだ」
「は…」
そう言うと、リュズは霧のように消えた。その数秒後、
「およびでしょうか、ボス」
気づくと、テムジンと呼ばれた男は既に部屋の一角に立っていた。
明らかに異形。どうやらこの男もこの世界の住人では無い様だ。
「“徳心”の方はどうなっている」
「は。ゲート渡航の候補者が今朝、ゲートへと向かいました。№76から78。今度こそ成功すると良いですね」
「投入できる人材は多ければ多いほど良い。その分、向こうの世界が垣間見えるというものだ。
テムジンよ。校長のところへ行き、伝えよ。候補者を創り出すことは名誉であることをな。
最低あと5人、何としても完成させろ」
「…承知いたしました」
テムジンはドアから一礼して退出する。
「さあ、航大。お前が先か私が先か。どちらが早く向こうに渡れるか見ものよなぁ。ククク」
------そのころ、自由徳心学校では------
「まーた、レポートかよ。参るよねぇ」
クラス一、大きなあくびをするこの男は「岩永優希」
数年前に地中海のダイビング中に行方不明となり、奇跡的に岸に打ち上げられて、
その後しばらく生死の狭間を彷徨っていたが、意識を取り戻した。
死の淵でゲートを見たと証言したことから、この学園にスカウトされたのだ。
「拓弥…えらいことになったな…あのとき、何を慌ててたんだよ…」
「よう優希。指導室で武田先生がよんでるよ」
「ん。あぁ」
優希は成績の良い方ではない。学費免除に惹かれて入学したクチだ。
入学後もゲートに対する適性は無いものと見なされ、
秘密裏に渡航者候補を作り出すプロジェクトからも外されていた。
…コン、コン。
「どうぞ」
「失礼します」
ここの教員は、職員室以外に個別の「指導室」という個室が与えられている。
大学教員のように、日々何かを研究することを割り当てられているらしい。
「岩永クン。今回のレポートの仕上がりはどう?」
「え? まだ締め切りは先ですよね? …構想段階ですけど」
「そう。まず今回のレポートは免除するわ」
「? どういうことですか?」
「その代わり、情報提供をしてほしいの」
「…情報…ですか?」
「拓弥クンのこと」
「…! あいつが突然いなくなったのは、武田センセもご存じでしょう」
「あの日、最後に話していたのは確か優希君だったと思うの。彼から何か言われていない?」
「別に…。いなくなる前日に、部屋を荒らされて大変だったことくらいですかね」
「そう。実はそのことなんだけど…ちょっとコレを見て欲しいの」
「なんか、ガス事故みたいな話でしたけど?」
「…そうじゃないわ。とにかく見て」
そう言って、監視カメラの映像をモニターに映し出した。
…なんで先生が?…とは思ったが、一緒に覗き込んでみると…!
「な、なんだこれ」
「分かる? 音声こそないけれど、明らかに“木が動いている”わ」
「どうなってるんだ? バケモノ?」
「半分当たりってとこね。彼らは多分、元人間よ」
「え!? なんでそんなことが分かるんですか!?」
「まだ詳しく話せないけど、私の研究分野だからよ。
とにかく、これをあなたに見せたのは、あることを頼みたいからなの」
「へ?」
「まずは、この人に会ってちょうだい」
そう言って渡された名刺には…「光岡出版 記者・編集担当 生沢舜太郎」とある。
「この人は?」
「知人よ。実は既に今回の様な事件を目撃しているキーマンなのよ」
「え? じゃあやっぱりバケモノがいるってこと!?」
「バケモノじゃなくて元人間、ほぼ間違いなく、源初聖典に出て来るドライ…いえ、何でもないわ」
「??…でも、なんでオレなんスか」
「学校はこの事実をひた隠しにしている。あなたは拓弥クンの知り合いの中でも学園からのマークはかなり薄いわ。動いても網には引っ掛らないはず」
「スパイやれってことですか!? そんな! 急に無理ですよ!」
「これは拓弥クンの命にも関わってくることなの。拓弥クンの為にも協力して」
「あいつ、一体何をしでかしたんですか。今どこにいるんですか!?」
「詳しいことは言えないわ。多分、日本にはもういないでしょうね」
「…武田センセ。あんた何者なんですか」
「少しだけ正直に話すわね。アタシはこの学校を調べる為に潜入した捜査員よ」
「え?センセもスパイってことですか」
「シッ! この学校には、ある秘密があるの」
「…?」
「公にはなっていないけれど、数年単位で見て、在校生・卒業生が姿を消している」
「行方不明ってことですか」
「そうね。いずれも死亡が確認されたわけじゃない。でも確実に消えているの」
「どこに…ですか」
「それは分からない。まぁ、平たく言うと、それを調査しているのよ」
「…」
「拓弥クンは事件後、校長と話をした当日に姿を消した」
「そうですね」
「ニュースにもなっていたけど、鳥海博士を訪ねて竜条の研究所に行ったそうよ」
「はい、僕も見ました」
「…竜条コンツェルンは、この学校を創設したオーナーよ。関係無いわけがないわ」
「わ、わかりますけど」
「お願い。ここはチャンスなの。とにかく今日中に生沢クンに会って。
あなたの身の安全は保障する。もちろん単位もあげるし、報酬も出すわ」
「…ここまで聞いたんじゃ…断れませんね…ふう」
「ありがとう。じゃ、早速向かって。学校側には上手く伝えておくわ」
…まんまと言いくるめられた様だが、名刺の情報を頼りに光岡出版へ向かった。
ネットで調べてみたが、光岡出版は当初歴史書などを扱っていて、そこから、オカルト、伝記、怪奇現象などを扱う雑誌メインに方向転換していったらしい。新宿の百人町というところに、その居はあった。
雑居ビルの2F。表札はあるが、チャイムは無い。
…コン、コン。少しするとドアが開く。
「優希くんだね。待っていたよ」
現れたのは、スラッとした30代くらいの男性。
奥の部屋には、散乱した本が山積みになっている。
「エリコさんから話は聞いている。奥へどうぞ」
「あ、はい…失礼します」
奥の間に通されると、そこにも本がびっしりだった。
一見して…どれも洋書みたいだ。しかもかなり古いものばかりだ。
応接用のソファーに腰を下ろす。
「さっそくだけど、少し話を聞いてくれるかな」
そう言って、生沢さんは自身の身の上を語りだした。
もともと、拓弥の父である鳥海航大博士の助手をしていたらしい。
だけど、次々に起こる不可思議な出来事に耐えられなくなり、飛び出したそうだ。
「考古学は魅力的だ。今だに知られていない神秘が見つかったときの感覚は最高だったね。…だけど、ゲートに関してはそれが余りにも強すぎた」
「夢に何度も出て来たよ。酒をあびるほど飲んで忘れようともしたこともあったが…ダメだったね」
「博士に悪いっていう思いはあったんですか…?」
「もちろんある。それもあるが…やはり忘れられなかった。次第に好奇心を取り戻して、論文を山ほど書いて出版社に投稿して…それで拾ってくれたのがココさ」
「光岡出版…」
「光岡ってのは先代で、今の社長・兼編集長は影山さんっていうんだが、今は海外に行ってる。まあ、影山さんも鳥海博士とは繋がっていて、博士の本を何冊もウチが出版してる」
「結局、博士とは再会できたんですね」
「まあね…不肖の弟子さ。自分のことは大体分かってくれたかな?…じゃあ本題に入ろうか」
そう言って、奥から持ち出した大型の本。百科事典みたいだが…。
「鳥海博士が書いて、ウチが出版した本だ…『ネイツ源初聖典』」
「ネイ…なんですって?」
「まあ、名前はいい。ここを呼んでほしい」
言われるがままに、読み進めてみた。
『転生実験の産物…彼らは望むべく器を与えられず、無慈悲は肉体を得るに至った。魂は樹木に宿り、永劫その姿から戻ることは無かった』
「魂は樹木に…って。えぇ!? これってもしかして」
「そう、異形の木人。鳥海博士は『ドライアンデッド』と呼んでいる」
「さっき見たビデオの…バケモノ人間」
「そう、彼らは人間。ただし、こちら側の人間ではない」
「…宇宙人とか」
「まあ、宇宙人かもね(笑)。彼らはここ数十年で何度も目撃されているが、今回のように派手に動き回ったのは初めてなんだ」
「ってことは拓弥の事件とも関係が…」
「そう。僕もエリコさんも、この件は数年前から追っていて手を組んでいるんだ。あの学校の関係者失踪とも絡めてね」
「…それで。僕に一体なにをさせようと?」
「巻き込んで悪いけど、3年生の教室に忍び込んで欲しい」
「え? あの3年生だけが入れるっていう校舎ですか」
「そう。3年生は卒業後、“全員”消えているんだ。いつのまにか」
「(笑)だって、卒業後はそのまま海外で長期研修だって聞いてますけど」
「…その後は? 見知らぬ大地でご活躍ってかい? 実際は消息が分かっていないんだよ」
「親族には事故、失踪を装って多額の慰謝料を支払っているようだが」
「ウワサ…なんでしょ?」
「取材して、納得していない親族から話も聞いている」
「………」
「一人で行けとは言わない。彼と行って欲しい」
「え?」
そう言うと、ガチャっと奥のドアが開いて小柄な男が立っていた。
「すまないね。奥で話は聞かせてもらっていた。オレはこういう者だ」
…また名刺を渡される。『私立探偵 北条』…苗字だけ?
「長らく生沢クンから頼まれていてね。俺にも訳あって、あの学校を専属で調査してる」
「……」
「ハハハッ、怪しいかな? 探偵稼業が長くてね、悪い悪い。色々と探られてしまうと困るもんでね。今回は君と組ませてもらうことになった。どうぞよろしく」
気さくにポンッと肩を叩かれる。え……えぇぇぇぇぇ!!!?
---そんなワケでオレ、岩永優希は、いつの間にか奇妙な調査に加わることになってしまった---
『拓弥…お前いったい何者なんだ…?』
<後編へ続く>
<次回予告>
優希と北条探偵は、エリコ先生の手引きで夜の校舎に忍び込む。
そこには、今まで語られて来なかった学園設立の秘密が眠っていた。
次回、「そのころの日本②」に続く。




