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内側から輝いているような金瞳と目が合った。
「剣を突きつけられたばかりだ。夢見が悪かったのは俺のせいだね。ちゃんと自分のことを話せたのはすごいよ。よくがんばった。えらいえらい」
カルロスは、オリヴィアの頭をぐりぐりとなでまわした。
「……陛下は、私の髪をぐちゃぐちゃにするのが趣味なんでしょうか?」
「がんばった良い子を褒めているだけだよ」
目を細めた彼の声は、予想よりもおだやかなものだった。
――圧をかけたあとにやさしい言葉をかけるなんて、この人、皇帝ではなくて詐欺師かも……!
不覚にも顔がカッと熱くなった。
マッサージするのを中断してカルロスの手を払い退けたのに、彼は怒るどころか、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「俺は、おまえをそばに置くと決めた。だから、思うことがあったら遠慮するな。言わずにため込んでもいいことはない」
向けられている瞳は、本当にオリヴィアを思って言っているように見えた。
カルロスはおもしろいという理由だけで、オリヴィアを皇妃候補にしてくれたのに、ちゃんと、心を砕いてくれている。
ミディル国を滅ぼそうとするなら許せないし、信用したわけではない。
だけど、産まれながらの性悪と言うことではどうやらなさそうだった。
「わかりました。ため込まずに言いたいことを言います。ですから、陛下も思うことがあれば、私に遠慮はしないでくださいね」
カルロスは目を見開いたあと、すっと細めた。
「俺に対して思うことを言えか。みんなはもう少し抑えろと言うのに、オリヴィアの発言は臣下たちと真逆だね」
「前にも言いましたが、私はただ、陛下のことが知りたいんです」
カルロスは「なるほどね」と言いながら、にっと口角を上げた。
「不思議だ。きみとは会って間もないのに、なぜか以前にも会っているような感覚だ」
「……実は一度、会っているのかもしれませんね」
――私だけ、時が戻る前だけれど。
突然カルロスがオリヴィアの手を掴むと、お互いの指と指を絡めるように繋いだ。
「陛下?」
「知ってる? そういうのを運命っていうらしい」
艶めかしい瞳で見つめられて、心臓が跳ねた。
運命。確かにそうかもしれない。彼とは深い縁で結ばれている気がする。
恋人のような繋ぎかたをされた手は、引っ張ってもびくともしなかった。戸惑っているとカルロスは顔を近づけ耳元にささやいた。
「オリヴィア、俺はきみのことが知りたい。だからもっと挑発してよ」
「へ、挑発?」
動揺して、思わず声が裏返った。カルロスは変わらず人を試すような笑みを浮かべている。
「陛下を挑発したって、私にいいことなんてありません」
オリヴィアはぷいっと顔を横へ逸らした。精一杯の抵抗だ。
おもしろくするのと、おもしろがられるのは違う。
いつまでもこの人のペースに乗らない。たとえ、がんじがらめで逃げられなくても。
「へえ、俺の言うことが聞けないの?」
「陛下は私に振りまわされたいんでしょう? なんでもはいはいと返事しません。嫌なものは嫌と言わせていただきます」
「いいね。いつものきみらしくなってきた。調子が戻ってきたのかな? 弱いのに必死に抵抗してくる姿がかわいい」
「人を、小動物か何かみたいに言わないでください!」
「愛らしいと言っているのに嫌なの? おかしいな。ね、なんで? きらいな相手にひれ伏したくないとか?」
「誰だって、牙を剥き、噛むぞと脅されていい気はしません。はっきり言って怖いです」
「牙を見せながら噛むぞと脅しても、寄ってくる身の程知らずの馬鹿な女は腐るほどいるけどな」
「ば、馬鹿な女……?」
――陛下、見た目だけはいいですものね。地位も権力もある。やはり、モテるんだ。だけど……
この人のモテ具合など、私には関係ない!
「私は、女性を軽視する人に、ひれ伏したりはしません」
オリヴィアが彼の妃になりたいのは、祖国存亡のためだ。異性として好かれたいとも、好きになって親密な関係になりたいわけじゃない。
「心外だなあ。俺は女性だけを軽視しているわけじゃない。思慮が足りない身の程知らずを馬鹿だと言っているだけだ」
カルロスは笑顔で毒づいた。余計にたちが悪い。
「そんな毛虫を見るような目を向けられても、俺へのダメージはないよ? オリヴィアを軽視しているつもりはないし、剣で脅したことは謝っただろ。悪かった。ごめんって」
「その件についてはもう謝罪をいただいています。これ以上はけっこうです」
オリヴィアはずっと繋がれている手をぶんぶん振って無理やり放すと、彼に向きなおった。
「私は陛下と対等に話を、交渉をしたいと思っています。といっても現段階では何もできない小娘だと言うことはちゃんと自覚しています」
――そう、私はまだ世間知らずのままだ。
たくさんの書物を読んで学び、知識があるとしても、それを実際に活かしたことがない。
「経験値では陛下の足元にも及びません。だから私を小動物……猫のような扱いするのもわかります。……偉大なるカルロスさまを挑発したり、ぶんぶんと振りまわすには、筋力が足りません。今鍛えている最中なので、もう少々お待ちください!」
カルロスはふはっと吹き出すようにして笑い、破顔した。
「鍛えるのって筋力なの? オリヴィアって、本当におもしろい。なあ、キリアもそう思うだろ?」
遠くにいたキリアにもさすがにオリヴィアの発言は聞こえていたようで、戸惑いつつも苦笑いを浮かべている。
「今、歳は十七だっけ? その年頃になった王女や貴族令嬢たちは、笑顔ばかり立派で、腹の中では打算ばかりしている。もしくは考えることを放棄した操り人形。はっきり言って判で押したみたい代わり映えがなくて、つまらない」
「陛下。他の貴族令嬢たちだって、それぞれに抱えた事情がございます。私だって少し前までは兄の後ろに隠れて、自分で考えることをせず任せっきりでした」
オリヴィアは下を向き、スカートの裾をきゅっと握った。
「大事なら、他人に任せず自分で守らないと。そう気付いただけです」
「自分で守る、か。そう思うようになったきっかけは?」
「陛下です」
カルロスはぴたりと固まった。
「……レオンティオ帝国が王妃を望んだと思ったからということかな?」
「そ、そうです」
あなたに殺されて人生観が変わりました。とはさすがに言えない。
「なるほどね。俺も、きみとの出会いで何かが変わりそうだ」
カルロスは表情を弛緩すると、急にオリヴィアの頭に手を伸ばし、髪をくしゃりとなでまわした。
「陛下、髪が乱れます。やめてください」
「触れるなとはもう怒らないんだ」
「言っても無駄だと悟っただけです」
「じゃあこれも理解して。愛情表現だよ」
「あ、愛?!」
「かわいい猫はなで回したくなるものだろ?」
「え。本気で猫扱いしていたんですか?」
自分で言ったくせに。と彼は愉快そうだ。
オリヴィアだって、小動物や聖霊猫をみかけたとき、そのかわいさのあまり衝動的になで回したことはある。
過去に一度やニ度じゃない。何度もある。自分が子猫のかわいさに勝るとは思えないが、少しだけ共感してしまった。
「私は次から、猫をなで回すのはやめようと思います」
至極真面目な顔を作って伝えると、彼はまた破顔した。
――この人、よく笑うなあ。そういえば、殺されるときも笑っていたっけ。……やっぱり、かなり危ない人だわ。
「そうか。きみは、自分の行いを改めることができるんだね」
カルロスは小さく呟くと、オリヴィアの頭をなでるのをやめた。




