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第9回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
7/7

祝福

「僕と結婚してください」

彼女は目を大きく見開いて手で口を覆った。そして大きく頷いた。

僕はほっと胸を撫で下ろした。


「ねぇ幸人さん、私の両親に会ってくださる?」

「もちろん。挨拶に行こうと思ってたよ」

手を膝に置き真剣な顔で彼女に問われ僕は大きく頷いた。

「よかったわ。両親に結婚の話をしたらとても喜んでくれてね。ただ田舎でだいぶ年だから都内まで来るのは難しいと言ってるの。来てくれる時、私の村の方法の結婚式を挙げたいと言ってるんだけど良いかしら?」

「いいよ」

彼女の顔が綻ぶ。

「ありがとう。早速お母様に伝えるわ。とっても楽しみ。伝統の儀式があってとても素敵なの。幸人さんとお式が挙げられてとても嬉しいわ。きっと素敵な日になるわ」

彼女はるんるんと効果音がつきそうな雰囲気でソファー立ち上がり冷蔵庫へと向かった。戻って来る彼女が手に持っているのは普段飲まないビールとグラス二つを乗せたお盆だ。

ソファーに腰掛け細い人差し指でプシュッとプルタブを持ち上げ黄金色の液体を僕と自分のコップに流し込む。

「乾杯」

「乾杯」

かちりとコップが鳴り彼女の白い喉が動く。横目で眺めながら僕もビールを口に含む。

「いつがいいかしら。ねぇ、幸人さん1週間位休める時あるかしら?」


春一番が吹き荒れる日、僕たちは彼女の田舎に向かった。新幹線で隣に座る彼女の薬指には指輪が光る。彼女の手をそっと握り、婚約指輪の付いた指を撫でる。

「なあに、幸人さん?」

「いや、綺麗だなと思って」

「ありがとう」

白く細い指に収まる細いシルバーのリングと小振りのダイヤ。彼女の指を邪魔せず、寧ろ引き立てているのに我ながら良い指輪を選んだと心が躍る。

「ねえ、お式の話なんだけど」

「うん」

僕は彼女の手を撫で続ける。


飲食店がなくなり、幹線道路が広くなり、大きな戸建てが増え、緑が周囲を立ち込めた頃にはもう夕方になっていた。

ゆうらりバスに揺られ瞼と重力が戦争をし始めた頃彼女の小声が耳に響いた。

「そろそろ着くわ」

「分かった」

「ここから2つ目のバス停でお父様が車で迎えに来てくれるの。起きててね」

「分かった。目を覚ますから手を握って」

「いつもそうね」

柔らかく手が握られひんやりとした手の温度が伝わって来る。同じ位の温度になる頃到着駅のバス停のアナウンスが入った。名残惜しくも手を離す。


緊張の中彼女の父親に挨拶をし、車で一時間、小さな集落の一件の家の前に到着した。

玄関に入ると他人の家の匂いが立ち込める。わらわらと数人の女が出てきた。

「いらっしゃいませ。遠いところからありがとう」

「お母様、久しぶり。こちらが話していた幸人さん」

「佐藤幸人です。宜しくお願いします」

「話は聞いているわ。疲れたでしょう、ほら上がって下さいな」

「ありがとうございます」

女たちを先頭に暗い玄関を過ぎ廊下を抜けると電気が煌々と輝いてちゃぶ台に所謂家庭料理のオンパレードが並んでいた。

「お飲み物はいかがしますか? お酒は飲まれますか?」

「あ、はい」

「ビールあるかしら?」

「はい、お嬢様。今お持ちします」

「ありがとう」

黄金色の液体が並々と注がれたグラスが年季の入った指で捕まれ配膳される。彼女の手に瓶ビールが渡り彼女の両親と僕のグラスにビールが注がれる。女たちが配膳をしている手に何か違和感を感じた。

「本日はお越しいただきありがとうございます。今後とも宜しくお願い致します」

いただきます、の挨拶と共に箸に指をかける。味は可もなく不可もない。美味しいですね、ととりあえず言う。

場は和やかに過ぎ、入浴を済ませると長旅の疲れが出たのか一瞬で眠りに落ちた。


目が覚めると彼女が式の準備があり離れにいるから自由に過ごしてと言い残し去っていった。

準備して貰った朝食を食べ終わるとすることがない。家にいても気まずいだけなので散歩に出かけることにした。

見渡す限りの田園風景とぽつぽつと並ぶ家々。都内育ちの僕には見慣れない風景だ。マッチングアプリで出会った時には想像もしないところに来たなとなんとなく感慨に耽る。

目的もなくぶらぶら歩いていると道ゆく人に彼女の旦那かと聞かれる。すっかり有名人らしい。はい、と答えると嬉しそうにおめでとうと言われる。そして必ず結婚式楽しみにしているからと笑顔で握手される。男女問わず。様々な手の感触を味わいことは今までの僕には無い経験で新鮮な気分を味わった。同時に握ってくる手に疑問を感じることもあった。


今日もも彼女は引き篭もりらしい。昨日の散歩途中に見つけた山に登ることにした。軽装で家を出て山に向かう。

とは言っても登山者にしてみれば大した山ではない。丘くらいなものだろう。ハイキングコースよりはハード、山よりはマイルドな道だ。

数時間かけ頂上まで着くと小さな鳥居があった。誰かが整備している事の分かる静謐さが漂っている。一礼し鳥居を潜り、神前でお詣りをする。頭を上げ振り返ると妙齢の女が立っていた。

「こんにちは」

「...、こんにちは」

「貴方、例のご主人?」

「例のかは分かりませんが先日こちらに来た者です」

「良い手ね」

「え?」

「綺麗な手だと思ったの。大切にしているのでしょう?」

「ええ、まあ」

男にしては細い手。歴代彼女からは不評だったが僕は白く細い手が好きだ。

不意に女が僕の手を包み込んだ。分厚く弾力のある使い込まれた手の温もりが伝わる。

「ごめんね、突然握ってしまって」

「いえ、大丈夫です」

「綺麗な手って素敵だと思うの。私はもうおばさんの手だけど」

「メンテナンスされているの分かりますよ。女性らしい手だと思います」

それはお世辞ではなく滑り出した言葉だった。好みとは違うが良い手だ。

彼女の両親に聞きづらかった昨日からの疑問を解消するのは今しかないのかもしれない。

「あのー」

疑問を尋ねるとその人は柔らかく笑みを浮かべ言葉を紡いだ。


式の当日。滞りなく式は進んだ。式も終わりに差し掛かった頃白無垢を着た彼女が小さな木箱を取り出した。渡された僕は息を整える。ゆっくりと開けるとそこには彼女の小指から切り離された第一関節までの指が収められていた。

「次は幸人さんの番よ」


「あの、小指どうされたのですか? この村は小指が欠けている人が多い気がして。あ、話しづらかったらいいんですけど」

「あら、奥様から聞いていない? この村ではね結婚の証として左手の小指を交換するのよ。女性は結婚前に、男性は式の途中で。女性から捧げられた小指を受け取り、男性もその思いに応えて切り落として渡す。私のこの指も式の前に切ったのよ。今ではみんなやりたがらないけれど」

その人の左手の小指には第一関節辺りから先がない。他の人に感じていた違和感はこれだったのだ。

「怖気付いてしまったかしら。逃げるなら今かもしれないわ」

悪戯っぽくその人は笑った。

僕は想像した。とても美しい彼女の手の左手小指が失われた様を。出会ったあの日僕は彼女の手を見て震えた。数々の手を見てきたがこんなに美しい手はないと。そしてこの手を持つ彼女をずっと眺めていたいと思った。

そんな彼女は僕と結婚するとこで完全な手が失う。真っ白な雪の上を汚れた靴で歩くような背徳感。

「怖気付いてなんていませんよ。良い儀式だ」

「ええ、私もそう思うわ」


彼女の欠けた手は新たな魅力を勝ち得た。これはとても素敵なことだ。もしも彼女の手に飽くことがあればまた祝福の儀を行えば良いのだから。

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