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 オリヴィアはその日一日中、書類の分類をして過ごし、日が傾きはじめる頃、やっと部屋の一区画部分だけ整理し終えた。

 慣れない作業だったが、一人黙々とこなす仕事は好きで、時間はあっという間だった。書類を片した棚を見て、オリヴィアは達成感に満ちていた。

 ――敵国で、こんなことしていると知ったら、ウエルお兄さまやシェンナは驚くでしょうね。


 幼少期のオリヴィアは、病がちで体力もなかった。

 母を病で亡くし、兄妹二人だけになると過保護に拍車がかかったが、兄の気持ちもわかるオリヴィアは受け入れ、ウエルの言うとおりにした。


 今日整理した書物のなかに、ミディル国に関する物はひとつもなかった。

 ――レオンティオ帝国の現状を少し把握できただけでも収穫ね。

 ウエルの傍にはしっかり者のナディアがいる。オリヴィアは、自分はここで、できることに力を尽くそうと気合いを入れた。


「オリヴィアさま、お疲れさまです。ほどほどに休まれてください」

 やる気を出して書類を仕分けていると、ハリソンが隣の部屋に茶の用意をしたと話しかけてきた。

 オリヴィアは、執務机で書類を見ているカルロスに視線を向けた。

 彼は朝食をたくさん食べているためか、昼は取らなかった。ろくに休憩もとらずに、ずっと作業をしている。


「私より、陛下のほうが休憩が必要かと思います」

「陛下に合わせていると、休憩などいつになるかわかりません。オリヴィアさまはご自身のペースで休んでください」

 オリヴィアは、少し考えてからカルロスに近寄った。


「陛下も、一緒にお茶をしましょう」

「……ん。そうだね。きみがせっかく誘ってくれたから少し休もう」

 カルロスは、数枚の紙を机の上になげると、腕を上げて背伸びをした。


 移動した隣の部屋は、書類ばかりの執務室とは違い、豪奢で広々としていた。

「休憩と応接用の部屋だ。まあ、客はめったに来ないけどね」

 カルロスは、大きなソファに倒れるように座った。


 侍女は、二人分のカップと菓子をローテーブルに置くと、すぐに部屋から出て行った。


「私は他の用事をすませてきます。何かあれば、部屋の外にいる侍従にお申し付けください」

「はい……」

 ハリソンが出て行くと急に心細くなった。

 カルロスと二人きりになるのは久しぶりだった。しかも数えて数回ほどだ。

 紅茶を喉に流し込み、いつもより速い胸の鼓動を落ちつかせてからオリヴィアは口を開いた。


「陛下って、ご自身ですべて抱え込むタイプなんですね」

 紅茶や菓子には触れず、窓の外をぼうっと眺めていた彼は、話しかけられてやっとオリヴィアを見た。驚いたように目を見開いている。

「どうしてそう思う?」

「だって、こんな大きな帝国の皇帝陛下なのに、偉ぶって、ふんぞり返ったりしていないからです」

 カルロスはふっと笑った。

「ウエル王は、ふんぞり返った偉そうな王さまなの?」

「まさか! 真面目で心配性で、堅実でやさしい王です」

「ああ。じゃあ、俺と一緒だね」

「いえ、まったく違います」

 即答すると、彼はまたふっと息を吐きだすように笑った。

「最近、切に思う。国は作るよりも、壊すほうが簡単だって」

 カルロスは物騒なことを平然と言った。


「もし良かったら、教えていただきたいんですけれど、武官や文官は他にもたくさんいますよね。どうして元は武官のハリソンさまと陛下のお二人で、この膨大な量の仕事をこなされているんですか?」

「答えは簡単だ。すべて処分したり、処刑にした」

 カルロスは『邪魔だったから前髪切った』みたいに、さらっとした調子で再び物騒発言をしてくれた。


「朝に会う文官や武官は役職に就いたばかりでね。まだ研修生なんだ。高官職についていた前職の貴族たちはすべて、兄皇たちがまとめていた。帝国に長く巣くっていた貴族連中はうまみだけ吸って、面倒なことは誤魔化したり、問題を放置していた。そんな奴らを一部残したところでまたそこから腐っていく。だから兄たち共々、根こそぎ排除した」


 オリヴィアは、視線を落とした。

 政務に携わってこなかったオリヴィアでも、カルロスが皇帝になった経緯くらいは知っている。


 レオンティオ帝国のカルロス・レオンティオは王位継承権三番目の皇子だった。その彼が一番血気盛んで、先の戦では一番の武功を上げた。


 先帝が身罷られてたとき、カルロスは戦場からそのまま駆けつけたため、血みどろだったという。

 当然、貴族や兄王がカルロスの行いを言及したが、彼は不敵に笑うと、自分を咎めた相手を刃にかけたらしい。

 そのとき彼が吐いた台詞が『そんなに寂しいなら、父皇の元へみんな送ってやる』だったらしく、その場にいた者たちは震えあがったという。


「帝国に元からいた貴族たちは、安全で、高い場所から人を見下し、指示するだけだった。兄たちがろくに父王の世話もせず、贅沢を尽くしている頃、十五歳の俺は命がけで前線を守っていた。俺はきみほどお人好しじゃない。自分を殺そうとしてきた兄や貴族たちを許すつもりは最初からなかったよ」


 カルロスは、血を分けた兄たちを排斥していった。その混乱の中、幼くして命を落とした皇子もいるという。

 そしてカルロスついた二つ名が、血も涙もない冷徹皇子。


「陛下が、兄王たちに命を狙われたのは、いつ頃の話ですか……?」

「いつだったかな、物心ついた時には、周りに味方はキリアとハリソンと、今日謹慎にしたジラードたちの一部の臣下だけだ」

 ――だからかと腑に落ちた。

 カルロスは、冷徹で残虐な部分があるが、一方で臣下思いだ。味方と認定すれば、要望や意見はこぼすことなく救いあげようとする。

 今も傍にいる人たちを大切に、守ろうとしている。


「皇子なのに、子どもの頃から命を狙われ、前戦にも送られて、先帝の崩御で帰国してみれば、内政はがたがただった。その処理に今も、追われているんですね」


 戦で疲弊した人と土地、気候変動と不作、いまだにくすぐっている反乱軍。治安改善と、治水工事、すべてを彼は一人でこなそうとしている。


 ――この人は、すべての責任を背負った。やさしいからこそ、決断を迫られて、冷酷にならざる終えなかったのね。


「どうして、陛下ばかりそんなつらい思いを……」

 のほほんとした自分とは違う過酷な子ども時代だ。非道にもなると、胸が痛んだ。

「俺が特別だからだろ」

 カルロスはにっと笑うと、おもむろに手を差し出した。何だろうと見つめていると、何もなかった手のひらに突然炎が発生した。驚いて、身体を強張らせる。


「俺は、炎の他にもあと数種類、操れる」

「え、数種類も操れるんですか?」

 オリヴィアには何もできない。炎を操れるだけでもすごいことで驚いた。

「ああ、けどこの力はあまり好きじゃない。体術や剣術のほうが好きなんだよね」

 カルロスが手を握ると、炎はすっと消えた。


「王族の中には、火や水、風を自在に操る者が産まれるが、ここ数十年、力を持つ皇子が産まれにくくなっている。それはなぜか、オリヴィアは知ってる?」

「仮説ですが、精霊の数が減少しているからですよね?」

「俺も、その説が有力だと思ってる。精霊がこの世界から消えている。だから、王族の力も衰えている」

 カルロスは、紅茶を一口飲んでから説明を続けた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

すごく途中ですが、明日4月6日の更新はおやすみいたします。7日の日曜日は更新できるようにがんばって執筆したいと考えています。引き続き、楽しんでいただけますように。

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