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第92話 ガリア(2)

「敵襲! 西壁に兵を集めろ!!」


 いきなり壁が崩されたにしては、統率の取れた動きだった。

 動揺らしい動揺はなく、兵たちは足並みを揃えて俺とルリの元に向かってきている。

 怒号もすぐに止んだ。街は落ち着きを取り戻していた。


 まるで襲撃があることを分かっていたかのようだ。

 いや、実際分かっていたのだろう。可能性として考えていてもおかしくはない。


「隊長! 始まりの獣(ラストビースト)です!」

「そうか! ヒュトール様にお伝えせよ!」


 想像より乱れていない状況に、むしろ動揺しているのは俺たちの方だった。


「……ん〜…………?」

「予想通りらしいぞ、ルリ」


 俺たちが悠長に会話をしている間にも、兵たちは陣形を組んでいく。

 気付けば、百を越える魔族が集結していた。


 この速度で兵が集まるということは、最初から待ち構えていたということだ。

 ガルヘイア側の壁に兵を集結──やはりガルヘイアに攻め込むつもりだったか、ガルヘイアから攻め込まれることを想定していたのだろう。


「相手は始まりの獣(ラストビースト)! 決して恐れるな! 恐怖すれば命を持っていかれるぞ!」


 始まりの獣(ラストビースト)は元から有名だったのかもしれない。口振りからして、彼女の能力は知っているようだった。


「隊長、隣にいる男は?」

「知らん。が、油断せずかかれ。決して独断先行するな! 複数人で着実に殺せ!」


 数の差があるからと脳死突撃させるわけでもない。冷静に、確実に殺せるようにと、命令を下す。


───まともだな……。


 敵ながら、天晴だ。

 王都がルリに襲撃されたときは、もっと動揺も激しかったし、無謀にも単騎で挑もうとする人もいた。

 それに比べれば、集団で彼女に挑むのは正しい判断といえる。


 それに、魔族たちは全員フルプレートで身を覆っていた。やはり元から警戒できていたようだ。

 濃い紫の鎧は、流石に呪いの類ではないだろうが、そう思わせるような見た目をしていた。


「重装兵を前に。後方から弓を放て!」


 街に被害を出したくないということもあるのか、彼らは壁の外に出てきていた。

 前列には、巨大な盾を構えた兵が数十人。盾は俺の体よりも大きく、剣で突破することは難しそうだ。何なら魔法も防ぎそうである。


 隊長らしき男の命令に従い、彼らは速やかに行動を開始する。

 ヒュッと風を切る音が聞こえたかと思えば、俺たち目掛けて数本の矢が飛んできていた。


 綺麗な放物線を描いてこちらに迫る矢は、俺とルリを狙いに定められている。重装兵で前方の確認はし辛いだろうに、大した弓の腕前だ。


「<真護結界トゥルー・アミュレット>」


 俺は右手を上に上げ、俺たちを覆うような結界を作る。

 飛来した矢は透明な壁にぶつかり、音を立てて地面へと落下していった。


「結界を使用させよ! 再度弓を! すぐに魔法で追撃も忘れるな!! しかし、火は厳禁だ!」


 森に火が燃え移るのを恐れたのだろう。


 再び、矢が放物線を描いて飛んでくる。


「<真護結界トゥルー・アミュレット>」


 俺はまた魔法を使うことでそれを防いだ。矢は壁にぶつかり、またもや地面へと落下する。俺もルリも無傷だ。


「「「<水の渦(アクア・グレイズ)>!」」」


 しかし、そこに追撃が加えられた。

 複数人による水属性の魔法。俺たちの足元に、巨大な水の渦が発生する。


「<水の渦(アクア・グレイズ)>」


 それに対して、渦と逆向きに渦を巻くような<水の渦(アクア・グレイズ)>をルリが使う。

 それらは相殺されて、発生しているのはただの水──<水生成クリエイト・ウォーター>のような魔法になる。


 <水の渦(アクア・グレイズ)>2回分なので水の量は多かったが、勢いがないのでここに留まることもない。水はどこかへと流されていった。


「器用だな」

「魔法は得意」


 同じことを真似するのは簡単だが、この対処法は思いつかなかった。ガーベラの経験にもないということは、ルリの戦闘センスが光っているのだろう。


「敵は魔法を得意としている! 重装兵を前に、一歩ずつ、ゆっくりと前へ! 決して足並みを乱さぬよう!」


 それでも相手は冷静だ。

 魔法では対処されると見てか、ゆっくりと接近してきている。ここで一気に攻め込まないのは、始まりの獣(ラストビースト)を警戒してのことだろう。


「前衛の兵士に支援の魔法を! 重装兵はあと10歩、ゆっくりと前へ進め!」


 陣形を崩さず、大きな盾を前にゆっくりと進んでくるガリア兵たち。これをされてしまうと、俺としても攻撃手段がなくなってしまうのが実のところだ。

 防御を考慮しながら前に進んできているから、迂闊に手出しをするのも難しい。数の差に加えて、冷静な兵術。兵一人一人の能力が俺より低くても、攻め入る隙はなかった。


「……葵、どうする?」

「とりあえず魔法でも試してみるよ」


 そう言い、俺は右腕をガリア兵たちに向け────


「<炎闘牛鬼(イグニ)>」


 紅の魔法陣が描かれて、そこから焔の牛頭が放たれた。

 それは凄まじい勢いでガリアの重装兵の盾と衝突する。INTの上がった俺の<炎闘牛鬼(イグニ)>はそこそこの威力があるはずだが、あの盾の特殊な効果なのか、全くの無傷だった。

 盾に傷すら付いてないし、焼跡もない。


「ダメか」

「……盾が魔道具。魔法の威力を大幅に軽減する効果がある」

「となると、俺には攻める手立てがないな」


 俺の言葉にルリは任せとけと言った表情になる。


「こういう手がある」


 直後、<隕石(フォール)>と彼女は呟いた。

 彼女の右手には複雑な紅の魔法陣が描かれているが、そこから何かが放たれる気配はない。


 動きがあったのは、ガリア兵の方だった。


「盾は前に構えたまま、上方に強力な結界を! <妖護界決(ティターニア)>の使用を許可する!」

「「「<妖護界決(ティターニア)>」」」


 「上方」という言葉を聞き、俺は上を見る。

 そこには、ガリア兵目掛けて落下する巨大な隕石があった。

 巨大と言っても、ガリアの石壁を破壊することはできない程度だろう。人間10人くらいならば中に入れそうなくらいのサイズ、それくらいだろうか。


 それに対してガリア兵は結界魔法を使ったらしい。

 よく目を凝らせば、薄桃色の結界がガリア兵の上部を守るように展開されていた。


「衝撃に備えよ!!」


 ドオオォォォォッ!!!


 と、勢いよく隕石は落下してきた。ガリア兵の結界とぶつかり、隕石はあらゆる方向に飛び散る。


 ズガガガガガッ


 そんな工事現場のような音を立てながら、結界によって隕石は削れていく。魔法の相性の問題なのか、結界側が有利なように見えた。

 削れた隕石の欠片はあらゆる方向に飛び散っていて、それは俺達のいる場所も例外ではない。ルリが結界を貼ってくれているおかげで当たることはないが、中々な荒業だった。


「……防がれてないか?」

「…………まぁ、そういうこともある」


 この魔法でなんとかなると思っていたらしいルリだったが、多分盾のことしか考えていなかったのだろう。

 盾ではなく、上から魔法を放てば軽減できまいという考えだったようだが、結界によって普通に防がれていた。


 やがて、騒音が聞こえなくなったかと思えば、隕石もすべて削り散っていた。つまり、防がれたわけだ。


「防がれたな」

「…………」


 まさかこうなるとは思っていなかったとでも言いたげな顔をするルリだが、相手が結界を持っているくらいは考えるべきだったと思う。

 <水の渦(アクア・グレイズ)>をセンス光る手段で無力化したとは思えなかった。


「魔力を消耗した今が狙い時である! 魔法使いは魔力を温存するように! 弓兵は矢を番えよ!」


 完全に防ぎきれたこともあって、ガリア兵はやられている様子がない。

 弓を構えて、こちらへと矢を放ってきた。


「<真護結界トゥルー・アミュレット>」


 俺はそれを結界で防ぐ。矢は結界に弾かれ、地面へと落ちていった。

 相手も有効な攻撃手段になるとは思っていないはずだ。あくまで魔力を消費させにきている。


 接近してきたとはいえ、近接戦と呼ぶには距離が離れすぎている。魔法使いは何をしてくるか分からないから、魔力が残ってるうちは無闇に近づかないのも賢いところだ。


「……名誉挽回のチャンスが必要」

「任せた」


 ぶっちゃけ、あの重厚な守りをどうにかする手段が思い浮かばない。魔法も駄目だし、近接戦は以ての他。そうなれば、後は隣の少女に任せる他ないのだ。

 当の本人は名誉を挽回したいらしいので、任せることにした。


「ありがとう。……それじゃっ」


 スタッ!


 短く言葉を残し、地面を蹴って、軽快にカリア兵へと突撃して行った。

 先程の失敗がよほど大きいものだったのか、その動きには遠慮と迷いがない。


───やっぱり速いな。


 ステータスの高さだろう。

 凄まじい速度でガリア兵へと突進したルリは、そのまま巨大な盾に蹴りを入れた。

 その姿勢はさながらドロップキックのようだ。


「なッ!?」


 それにどれほどの力が込められていたのか、ガリアの重装兵は後ろへと吹っ飛んでいく。

 その勢いを利用して、ルリはスタイリッシュに地面へと着地した。


 吹き飛んだガリア兵はドミノ倒しの要領で、後ろに並んでいたガリア兵を吹き飛ばしていく。

 そうして、ついには最後尾のガリア兵の方まで飛んで行ってしまった。


───STR高いよなぁ……。


 やはり、身体能力の高さに驚かされる。

 人というより獣のような──そういえばルリは魔獣か。


 ただ身体能力が高いだけでもなく、使い慣れているし、センスもある。体操選手特有の滑らかな動きのような、そんな印象だった。


 着地したルリは、こちらに向けてサムズアップ。「やったりました」と言わんばかりの顔でこちらを見ていた。


 功績は凄いものだが、美少女がサムズアップをしている姿は不可解だ。


「焦るな! 恐怖するな! 抜けた穴を埋め、陣形を組み直すように!」

「「「はっ!」」」


 それでも、動揺を少なくする努力はしている。隊長は的確な指示を出していた。


 だが、


「……ふっ!」


 出来た隙を見逃すルリではない。

 またもや別の重装兵の前へと移動し、その盾を勢いよく蹴飛ばした。


 同じように、ガリア兵は後ろまで吹き飛んでいく。綺麗に組まれていた陣形が仇となり、同じ列にいた兵も重装兵に巻き込まれて後ろまで飛んでいってしまった。


「なぁっ…………!?」

「隊長! どうすればよろしいでしょうか!! 陣形が全く意味をなしていません!」


 人間ボーリングの如く、陣形を軽々と崩していくルリ。

 流石に動揺が隠しきれず、ガリア兵の間には不穏な空気が流れていた。


 あるのは、次自分たちが飛ばされるのではないかという恐怖。そして、敗北するという焦りだ。


「……兵を引く! 我々では始まりの獣(ラストビースト)に勝てない!」


 しかし、冷静だ。

 勝てないと読み切ってから、無謀に戦おうとはしない。兵を引き、無駄に犠牲を出さない動きへとチェンジしていた。


 ただ、それをルリが許すかは別の問題だ。

 陣形の穴を埋めながら、防御に重点を置いてジリジリと後ろに下がっていくガリア兵。防御を重視しようとも、ルリの前では全く意味を為さない。


「出来る限り密集せよ! 重装兵が飛ばされることを防げ!!」


 重装兵は防御の要であると同時に、ルリにとっては攻撃の手段にもなってしまっている。

 密集することで飛ばされにくくしようというのは賢いかもしれない。


「おい、これは何事だ?」


 そこで、ガリア兵の後ろから重圧感のある声が響いた。

 機嫌が悪そうな声で、威圧するように隊長に話しかけている。


 そんな存在といえば、つまり彼は──


「これは、ヒュトール様っ!」


 ──俺たちが探していた、ガリアを治める魔族──首無し族(デュラハン)のヒュトールだった。

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