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第9回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
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魔法使いの旅 あるいは魔導列車大爆破

 聖霊歴1796年の秋、アドニス王国で魔力駆動式列車を用いた鉄道が開設した。王都とカルドレス領を横断する、距離・規模ともに近隣諸国でも最大級のものである。これによって、陸路で1ヶ月、運河を用いて三日かかった距離が一日に短縮された。

 このカルドレス鉄道の実現には二つの技術……大規模魔力路と刻印魔法のブレイクスルーが大きな役割を果たしている。

 それ以前、魔法は人間の生成する魔力によって発動するものが主流だった。マナを多く備えた動物を用いたり、魔力を帯びやすい物質に蓄えるなど一時的に蓄える術はあったが出力も持続時間も人間と大差ないものに過ぎなかった。しかし、魔力炉の開発によって大気中の魔素から莫大な魔力を半自動的に精製可能になった。

 しかし魔力炉だけでは革命は起きなかった。開発された当初は一部の魔道士が実験に用いるものに過ぎなかった。この技術が世界に大きな影響を及ぼすにはまた別の技術……刻印複製器の登場を待たねばならない。

 まず刻印魔法についておさらいしておこう。文字通り魔方陣や魔力の通り路を金属や木材、皮紙に刻み込むものだ。一度刻印されれば魔力を通すだけで魔法を発動することが出来る。

 良いことずくめに思えるが、ブレイクスルーが起こる前の刻印魔法は一段下に見られがちなものだった。

 刻印を作成するのには時間がかかるし、魔力の通り路の配線や式が誤っていれば正しく発動しないほど繊細な代物だった。何より製作にコストがかかるわりに効果は呪文魔法よりも数段劣る。

 魔道士たちからすれば使う意味が見当たらない。呪文による自己暗示法によって自身の肉体を触媒に用いた方が発動速度も効果も大きい。術式に誤りがあっても才能ある魔道士なら容易に修正出来る。

 彼らにとって刻印は学習の初期に使用する補助具か、さもなくば王宮や貴族に献上する玩具でしかなかったのだ。

 パラダイムシフトは複製器の開発によって起こった。これによってひとつの刻印を作成すれば、それを複製して大量生産することが可能になったのだ。それによって何が起こったのか?これまで魔道士ギルドが独占していた魔法が一般人にも開放されたのである。

 初期の複製刻印の効果は同時代の呪文魔法と比べて数段劣るものだったのは確かである。一方で多くの人々が魔法を使えるようになったことはやはり大きな意味を持っていたのだ。火属性の刻印によっていつでも暖が取れるようになり、水属性刻印によっていつでも清潔な水を手に入れられるようなった。この時期、大陸の平均年齢が大きく上昇したことが分かっている。都市部ではそれまでの不衛生な水道に頼らずとも生活が可能になったこと、農村においては気候や天候の影響が最小限となって不作(とそれに伴う飢饉)が減ったことが大きな要因と言われている。もちろん、それ以外にも生活を改善させた要素は山ほどある。製鉄、製紙、整地、測量……いずれも今日の社会インフラに欠かせない。その基礎が魔法によって整えられたのだ。

 誰もが魔法という武器を使えるようになった時代……いわゆる魔法革命期は魔力炉と複製刻印が両輪となって進んでいった。その象徴とも言えるものが、王都・カルドレス間の鉄道だったのである。


『ホモ・マギア全史 魔法と人類の40万年』第4章”魔法革命”より。





 窓の外に目をやれば暗闇しかなかった。

 昼間であれば見るべきものもあったのかもしれない。あるいは田園が延々と続くような退屈な風景しかなかったかも知れない。それでも自分がどこかにいて、どこかに向かっているという感覚だけは得られただろう。

 今の自分にはどちらも無い。

 これから僕はどうするのだろう。

 何度も自問したが、自分の中に答えは出て来なかった。


 鉄道はいく先が決まっている。レールがある先がたどり着く場所で、今乗っている列車もそれは変わらない。だから分からないのは自分のことだった。

 終着点は商業や産業で賑わうカルドレス公爵領の港湾都市である。

 王都―カルドレス領を結ぶ国内初の……いや、世界初の大規模鉄道。僕が乗っているのは、その処女運行だった。

 終着駅には多くの人々が集まっていることだろう。都市を挙げてのお祭り騒ぎだ。その中で人々は口々に叫んでいる。魔法革命万歳!我らが国王に栄えあれ!我らがカルドレス公爵に喝采を!と。

 その光景を想像して、僕は。おぞましさに吐き気を催した。



「もしかして馬車酔い?」

 向かいの席から声がした。

 鈴のなるような、清らかな音……月並みな美辞だが、そう思った。

「いえ、この場合は“列車酔い”になるのかしら」

 声だけではない。発音や言葉遣いにもどことなく気品が感じられたので、どこぞの令嬢が座っているのか……と勘違いしかけたが、もちろんそんなことはあり得ない。高貴な令嬢は中途半端な二等席など取らないだろう。

 薄明りの中にいる彼女の出で立ちは一見すると少年のようでもあった。白いシャツに緑色のネクタイを締め、茶色の地味なジャケットを羽織り、革製の帽子を目深に載せている。後ろに束ねた髪の長さと、臙脂色のスカートの豊かさが目の前の人物が女性であることを示していた。

 近年、都市に増えてきた職業婦人というものだろう。服装とこの列車の性質を鑑みるに、新聞社の特派員といったところだろうか。

「空気を入れ替えるといいのだわ。開けてもよろしくて?」

彼女は僕に断りを入れてから窓を開けた。激しい風が瞬く間に客室の澱んだ空気を奪い去っていく。秋の風は冷たく、幾分か気分が晴れた気がした。

「出来るなら水も飲んだ方がいいわね。もし無ければ私の分をお分けしますわ」

「ありがとう。でも大丈夫。自分の分があるから」

「なら良いのだけれど」

「……新聞記者っていうのは馬車にも乗るものなのかな」

「え?」

「なんだか乗り物酔いに対して手際が良いから」

「ああ。そうね。その通り。馬車が貴族だけのものなんて時代はとっくに終わってる。取材には馬にも乗れば馬車も使うわ。こうして列車にも、ね」

 そういって、女性は笑った。薄闇と帽子によって表情は隠れていたが、きっと素敵な笑顔だったのだろう。そんな気がした。

 女性はセシリーと名乗った。

「この列車に乗った目的は……あなたのご推察の通り。調査というやつ」

 そういうことだった。

「それで、あなたは?お名前をいただいてもよろしいかしら?」

「ユーダス・ケリヨト」

「ユーダス……ふぅん」

 セシリーは何かを思案した様子だった。僕のことを、値踏みでもするかのような視線。だが、それもすぐに掻き消えた。

「では短い旅路の間ですが……どうぞよしなに、ユーダス」

「ああ……よろしく、セシリー」



 始点から終点まで、約一日ほどかかることになっている。王都での開通式典を終えて列車が出発したのが昼頃。列車は要所要所で止まりながら貨物や客を乗り降りさせ、夜は止まることなく走り続ける。終点に付くのは明日の昼頃だろう。

 時刻はもうすぐ日付が変わろうかというところだった。しかし僕は眠れなかったし、セシリーも目が冴えている様子である。取り留めの無い世間話をして時間を潰すことになった。


「技術の進歩というのは凄まじいものよね。概要は知っていてもこうして乗っていると感動するわ」


 セシリーは全体的に、醒めたような雰囲気を漂わせている。しかし話をしていると素直な性格をしているように思えた。


「これまで一か月はかかった場所に一日で付けるなんて。こればっかりは魔法でも無理でしょうね」

「……飛行魔法があるから不可能では無かったろうけど。でも身体への負担とかを考えたら割に合わないよ」

「いずれは飛行魔法を刻印化して貨物や人々を輸送する、なんてことも実現するかしら」


 それもきっと、不可能ではないのだろう。刻印魔法も動力源となる魔力炉も日進月歩で改良が進んでいる。いずれ人と魔法は空にも届く。それはきっと間違いないことだった。僕がそう告げると、彼女は幾分か意外そうな顔をした。


「いえ……じゃ、あなたは世界の変化には寛容な方なのね」

「不寛容に見えるかな」

「そうじゃないけど。どちらかと言えば保守的な方かと思っていたわ」

 どういうところがそう見えたのか聞きただしたかったが、セシリーは「ただの直感よ。あまり気にしないで」と答えて貰えなかった。


 ふと、思い出した。過去の記憶……いや、記録だ。文字でしか読んでいない、そうなったのだろうという、想像の記憶。引き出される女性と、それを取り囲む複数人の姿。


「……そう間違いじゃないよ。諸手を挙げては喜べない」


 確かに、心の奥底に蟠りがあった。それを呑み込めないまま、ここに来ている。


「でも、変わらないなんてことあり得ないんだ。何もかも変わって行ってしまった。刻印技術が人々に渡った時点で、流れは堰き止められないものになった。すべては複製刻印が変えてしまったんだよ」

「別に刻印だけが世界を変えたわけじゃないでしょう。この列車だって確かに刻印技術によって誰でも運用できるように作られたものだけど。同じくらい魔導機関の存在も無視できない。百人余りの人間と貨物を乗せて長距離を走行する鉄の塊は刻印だけじゃ動かないもの。それにカルドレス公爵の産業奨励方針も加えてもいいわね。遺憾だけど」

「……カルドレス公に遺恨でもあるのかな」

「そういう話はしてないわ。私が言いたいのは、人間は何か一つの原因を求めがちだけど……私は色々なものが関わり合って、世界が動いているんじゃ無いかっていうこと。刻印だけとか魔導機関だけとか、あるいは一握りの天才がとか、そういうことじゃないのよ。だから刻印技術を否定したって何の意味も無いわ」


 饒舌な言葉の後に、妙な間が開いた。お互い、距離を測りかねている雰囲気がある。

 空気を変えるように、セシリーは話題を変えた。


「そうだわ、あなたはどうしてこの列車に?お仕事かしら。カルドレスに用?それとも新技術への興味?大穴で新しいものに目が無いただの野次馬って可能性もあるわね」


 野次馬って……と笑おうとした。笑おうとしたが、うまく笑えなかった。さてどう答えていいのか。目的。僕の、目的……それを彼女にうまく伝えられる気がしない。

 これから僕はどうするのだろう?

 また、この自問が頭を過った。


「なんでなんだろうね。自分でも良く分からないや」


 そんな、曖昧な言葉が口を吐く。


「迷ってるのね」

「……そうだね。結局何も決められない」


 窓の外を見つめる。やはり闇が蠢いているだけだ。


「ねぇ、ユーダス」

「ん?」

「貴方、魔道士でしょう」

「……なぜ、そう思うんだい?」

「そうね……まず体格を見るにあなたは肉体労働者じゃない。グラスを掛けているけど、なら書類を扱う仕事か文筆家か……ということになるかしら。それにしてはあなたの荷物はやたらと大きい。魔導師の荷物は昔から嵩張ると相場が決まってるわ。書物や魔導具、最近なら魔導炉もあるかしら」


 彼女の言うことは尽く当たっていた。確かに僕は狭い二等車の一席を嵩張る荷物で占有している。


「あと、そこに丁寧に畳んであるローブ。それ、魔道士ギルドの採用していたものと同じ白色よね。試しに広げてみてくれない?ギルドの紋章が入ってるんじゃないかしら」

「……流石は新聞記者だね」

「つまり、あなたはギルドの魔導師ということになる。五年前、解散を命じられ……その残党が国家転覆を図る反乱勢力となった、魔導師ギルドのね」


「———刻印魔法と複製器が世界に広まったことで、魔道士ギルドは王立特許院にある要求を出した。複製器の特許剥奪とギルドへの移譲、複製器とそれよって生成された刻印の禁止。……それが、国民の逆鱗に触れたのね」


 その頃、国民の間では国民主義とも言うべきものが勃興していた。人々は王と法の下に平等であるべきだ、という自意識。ギルドの行動はそれを逆撫でするものだった。


「『我らは魔導師の臣に非ず。我らは王に仕える臣なり』……人々の怒りを前にギルドは要求を撤回したわ。でも、それだけでは済まなかった。暴徒と化した民衆は魔導師ギルドを襲撃し、当時の指導者だった”イクテュスの聖女”を私刑に掛けた」


 刻印魔法は呪文魔法より出力も精度も劣る。だが……民衆が用いれば。多くの人々がみな刻印を持って襲い来れば。数の暴力の前にその格差は簡単に引っくり返る。

 僕は何も出来なかった。彼女が死ぬのを、遠くから眺めることしか。


「未だに活動し、国家転覆を図る残党はその時の復讐のために活動している。そうでしょう?この鉄道……刻印魔法によって動くこの列車は、ギルドにとっては象徴的な存在のはずよ。彼らを弾圧し繁栄を謳歌する者共の唾棄するべき産物……とでも言うんじゃないかしら」


 ……その通りだ。ギルドの残党は未だ遺恨を忘れてはいない。“イクテュスの聖女”イースナの死を。


「列車を標的にした破壊活動。それがギルドの計画でしょう。既に察知されているわよ。私はそれを止めに来た」


 彼女はどうやら新聞記者では無かったらしい。王国の手のものなのだろう。彼女は突きつけるように、僕に言い放った。


「もう何をしても無駄よ、魔道士さん」

「……そうだとして、なぜ二人きりで話し込んでるんだ?手勢にでも拘束させればいいじゃないか」

「なんというのかしら。貴方は……多分迷ってる。このままことを為すべきでないと。そうすることに意味など無いと、そう思ってるんじゃないかしら。短い時間だったけれど、話してみて解ったわ。あなたは、人々の営みを破壊できない」


 彼女の言うことはひとつだけ合っていた。そしてひとつだけ大きな間違いを犯しているのだ。それは……

 ぐん、と。列車が大きく加速した。

 重力が体を押し潰さんばかりに圧迫する。僕も彼女もバランスを崩す。速度は際限なく上っていった。


「まさか始まったの!?」


 セシリーは絶叫した。彼女は何が起きているか理解しているらしい。


「ユーダス、止めなさい。さっきも言ったでしょう。世界は一つだけで動くものじゃないわ。この列車を破壊したって何も変わらない!」


 滾々と、諭すように言った。でもそれは僕には出来ない。だって。


「……今の僕は、ギルドの魔道士じゃない。とっくの昔に追放された役立たずさ」

「え?」


 彼女はひとつだけ間違えていた。それも致命的な間違いを。


***


 複製刻印魔法を開発したのはギルドに所属していた魔道士だ。彼は呪文魔法は不得意で、緊張してどもってしまったり噛んでしまったり。そうなれば最初から唱えなければリカバリーできない。座学も身体魔術も並以下。それでも、ひとつだけ。刻印魔法だけは人並み程度に出来た。

 それでも、一段下に見られがちな分野だったのは違いない。無意味で役に立たない落ちこぼれ。それでも。


『貴方には貴方の才能があります。それを極めれば、開く花もあるでしょう』


 彼女の、イースナの柔らかな声を思い出す。

 彼女の言葉を受けて、唯一の得意分野だった刻印魔法の研究を進めていった。質を高める。それが難しいなら数を作る。過去の名工が残した精密な刻印を模倣する。……そうしているうちに、刻印を大量生産できる仕組みを思いついた。刻印の形状や式を自動的に検知する魔法があれば、様々な魔法を模倣できるのではないか?落ちこぼれでも手数で勝負できるようになるかもしれない。この分野なら人々に貢献できるかも知れない。


 すべて、間違いだったのだ。


 刻印が普及していくにつれ、魔道士は必要とされなくなっていった。神秘を売り渡した裏切り者。それが僕だった。


『ユーダス。貴方はここにいるべきじゃない』


 ギルドのリーダーだった聖女イースナは僕をギルドから除名した。それからギルドは僕の特許剥奪を要求し……結果は、先ほどセシリー言った通りだ。


***


「ユーダス・ケリヨト……ああ、なんて馬鹿!聞いたことあったのに!刻印複製器の開発者じゃない!じゃあ、この異変は……」


 僕じゃない、と言おうとしたところで、客室を大柄な影が覗き込んだ。

 誰だ、と警戒する。白髪と白髭を蓄えた老人だった。知らない顔だ。ギルドの一員ではなさそうだった。


「ご無事か、レディ」

「元帥……ごめんなさい。当てが外れたわ」

「お気になさらず。騎士団は全員外しました。あと元帥はやめていただきたい。部下が10人しかいない元帥など笑い話にもなりません。それで、そちらの御仁は?」

「ギルドの元メンバーよ。刻印複製器の開発者」


 ほう、と老人から感心のようなものが向けられたが、すぐにセシリーに向き直った。


「実行犯でないのは確かですな」

「ええ。それで……ユーダス。カルドレス公爵に個人的な遺恨とかあるかしら?」

「え、いや……会ったことも無い」

「そう。なら魔道士ユーダス、あなたをカルドレス公爵令嬢の権限で徴発します。私の言葉は公爵の言葉であり、公爵の言葉は王の言葉も同然。拒否権はありません」

「なっ……」

「というか拒否しないわよね。貴方はそういう人じゃない。そういうわけで元帥、念願の魔道士が加わったのでよろしく」


 公爵令嬢、徴発?

 目まぐるしい展開に理解は追い付かない。


「簡単な話よ。これから起こるだろう大量殺人を止める。そのために協力する。それが貴方の役割よ」




 列車にはセシリーと老元帥、そして10人の兵士たちが潜入していたらしい。彼らの目的は列車内に潜り込んだギルドの魔道士の凶行を阻止することだった。


 しかし手段までは分からなかったらしい。優れた魔道士ならさもありなん。自身の肉体ひとつで幾通りの魔術を使えるのだから。ただ、今起きている事態を読み解くなら。


「この場合……魔力炉の暴走、かな」


 僕がそう呟くと「妥当でしょうな」と元帥が頷いた。


「透明化か気配遮断か。魔道士なら潜入は不可能では無いし、こちらに魔道士がいなければ看破も難しい」

「となると向かうのは先頭車両ね」


 尋常でないスピードで揺れる車両間を慎重に移動しながら目的地へと進んでいく。それぞれ車内は少なからず騒然としていたが、じっと身を潜める人がほとんどで混乱は無かった。セシリーの仲間たちがカルドレス所属の軍人であることを明かして安心感を与えていたようだ。


 各車両にひとりずつ残して、先頭車両に突入できたのは4人の兵士とセシリー、元帥、そして僕の合計七人である。


 ……果たして止められるのか。不安でならない。セシリーが強いとは思えなかった。僕も魔道士としては落ちこぼれだ。となると戦力になるのは5人だけということになる。


 元帥と兵士が先んじて内部に入り込み、そのまま後続へ突入の合図を掛けた。最後に僕とセシリーも入り込む。機関室の構造は中央に巨大な魔力炉が屹立した構造になっている。さらにその先の一室に運転席があるのだろう。

 兵士の一人が操縦席を検めに行くと、すぐに大声が上がった。


「機関士は殺されてます!」


 どよめきは無かった。当然の成り行きである。操縦者が生きているなら、とっくに列車を止めているはずなのだから。


 魔力炉を検める。やはり過剰に魔力を精製する状態にある。この魔力を別の魔法に転換すればとてつもない破壊が齎されるだろう。火属性魔法を使えば町一つ吹き飛ばせるほどの魔力量だ。


 終着駅まで列車を暴走させ、ありあまる魔力を爆発させる。それが凶行の正体のように思える。

 魔力炉の取り扱いに関しては僕が一番詳しいようだった。精製魔力を調整して暴走を抑えられないか操作を試みることになった。……が。


「おかしい。この魔力炉、列車を動かすのには過剰すぎる」


 まるで最初から爆弾にすることを前提にしたような代物だった。

 僕が呟くと元帥は髭をさすりながら思案し始める。


「ふむ。これは業者から洗う必要がありますかな」

「魔力炉の製造工場……技師の可能性もあるかしら。生きて帰れたらその方面の調査が必要ね」


 二人の会話を尻目に魔力炉の制御について思考する。問題はありあまる魔力。ならば……


「多分、魔法を行使して魔力放出を繰り返せば暴走は止められると思う。別の方向……放水や音、発光みたいな現状無害な魔法にしてしまえば」


 説明をしていると、急に金属が潰れたような音が響いた。音の源を眺めると、セシリーの配下の兵士が倒れている。首筋に、裂け目が。

 透明化か気配遮断か。先ほどの元帥の言葉が頭を過る。


「”道端の草花の名前を唱えよ””我は光を視るものなれば”」


 魔法にはおおむね、それを無効化する対抗法も存在する。特に認識を侵すような魔法はこれで解呪しやすい傾向にある。案の定、下手人は姿を現した。呪いが解けたのだ。


「オイオイオイ!対抗呪文?テメェ巫山戯てんのか?役立たずなのはまだしも、いつもいつも邪魔する時だけ張り切ってるのはどういう了見だ?」

「……シモン」


 僕と同じ白いローブを羽織った男が立っている。男の顔は見知ったものだった。僕と同じ魔道士ギルドの一員だった者。


「”熱心のシモン”とは。大物が掛かったものです」

「……好都合よ。捕縛して他の残党の情報を引き出す」

「御意。行くぞ!」


 元帥の号令に兵士たちが構えた。3人が剣を構え、2人が木製の複製刻印を構える。

 刻まれた術式は水。兵士が用いるのに汎用性が高い刻印である。出力の多寡で攻撃にも水分補給にも使える。


「ダメだ、この場合は……」


 シモンの二つ名は熱心。その由来は直情的な熱血漢であることもあるが……それ以上に、熱に関する魔法への適性だった。

 吹きかけられた水はあっという間に蒸発した。室内を蒸す。

 それだけでは済まない。シモンは蒸気の温度を操作し、再び水の塊へと戻して収束させる。彼の指先には、丸い水塊が漂っていた。ただの水ではない。熱湯である。それが、兵士たちを飲み込んだ。

 対抗呪文は間に合わなかった。兵士たちはひるみ、転げ落ち、悲鳴を上げながらもんどりうつ。

 ———この程度の人数ではシモンを止めることはできない。ギルドが襲撃された際、数の暴力は魔道士を上回った。だが、あの時は暴徒化した市民が1000人以上で襲ったという。その時ギルドに詰めていたのは多く見積もっても100人ほどのはずだ。僕のように戦いが得意でない魔道士もいたはずだ。ただ、数が居さえすれば勝てるものでもない。


「後は……女と老いぼれだけか。ああいや、裏切り者もいたんだっけな」

「……」

「女を甚振る趣味は無い。爺もな。ただ……そこの野郎はちょいと見逃せねぇ。おい、ユーダス。ちょいと炙らせろよ」


 逃げることはできそうもなかった。シモンを相手に、戦うしかない。手元の刻印を確認する。水、光、あとは……


「舐められたものね」


 セシリーの声が響いた。窮地に合っても、彼女は凜と立っている。


「こっちにはまだ剣もあれば刻印もある。優れた元帥だってね。まだ3対1よ」


 言い返した彼女にあっけにとられていると、元帥が僕の袖を引いた。小声で耳打ちしてくる。シモンは……その様子を見ていない。


「オイオイオイ。舐めてんのはどっちだ?」

「そっちでしょ。大体、さっきから耳障りにユーダスのこと役立たずだなんだって言ってるけど……かつてはいざ知らず、今となっては役立たずなのは貴方たちでしょうに。いい加減、現実を見たらどうなの?っていうかさっきから言ってることが支離滅裂なのよね。女を甚振る趣味はない?アンタ、この列車の乗客生かして帰るつもりでもあるの?無いでしょ。自分の手は汚したくないみたいな偽善が透けて見えるのよね。そこらへん、自分で分からない?」

「あー……そう。そうかそうか!分かった。コイツは恐れ入った。女の方から死にてえらしい。望み通りにしてやるよ。苦しみに苦しめて可能な限り辱めてから最後は蒸し焼きにして晒してや」


 シモンの感情に任せた口舌は急に終わり告げ、代わりに「ブゲッ」という間抜けな声が響いた。

 シモンの鼻っ面に、剣の柄がめり込んでいる。

 元帥の持つ剣の柄である。元帥には気配遮断魔法が掛かっていた。短い時間しか維持できないが……それでも直情したシモンに先制攻撃を仕掛ける程度は訳ない。


「さて。レディの前にこの爺ではないかな若造。もっとも、晒されるのは君の方だろうが、ねっ!」


 息を呑むまもなく、鼻っ面にさらに三発たたき込む。

 ……魔法に呪文は必須では無い。必要なのは自己の身体認識だ。元帥はそのための暇を与えない。


「ユーダス。今のうちにやるわよ」

「え……やるって」

「さっき言ってたでしょ。過剰生成された魔力を魔法に変換して暴走を止めるって。それをやって」

「そんな……」

「時間は私たちが稼ぐ。良い?貴方は役立たずじゃない。貴方には貴方の才能がある。それで、みんなを救って」


 その言葉にかぶさるように。


『貴方には貴方の才能があります』


 懐かしい、声が聞こえた。

 僕は相変わらず、自分が正しいとは思えなかった。自分は裏切り者だし、役立たずだと思う。思うのだけれど……思い出した、その声。

 それだけは裏切ってはいけない。なんだか、そんな気がした。





 カルドレス鉄道で起こった魔道士ギルド残党による破壊活動はカルドレス公爵令嬢だったセシリア麾下の騎士団によって最悪の結末だけは避けられた。

 残された検証文書を紐解くに、”熱心のシモン”の計画通りにことが進んでいた場合、カルドレスの港湾都市は吹き飛んでいたと考えられる。多くの技術者や芸術家、政治家の出身地が消えたとしたら。その後の歴史は大きく変わっただろう。

 当時の車体はカルドレス市営鉄道博物館に残っている。機関室をガラス越しに眺めると、魔力炉を中心に大量の刻印が刻まれているのが見えるだろう。過剰生成された魔力を放出するための術式である。セシリア騎士団の一員だったユーダス・ケリヨトが一晩掛けて刻み込んだ力作だ。

 この魔力刻印がどのような効果をもたらしたのか。現在、詳しい記録が残っていない。この車体は当時のまま完全に保存されているわけでは無いからだ。

 一般に流布しているのは魔力で空中にレールを生成し空を飛ばせた……というものだが、それはユーダスが後に航空機の開発に関わったことに由来する俗説だろうと思われる。実際は閃光魔法や水に変換したのでは無いだろうか。

 ともかく、これがセシリア騎士団の初陣となった。後に悪名高い治安維持機構となる騎士団の最初の戦果は、無辜の人々の命を守った誇り高いものだったのだ。


『セシリア騎士団は良いこともしたのか?治安維持と弾圧の境を読む』より抜粋。





 事情聴取や後処理を終えて、泥のように眠り込んだ。夢は一欠片も見ていない。のっそりと起き上がると、そこは宮城の一室のようだった。高級品ばかりの調度品に囲まれていて、バルコニーなんてものまである。これ自体が一つの夢なのではないかと思ったほどだ。バルコニーに出ると海を望む都市の姿が見渡せる。

 赤色の陽が海と町を染めている。

 朝日か、と思った。だが、それにしては町に活気がある。港は朝が早いものだが、それにしたって……


「ようやくお目覚め?」


 扉から声が聞こえた。振り向くと、そこには。列車での野暮な姿とは違ってゆったりとした豪奢なドレスを纏う、まごう事なき公爵令嬢の姿があった。


「もう日も落ちるわ。いくらなんでも寝過ぎ」

「そもそも寝てないんだから許して欲しいな……いや、ですね」

「誰も来やしないんだから格式張った物言いは結構です」


 その、如何にも令嬢然とした出で立ちとは裏腹に、彼女は僕の隣にひょいとやってくる。「シモンは捕縛できたわ。今後、他の残党の行方を吐かせる予定」


「そっか」

「貴方のお陰です。礼を言います。……なんて、言われても嬉しくなかったりする?」

「そうだね……」


 正直に言って、あまり嬉しくは無い。


「私としては貴方を嘲る品性の下劣な人物にしか見えなかったけど」

「でも、僕にとっては家族だったんだよ」


 そしてそれは王国に対して反旗を飜している他のギルド残党にも言えることだった。

 多くの人々を殺そうとした。目の前にいるセシリーをも。それは許されることではない。許されることでは無いが……でも、彼らが捕まっても嬉しくなんか無い。


「そう。ま、いいわ。それで、これからどうするの?」


 それは図らずも、列車に乗った時に自問していたことだった。延々と悩み続ける、答えなど無い、意味の無いループ。だけど。

 今、向こう側には海が見えた。


「あちこち見て回ろうかと思ってる」


 言葉があっさりと出てきた。自分でも自分の答えが意外だった。多分、それは言葉にならなかっただけで、最初からそう思ってはいたのだろう。


「僕が変えたもの、これから変わっていくもの……そういうものはこの国にはいくらでもあるだろうし、他の国にだって沢山あるだろうから」


 せめて、その結果を見つめたい。


「ふぅん。……ところでそんな貴方に勧誘なんだけど」


 勧誘、とは。


「ウチの騎士団に入らない?」

「……あの、元帥と何人かの騎士しかいない?」

「そう。元帥も下っ端も公爵令嬢も足りてるのに魔法使いは空席なのよね。どうかしら。冒険には事欠かないわ。国内であちこち調査する仕事もあるし、外国での諜報……もとい出張もしばしばあるし」


 今諜報と言った。全体的に穏やか出ないワードばかり出てくる。

 でも、彼女が言うとなんだか楽しそうにも思えてしまう。

 それも悪くないかも知れない。考えるだけ考えてみよう、と思った。僕は何にも縛られていない。特許による収入もあれば時間もある。


「今すぐにとは言わないわ。ゆっくり考えて。そうだ、実は今日、父が宴席を設けているのよ。貴方が招待されてるんだけど」

「カルドレス公爵が?」

「ええ。元帥はあること無いこと吹き込んでたし……私も吹き込んだんだけど。それに父は技術に目が無いのよ。アナタみたいな技術者が来てくれたらきっと喜ぶわ」

「……お招きいただき、恐悦至極です。そう伝えてくれるかな」


 ええ、とセシリーは笑った。

 どこに向かうべきか。それはまだ分からないけれど。どこにいて、どこに向かいたいのかくらいは見えたような気がした。

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