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「ハリソン。ミディルから届いた書簡を詠み上げろ」

「御意」


 ――彼が、ハリソン・トーリエ侯爵?

 ハリソンは先代の懐刀で有名だった。元は武官長。今は現場を退き、カルロスの側近として影ながら支えているという。

 背は高くがっちりした体躯だった。灰色の髪を後ろになでつけている。


「書簡内容をお伝えします。ミディル国はレオンティオ帝国と平和と友誼を深めたく、贈り物を用意した。快く受け取られよ。とありました」


「ミディルから贈り物?」

 オリヴィアは思わず聞き返してしまった。

「……取り乱してしまい、申しわけございません」

 あわてて頭を下げた。


 ――婚姻はレオンティオ帝国からの提案だった。書簡もこの目で見ているのに、どういうこと? 書簡が、偽物だった? 誰かが手を加えたのかしら。帝国側が嘘をついている可能性もあるわ。


「その様子、どうやら食い違いが生じているみたいだね。我々は貴殿を妃として召したいとは考えていない」


 考え込んでいたオリヴィアは、さっきよりも近くで声がして、驚いて顔を上げた。

 カルロスが玉座から離れ、目の前に来ていた。


 彼は腰に下げていた剣の柄を握ると、鞘から引き抜き、オリヴィアの眼前に白く光る切っ先を向けた。

 喉の奥で悲鳴を上げる。


 ――待って。なんで? 前世よりも死が早まった?! 

 恐怖で動けない。全身が粟立ち、首筋や背中を汗がだらだらと流れる。


「隣国の姫。もう一度訊こう。貴殿は何をしに来た?」


 正直、今すぐ逃げ出したかった。だけど、背を向ければ一瞬で殺される。せっかくやり直しが叶ったのだ。ここであっさり死にたくはない。

 オリヴィアはぐっと腹に力を込めると背を伸ばし、彼を見つめた。


「早く質問に答えろ」

「……お答えします」

 声が擦れた。オリヴィアは乾いた喉を潤すために、一度唾を飲み込んでから口を開いた。


「私は、あなたの嫁になるために来ました。平和な世の中を実現できるのなら、喜んであなたと婚姻を結びましょう」

 声高々に答えると、カルロスは目を見開いた。


「俺は、婚姻を望んでいないが?」

「では今望んでください。私をこの場で斬り伏せ戦争をはじめるよりも、私を人質に我がミディル国と交渉するほうがレオンティオ帝国にとって有益でしょう」


 確証はないが、今目の前にいる敵国の王は嘘をついているようには見えない。兄のウエル王もオリヴィアを騙したりしない。


 ――情報が、どこかで曲げられている可能性が高い。前回、ミディル国が滅んだのも誰かの策略、陰謀が働いたのかも。


 カルロスはしばらくオリヴィアを見つめていたが、いきなりふっと吹き出すように笑った。


「人を、戦争好きのように言ってくれるね」

 ――え。そうでしょう? 違うの?

 固まっていると、彼は目を細めた。


「貴殿の言う通り、交渉のカードは多いほうがいい」


 カルロスは、突きつけていた剣を下げると鞘に戻した。

 内心ほっとしたが、それを顔に出さないように努める。


「剣を向けられれば男でも情けない声を上げるのが普通だ。貴殿は叫び声一つ上げなかったね。良い胆力だ。しかも、この状況で交渉と説得までしてきた」

 カルロスに剣を向けられるのはこれが初めてではない。慣れはしていないが、覚悟はしていた。


「きみ、変わってるね。ミディルの姫は、自分を殺そうとした男の嫁になることを望むか。しかも平和のため」

 自分を殺そうとした男ではなく、実際に一度殺されているが、そのことは黙っておく。


 カルロスはオリヴィアの前にしゃがみ込んだ。目線が同じ高さになる。

「肝が据わっている者は好きだ」

 にこりとほほえまれて、ぞわりと全身の毛が逆立った。

「き、気に入っていただけて何より……」

 答えながら、笑みを作ろうとしたが頬が引きつった。うまく笑えているか自信がない。


「俺が求める王妃の条件は、度胸があり、おもしろいこと」

 カルロスが突然放った言葉に、オリヴィアは目を瞬いた。

「おもしろい、ですか……」

「ああ。そして信念がある者。俺に怯え意見の言えない者、機嫌ばかりを伺い調子がいい者、私利私欲に走る浅はかな者にようはない」

 求める条件多いな……と思ったが、帝国の皇妃だ。それくらい厳しくないと務まらないのだろう。


「俺の妻になるというのなら、言いたいこと、思ったことは畏れずはっきりと言え。今さっきのようにな。この俺を利用して、振りまわして見せろ」

 オリヴィアはごくりと唾を飲み下した。


 カルロス・レオンティオは、オリヴィアの二つ上、十九歳という若き王だ。

 彼が玉座につく前、レオンティオ帝国は外も内も戦争をしていた。

 十四歳から前線で戦っていた彼は、先帝が崩御したタイミングで城に戻り、兄たちを次々と倒して王の座についている。


 そのため彼は、目的のためなら家族をも手にかける、『冷酷非道の皇帝』として有名だった。


 ――俺に従わなければ殺す。ならわかるけれど、言いたいことを言って、振りまわして見せろ? 変わってるのは皇帝陛下のほうだわ……。


 前回、会ってすぐに殺されたため、彼の第一印象は『最悪』だった。

 二度目の今は、『怖い』『最悪』に、『謎で変な人』が加わった。

 どうして自分がこんな奇人と結婚しなければならないのかと、めげそうだ。


 ――生きて、みんなを守るためよ。

 嘆いている場合じゃない。正直、皇妃の条件は厳しいし、彼の性格は謎だが、前回のように何もわからず殺されるよりはましだと自分に何度も言い聞かせる。


 ――私はミディルの王女。堪えて、耐えて、祖国ミディル国を守る……!


「わかりました。私、陛下を振りまわすような皇妃になってみせましょう」


 オリヴィアは最大限に強がって、笑みを浮かべた。

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