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 *


 レオンティオ帝国はこの数年、想像を超える速さで隣国を攻め落とし、領土を拡大していた。

 ミディル国の隣り、カルーゼル国は去年滅ぼされたばかりだ。次に攻め入られるのはミディル国と、警戒と危機感を強めていた。

 大地を覆う白い雪が溶けて、新緑が芽吹きはじめた頃。レオンティオ帝国から講和の申し込みがあった。


『レオンティオ帝国とミディル国は、婚姻を通じて平和と友誼を深めたい』


 ようは人質だ。

 攻め落とされたくなければ、王女を差し出せと言ってきたのだ。

『何が平和だ、友誼だ! 冷酷王め!』 

 ミディル国の王、兄のウエル・ミディルは激昂して書簡を破り、投げ捨てた。

 オリヴィアと同じ銀髪に、夜明けのような紫の瞳をした彼は、普段は温厚なのに珍しく、声を荒げ続けた。


『隣国を滅ぼしつくした凶悪王のもとへ、大事な妹オリヴィアを嫁がせたりはしない!』

『ですが断れば、どんな仕打ちをされるか……。対策もなくこのまま開戦したら、我が国に勝ち目はありません』

 父親の代から宰相を務めるノーバ・スミスは、若き王であるウエルを諫めつつ、進言した。

 レオンティオ帝国は負け戦知らずの強い軍事国家だ。大陸の中央に大きな領土をかまえている。

 一方のミディル国は大陸の端で、領土はレオンティオ帝国の五分の一ほどだった。

 隣接するカルーゼル国は友好国でこの百年、平和だったため、ミディルとカルーゼルは戦争の経験がなかった。

 隣国は、ミディルが援助する前にあっさり滅んでしまった。開戦すれば小国の我が国に勝ち目はない。

 だが妹を犠牲にはできないと考えるウエルは、宰相に打開策を出せと迫った。


『では、王女さまの身代わりに、国一の刺客を嫁入りさせましょう』

『どういうことだ?』 

 ウエルは眉間にしわを寄せた。

『内密で、姫の偽物を送るのです。騎士シェンナを変装させ、花嫁の護衛騎士は精鋭部隊で構成し、敵国の心臓部まで進行させる。寝台にはさすがに護衛はいません。最初の夜に、丸裸で無抵抗の男をシェンナが抹殺するのです』

『つまり、相手を騙して先制攻撃を仕掛け、王の首を取るというのか?』 

 宰相のノーバは「左様でございます」と頷いた。

『レオンティオ帝国は、長年の戦争で有力な将を欠いて、兵も疲弊しています。そこへ王の代替わりがあった。現王のカルロスは頭脳明快、一強と噂です。頭を潰せば巨大と化した国家は機能不全に陥いる。そこへ我が国の勢力を集中投下すればいいのです。こちらには今、カルーゼル国から逃れた人民がいます。復讐や、自国を守るために兵への志願もあとが立ちません。士気はとても高いです』


『……私は、反対です』

 オリヴィアが間に割って入ると、その気になっている兄や側近達が一斉にこちらを見た。だが、怯まずに言葉を続けた。

『シェンナにそんな、危ないことさせられません』

 国一強いシェンナはオリヴィアと同い歳だ。男だが小柄で、中性的なきれいな顔つきをしている。腕の立つウエルの近衛騎士で、幼少期からの付き合いだ。

 オリヴィアは、彼を身代わりにしたくなかった。だが、兄はノーバの案を採用した。

『他に手段はない』

『お兄さま! 考えなおしてください』

 ウエルは首を横に振った。


『講和申し込みは嘘だ。レオンティオ帝国が約束を守るとは思えない。オリヴィアが嫁いでも約束は破られ、開戦になる。だったら、こっちが有利になるよう先手を打つべきだ』

『約束が破られるという根拠は? 本当に平和を望まれているかもしれません』

 今度はノーバが首を横に振った。

『オリヴィアさま、恐れながら前例があります。昨年滅んだカルーゼル国です。隣国は、同じようにレオンティオ帝国から申し込みがあって王女さまが嫁がれました。しかし、結果はご存じのとおり滅ぼされました。残念ながら望みはありません』


 オリヴィアの頭がショックのあまり鈍化していく。やさしい兄である国王と、聡明な宰相が暗殺以外にないと言うなら、他に方法がないように思えた。

 ただ疑念は残る。現王のカルロスを潰せば機能不全に陥いるというが、そんなにうまくいくだろうか。彼は頭脳明快で一強と噂なのは、それだけ切れ者ということだ。


 ――考えるのはやめよう。兄やノーバさまは私より賢い。国を守ると言う使命を背負った二人が決断しているんだから……。

 不安は消えなかったが、発言力のない自分がこれ以上、和を乱してはならない気がした。守られるだけの立場の自分は、彼らを信じ、従うしかないと。


 結局、身代わり作戦は実行された。

 レオンティオ帝国に着いたその夜、シェンナは殺された。


 シェンナと共に心臓部深くまで進行していた精鋭部隊は、袋のネズミ状態で簡単に捕まり、拷問のあと処刑。

 レオンティオ帝国は開戦の宣告をした。


 *


 経験豊富のレオンティオ帝国兵と、実戦経験がないミディル国兵では、力の差がありすぎた。

 敗戦を続け、兄王は抵抗むなしく敗れて、オリヴィアも剣で胸を突かれたのがつい昨夜の話だ。


 ――やり直したい。と、強く思った。けれどまさか本当に時間が戻るなんて……。

 湯浴みをすませ、考え事をしながら乾いた髪をマーラに梳かしてもらっていると、いきなり廊下が騒がしくなった。


「オリヴィア、泉に落ちたんだって?」

「お兄さ……陛下」

 たくさんの侍従たちを引き連れて部屋に入って来たのは兄王のウエルだ。

「私は大丈夫ですよ」

 オリヴィアは彼に向かってほほえみかけた。

 ウエルは外套を羽織った姿だった。視察から戻って来たときに報告を受け、そのまま来てくれたのだろう。 オリヴィアのそばに近寄ると、顔を覗き込んだ。


「怪我はない? どうして落ちたの?」

「……ちょっとうっかりして。次からは気をつけるね」

 オリヴィアは、青い顔で心配そうに見つめる兄に笑みを返しながら、そっと、彼の腰に下げている剣を見た。

 ウエル愛用の長剣は鞘に収まっている。柄は手入れが施されていてピカピカだ。折れていればここにない。

「お兄さま、今日って何月何日でしたっけ?」

「四月六日だが?」

「そう……」

 同じ質問をマーラにもしたが、一緒の答えが返ってきた。

「オリヴィア、本当に大丈夫か? 泉に落ちたとき、頭でも打った?」

「えっと、その、明日がレオンティオ帝国へ出立する予定の日なんだと思って」

 オリヴィアは答えたあとにしまったと後悔した。心配そうに自分を見つめていた兄の顔が、今は苦虫を食べたみたいに渋面だ。

「オリヴィア、まさかそのことを病んで、泉に?!」

「ち、違います!」


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