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第93話 ヒュトール

「どういうことか説明しろ」

「はっ! 始まりの獣(ラストビースト)による襲撃を受け、現在応戦中でした!!」


 首無し族(デュラハン)は、想像通りの見た目だった。

 禍々しい漆黒のフルプレートに、白銀の美しい剣。首から上はなく、暗い靄のようなものがかかっている。そして、その首であろうものを、彼は己の左手で持っていた。

 全体的に、邪を感じる雰囲気。それゆえに、右手に持つ白銀が異様な雰囲気を放っている。

 ちなみに、馬には乗っていなかった。勝手なイメージだったが、裏切られた気分だ。


 首無し族(デュラハン)という種族は少ないらしく、そもそも数が少ない魔族は強い傾向がある。これは種族的なもので、身体能力が元から高かったりするのだ。

 それに、人間にはないが、種族固有のスキルなんかもあるらしい。

 それに、首無し族(デュラハン)は生殖活動を行うことがなく、人型の魔族が進化した末なのだとか。進化条件があるらしいが、残念ながら人族領域で手に入る情報ではそこまで分からなかった。これに関連したことを付け加えるならば、鎧も身体の一部ということくらいか。


始まりの獣(ラストビースト)? あの弱そうな男がか?」

「はっ! いえ、少女の方であります!」


 上司の勘違いを正す隊長格の男だったが、どうやらそれはヒュトールの尺に触ったらしい。

 彼はみるみる不機嫌になっていく。


「あん? 俺が間違ってるって言いたいのか?」

「はっ! 決してそういうわけではなく、私はヒュトール様の勘違いを────」

「死ね」


 ヒュトールの気分を害したことを察した隊長格の男は、自分の無実を証明するべく熱弁する。周りの兵たちはもはや諦めたような雰囲気を醸し出していたが、それでも頑張っていた。


 しかし、その言葉には続きはない。

 ヒュンッ! という風切り音がしたかと思えば、隊長格の男の頭は地面に落ちていた。


「雑魚共は下がってろ。というかとっとと俺の視界から消えろ。不愉快だ」


 そんなヒュトールの指示を受け、兵たちは後ろへと下がっていく。陣形など気にせず、今は早く退散すべきだと速度を重視した動きだった。


「返事くらいしろやぁっ!!!」


 ヒュンッ!

 ボトリ……


 またもやヒュトールが右手に握ったロングソードを振るえば、今度は重装兵の首が地面に落ちる。


「返事は?」

「「「はっ!!!」」」


 見ている俺でも分かる横暴さだった。魔族の世界ではこれが普通──とは思いたくないものだ。

 今度は気に触らなかったのか、ガリア兵たちを咎めることはしなかった。

 ガリア兵はそのまま壁の内側へと下がっていき、場には俺とルリ、ヒュトールだけが残る。


「で? お前らが襲撃者なんだろ? 殺してやるからとっととかかってこい」


 自分の勝利を確信する自信はどこから来ているのか。いや、もしかしたらめちゃくちゃ強い魔族だったり……


「……分からない」

「ん? どうした、ルリ?」

「あの自信がどこから来るのか、分からない」


 そんなこともなかったようだ。

 ルリから見ても、ヒュトールはそこまで強力というわけではない。確かに強いのだろうが、振るわれた剣は俺にも追えたし、ルリを打倒するのは難しいだろう。

 となると、なにか魔道具を隠し持っていることも考えられるが、そうというよりは彼の性格だと俺は読んでいた。


「ルリ、俺が戦っても良いか?」

「……ん、任せる」

「ありがとう」


 俺も自分の力を試したかったのもある。ルリが止めない以上、ヒュトールは丁度よい相手になると考えていた。


───先生に見守ってもらってるような安心感だな……。


 熟練者が傍にいれば、万一のことがあってもどうにかしてくれるという安心感が凄い。


「待たせたな、ヒュトール」


 僅かな時間だったとはいえ、放置されていたヒュトールの機嫌は悪い。


「お前如きが俺を呼び捨てにするか」


 それだけでなく、どうやら俺がヒュトールを呼び捨てにしたことも癪だったようだ。

 怒り心頭、な雰囲気だが、如何せん顔がないので表情は伺えない。首から立ち上るオーラが少し激しくなっているような気がしないでもない。


「ふっ!」


 そんなことは気にせず、俺は剣を抜いて走り出した。

 <縮地>を使って距離を詰めることはしない。<縮地>はいざという時の為にとっておきたいからだ。


 地面を蹴って駆け出せば、10メートルはあった俺とヒュトールの距離もすぐに埋まる。

 俺はそのまま手に持つ剣を振り下ろすが、それはヒュトールの持つロングソードに弾かれてしまった。


「ぬるい!」


 弾き返されたことで後ろにのけぞった俺に、ヒュトールは剣を横薙した。

 俺は咄嗟に剣を持ち直し、横に構えることでそれをなんとか防ぐ。


「ぐっ……」


 が、中々な衝撃が手に走ってしまった。手にジンジンとするような痛みが走るが、気合いでなんとか剣は離さない。


「弱いぞ!」


 そんな俺の状態を察してか、ヒュトールより加えられる追撃の一手。


「<四連一破>ッ!!!」


 ヒュトールの剣撃が4方向から迫る。

 上、下、右、左と、避ける隙も防ぐ隙もない無慈悲な攻撃だ。

 それらは同時に俺へと迫ってくる。


「チッ!」


 俺は後方に大きく飛び退くことで、それを回避した。


「<突>ッ!!!」


 さすがはガリアを治めている魔族なだけあると言えば良いのか、後ろに回避することは予測済みだったようだ。

 ロングソードをレイピアのように上段に構えて、彼は突撃するように一気に俺の元へと迫ってきた。


「<蛇斬(サーペント)>」


 しかし、俺もそれをタダで受けるわけには行かない。いかにVITが高くとも、ヒュトールのSTRがそれを上回っていればダメージは受けるのだから。


 剣先がヒュトールの持つロングソードの剣先と重なり、そのまま蛇のように畝った動きをする。

 突撃してきたヒュトールもそれによって勢いをなくし、やがて重心までをも崩してしまった。


「<四連一破>っ!!」


 今度は俺から4連撃のお見舞いだ。

 4方向からの剣閃が、同時にヒュトールへと迫る。重心を崩している彼では、その防御には間に合わない。


 ガギンッ!!!


 俺の刃がヒュトールの鎧を切り裂かんと襲いかかるも、鈍い金属音と共にそれらは全て弾かれた。

 当の本人──ヒュトールは無傷だ。


「ハッ!!!」


───硬……


 重い鎧を纏っていながら、バランスを崩してもすぐに立て直すヒュトール。左手が塞がっているのに器用なものだ。

 俺の攻撃が意味を為さないと知ったからか、悠長に剣を構え直していた。


 ガリアの重装兵同様、防御力は凄まじい。ルリの蹴りですら傷もつかず吹き飛んでいったのだから。


 右足を大きく前に出すことで崩れた体をなんとか持ち直したヒュトールは、右手に持っていた剣で切り上げるように腕を振るう。

 放っておけば、それは俺の身体を容易に切り裂くだろう。


「<蛇斬(サーペント)>」


 再度、彼の剣に己の剣先を重ね、畝るようにしてその剣閃をずらす。明後日の方向を斬る白銀のロングソードは、俺に傷をつけることはなかった。


「チィッ!!!」

「<蒼氷塊(グラスーア)>」


 次いで、至近距離から氷の塊を放つ。

 かなりの硬度を持つ蒼い氷がゼロ距離からヒュトールに放たれ、その勢いで彼は後ろへと飛んでいった。


 氷を”発射する”ことに重点が置かれている<蒼氷塊(グラスーア)>だからこそ、ヒュトールの重い体でも吹き飛ばすことができたわけだ。

 魔法の威力に感動しつつも、次の一手は忘れない。


「<炎闘牛鬼(イグニ)>」


 紅の魔法陣から、炎の牛頭が放たれる。

 それは飛ばされたヒュトールに瞬く間に接近し、その鎧を燃やし尽くした。


 ────ように思われたが、実際にはヒュトールは無傷。

 第4階級の魔法をまともに受けたにも関わらず、全くの無傷であった。


「その程度か! 小僧っ!!」


 疲労も感じていない様子。本当に効いていないと言わんばかりに、地面を蹴って接近してくる。


───防御に重点を置いているのか?


 攻撃の隙もない。

 首無し族(デュラハン)という種族柄か、鎧の隙間が弱点ということもなさそうだ。あの鎧の中には黒い靄が詰まっているのだろう。


───動く鎧ってところか。


 物理も魔法も効かない、そんなチート性能なわけはない。

 俺の攻撃力がヒュトールの防御能力を下回っている──その可能性もあるが、ガーベラや戦士長の能力を得ている以上、それも考えにくい。


「死ねっ!!!」


 迫ったヒュトールの剣が振り下ろされる。

 俺はそれを剣で受け流しつつ、接近したヒュトールに問いかけた。


「防御系のスキルか。種族特有のものだな?」


 ぶっちゃけ適当だが、防御能力に制限があるとすればこの可能性が一番高いと思っていた。

 故に、揺さぶりの意味も込めて、問うてみる。


 反応は案外わかり易いものだった。

 受け流されたヒュトールのロングソードに妙な力が入り、しかしそれは地面へと強く振り下ろされる。


───図星か。


 ここまでの反応を期待していたわけではないが、性格的に反応してしまう可能性も考えていた。その答えがこれだ。


 ただ、案外冷静なのか、ヒュトールは追撃を繰り出さずに数歩後退った。


首無し族(デュラハン)について調べてきたのか。その心構えだけは評価してやる」


 どんな状況になってもルリは見守っているだけだ。

 口も出してこないし、手も出してこない。


 そんな中、ヒュトールが口を開いた。


「ただ、それだけだ。外部からの攻撃を完全無効──どう対処する?」


 ニヤッと笑った──当然顔のない彼からは分からないのだが、そんな錯覚を受けた。

 

───確かに、強力な能力だが……。


 無制限に外部からの攻撃を完全に無効化できるとは考えにくい。回数制限のある、もしくは何か欠陥のある能力であるということだ。


───というよりは……


 ヒュトールの鎧を見る。

 人のように動くわけだから、当然節々には関節の隙間がある。

 そこからも黒い靄が漏れ出ているわけだが、しかし、あそこに魔法を打ち込めばどうなるか?


 俺は一気にヒュトールの方向へと踏み込む。数歩程度の距離しかなかった俺たちの間は瞬時に埋められ、剣を立てるのも困難なほどに接近していた。


「ぬっ!?」


 これにはヒュトールも驚きの声を上げる。

 先程まで剣で戦っていた相手が剣を捨てた距離にまで接近してきているのだ。驚く気持ちも理解できた。


「<炎闘牛鬼(イグニ)>」


 一番動きの鈍そうな、左腕の肘──そこにある鎧の隙間目掛けて、魔法を放つ。

 正確には、そこに触れながら、その場で魔法陣を描いた。


 ゴォ、と音を立てて、牛頭はヒュトールの内部に発生した。


「ぐぁあっ!!!」


───やっぱり。


 内部からの攻撃に耐性はない。

 攻撃はちゃんと効いている。


「クソがッ!!!」


 攻撃が通ったことに怒り心頭の様子だ。

 そういえば、首から鎧の中に魔法を通せばちゃんと効くということなのだろうか。

 そう考えれば、割と弱点は多い気がする。


「死ね! <四連────」

「<炎闘牛鬼(イグニ)>」


 ゴォ、と。

 またもや鎧の中に炎が駆け巡り、ヒュトールの全身がぐらりと揺れる。


───ここまで来れば余裕だな……。


 一見して、外部からの攻撃をすべて無効化しながら戦うわけだ。

 鎧の中に攻撃を通そうという発想にはなかなか至らない。

 それに、剣術スキル、ステータスも共に高い。首無し族(デュラハン)が強いのも納得だ。


「ぬぅっ!」


 しかし、こうなってしまえばもう戦う意味もない。

 一方的に魔法を撃ち続ければ勝ててしまうだろう。


 倒れそうになるヒュトールを俺は支えるように手を伸ばす。


「──何を?」

「<支配(ドミネイト)>」


 その状態でスキルを使えば、ヒュトールは俺の支配下に加わる。

 こうして、ヒュトールの討伐が完了した。

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