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第9回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
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旅に出る理由

 夏のドライブに合う音楽はたくさんあるが、冬のドライブに合う音楽はあまり多くない。

 そもそもこんなに寒い季節に気楽なドライブなどするなという音楽業界からの警告かもしれない。アイスバーンでのスリップ、フロントガラスの凍結、そして早く訪れる夜道と、冬のドライブは何かと危険を伴う。

 なんてことを考えていて、自分が今している行為が「ドライブ」であることに気付く。「drive」は「運転する」の英訳でしかないはずだが、その響きには何かしらのワクワク感を含んでいる。生まれてこの方、電車もロクに通らない田舎町に住んでいるため、免許を取ってからはほぼ毎日「運転」をしていたが、「ドライブ」をするのは初めてかもしれない。

 ハンドルを握りアクセルを踏む、自分の手足がしている動作は日々の通勤や買い物と同じだが、走る道はいつものチェーン店が軒を連ねた国道ではなく畑に囲まれた田舎道であり、「職場」や「スーパー」といった向かうべき目的地はない。むしろ、その「職場」や「スーパー」がある田舎町から逃れるためにアクセルを踏んでいる。

 

 人を殺した。わざとではない。残業続きで疲れて、ぼうっとしていたところに飛び出してきた自転車を轢いてしまった。一旦停車して後ろを見たが、命が助かるような様子ではない。それを見た時、「逮捕」の二文字が頭に浮かび、反射的にアクセルを踏み込んだ。

 一年間のほぼすべての時間を過ごしている町から出て田舎道を走る。夜道を走る車内の沈黙に頭がおかしくなりそうになる。しかし、ここでラジオを流して自分の名前が報道なんてされたらまともな神経を保てない。とにかく音楽でも流して気を紛らわそうかと思ったが、冬のドライブに合う音楽が思いつかない。

 いや、よく考えれば今は季節感なんて考えている状況ではない。とにかく自分が人を殺したという事実を忘れようとORANGE RANGEの『イケナイ太陽』を流した。バカみたいな明るいサウンドと歌詞で、地獄のような車内の空気は多少マシになった。とにかく逃げられるところまで逃げてみよう。

 逃亡先は北か南か。犯罪者の逃亡先としては北の山村のイメージも、南の孤島のイメージもある。なんとなくORANGE RANGEに引っ張られて、沖縄に行ってみようかと考えた。まずは西だ。そのままETCゲートを通って高速道路に乗る。沖縄の気持ちを作るためにBEGIN、HY、MONGOL800などの楽曲を続けて再生して、他の車のライト以外にほぼ明かりがない高速道路を走り続ける。


 1時間ほど西へ西へと走り続けて、ふと集中が切れた。気づけば初めて来る県にいた。そもそも友達も多くなくインドアな趣味なので、旅行など高校の修学旅行で京都・奈良に行ったのと、家族でディズニーランドに行ったぐらいしか記憶にない。時刻は23時前、そういえば残業終わりで何も食べずにここまで来てしまったことに気付き、急激に空腹を覚えた。ウインカーを出してサービスエリアに入る。

 テレビで特集されているのを何度もみたサービスエリアだったので、何か美味しいものが食べられるのではないかと思っていたが、フードコートの営業は20時まででどの店も閉まっていた。仕方ないのでセブンイレブンに入店したが、光り輝く商品棚を前にして動けなくなってしまった。

 このまま行けば、自分は近いうちに逮捕されるだろう。時間の問題だ。そう考えると、残りの数少ない食事を自由に選べるチャンスである。適当なおにぎりやパンで終わらせていいのだろうか。ただとにかく腹が減っているし、ここから高速を降りて24時間営業のチェーン店に行くのも面倒だ。セブンイレブンに置いてある食品の中で、ベストチョイスをする必要がある。

 結果的に20分程セブンイレブンの店内にいた。こんなに長くコンビニに滞在したのは生まれてから初めてかもしれない。買ったものは一番好きなカップ麺である蒙古タンメン中本、新商品と書いてあって気になった天津飯、ハーゲンダッツの抹茶、プリングルスのサワークリームオニオン、とんがりコーン、しみチョコ、なんこつから揚げ、シメサバ、ホットスナックのアメリカンドック、ピザマン、プレミアムモルツのロング缶3本、ジャスミン茶、セブンコーヒー。結局絞り切れずに、少しでも食べたいと思ったものを全部かごに入れた。天津飯を温めてもらい、カップ麺にお湯を入れて店を出る。レジ袋はパンパンだ。

 車に戻る。コンビニの光で見たところ、血がついていたりへこんでいたりもしていない。これなら事故車には見えない。ただ、警察がナンバープレートを特定したらすぐに終わりだ。不安を覚えつつ、車内でカップ麺をすすり、天津飯を半分ほど食べ、アメリカンドックとピザマンを一気に口のなかにほおりこんでジャスミン茶で流しこんだ。かごに入れた時にはテンションが上がっていたのに、いざ食べてみたらちょっと食べ過ぎて気持ち悪くなってしまった。こういう時にもう若くないなぁと実感する。とにかく溶ける前にハーゲンダッツだけ食べる。やはりアイスは別腹だ。

 

 気づけば寝ていたらしい。機内モードにしているスマホを見ると1時過ぎだ。運転席のリクライニングを倒して、上着をかけ布団にしていたが、狭い車内で無理な態勢で寝たため体中が痛い。さて、どうするか。朦朧とした頭で考える。このまま車内で朝を迎えるか、いや、今後の逃亡生活を考えると今日ぐらいはちゃんとしたベッドで寝たい。そう思うと行動は早く、セブンイレブンのATMで社会人になってから10年間の貯金を全額おろし、再び高速道路を走って近くのインターチェンジで一般道に降りた。

 すぐそこにある程度大きな都市があってビジネスホテルなどもあるだろうが、この時間から泊まれるかはわからないし、宿帳に名前も残さないといけない。ここは安全策を取ろうと思い、インターチェンジすぐ近くのラブホテルの駐車場に車を停めた。人生で初めてのラブホにこんな形で泊まることになるとは。ラブホはシステムが難しいと聞いていたのでドキドキしながら入店したが、顔の見えない受付に希望の部屋を伝えて金を払ったらすぐに鍵が貰えた。

 巨大なベッドに、洋風の家具、きらびやかな照明、そしてそのすべてに年季を感じる。結局飲まずにぬるくなったプレモルを冷蔵庫に入れ、冷えたら飲もうかなど考えていたら眠りに落ちてしまった。


 フカフカのベッドのせいか熟睡してしまい、起きたら8時だった。冷蔵庫を開けるとキンキンに冷えたプレモルが入っているが、流石に飲酒運転をする気にはならない。仕方がないので再びビニール袋に詰めて、期限が切れてしまうシメサバだけ食べて、プリングルスをすこしつまんだ。なんだかわびしい朝食だ。せっかく遠くに来たというのにこんなものを食べていて良いのか。昨夜のカーナビでは海が近かった。海に行って海鮮を食べよう。

 かび臭いラブホを出て、車を10分ほど走らせると海が見えてきた。天気が良く、車の窓を開けると肌寒い風が心地よい。ちょうど開いたばかりの道の駅のフードコートに入り、1800円の海鮮丼を注文した。普段なら、社食の400円のカレーライスやカツ丼を食べているのに、1800円の海鮮丼だ。エビもマグロも美味しいが、1800円だと思うと、本当にそれだけの価値があるのかと思ってしまう。悪い癖だ。

 普段なら会社に出勤している時間だ。それなのに、自分は知らない街の道の駅の、ガラガラのフードコートで1800円の海鮮丼を食べている。今頃、自分の轢き逃げはどうなっているだろうか。給茶機からものすごい勢いで出てきた熱いお茶を飲んで、土産物屋を覗く。大した名物も無いようで、日本中どこでも売っていそうなキーホルダーやらTシャツやらと、干物などの海産物が売っている。壁に貼られた古い日本地図を見て、随分遠くに来たもんだとしみじみ実感した。


 そこからは再び高速に乗り、3時間ぶっ続けで西に進み、全く馴染みのない小さな都市に着いた。急に周りから関西弁が聞こえるようになった。テレビ以外でこんなに多くの関西人を見るのは初めてで新鮮だ。ケンタッキーやミスドなどの見慣れた店からも関西弁が聞こえてきて面白い。

 昼食を摂ろうと商店街をぶらついていたら、良い感じのラーメン屋があったので入店する。食券を購入し、ラーメンを待つ間店内のテレビのニュースを眺めていたが、轢き逃げの報道はなかった。とんこつベースの濃厚スープと細目の麺がからみあっていてとても美味しく、替え玉までしてしまった。

 駐車場に停めた車に戻る道中、満腹のため運転をする気がなくなり、河原のベンチに腰掛けてぼうっとした。ウトウトしながら思った。今までわからなかった旅行の楽しさって、これなのかもしれないなと。

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