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篠崎涼➁

 兄ちゃんと結構な間柄だったんなら、きっと、この言葉を言われた事があるんじゃないか。


『人は、いつ死ぬのか』


 やっぱそうか。僕も正直、最初にこれを言われた時は冗談かと思ったよ。兄ちゃんと一緒に追っていた漫画の中に出てくるセリフだから、また影響を受けたのだろうとも思った。


 けれど、日が経つにつれて、兄ちゃんはきっと本気で思っているのだなと感じるようになった。けれど、それも、兄ちゃんが活躍して忙しくなる内に忘れていたんだけれど。


 兄ちゃんは最強だった。大会に出れば、なんだか豪勢なトロフィーを毎回持ち帰ってきた。それも、チームじゃなくて彼自身へ向けられたヤツ。クラスメイトから兄のサインをねだられた事なんて山ほどあったし、保護者から求められた事もあったんだぜ?


 けれど、そのサインは今頃どうなっているんだろうなあ。多分みんな、薄気味悪くてすてちまったか、逆に捨てられずに取ってあるのか。自分のサインが捨てられたなんて分かったら、あの人、化けて出てきそうだし。


 そして、あの日。あの後、兄ちゃんがなんて報道されたか知っているか?


『透明少年A』だぜ。これを名付けたやつのセンスは終わっているよ。昔のラジオ番組にこんなタイトルあったような、古臭い記号的な名前。


 けれど、世間はそうは思わなかったみたいだ。兄ちゃんを模した小説やドラマが量産されて、一世一代の透明人間ブームが始まった。今でも覚えているよ。街中を歩けば、透明人間の映画の広告や、兄ちゃんのドキュメンタリーだかが、所狭しと本屋に並んでいた。ただ少しサッカーが上手い高校生の『真実』を偉そうに語る表紙の男が不快で、店員の目を盗んで、積み上げられた本の山をひっくり返してやった事もある。


 正直かなり苦しかったけれど、本当に堪えたのは、両親の反応だな。


 薄くなっていくんだよ。兄ちゃんへの思いと、記憶が。


 当然、兄ちゃんは僕らが悲しみの淵に留まる事なんて許さないだろうし、望んでいないだろう。両親もそれを分かっていたから、告別式が終わった後、しっかりと仕事に戻って前を向き直したんだ。けれど、幼かった僕にはそれが許せなかった。


 これ、家の写真。オシャレだろう。よーく見るとさ、端っこに黒の四角い箱みたいなのがあるだろう? これが兄ちゃんの仏壇。最初は居間の中央に置かれていたんだけれど、毎年位置が変わっていって、今では端っこに追いやられている。


『部屋は、その人の心象風景』だっていうだろう?


 ってことはさ、家族で暮らす一軒家の居間っていうのは、それぞれの家族の心の共通部分だと思うんだ。娘や息子が大きくなって今まで使っていた玩具が減ったり、壁の落書きが消える事はつまり、その両親が子息の成長を受け入れている事を表す。


 そう。


 誰も、仏壇の移動を止めなかったんだ。父も、母も、僕も。


 僕は、それがまるで、僕ら家族の中にある兄ちゃんの存在が薄まって行っているようで、とても恐ろしくて、悲しかったんだ。けれど、僕は生まれてこの方、自分の意見を口にすることが苦手だから、ずーっと黙っていた。けれど、ある日、あの言葉を思い出したんだ。


 兄ちゃんが初めて例の言葉を行ったときに、僕は少し言い返したんだ。それは、漫画のセリフじゃないのって。そしたら兄ちゃんは顔を少し赤くした後に、ゆっくりと、こう語り出した。


『考えてみろよ、涼。誰かと家族になりたいと願うのも、子供を残すのも、作品をこの世に生み出すのも全て、自分を覚えていて欲しいからなんだぜ?』


 ————よく、わからない。


『そうだなあ。たとえば、俺たちが大好きなこの漫画。きっと、未来でもずーっと、誰が一番強いとか、どの実を食べたいとか語られると思わないか?』


 ————うん。


『サッカーで活躍すれば、まだ産まれてもいない、未来の子供達が俺のことを覚えてくれるんだぜ。こんな幸せな事はないよ』


 ————そんなの最高だね、兄ちゃん!


『そう。だから、俺はサッカーを頑張るんだ』


 ————でもさ、サッカーでうまくいかなかったらどうするの?


『痛いところついてくるなあ。その時は、うーん……』


 ————その時は、僕が、世界中の人に伝えるよ。


『何て?』


 ————『俺の兄ちゃんは、最強なんだ!』って。


 それ以降、僕はずっと兄ちゃんを演じてきた。幸い僕は記憶力に秀でていたから、ありし日の思い出を紡いで、兄ちゃんの立ち振る舞いや言動、プレイスタイルを模倣してきた。


 けれど、やっぱり僕は不完全だから、ここぞというところで兄ちゃんを演じきれない。そのせいで先輩達との腐った関係ができてしまって、今こうして、君に真実を突きつけられた。


 まあ、そんな所かな。



 ひとしきり話終わって横をむくと、西園寺の頬に一筋の涙が流れていた。


「……えっ?」


 困惑の声は、僕ではなくて彼女から発せられた。彼女はまるで、人生で初めて泣いたみたいな素っ頓狂な顔をして、無尽蔵に流れ出るそれを必死に押さえつけている。


「なんで、泣くんだよ」


 その姿に思わず笑いそうになるけれど、何かがおかしい。先ほど酔っ払った時みたいに、視界が潤んでいる。けれど、心臓の方がキュッと締め付けられる心地よさがあって、僕はようやく、自分も泣いていることに気がついた。


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