■第9話 船内の異世界問答
『それらの本は、亜空間を渡り、次元を超え、世界に穴をあけることが出来る。その穴は“門”となり、渡った世界とをつなぐ架け橋となる』
``Those books can cross subspace, transcend dimensions, and punch holes in the world. That hole will become a "gate" and a bridge connecting you to the world you have crossed.''
今、俺たちは香澄のクルーズ船にのって、一路竹島を目指している。
数時間程度かかるということだった。
オレは最下部の船室で休ませてもらっている。
船の操舵は香澄が、亜衣さんは上の部屋で休んでいると思う。
…今なら時間がある。その間に色々と考えておきたい。
少なくとも、今、シーランとはじっくり話す時間がある。
「…なあ、シーラン」
「なあに、タクヤ」
「まだ到着までに時間がある。いくつか訊きたいことがあるんだが、いいか?」
「いいよ、わかることなら」
「おまえ“王族”って呼ばれてたよな、自分のこと。おまえって、ラストバードの使いなのか?」
「うん」
「ネイツってのがお前らの国の名前で、そこの王族ってことなのか?」
「ちょっと違う。シーランたちは王族の代弁者」
「代弁者?」
「そう。プログラムされた内容を正確に説明する係」
「プログラムされた…ってことはシーランって一体…」
「説明ムツカシイ」
「…そこから先は我が話そう」
冷たい風と共に、大きな青白いカラス『クロカ』が現れる。
「我もシーランも、渡航者を導くガイドなのだ。
名前を渡航者から直接もらうことで、プログラムが起動することになっている」
「じゃあ香澄も」
「そうだ。彼の場合は少々特殊だがな。とにかく、彼も渡航者候補の一人となった」
それから、クロカは一つずつオレの疑問に答えてくれた。
実は既に、異世界ネイツには、こちらの世界からの“渡航者”が存在していたという。
彼は、聖地からゲートをくぐって亜空間を渡り切った唯一の人間とのことだ。
彼は、地球の文明を彼らに可能な限り教えたが、それが良くなかった様だ。
創造主は異物に怒り、世界の崩壊を望み始めてしまった。
王族「ラストバード」たちは創造主へ祈りを捧げ、怒りを鎮める様に願ったが、
世界の荒廃は始まってしまった。
“渡航者”の処刑も吟味されたが、王族たちは彼を庇った。
彼らが出した結論は、創造主から逃れてゲートを渡り、
こちら側の世界、つまり地球へ転移するというものだった。
しかし今は、ネイツのどこを探してもゲートを発見することは出来なかった。
世界の崩壊は日々進行している。
時の研究者サフランは、時間稼ぎとして
「国そのものを“記述”として本の中に封じこめる」秘法を提案した。
集まった2人の「御子」と6人の「ラストバード」たちは、己の命を削り、
尽きるまでこの世界の森羅万象を書き残した。
そうして、本は6冊完成した。御子の2冊については未完のままとされている。
国、いや世界そのもののバックアップが為されたのだ。
そして、渡航者に奇跡が起きた。
彼は自ら開いたのだ。その腕に浮かび上がった紋様から、自分自身の命のゲートを。
後に「パーソナル・ゲート」と呼ばれることになる代物だった。
“本”と“ゲート”、準備は整った様に思われたが、このゲートがどこに通じているかは未知数。このまま本を送り出す訳にはいかない…。
だが、ネイツという世界の荒廃は刻刻と進んでいるため、必要悪の判断が迫られた。
王族は、罪人たちにリスクを伝えた上で、ゲートの向こう側への転移を提案したのだという。もちろん無罪と引き換えに。
罪人たちは喜んでその話に乗った。
ラストバード特有の「王家の力」の加護を受け、次々と亜空間へと飛び込んでいった。
それから、どのくらい経ったのだろうか。
天変地異は激しさを増し、もはや生物が滅ぶのは目前に迫ったある日。
---生還者が現れた---。
だが、その姿は異形と化しており、まるで植物と化してしまった様な姿だった。
衰弱し、人語をしゃべることは出来なかったが、限られた意思疎通の中で、
向こう側には世界があり、その構成物質が“渡航者”の語るものと一致したと判断された。
ここで、サフランから深刻な仮説が告げられる。
『転移すれば、現地の何かに寄生することになる---』
つまり、もとの肉体のままではゲートを渡ることは出来ないということになる。
逆に“渡航者”は、こちらの世界へ一方通行で入ることが出来た例だった。
しかし、それでも。
滅びゆく世界に対して手を打たないわけにはいかない。
王族たちは、本に守護獣を付け、いつか開いてくれることを願い、
渡航者から最期に開かれたゲートから、彼らは一斉にこの世界に向けて『本』を放った。
………。
「ちょっーとまった、クロカ!!」
思わず話を止めてしまった。一旦、整理しないと先に進めないよ…!
「この本の正体は少しずつ見えて来てるんだけど、じゃあ『帰還プログラム』とか『ゲーム』って何だよ。今の話が本当なら、この本の中に国が丸ごと入っているってことなのか?」
「そうだ。ネイツのバックアップと言っていい。だが肝心のネイツは荒廃している」
「どういうことだ?」
「だから、帰る必要があるの」
…ってシーラン。
「本はネイツでしか元に戻せない。この世界で本を開くことが出来る人間が必要なの」
「…って、“渡航者”のこと?」
「そう、タクヤやカスミ」
「俺らがどうしろって言うんだよ。香澄はともかくオレはただの一般人だぜ?」
「ううん、ゲートを渡れるよ? 帰還プログラムを動かせたから」
「…クロカ。そうなのか?」
「そうだ。この世界の住人の助けが必要なのだ。この本を持って、聖地からネイツへ渡ってくれる『架け橋』が」
クロカはそう言って、続きを話し始めた。
………。
6冊の本は、あくまで封じ込めたエネルギーを送ったに過ぎない。
それだけではネイツの人々は救われず、現に今も荒廃と戦って苦しんでいるという。
「新たなる渡航者」、つまりゲートや亜空間の干渉に影響されない、ネイツに渡れる人材の確保が必要なのだ。
渡航者が『本』を携えてネイツに渡れれば、二つの世界の間に『架け橋』と呼ばれる安全な道が出来るということらしい…。
双方の世界エネルギー代謝理論、とクロカは言うが、オレにはさっぱり良く分からん。
とにかく、ネイツが滅ぶ前に『本』を持った渡航者が現れるのを心待ちにしている状況だそうだ。
自分たちの世界を、共に救うために。
………。
「答えになったかな」
クロカは淡々と説明を終える。
「あぁ、ありがとう。一応、流れ的なところは。だけど、話が大きすぎて」
「タクヤならだいじょうぶ。ちゃんと『本』使えてる」
「…行き当たりばったりの、一か八かだよ、ふぅ」
とにかくスケールが大きすぎて、キャパオーバーだ。
これ以上聞くのは、やめておこう…。
まだ、しばらく船に揺られていそうだ。
休める時に休んでおかなくちゃな。
そう自分に言い聞かせて、オレは船室内の隅で横になった。
--------明け方になると、見知らぬ島が見えて来た。香澄が船室に降りて来る。
「拓弥、起きてるか? よし、ここから飛行機だ。いよいよ日本を離れるぜ」
<次回予告>
竹島に着いたオレたちは、改めて休息と補給を受けさせてもらう。
とにかく一刻も早く日本を出て、聖地とゲートを見つけなければ、
ドライアンデッドからの襲撃は終わらない。
そして、ここでもまた新しい人物に出会い、助けられる。
次回、『伝説の女トレジャーハンター』




