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第96話 2人の勇者

「あちゃー、外しちゃったか」


 いつの間にそこに居たのか、ナイフが飛んできた方向には、2人の女が立っていた。

 そのうちの1人が、ルリに刺さったナイフを見てあっけらかんと言い放つ。


「あの女の子は?」

「魔獣ですね」


 状況の理解に苦しんでいる俺たちなどお構い無しに、女は話を続けている。


 そして、その女らに俺は見覚えがあった。


───空梅雨茜(カラツユアカネ)夏影陽里(ナツカゲヒカリ)


 女神の手に居る勇者の2人──確か、剣聖と調教師だったはずだ。


「戻っておいで、リンファ」


 空梅雨茜の言葉に呼応するように、ルリの右腕に刺さっていたナイフが彼女の手に戻っていく。

 一直線に、それなりの速度で戻っていったナイフを、空梅雨茜は慣れた手付きでキャッチした。


「魔獣にしては随分人型に見えるけど、魔族じゃないの?」

「正真正銘、魔獣だわ」


 天職、固有スキルゆえか、夏影陽里はルリの正体を見抜いているようだった。

 そもそも王都に攻め入った姿と同じものであるはずなのだが、それに気付いていないのはタラスにはいなかったからなのか。

 どちらにせよ、始まりの獣(ラストビースト)ということには気付いていないようだ。


「で、あっちは葵くんでしょ? 生きてたんだ、感動」

「そこまで分かっているのであれば、撤退するのが賢いと思うけれど。どうせ彼らがヒュトールを倒したのだろうし、もう目的はないわよ」

「え〜、でもさ? 殺しておくに越したことはなくない?」

「貴女、女神様からの命令を忘れたの?」


 呆れた様子で話す夏影陽里だが、空梅雨茜がそれを気にしたフリはない。

 あっけらかんと、彼女の問いに答えた。


「葵くんと接触するな、て話でしょ? 触れる前に殺せばいいだけ」

「……はぁ…………貴女ねぇ…………」


 なぜか言い合いが始まっていた。

 正直、逃げ出したいところだ。

 ルリに反応できたとはいえ、攻撃が来る直前まで対応できていなかった。つまり、彼女らはそれほどまでに強い。


 相手にしたくない。

 この隙に逃げ出したいが、それを許してはくれないだろう。


「……傷の再生が遅い」


 ルリのスキルの効果か、傷は少しずつ再生しているようだったが、それが遅いらしい。

 あのナイフの効果か、空梅雨茜の能力かは不明だが、治癒を妨害する何かがあることは確定だ。


「大丈夫か?」

「……問題はない。ただ──」

「うん?」


 隣のルリを見ると、それほどまでに右腕の


痛みが激しいのか、彼女は珍しく表情を歪めていた。


「──彼女は葵を殺すつもり。一度見殺しにしたにも関わらず、もう一度殺そうとしている」

「そうだな」

「ちょっと、イラッと」


 顔を歪めていたのは痛みではなく、怒りが要因だったようだ。

 少し離れた場所で言い争いをしている二人組を睨みつけながら、ルリは恨めしそうに言葉を発していた。


「私に任せて」


 そう言ったルリはもう隣にはいない。

 気付けば、15メートル程度は離れているだろう2人の勇者の元にいた。


 彼女らは何かを言い合っていたようだったが、ルリが動き出すと自然とそれをやめる。

 ルリの動向を目で追っているのだろう。油断していて俺は目で追えなかったが、彼女らは言い合いの中でもちゃんと見ていたらしい。

 さすが勇者というべきだろう。


 迫ったルリは、空梅雨茜目掛けて拳を握っている。

 いや、元の狙いは夏影陽里だったのかもしれない。夏影陽里を押しのけるような、無理な姿勢を取る空梅雨茜がそこにはいた。


「空梅雨さ──」

「……チッ」


 左手で夏影陽里を押している空梅雨茜には、まともな防御手段がなかった。

 しかし、それでも自分が受けた方がマシだと、右手に握ったナイフでなんとか受けようとする。


 そんなものは意味を為さず──いや、ある意味その甲斐あってか、空梅雨茜はぶっ飛ばされるだけで済んだ。

 骨折は見当たらない。痛みはあるが、それも大したものではない。


 意識を失うこともなく、空梅雨茜は足をブレーキにして地面に着地した。

 ズザザザザ、と地面が削れる音がするが、気にしない。想像よりも速く重い攻撃を繰り出した目の前の魔獣に意識を集中させていた。


「陽里ちゃん、アレを放置するのは厄介かも。ここで殺しておく」

「……分かったわ。私が葵くんを見ておくから、好きにしなさい」


 守ってもらった恩というのもあり、強くは言えなかった。

 それに、心配はしていない。空梅雨茜は勇者の中でも最強。夏影陽里でも相手にしたくないと思うレベルなのだ。


 むしろ、心配するのはあちらの少女だろう。

 先程の一撃は見事なものだったが、あれのせいで彼女を本気にさせてしまったのだから。少女の命もここまでだ。


 それよりも注意すべきは、枷月葵の存在。

 固有スキルの全貌が明らかでないだけでなく、支配能力という厄介な部分は知れている。

 しかもそれが勇者に効く可能性もあると来た。

 戦いの最中にうっかり触れてしまえば負け──そんな可能性も考慮しなければならない。


「面倒ね」


 とはいえ、夏影陽里は枷月葵と戦いたいわけではない。

 少女と空梅雨茜の戦いに手を出さないで貰えればなんでも良いのだ。

 最悪戦闘になっても枷月葵に負けることは無いだろうが、無駄な消耗を嫌うのが夏影陽里という人間である。


「俺は手を出さないよ」


 そんな夏影陽里の考えに気付くことはなかったが、ルリがやると言った以上は俺は手出しはしたくない。

 そんな考えで、俺と夏影陽里見守る、二人の少女の戦いが始まった。





・     ・     ・





 ルリが空梅雨茜をふっ飛ばしたすぐ後、ルリは想像よりも空梅雨茜に受けられたことに、空梅雨茜は想像よりも力のあるルリに驚いていた。

 拮抗状態とは違うが、お互いにお互いを見定めるように睨み合っている。その距離は5メートル程度だが、どちらも攻めあぐねているように見えた。


 両者に言葉はない。


 そんな緊迫した状態の中、空梅雨茜は手に持っていたナイフを仕舞った。

 代わりに、一本の剣を取り出す。金色に輝く──悪く言えば成金が好きそうなその剣は、どこか聖なるオーラを纏っているようだった。


 彼女にも振りやすいよう、その剣は小ぶりに作られている。しかし、STRの高い空梅雨茜には関係のない話だった。

 どちらかといえば、彼女の身長的に扱いやすい長さと言えるだろう。


 剣の名は、聖剣アルマイア。現存する12の聖剣のうちの1つで、更に女神ベールより祝福を得た一品でもあった。


 彼女はベールよりいくつかの剣を授かっているが、今それを取り出したのは相手が魔獣だからだ。アルマイアは聖剣というだけあって、魔獣や魔族に対する特効を持つ。


「……準備は出来た?」

「待ってくれたところ悪いけど、すぐ終わっちゃうよ?」


 軽く言葉を交わすと、二人は同時に動いた。


 ルリは拳を握りしめ、空梅雨茜は剣を上段に構えて。

 距離が近かったこともあり、二人が出会うのにはコンマ一秒もかからない。突き出された拳と振り下ろされた剣がぶつかり、ガギンッと金属音が響いた。


「──<烈火斬>」


 呟けば、彼女の持つ剣が赤く火花を散らす。

 見るからに危険度が増した聖剣相手だったが、ルリは再び拳で剣を受けた。

 またもや、ガギンッと金属音が鳴り響く。


 しかし、今回はそれだけでなく、剣と触れたルリの拳に赤い閃光が走っていた。


「────ッ!」


 そこで、空梅雨茜の使ったスキルが、武器の破壊を目的としたものであると気が付く。

 ルリの拳が”武器”として機能していることに気が付き、そのスキルを選択したのだ。さすがの戦闘センスであった。


「<火花>」


 ルリが状況を飲み込んでいる間にも、空梅雨茜は仕掛けることを辞めない。


 一歩引いたルリだが、空梅雨茜は決して逃しはしない。剣を構え、すれ違いざまに切り刻むように、ルリに高速で肉薄した。


「…………」


 一閃される剣を受け止めるように、ルリは腕を横に構える。

 剣の切れ味などお構いなしと言わんばかりに、またもや剣戟は弾かれた。

 今回は連撃だったのだろう。ガギギギギッと、壊れた機械のように音は鳴る。それでも、ルリの体に傷をつける剣筋はなかった。


「防げた、そう思った?」


 だが、空梅雨茜は笑った。


 そして次の瞬間、剣戟を防いだはずのルリの腕が爆ぜた。

 ──いや、腕でいくつもの爆発が起きたと言う方が正しいか。

 連撃のうちに火薬でも付着されていたかのように、時間差でそれら全てが爆発した。


 ドドドドドッと、剣を弾いた数だけする爆発音は、さながらマシンガンのようだ。

 さすがにこれを防ぎ切るのは難しいと、ルリは両腕で顔を覆うことでダメージを軽減しつつ、爆発を凌ぐ。

 爆発のおかげか、空梅雨茜による追撃がなかったのは救いだろう。


「タフだね……。さすが魔獣と言ったところかな?」


 空梅雨茜の固有スキル、<風神雷神>によるステータス強化と、物理魔法の入り乱れた剣技。

 それは天職である剣聖にピッタリのもので、彼女を最強たらしめていた。


 相手は強力な魔獣なのだろうが、問題はない。

 優勢なだけでなく、相手に何もさせないでいるのだ。完封できていると言っても過言ではなかった。


「……あなたは面倒……」

「私もそう思ってるとこ。タフ過ぎるよね。もっと簡単に死んでくれないかな?」

「あなたは──」


 早く終わらせてしまいたい──空梅雨茜が戦闘の際にいつも抱く気持ちだった。

 どんな時でも、自分は圧倒的に強い。

 高難易度のダンジョンと言われて放り込まれた古代遺跡でも、欠伸が出るほど退屈だった。

 竜が相手でも、力の全てを見せる必要さえない。


───弱いんだから早く死ね。


 これが、本心である。

 別に、地球にいた頃からこういう考えだったわけではない。

 しかし、自分の時間を無駄にされるのだけは嫌いだった。それがこの世界の”弱肉強食”な考えと合わさってできた思想だ。

 なぜ弱者に時間を取られなくてはならないのか? 弱者は皆いなくなればいいのではないか?

 単純ながら過激な考えを、空梅雨茜は抱いていた。


「──そういう考えで、葵を見殺しにした?」

「なに? 葵くんの話? 別に、そういうわけじゃないよ。ただただどうでもよかっただけ。葵くんの話で時間を取られたくなかったから、見て見ぬフリをしただけだよ」

「そう」


 彼女の思想と一貫──少し女神によって召喚の際に過激に改変された部分こそあるが──していた。

 それに、自分の潜在的な強さに気付けていたのも大きい。強力過ぎる力は、まだ幼い高校生が持つには、大きすぎるものだった。


「<凶獣化(ビースト)>」


 人の思想に善し悪しは無いが、それでもウマが合わない存在はいるものだ。

 空梅雨茜の思想と、ルリの考えがたまたま相反するだけであって。

 どちらが正しいとか、どちらが間違っているとかではない。


 力に任せて物事を測ることを嫌うルリと、

 力があれば優先されるべきという空梅雨茜。


 しかも、その考えのせいで葵を見殺しにした相手となれば、ルリが力を解放するのもおかしくない。



 <凶獣化(ビースト)>。

 ルリが人型の魔獣であるという性質故に使えるスキルで、彼女の”魔獣としての力”を解放する。

 使えば、美しい紫髪は伸び、頭からは角が生え。

 手が肥大化して、鋭い黒い影の爪が顕現する。

 どこか禍々しい、邪悪なオーラを纏い、目には紅き残影が残るその姿。


 まさしく、”人型の獣”を体現した姿だった。

 見る者の心に恐怖を植え付けるその姿におけるルリの能力は、いつもの形態──少女形態の比ではない。

 彼女自身はあまりこの姿を好んでいないから使いたくなかったが、見ている葵が抱いた感想は「カッコいい」というものだった。


「なにそれ、変身? 追い詰められたら最終形態、的────なッ!?」


 しれがどうしたと、軽口を叩いていた空梅雨茜だったが、その表情は驚きに染められることとなる。

 気が付けば、目に見えぬ速度でルリが目の前にいた。


 残るのは、瞳から出る紅い光の残像だけ。

 認識外の速度で接近したルリに、空梅雨茜は思わず身構えた。


───来ない……?


 が、攻撃は来ない。

 再び前を見れば、ルリはもう目の前には居なかった。


「どこッ────にぃっ!!」


 右腕に衝撃が走った。

 あまりの痛みに、手に持っていた聖剣を落としてしまう。


───まずい!


 剣がなければ攻撃手段がない。

 とはいえ、別の剣を空間魔法で取り出す時間はなさそうだ。


 咄嗟に懐からナイフを取り出そうとするが、そこで、あることに気付いた。


「あ──……え?」


 ナイフを取り出すための、右腕が存在しない。

 そんなことがあるかと思いながらも、恐る恐る自身の右腕を見る。

 すると、そこには本来あるはずの右腕の代わりに、大量に血を流す断面図があった。


「ああぁああああぁぁああッ!?!?」


 いち早く動いたのは夏影陽里だ。

 相方が戦闘不能になったことを悟り、直ぐ様召喚術を行使しようとする。


 幸い、枷月葵との距離はそこそこ取れている。

 堕天龍(シムラクルム)を召喚して一瞬でも時間を稼げれば、疾黒狼(オルトロス)の能力で逃げられる。

 あの魔獣を倒すことはもう諦めていい。枷月葵も今は放置でいい。


 とにかく、空梅雨茜を見殺しにするのはまずい。これ以上勇者を殺されるわけにはいかないのだ。


「<召喚(サモン)────」

「なぜ私がそれを許可すると思ったの?」


 ルリに睨まれた瞬間、スキルの発動は阻害された。

 膝が震える。これはきっと──恐怖だろう。


 <恐怖は我が餌なり(ハプス・リーチェ)>。

 始まりの獣(ラストビースト)に恐怖を抱いた瞬間、生殺与奪の権利はルリに移される。

 スキルを使うも、使わぬも。その全てはルリによって決定されるのだ。


 スキルを阻害された夏影陽里に、もう打つ手はない。

 痛みで転げ回る、見たこともない最強の勇者の姿が視界に映る。

 彼女の頭が導き出した答えは、”詰み”だった。


 死が目の前に迫っているのが分かった。


 そんな中、夏影陽里の取った行動は、美しいまでの土下座だった。

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