篠崎涼➀
「……西園寺、薫」
「意外ね。私の名前、覚えているんだ」
西園寺はいつものように、顔を変えずに答える。
「一応、クラスメイトだし」
白のTシャツに藍色のワイドデニム姿の西園寺。
見慣れた学校の制服を身につけていた影響が大きいのだろう。今までは、西園寺を見ても、抜きん出た美しさと思うだけだったが、私服姿の彼女は、それこそテレビやネットで見るような存在に思われて、より一層、人間離れしている。こんな目立つヤツの名前を覚えない訳がない。
「……でも貴方、他人に興味ないでしょ」
薄暗い池袋の外れにある公園。その隅にある長方形のベンチに僕達は座っている。僕達以外に人はいなくて、西園寺の声が、ゆっくりと暗闇に溶けて行くようだ。
「……どうだろうね」
気のせいかもしれないが、西園寺の声色は、なんだか優しい気がする。
深夜の繁華街で、しかも隠喩をしていたクラスメイトの前で、何故そんな風にいられる?
というか、よくよく考えれば、最悪な場面を見られてしまったのではないか。
意識がはっきりするにつれて、事の重大さを理解した僕が何も言えずにいると、西園寺は全てお見通しとでも言いたげに、ゆっくりと口を開いた。
「別に、学校に告発したりしないから安心して。ただこれ以降、あの手の輩とは関わらない方がいいんじゃない?」
「……それが出来たら、良いんだけどね」
「訳ありみたいね」
無言で僕は俯く。思えば、生まれてからこの方、不都合なことがあると押し黙る癖がついているのかもしれない。兄の葬式でも、先輩達との関係が始まった時も、僕は口をつぐんで下を向いていた。
振り払うように顔を上げると、遠くに、先ほどまでいた歓楽街が煌々と、光を放っていた。
「それは、篠崎くんが、『彼の真似をしている事』と関係あるのかしら」
西園寺の言葉に、僕は勢いよく振り返る。
暗い公園内に浮かぶ、黒曜石のような瞳。僕は、それを、無性に砕いてやりたくなった。
「否定は、しないのね」
「……お前に、何が判るんだよ!」
一拍置いて、叫び声が自分のものだと気が付く。しかし、僕は何も悪くなどない。転校初日に除け者にされるようなヤツに、自分の底の部分を探られていい気がするはずがないだろう。それに、西園寺が飲酒の事を黙っている保証はどこにもない。あの落魄れた奴らとは違い、僕にはレギュラー獲得という未来がある。
ならば、目の前の彼女が口を開かないように、何か脅しておく必要があるのではないか。
具体的にいうと、こう、二度とは向かえないと思わせるような手痛い思いを————
「そう思った経緯と根拠。両方とも教えてあげるから、ひとまず、その目をやめてくれる?」
西園寺の言葉で我に帰ると、目の前の少女は、両手で細い全身を覆っていた。
「ご、ごめん」
なんとなく気まずくなって、無言のまま数分が過ぎる。すると、
「私のお祖父様が、この学校の理事長なのよ」
西園寺がぽつりと、授業で発言するように語り出した。
「だから、こんな中途半端な時期でも転校する事ができたし、子供の頃にはよく、学校行事が有る度に青城高校に来たわ。当時は改築直後で、純白の壁面に太陽光がよく反射して眩しかった」
「……何が言いたいんだ」
「私、貴方のお兄さんに会った事があるの」
僕は、再び押し黙る。西園寺はそれを肯定と受け取ったようで、そのまま再開した。
「太陽みたいな人というのが第一印象ね。周りの人を包み込むような暖かさと、全てを燃やし尽くすような火。その両方を持っている人。最初に会ったのは、確か私が小学校3年生の頃で、文化祭中に迷子になった私を、圭さんが本部まで連れて行ってくれた」
西園寺は幼少期の思い出を語っているようだけれど、その口振りは無機質だ。
「それっきりで終わると思ったのだけれど、私が青城高校に行く度に、何故か彼と毎回鉢合わせたのよね。名前を教え合って、こっそり私にサッカーを教えてくれた事もあったわ。けれど————」
僕は、両手を組んだ。
「確か、その日は火曜日だったわ。圭さんが、『透明な死体』で発見された」
「もういい。二人の出会いは、判ったから」
西園寺は、頷いた後に本題へと進む。
「ここに転校してきた時、貴方が圭さんの弟だって、一目で分かったわ」
「……そう」
「貴方の方が体格は大きいけれど、顔ね。特に、やつれた犬みたいな涙袋がそっくり」
そういうと、西園寺は動物園のケージを覗き込むように、僕に顔を寄せてきた。
「……それ、褒めてる?」
僕は、仄かに香る甘い匂いから顔を背けつつ、悪態をつく。
「話を戻しましょう。それ以降、ずっと貴方を見ていたわ。圭さんから溺愛されていたこの人は、何を考えて、どんな事をするんだろうって」
身を引き、西園寺は再び正面を見据える。僕もそれに倣って、眼前の闇を見つめた。
「そして、思ったの。彼は、『圭さんの真似をしているんじゃないか』」
僕は、無言で彼女を見つめた。
「根拠は二つ」
西園寺はこちらに振り向くと、指を二本立ち上げた。
「一つ目は、クラスでの立ち回り。圭さんと同様、貴方はクラスという狭い水槽の中心にいた。でもそれは、ただ性格が似ているだけの可能性もあるし、体格やルックスで秀でる貴方が中心に据えられるのは至極当然の流れ。だから、最初は気にも留めなかった。決定的だったのは、二つ目の方」
細長い指が折られ、僕は固唾を飲んだ。
「二つ目は、部活動での姿」
僕は、心の底を暴かれているというのに、身体中にこびり付いていた煤を、風が吹き飛ばしていくような、なんだか安らかな心地だった。
「初めて見た時は、正直、目を疑ったわ。貴方、お兄さんのプレイを再現しているでしょう」
「……はっ」
何故だかわからないけれど、乾いた笑いがこぼれた。
「最小限の動きでディフェンスラインを切り崩して、ラストパスを直接ゴールへ流し込む華麗なストライカー。まさしく、圭さんのプレイスタイルだわ」
「そこまで判るなんて、凄いな」
そこまで突きつけられてはもう言い逃れができない。僕は、ゆっくりと今までの人生を語り始める。




