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4.消失

 立ち眩みで狭まった視界が回復するかのように、閉ざされていた意識と視界が広がっていく。

 その目に飛び込んできたのは青空と草原と遠くの森の光景だった。

 ローズはしばしその光景の変化を受け止められず、何度か瞬きしたのちに周囲を見渡す。

 そこはダンジョンの入り口前の広場、野営地として利用されている場所だった。


「なぜ……」

「うわぁ、外に出てる」

「どういうこと……」


 ユキ、マリアの二人もすぐ傍に立っていた。ほかに数人冒険者らしきものが呆然と立ち尽くしている。

 視線を足元に落とすと、ダンジョンに入る前に使った石積みの竈に微かに熾火の光が見え、薄っすらと煙が立ち上っていた。

 ちゃんと消したつもりだったのにと場違いなことを考え、そこで自らの動揺と現実逃避的な思考を自覚する。


「……ちょっと落ち着こう」


 意識的に深くゆっくりと深呼吸をする。

 動揺からか少しだけ普段より心臓の鼓動を感じる。


「ダンジョンは……」


 岩山の麓に裂け目のように存在していたはずの入り口。それが今は消え去り、のっぺりとした岩肌だけがそこにあった。


「……」


 ダンジョンが消滅するなど聞いたことがない。

 だが消えたとしか思えない。素直に認めるべきだろうか? 一応、他の可能性を検討してみる。


「入口が移動したとか……、一時的に閉じた可能性は?」

「ちょっといいか?」


 すぐ近くにいた三人組のパーティーの一人がローズに話しかけてきた。


「俺たちは今からダンジョンに入ろうとしてた所だったんだが、入り口がぼやけたと思ったらそのまま消えてしまって……、それと同時にあんたらが現れたんだ。

 ひょっとして、あんたらはダンジョンの中にいたのか?」

「ああ、ダンジョン内で地震があって、気が付いたらここにいた」

「こっちもです」


 話を聞いていた別の三人パーティーが話に割り込む。

 三人パーティー三つ、合わせて九人がこの場にいる全員だ。それぞれがローズたちの周りに集まってくる。


「ダンジョン内にいたのが六人で、それが弾き出されたってこと?」

「六人は少なすぎでしょ、他にもいたんじゃ……」

「いや、ここは不人気だからなぁ」

「冒険者ギルドで確認がとれるかも」

「わざわざ届け出なんてしてるか?」


 目の前で信じがたい現象が起きているというのに、全員が妙に冷静だった。

 意味が分からなさ過ぎて、かえって驚ききれていないのかもしれない。


「みんな聞いてくれ。我々はクラン【水晶宮殿】の者だ。見た感じこの中では私が一番ランクが上だと思う。この場は一旦、私が仕切ろうと思う。異議のある者はいるか?」


 特に反対の声は上がらなかったため、ローズはそのまま続ける。


「早速だが、君たち六人はオーディルの冒険者ギルドにこのことを報告に行ってほしい。出来るだけ早く。あとのことはギルド長のシルトの判断に任せれば良い」

「あんたらはどうするんだ?」

「一応周辺を確認する。もしこれがダンジョンの消滅ではなく、入り口が移動していた場合、無関係の一般人が知らずに迷い込むとまずい。

 ……そもそも消滅でも入口の移動でも、ちょっと聞いたことがない異常事態だけどね」

「エルフでも聞いたことがないのか」

「ん……、そうだな」


 エルフと聞いて、そう言えばとかすかな心当たりに思い至る。

 一瞬返答に迷ったローズであるが、赤の他人相手に説明するには若干はばかられる部分があったため、一旦知らないことにして話を締める。


「他に質問はないか? よし、では行動を開始してくれ」

「おう」

「はい」





 ローズ、マリア、ユキは周辺の捜索を開始する。まずは岩山を登って見晴らしの良い所から周囲を確認すべく、登れそうな場所を探す。


「ローズちゃん、さっき言いかけてたことって何?」


 マリアは先ほどローズが口ごもったことに気づいていた。

 ローズはマリアがその場で口に出さなかったことを意外に思ったが、むしろ直感が優れているからこそ口に出さなかったのかもしれないと思いなおす。


「ユキとマリアなら良いか。ダンジョンは天龍の蛹である。という説があるんだ」

「天龍の!?」

「……精霊教会の信者が怒りそうな説ですね」

「だからさっきは口にできなかった」


 宗教問題は敏感だ。

 精霊教会は世界の創造は神と神が遣わした精霊による、と説く宗教である。帝国の国教である天龍教とは比ぶるべくもないが、帝国内の一部地域を中心に相応の勢力を持っており、特に人族至上主義者に信仰されている。

 その信徒が一部過激な発言、行動をとることがあり、信者以外には嫌われ、警戒されることが多い。


「精霊教会か。実際に二千年前の四族創造を見てきた原初エルフや原初ドワーフが、この世界は天龍が創造したって言ってるんだから、無理がある教えですよね」

「彼ら曰く、エルフやドワーフが噓をついてるらしい」

「それを疑ったら何もかも終わりのような……」


 原初の天龍が舞台たる世界を創り、その子である四体の天龍が演者たる人類四族――エルフ、ドワーフ、人族、獣人族を創造した、というのが不老不死たる原初エルフ、原初ドワーフの伝えるところである。

 全ての人類に魔法や農業、鍛冶や道具を伝えたという彼らの言葉を疑うのは、ほとんど天に唾するも同然である。彼らの言葉を疑うならば、彼らに伝えられたモノも疑って放棄しなければ、道理に合わないだろう。


「与えられるばかりだったってのが気に入らなくて信じたくないんだろう。定命の者には定命の者なりのプライドがあるってことさ」

「それ不老の人が言うと反感買いそうだね」

「う、ごほん」


 つい人族の気持ちで語ってしまったが、言われて今の自分がエルフであることを思い出すローズ。


「ここから登れそうだな」


 ダンジョンの入り口から少し離れると、岩山に覆いかぶさるように土とそこに生える木々による斜面が形成されていた。傾斜はきついが頑張れば登れないこともないだろう。


「ところで、ダンジョンが天龍の蛹ってことは、ダンジョンの中に入るとなんか栄養吸い取られちゃってた? ちゅーちゅーと」

「まさか、冒険者を……」

「それこそまさかだよ」


 先行して足場を確保しつつ、ローズが答える。


「世界や種族を創造するような力を持ってるんだ。冒険者から物理的に栄養を頂く必要なんてあるわけがない。小さいとはいえ別世界とも言えるダンジョンを創造し、モンスターやドロップ品なんかを生み出してるんだから、むしろマイナスだろう」

「それもそうですね」

「それじゃ蛹さんはダンジョンで何やってるの?」


 ローズは険しい崖を、立木を支えに強引に登っていく。ユキもマリアも身体能力に不足はないので、この程度は心配は要らないと判断していた。


「物語」

「え?」


 ローズの呟くような言葉を聞き逃したユキが聞き返す。


「天龍の蛹が求めているのは、人が紡ぐ物語だそうだ」


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天龍の蛹が求めているもの なろう作家か・・・
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