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「臣下たちだよ」

 オリヴィアは話しかけられて、視線をカルロスに戻した。

「朝の稽古のあと、湯浴みと着替えをすませると朝食を食べに来る。俺は執務室に向かうが、姫はゆっくり食事を楽しんでくれ」

 とっくに食事をすませていた彼は席を立った。それが合図だったようで、ドアは開き、鍛錬を終えた彼の護衛騎士が数人、入ってくる。


「ジラード。なんだその仏頂面。女に振られたか?」

「陛下。朝からやめてください」

 カルロスは一際大きな護衛騎士に話しかけた。屈強そうな人たちとそのまま立ち話をしている。オリヴィアはまたも目を見開いた。

 ――友だちと喋るみたいに、臣下と馴れ合ってる。

 ミディル国の護衛騎士は、兄王のウエルと親しく立ち話をしたりしない。みんな臣下の礼をするために跪いて会話するのが基本姿勢だ。


 自国との違いにいちいち戸惑った。オリヴィアがその様子を見ていると、カルロスがジラートと話しかけた護衛騎士と目が合った。

 自分に向けられている瞳は、陛下へ向けていたものとはあきらかに違う。すっと目が細められている。

 ああ、これは敵視だ。冷たい視線を向けられて、自分は部外者なんだとあらためて認識した。

 手を動かし、果物を口に詰め込む動作に専念した。


「……ごちそうさまでした」

 オリヴィアは、すっと立ち上がると、談笑が止まった。


「騎士のみなさま。鍛錬ごくろうさまです。どうぞお食事をお楽しみください」

 一回目の人生では、シェンナたちはこのカルロスの護衛騎士たちに捕まり、殺された。優秀なのは間違いないわけで、できれば敵対したくない。

 彼らは鍛錬のあとで、お腹を空かせているだろうし、敵国の姫と朝から顔を合せて食事などしたくないだろう。あわてて距離を縮めるよりも、今は去ろうと思った。

 陛下が退室してから自分も自室に戻ろうと、その場で立ったままでいると、なぜかカルロスはオリヴィアのもとへやってきた。


「オリヴィア、旅の疲れも残っているだろう。まだ無理はしないように。何かあればハリソンか、新しく付けた侍女に言って」

 昨日、初対面相手に剣を突きつけた人とは思えないほど紳士的で、思いやりのある発言だった。

「はい、陛下。ありがとうございます」

 徹底しているなあと感心しながらオリヴィアはスカートをつまみ、淑女らしく軽く会釈した。


 すると、カルロスの手がオリヴィアの手に伸びてきた。

 ぎょっとしたが、なるべくそれを顔に出さないように努める。

 カルロスはお辞儀をするように上体を低くし、オリヴィアの指先に触れるだけのキスをすると、笑みを湛えて言った。


「俺だけの月の女神。夜にまた会えるのを楽しみにしている」


 オリヴィアは固まった。周りにいる騎士や侍女たちもだ。カルロスはくすりと鼻で笑うと、「必ず会いに行くから待っていて」という台詞を残し、そのまま颯爽と食堂を去って行った。


「初々しくて、ほほえましいことです。では、オリヴィアさま。失礼します」

 ハリソンはカルロスに続いて出て行った。そわそわしだす侍女や、護衛騎士たちの刺すような視線を感じて居心地は最悪だ。オリヴィアもあわてて食堂をあとにした。


 ――朝から疲れた。

 自室に向かうため、中庭に面した回廊を侍女と護衛騎士数人を連れて進む。

 相変わらずカルロスの言動は突拍子がない。振りまわすどころか振りまわされっぱなしだった。


 ――あれは、人の反応を見ておもしろがっているよね。計画を成しとげるためなら、冷酷にも、道化にもなれる。手段を選ばない徹底した人。なのかも。


 カルロスを分析していると、水のせせらぎが聞こえた。

 庭に目を向けると噴水があった。眩しい朝陽が惜しげもなく降り注いでいる。きれいな光景に心が澄んでいくと同時に、寂しさが込み上げてきた。

 ――ミディルに帰りたい。

 オリヴィアは未練を断ち切るように、小さく首を横に振ると、立ち止まらずにそのまま回廊を進んだ。


 部屋に戻ると、侍女が更に増えていた。おそろいの仕着せに身を包み、整然と並んで待っていた。

「オリヴィアさま、お帰りなさいませ。陛下との朝食は楽しまれましたか?」

 食堂を案内すると先に部屋に戻っていたキリアが出迎えてくれた。彼女に話しかけられて、カルロスが最後に言った「会いに行く」を思いだしてしまった。


「どうされたのですか? お口がへの字ですが……」

 食事が合わなかったかと聞かれて、あわてて笑みを顔に貼り付けた。

「何でもないわ。私は大丈夫よ。食事も美味しかった」


 自室に戻ったオリヴィアは、暇だった。

 ミディル国の姫の滞在を良く思わない者がいるということで、食堂での朝食以外は、部屋にひきこもっているように指示されてしまったからだ。


 広くて南向きの明るい部屋は居心地がいい。待遇はよく、身の回りのことは侍女がしてくれるため不便はない。ただ、ずっと部屋から出ずにこもっていると、これでいいのかと、焦りが込み上げてくる。


「外の空気が吸いたい……」

 結局一日中、読書をしてすごした。陽が傾きはじめた頃、オリヴィアは読み終えた歴史書の本を閉じた。

 レオンティオ帝国の歴史については、すでに勉強済みだ。

 貴族の名前や、今の情勢をあらためて確認をするのにそんなに時間はかからなかった。


「しばらくはおとなしくいているようにって言われたけど、どのくらいの期間かしら?」

 オリヴィアの問いに、マーラは眉尻を下げて困ってしまった。

「我々が警戒するに値しないと思われるまででしょうね」

「ずいぶん先になりそうね」

 思わずふうっと息が漏れた。

「陛下はきっと、危険なことにオリヴィアさまを巻き込みたくないのでございましょう」

 そばで聞いていたキリアが、労るように話しかけてきた。

「陛下はおやさしいのね。勝手に飛び込んできたのは私だというのに、こんなに良くしてくれるなんて」


 オリヴィアは窓の外、西日に染まる空を眺めた。

 ――お兄さまとナディアさま、今頃どうしていらっしゃるかしら。

 情報がちゃんと伝わっていない今、手紙のやり取りもしばらくは控えるように言われている。祖国の様子が気になったし、こっちの様子も伝えたいがそれもしばらく先になりそうだった。


 夜の食事と、湯浴みを終えると、本当にすることがなくなった。


 ――今朝、会いに行くよと言っていたけれど、本気かしら……。

 押しかけ女房のような形で成った婚約だが、オリヴィアはこれでも一応未婚女性で、しかも王女だ。

 通例なら夜間に淑女の部屋を訪れるのはマナー違反。だが、彼はそんな細かなことは気にしない。

 やっぱり始末しよう。と気が変わって、今夜こそ殺されるかもしれない。そんな想像をしていると、身体が震えた。


「オリヴィアさま、お寒いですか? もう一枚、羽織をどうぞ」

 キリアに「ありがとう」とお礼を伝える。

「あら、キリアさん。手が荒れてるわ」

 羽織を着せられているとき、ふと、手が触れて気付いた。

 キリアはぱっと手を引くと、深々と頭を下げた。

「申しわけございません。お見苦しい者を見せて、大変、失礼しました」

 そのまま下がろうとする彼女の手をオリヴィアは掴んだ。

「見苦しくなんかないわ、すてきな手よ」

 オリヴィアはキリアに向かってほほえむと、「そこから動かないで」と伝えて、そばに合った香油を手に取った。自分の手に香油を馴染ませてから彼女の手をマッサージしていく。

「オリヴィアさま、もったいないことでございます」

「あなたは陛下の乳母だったんでしょう? それに、今日は私にたくさん尽くしてくれました。これは本の感謝の気持ちです」


  ミディルにいた頃も、兄や侍女たちに手のマッサージをしてあげていた。そこそこ好評で自信があった。

「私はしてもらうことが多いから。してあげられることはこんなことくらいしかなくて、逆にごめんなさいね」

「……オリヴィアさま、とても嬉しいです」

 キリアはふわりと笑った。

 侍女のマーラはオリヴィアの二歳上というのもあって、しっかり者の姉という感じだが、キリアは母親のような母性と包容力があった。


 手のマッサージはキリアの次にマーラ、そして部屋にいた侍女たちみんなにもしてあげた。

「指先の爪が割れたり、逆むけがあると仕事中地味に気になって、支障があるんでしょう? みんなには気持ちよく仕事をしてもらいたいもの」


 オリヴィアの母型の祖母は私生児だった。元は平民の旅人だったらしく王族の中でも少し、変わった考え方をする人だった。

 王族だからしてもらってあたりまえと思わずに、みんなに感謝しなさい。自分のことは自分でしなさいと教わった。


「オリヴィア」

 いきなりドアが開いた。

 不躾に正妃用の部屋に入ってこられる人は一人しかいない。


「まあ。陛下、だめですよ。淑女の部屋にいきなり入って来られては」

「ああ、キリア。まだいたの」

 ずかずかと入って来たのはカルロスだ。目が合った瞬間、国が滅んだ夜のことを思い出して、オリヴィアは肩を跳ね上げた。


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