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 カルロスは、紅茶を一口飲んでから説明を続けた。


「先帝はより強い力を求め、また誇示するために次々と隣国を攻め落とし、精霊の加護を得ている王女や貴族令嬢を片っ端から娶った。でもなかなか力が強い皇子は産まれない。やっと産まれたのが俺なんだけど、歳の離れた兄たちは、精霊に愛されて力が強い俺が邪魔だったわけ。先帝が病気がちになったのをいいことに、母と子どもの俺を脅して前戦送りだ」


 カルロスはふっと嘲るように笑ってから続けた。


「父皇も好色で頭がいかれているが、保身的な兄や貴族もいかれている。くそみたいな話だろ?」 


 守られて育った自分とは違い、過酷な幼少期を過ごした彼が可哀相だった。オリヴィアはぐっと握りこぶしを作った。


「陛下の過酷な幼少期は、聞き及んでいた以上で……私の想像を超えていました。たくさんの苦汁をなめてきたことでしょう。私だったら、絶えられない。けれどあなたはみなを統べる皇帝陛下になる道を選んだ。それは、何のため? 何が目的なんですか? 最終的に何を望んでいるんですか?」

 カルロスはふっと笑みを消した。


「きみと一緒だよ」

 口元には相変わらず笑みが浮かんでいるが、目はまっすぐで強い意志を感じた。不思議な光りを宿した瞳に魅入られて、動けなくなった。

 ――私と、一緒ということは。つまり……

 ふいは彼は視線を逸らした。

「ルカが来た」

 オリヴィアは金縛りが解けたようにぱっと立ち上がった。

「どこですか?」


 いつの間にか日が暮れはじめていた。窓の外に見える景色は茜色に染まっている。ルカはするっと、開いている窓から入って来た。


「久しぶりね。あなたいつもどこへ行っているの?」

 オリヴィアはルカに近寄ると抱き上げた。持ち上げて目線を同じにする。ルカは、カルロスと同じ金色の瞳でじっとこちらを見返してきた。


「猫は気まぐれなんだろ。自由にしてやったら?」

 背の高いカルロスの声が頭のすぐ傍で聞こえて、オリヴィアは身体を強張らせた。彼もソファから離れ、窓辺に近寄ってきたらしい。

 オリヴィアは、すぐにその場にしゃがむと猫を放した。


「きみは精霊の猫と仲が良いみたいだけれど、加護はうけているのかどうかは微妙だね。この猫事態が何を宿した精霊かわからない。とても特殊で、おもしろい」

 カルロスがおもしろがっていたのは、精霊の加護も関係していたようだ。

「最近、ルカが出歩いたまま帰ってこない日があって、心配していたんです。会えて良かった……」

 立ち上がったオリヴィアは、すっと頭を下げた。

「そういう事情があったとはいえ、話を遮って、席を立ってしまい、申しわけございません」

「別にいいよ。気にしない。それよりルカだけど、俺は頻繁に見ているよ」

「え」と言いながら、顔をあげた。


「寝ないで仕事をしているといつもこいつが現れる。すると急に睡魔に襲われて抗っても眠ってしまうから、ちょっと迷惑なんだよね」

「……もしかして、陛下、ルカと一緒に寝ているんですか?」

「そうだけど?」

「ずるい!」

 ルカと一緒に寝たのは、帝国に来た数日だけだった。

 ――ルカが夜に私の寝台へ来ないのは、最近すっかりあたたかくなったからだと思っていたけれど。陛下の元に通ってたなんて、なんか、すごく悔しい……!


「ああ、もしかして妬いてくれた? オリヴィアも一緒に寝たいなら今夜から二人と一匹で、同じ寝台で寝てもいいよ」

 オリヴィアは固まった。


 帝国に妃を迎える準備ができていなかったために、オリヴィアとカルロスは未だ婚約関係のままだ。妃になるのは少し先で、初夜は迎えていない。

 ――怨敵と同衾なんて、絶対にいや!

 ミディル国を守るためならいずれ……とその時が来ることを覚悟はしているが、式は三ヶ月後と、猶予が発生したために油断していた。

 彼は、オリヴィアとは常識が違う、理解できない変人だというのに。


「いやです! キリアさんに叱られますよ! いいんですか?」

「キリアが怒ると確かに面倒だけど、俺はこの国の皇帝だよ。本気で願えばどうなるかは知っているだろ?」

 ――知りたくない。考えたくない!

 オリヴィアは、顔を横に逸らした。

 今すぐ敵前逃亡したい。けれど問題とは向き合うと決めている。オリヴィアは、たとえようのない恐怖を胸の奥にぎゅっとしまうと、ゆっくりと彼を見た。


「この世界で最強の陛下でも、手に入らないものはたくさんあります」 

「へー。それは何かな? 教えてよ。オリヴィア」

 カルロスはすっと、オリヴィアの頬に触れた。乱れて顔にかかっている髪に触れて、整えてくれているらしい。

 オリヴィアに向けられている彼の瞳とその手つきはやさしくて、複雑な気持ちになった。


「陛下が願っても手に入らないもの。それは私の、心です……!」

 オリヴィアは、震える声で言ったあと、彼を睨んだ。

「振りまわされたいんですよね。そう簡単に私の気持ちが手に入ったらおもしろくないでしょう? 陛下の思い通りになんかなってあげません!」


「いいよ。抵抗して。警戒心が強い小動物を手なづけることほど、楽しいことはないからね」 

 不敵に笑う彼を見て、ぞわっと背中が粟立った。

 殺されたときとはまた違う意味で怖い。


「せっかく、陛下のこと少しわかってきて、最初の恐怖がやわらいできたのに。ちょっとだけ、嫌いじゃないかもって。仲よくしたいって、思えてきたのに。また、振り出しです!」


 整理もせずに、心の中に渦巻く気持ちをそのまま、すべて正直にぶつけた。

 するとカルロスは目を見張った。今まで見たことがない表情だった。口元に手を持っていって、一度視線を外してから再びオリヴィアを見た。


「きみの心は手に入りそうで、入らないってことか。俺はきみを追い詰めているつもりだったけど、なるほど。筋力をついてきたみたいだね。少し、この俺の心が揺れた」


 カルロスは足元にいるルカを拾うと、オリヴァイに差し出した。

 怪訝に思いながらも受け取る。

 彼は、「ルカを、放すなよ」と言いながら、手が塞がっているオリヴィアをそのままぎゅっと抱きしめてきた。

 オリヴィアは声にならない声を上げた。


 さっきまでソファに座って、真面目な話をしていた。それがなぜ? と頭が大混乱だ。


 ――陛下、良い香りがする。じゃなくて、私、落ち着け。彼は、私を殺した相手。敵国の皇帝。嫌いな人。好きになってはいけない相手。だから、……一番気になるだけ! だから……どきどきするんじゃありません!

 色々自分に言い聞かせてみてもだめで、心臓はばくばくと暴れ、背中に汗が浮かぶ。

 カルロスは、猫を潰さないようにやわらかくそっとオリヴィアの背にふれている。逃げ出すなら今だと思うのに、身体と心が分離したみたいにうまく動かせなかった。


「……どのみち、仕事が終わらないし、俺は三日間きみの護衛任務がある。ミディルの王女のきみを疎んでいる者はいる。自室でうっかり攫われたり、暗殺されたくなかったら、このまま俺とここで夜を共にするしかない。ということで、諦めて一緒に寝る。はい決定。わかった?」

「わかりたくありません……!」


 自分なりにがんばって抗ってみたけれど、現実は容赦ない。オリヴィアはもう、心の中で白旗を上げるしかなかった。


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