エピローグ
「本当に良いのですか」
「ああ、むしろ困るからな」
ローズ一行が眠り続けるリナ――カーチェルニーと共にオーディルに戻って数日後。
世間はカーチェルニーの消滅が伝わり大騒ぎとなっていた。
永遠とも言える雨に閉ざされた、【黄昏の海域】が四百年ぶりに解放され、太陽が大地を照らす様子は、誇張されつつ東へ東へと伝わり――今日それがオーディルに到達したのだ。
その理由については謎のままであり、それが一時的なものなのか、恒久的なものなのかすら、誰も確信をもって言うことはできなかった。
無数の根拠のない無責任な噂が流れ、中には我こそはカーチェルニーを打倒した英雄であるなどと名乗り出る者も出る始末。
だが、その真の英雄たるローズは名乗り出ることを拒んだ。
自分はそのような働きはしていないのだと。
「それに、私が名乗り出たとして、証明のしようもないじゃないか」
「……そうでもありません」
「ん? どうやって?」
訝し気なローズの視線を受けて、ウルスラが自信満々に答える。
「私がそれを認め、帝国政府が告示すれば、誰もが受け入れざるを得ません」
「国家権力ごり押しだな」
「権力というものは使うべき時には躊躇するものではないのです」
得意げなウルスラを胡乱な目で見つめるローズ。彼女はこんな性格だっただろうかと。
「ところで、名前を考えた方が良いでしょう」
「名前?」
何のことかと首を傾げる。
「彼女のことです。カーチェルニーと呼ぶわけにはいきません。ですがリナとはこの街の実在の孤児の名前です。同じ名で呼び続けても良いですが、名前は個の中核概念です。別の名を定義すべきでしょう」
「……」
「そして名付けを行うべきは、あなた以外にありえません」
奪っておいて与える。その傲慢さに少し躊躇したものの、自分以外にその役割を与える気にもならず、ローズはその言葉を受け入れることにした。
「……フィリア」
眠る少女の額にかかった赤い前髪を指でそっと横に流しながら、ローズは再度その名を呟く。
「君の名はフィリアだ」
その声が聞こえたのかどうか。小さく身じろぐフィリア。
その表情が微かに笑みを浮かべたように、ローズには思えた。




