第94話 その後……?
「おお……」
<奪取>を使わなくてもスキルが獲得できている。
とはいえ、手に入れたスキルは多くない。ヒュトールが剣術を主としていたからこそ、<奪取>は上手く活きなかったようだった。
「<炎闘牛鬼>」
抵抗のなくなったヒュトールの体に、俺は紅の魔法陣を描く。
そこから放たれる炎がヒュトールの内部を焦がし尽くし、絶命させた。
>「枷月葵」のレベルがLv81からLv93に変更されました
「……お疲れ様」
その様子を見て近付いて来たであろうルリは既に俺の隣にいて、労いの言葉を掛けてくれる。
ただ、認知できない速度で近付いてくるのは辞めてほしい。
「……弱かったでしょ」
「気付くまでは厄介だったけどな。すぐに分かったからなんとかなっただけだ」
「葵なら大丈夫だと思ってた」
無責任だなぁ、と言おうとして隣を見る。
そこには、微笑みを浮かべながら俺を見上げるルリの顔があった。その顔を見てしまえば、言葉も出てこない。
「……照れてる?」
「照れてない」
別に照れているわけではない。
強く言う気になれなかった──それだけだ。
「ヒュトール様が敗北なされたぞ!」
「「「おおぉーーーーーっ!!!」」」
崩れた壁の方から声が聞こえる。
声の方向を見てみれば、先程撤退したガリア兵たちがこちらを見守っていたようだ。戦っている時は気付かなかった。
変な盛り上がり方をしている。
自分たちを治める最上位の魔族が討伐されたというのに、喜んでいるようにも見えた。
「ルリ、あれは?」
「……ヒュトールは嫌われ者」
なるほど。
ヒュトールが討伐されたのは、ガリアの人たちにとって逆に嬉しいことだったというわけだ。
圧政、暴君……原因は分からないが、性格から嫌われていることは容易に理解できる。
「このままガリア兵と戦うってことには?」
「ならない」
ルリのお墨付きなのだ。きっと大丈夫だろう。
そう思っていると、ガリア兵の新たなまとめ役──先程まで副隊長のような立場であっただろう魔族がコチラに近づいてきた。
陣形を組んでくることはない。一人で、小走りでやってきた。
「始まりの獣様と、そのお連れ様!」
そうしたのは、”敵意がない”ことを示すためだろうと思っていた。
私は抵抗する気はありませんよ、と行動で示す。そもそも陣形を組んでこようと意味を為さないのだから、ガリア兵からすればやり得というわけだ。
重い鎧を着て走って来た割に、息切れしている様子はない。日々の鍛錬の賜物だろう。
彼は俺たちの元につくと、被っていたヘルムを取った。
現れたのは、銀髪の好青年。汗も滴るいい男──実際には一滴も汗はかいてないのだが。
「自分はガリア軍副隊長を務めています、ヴィクターと申します」
「────葵だ」
「アオイ様ですね。ヒュトール様を打倒されたその腕前、素晴らしいものでした」
「世辞は不要」と言おうとして、踏みとどまる。
考えてみれば、ヒュトールに不満がありつつも耐え忍んできた彼らのことだ。ヒュトールを倒せる存在は居なかったのだろう。
「それで?」
とりあえず、話を促してみる。
「アオイ様と始まりの獣様は、このままガリアへ攻め入るのかと思いまして。我々としては戦いは望むところではなく……」
───そういうことか。
「続きは?」
「ヒュトール様無き今、我々は内乱に参加する意味もなくなりましたので、大人しく過ごそうかと……」
ガリア側からすれば、俺たちは魔王に遣わされて来た者なのだ。内乱への参加は辞める、これさえ伝えれば丸く収まるという考えになるのも納得というもの。
「と言ってるが、ルリ?」
「……目的はヒュトール。他はどうでもいい」
「なんと、ヒュトール様の討伐を目的にされていたのですか……! 我々は内乱軍であるというにも関わらず、そこまで気に掛けてくださっていたとは……」
何か勘違いをしている気もするが、無理に正す必要もない。
悪いことを考えているわけでもなさそうだし、むしろ感激している様子だし……。
「壁を壊したのは悪かった」
「いえいえ! お気になさらず! こんなのは我々ですぐに直しますよ!」
「ありがとう。ヒュトールが死んだんだ、ガリアは大変だろうが、頑張ってくれ」
「はっ!」
ガリアの詳しいことは俺にはよく分からないからな。
後は今ガリアに住んでいる人たちがなんとかすれば良い。ヒュトールの評判が悪かったのなら、すぐに後継者も見つかることだろうし。
俺からすればヒュトールを支配できて目的は達成できているので、後は関わりたくないのだ。
ルリもそのスタンスみたいだし、深入りは決してしない。
「──ガリアには色々と問題が山積みなのです」
───ツッコみたくないんだけどなぁ……。
フラグを回収したとでも言おうか。
こうまで言われてしまえば、聞き返す他ないだろう。
「……と言うと?」
俺が問返せば、待ってましたと言わんばかりにヴィクターは語り始める。
「ヒュトール様は為政者としてはよろしくないと言いますか……直接的に言わせてもらえば、政治の向いていない方だったのです。金遣いが荒く、足りなくなれば増税。金の使い方を工夫することで使える金を増やす──そんな考えはヒュトール様にはなかったのです」
まあ、あの性格で優秀な為政者と言われても信じられないのだが。
「それに部下が口を出そうとも、聞くことはしません。横暴な態度で自身の考えを押し通し、下の者の気持ちなど考えない。それがヒュトール様でした」
「それは大変だったな」
「えぇ、それは本当に。ですので、アオイ様方がヒュトール様を倒してくれたことにはとても感謝しているのです」
その心配も彼ならば大丈夫だろうと思えた。
ヒュトールが死に、隊長の魔族も死んでいる。次のトップはヴィクターだろう。
優しさ、物腰の柔らかさ、知性も感じられる。ガリアの街は安泰だ。
ヴィクターの柔らかい表情は、万人にウケの良いものだとも思う。
「……ヴィクター」
「はい、どうされましたか? 始まりの獣様」
「なぜあなたはヒュトールを殺さなかった?」
───ん……?
ガリアを治めていた魔族はヒュトール。つまり、ガリアで最も強いのはヒュトールということになるわけだ。
ヴィクターにヒュトールを殺せる道理はない。現に、ヒュトールもキョトンとした顔をしている。
「どういうことでしょうか?」
「とぼける必要はない。あなたはヒュトールより強い」
言い切るルリには、なにか根拠があるのだろうか。
それはない、とも言い切れない。しかし、ヒュトールに不満があるのであればヴィクターが討伐してしまえば良かったのも事実ではあるのだ。
それができたのならば、やらなかった理由も分からなかった。
「なぜそう思ったのですか?」
「ただ、分かるだけ。明らかにヒュトールより強い。はじめは影武者を疑った」
ルリの指摘に、ヴィクターは一瞬真顔になる。
呆けた表情もやめ、諦めたように発した。
「──そうですか。確かに仰る通り、私はヒュトール様より強いですよ」
「ならばなぜ────」
「ヒュトールを殺さなかった」と続けようとして、それはヴィクターによって遮られる。
俺の言葉を最後まで聞くことなく、ヴィクターは続けた。
「ヒュトール様は悪政をする方と言えども、その支持者がゼロというわけではありません」
それくらいは想像できる。
どんな人間でもその理解者はいるものだ。数は少なくとも、悪を是とする者は存在する。
「力ある君主として君臨していたのですから、魔族であればヒュトール様を支持するのもおかしくはありません。力あるものが正義、そんな考えの根強い魔族ですから、当然のことです」
それはそうだ。納得はできる。
しかし、ならば尚更ヒュトールを力で御せば良かったはずだ。
「正直、どうでも良かったってのもありますが。悪政を敷こうと、私にはどうでも良いことでした。ガリアに居られなくなったのならば、他の街に行けば良いだけですから」
───…………。
ヴィクター本人についてならば、確かにそれで良いのだろう。
そもそも、彼には他の魔族を気遣う必要もないのだ。自分が困らなければ、わざわざ面倒な為政者の立場になる必要もない、と。
「それで、ガリアから出るのか?」
「いえ、この街をより良いものにしようと思っていますよ。ガリアは気に入っていますので。それに────」
ヴィクターは俺の顔を覗く。
先程までの柔らかい印象は、今はない。
むしろ、油断ならない相手のような、ヒュトールよりも更に厄介そうな魔族に見える。
彼に敵意がないことだけが救いだ。
「人族の方まで味方につけておられる魔王様というのも、中々面白いものですからね」
「……なぜ分かった?」
「魔力の流れを見れば分かりますよ」
魔力の流れ、と言われても。
魔力の濃淡くらいは分かるが、生物に流れている魔力まで感じ取ることは俺にはできない。
これもヴィクターの力の片鱗なのだろう。
「そうか……。興味深い話をありがとう」
「いえいえ。始まりの獣様に隠し事というのも、利益がなさそうでしたので」
隣にいるルリは、何も言わずに目を瞑っていた。
話は聞いているし、ちゃんと頭にも入れてはいるのだろうが、話を振られたくはないのだろう。
ノータッチでお願いします、と態度が語っている。
「これからのガリアには大変なことが多いだろうが、ヴィクターが活躍してくれることを願っている」
「微力ながら。それでは」
こちらを心配そうに──ヘルムで顔は見えない──見ているガリア兵たちもいる事だし、ヴィクターには戻ってもらった。
「ルリ、ヴィクターはどうなんだ?」
「……敵意は感じなかったけど、深くは関わらない方が良い。支配しておいても良かったかも」
「忘れてたな」
支配させろ、と言ってものらりくらりとかわしてきそうではあったが。
そうなれば手の内を晒すだけに終わってしまうわけだし、欲張りすぎるのも良くない。
「でも、ガリアは大丈夫そう」
「そういうものか?」
「そういうもの」
ルリがそう言うならば大丈夫な気がした。
俺より長く生きてるルリの言うことだし、若造の俺には考えも及ばぬような思慮があるのかもしれない。
それよりも、「やっぱり話は聞いていたんだ……」という気持ちの方が強かった。
「じゃあここにはもう用事はないか。次は──コリンだったか?」
「……ん。北東の方角に進めば────葵ッ! 伏せてっ!!!」
ドンッ! と。
横から衝撃が走ったかと思えば、俺の体は飛ばされていた。
それはルリによって起こされたものだ。その小さい体を勢いよく俺にぶつけ、そのまま弾き飛ばしたらしい。
何を? と思ったのも束の間、ルリ目掛けて──元々は俺がいた場所めがけて、何かが飛来してきていた。
それは白銀に美しく輝くナイフのような見た目をしていて、どこか既視感を覚えるデザインだった。
「くっ──」
ズブッ
高速で飛んできたナイフは、ルリの右腕に深く刺さる。
致命傷こそ避けたが、二の腕のあたりに深く刺さっているナイフからは、血が滴っていた。
「ルリっ!!!」
「あちゃー、外しちゃったか」
俺がルリの名を叫んだ次の瞬間。
聞こえたのは、聞き覚えのある女の声だった。