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オリヴィアは緊張で身体を強張らせた。震える手をぎゅっと握りしめる。
「オリヴィア、さっきぶり。顔、真っ青だけど大丈夫?」
いきなり心配されて驚いた。「大丈夫です」と答えてからすぐに頭を下げる。
「陛下、申しわけございません。私がいながらこの騒ぎを収められず、陛下の手を煩わせてしまいました」
護身のためとはいえ、オリヴィアが剣を学ぼうとした結果、今の状況を作ってしまった。二人のそりが合わないこともわかっていた。ここは敵国で、もっと慎重に振る舞うべきだったのだ。
「別に気にしてないよ。これくらい遊びの範疇で、たいしたことじゃない。武器は危ないから取り上げたけど、大きな狼がじゃれて遊んでいたくらいで怒ったりはしない」
オリヴィアはゆっくりと顔を上げた。刺すようなひりついた雰囲気は彼から感じられない。
ミディル国にいた頃、カルロスの悪い噂はたくさん聞いた。
冷酷皇帝は、血も涙もない男。人の尊厳を踏みにじる、残虐非道の人のはずだった。
だから、怒らないのは意外だった。臣下であっても、気に入らなければ斬り捨てる人だと思っていた。
――前回、暗殺者のシェンナは彼に簡単に殺された。今回も、シグルドと一緒に処罰か、最悪殺されるのを覚悟していたけれど……。
もしかして、自分に殺意を向けて来る相手には容赦がない、とか?
臣下の争いごとには寛容なのだろうか。
困惑していると、それが顔に出ていたらしい。カルロスは口角を上げた。
「まだ、俺のことをわかっていないきみにひとつ教えてあげよう。俺は保身的な貴族や、力でねじ伏せていた先帝とは違う。不満や意見があるなら聞こう。人が集まれば衝突は避けられないし、ケンカは起こるもの。大事なのは放置せず、向き合うことだという考えなんだ」
カルロスは膝をついたままの騎士二人に、視線を向けた。
「どうした、二人とも。不満があるからいがみ合っていたんだろ。遠慮しているなら、俺が相手してやってもいいよ?」
ケンカしろと言われた二人はひれ伏したまま戸惑っていた。
カルロスはしかたないと言いたげな顔でため息をつくと、再びジラードたちの元へ戻った。オリヴィアも彼のあとを追って噴水前へ行く。
「わかったよ。みんな俺に怒られたいみたいだから、罰を与える。今日から三日間、二人はオリヴィアの護衛の任を解く」
二人は目を見開いた。
「しかし」とジラードが食い下がったが、カルロスは手で遮った。
「俺がオリヴィアを護るから問題ない。二人は仲よく宿舎で待機と大掃除だ」
カルロスは二人に命令すると、オリヴィアにも言った。
「オリヴィア。時間を作れと言っていたね。実は俺、今すごく忙しいんだ。手伝って」
「私が、でしょうか?」
手伝うのはかまわない。むしろミディル国についての情報を入手できるかもしれない。けれど……
「時間を作ろうとしていただき、ありがとうございます。ですが、三日間、陛下が私を護るというのは……、」
「大丈夫。この世界で一番強いの、俺だから」
――この人、言い切った! そのとおりもしれないけれど、自分で堂々と、さも当然と言いたげに!
オリヴィアの言葉を遮ったカルロスは、にこりと笑顔で無敵発言をすると、オリヴィアの肩を抱いた。そして、ジラードに向かって指を差した。
「オリヴィアが連れてきた護衛。ここで俺に逆らったり、敵う者はいない。姫は大切に扱うから、主が大事なら馬鹿なまねはするなよ」
一瞬目を見張った彼はすぐに頭を深く下げた。
「……仰せのままに」
シグルドは、渋い顔のままだったが、カルロスに従ってくれた。
一時はどうなるかと思ったが、結果、シグルドをじっくりと休ませられる流れになって、オリヴィアはほっとした。
カルロスの傍にずっといるのは今から気が滅入るし、正直不安しかない。
――弱音を吐いている場合じゃない。私が踏ん張らないと。
「行くよ。政務を放棄してきたから今頃ハリソンが怒っている」
カルロスが先に歩き出す。シグルドはマーラに託して、オリヴィアはカルロスのあとを追った。
食堂からは見えていたが、実際に立ち入るのは初めての区画だった。遠巻きに様子を見ていた者たちは作業の続きをはじめ、カルロスが近くを通ると手を止めて隅により、頭を下げる。見る限り、多種多様の民族がたくさん働いている。
――滅んだ国の民たちにもちゃんと役割を与えて、宮務めしているのね。
朝食のとき、臣下の中にカルロスには熱い眼差しを、オリヴィアに冷たい視線を向ける者がいた。レオンティオ帝国よりはるか北の地出身の者たちだ。全員が不当な扱いを受けているわけじゃないと薄々感じていたが、実際に目の当たりにして確信しつつあった。
――けれど、ここにいる人がすべてじゃない。
帝国の端々まで目を配るのには限界がある。優秀な人材も長年の戦で失っているはずで、どうやってこの巨大な帝国を統治しているのか、疑問だった。
「陛下。シグルドへの寛容な処分、誠にありがとうございました」
執務室と言われた部屋の前で、オリヴィアはあらためてお礼を口にした。
「血の気の多い者は後を絶たないから日常茶飯事だよ」
カルロスは部屋に入らず、オリヴィアに向きなおった。
「我が帝国は、急速に隣国を滅ぼしていったからね。歪みが生じるのもしかたない。膿は早めに気付いて出したほうがいい。だから、面倒な朝食会を毎日開いている」
「朝食で集まるのって、面倒だったんですか?」
「夜は別件で忙しいから飯と謁見を朝にまとめているのもあるけど、毎日野郎共と顔をつきあわせるのは、そんなに愉快なものじゃない」
色々と疑問が頭を駆け回る。そうしている間に、両扉のドアが開いた。
焦げ茶を貴重とした落ち着いた内装の部屋だった。奥には机のうえに、高く積まれた書類がいくつもある。
その横には、困惑顔のハリソンが立って待っていた。オリヴィアを見たあと、カルロスに無言で目を向ける。
「ハリソン。前から助手を欲しがっていただろ。連れてきた」
「陛下。連れてきたではありません。ここは、その……」
「秘密情報が多いから簡単に部外者を増やせない。だろ。俺の妻になる者なら問題ない」
カルロスはとんっと、オリヴィアの背を押した。
※加筆修正しました。




