ショップ
三題噺もどき―ごひゃくさんじゅうろく。
自動ドアをくぐると、ざわめきが鼓膜を叩いた。
大き目のショッピングモールに来ていた。
今日は平日だから、そこまで人は多くないだろうと踏んでいたのだけど。
案外いたので、内心帰りたくなってきている。
「……」
今日ここに来た理由が、自分の用事じゃなく、妹の用事というのもあって。
平日だからいいだろうと思って来たのに……今日皆さまおやすみですか。いいんですけどね別に。あまり騒がしくなければ……。
「……んで、どこに行くん」
「うえ」
いつもここに来るときは、立体駐車場に止めるのだけど。
運よく入ってすぐのところが開いていたので、平駐車にとめたのだ。
こっちから入ることがめったにないから、なんだかぞわぞわする。
「……」
スマホをいじりながら先を歩く妹についてく。
どこになんの店があるかはなんとなく把握しているが、この妹が今日どこの店に用事があるのかは分からないのでついていくしかない。
ま、大方どこかの雑貨屋か、書店か、鞄を探しているとも言っていたからそれか。服を見に来たのか。妹が好き好んできているブランドは、ここにしかないので、そこかもしれない。家の近くにあればもっと楽でいいんだが……。
「……」
今日入ってきた入り口近くには、エスカレーターがないので、奥の方へと進んでいく。
もう一つの入り口の方だ。
そういえば、あっちの方に。
「……」
そう。
こっちの入り口にはペットショップがあるんだった。
ケージの中では楽しそうに遊んでいたり、寝て居たり、外の人間に気づいて跳ねたしている子もいる。
「……」
その一番端の方に。
気づかれないように、息をひそめているように。
どこか疲れているように、何かを悲観しているように。
体を伏せている子がいた。
「……」
下げられている値札には、黄色い札が貼られていた。
アレは多分、迎え入れるのに必要な金額が元のものより下がりますと言う知らせだろう。
飼うことがないので、そのあたりあまり知らないのだけど。
きっと、あの子は、何かの基準から外れつつあるのだろう。
「……」
あそこを通る人たちが惹かれていくのは。
あの子ではない。
もっと小さくてかわいくて元気で楽しそうに遊んでいる。
黄札のついてない子達だ。
「……」
あの子の、悲しさや辛さが、届かないわけはないだろうに。
見て見ぬふりをする人間は、薄情なんだろうか。
生憎あの子の待遇に涙できるほどいい人ではない私は。
他の人間と同じように見て見ぬふりをしてしまう私は。
薄情で冷酷で無慈悲で残酷な人間なんだろうか。
「……」
たとえそうだとしても。
おいそれと命を預かることは出来まい。
可哀想だから。
なんて、それだけのことで命を預かることは出来ない。
「……」
それでも十分だと言う人も言うかもしれないが。
私にはそんな覚悟はない。
一時期でも、自分の命を粗末に扱おうとしていた人間が。
他の命を預かって言い訳がない。
私は、そう思う。
「……」
まぁ、だからペットは飼えないと言うわけでもないし。
他の理由なんてたくさんある。
金銭的な問題も環境的な問題も上げればそれなりに、皆あるはずなのだ。
あそこでケージ越しに遊んでいる人たちだって、飼うためではなく、単に遊んでいるだけなんてあるあるだ。
「……」
けれど、ああいう扱いをこうしてみてしまうと。
まぁ、それなりに、嫌な気分にはなるよなぁ。
「…どうしたの」
いつの間にか足まで止まっていたようで。
気づいた妹に声を掛けられた。
「なんも……」
ペットショップから視線を外し、エスカレーターへと向かう。
見て見ぬ振りも、必要なのだ。
薄情者と言われようとも。
お題:ケージ・涙・届かない